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第五章 変革

第76話 遭遇

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「しっかし、街から遠目には見えていたが、ありゃ一体なんなんだ?」

 朝食を取り終えた俺達は、改めて目指すべき祭壇の方角を眺めた。
 そこに存在する異様な物体に先輩が半ば呆れが混じった驚嘆の声を上げる。
 昨日ここに辿り着いた時は、既に夜の帳が下りていて黒いシルエットだけしか見えなかったが、朝の日差しの中、それは異様な雰囲気と共に樹海の中に聳え立っていた。

「いや~、俺もまさかこんな事になるとは思ってなかったぜ」

 ジョン達監視官もそれを見て口をあんぐりと開けて立ち竦んでいた。
 そう言えば聞いた事が有ったぜ。
 火砕流や溶岩と言った超高熱の物が水や氷等によって急速に冷却された際に発生する莫大な水蒸気によって大爆発を起こすってな。

「それに、何かこの辺りが寒いと思ったが、ありゃ夜だからって訳じゃなかったんだな。あのデカ物、表面が朝日に反射してキラキラ光っているが、もしかして凍ってやがるのか?」

「あぁ、あれはブレナン爺さんの地神城塞に俺が永久凍土の魔法を掛けた代物だ。今も絶賛凍結中だぜ」

 目の前に見える地神城塞による城壁は原形を留めていなかった。
 いや、形が崩れるているとかでは無く、その逆だ。
 火山より流れてきた火砕流や溶岩が、永久凍土に触れた際に発生した水蒸気爆発によって弾け飛び、それらが永久凍土の影響でその状態のまま凍結し、新たなる永久凍土の壁になる。
 それがまた溶岩と接触する事で次の水蒸気爆発を引き起こすと言う、そんな度重なる爆発の連鎖によって形作られた、幾筋もの放射状に延びる凝固した溶岩によって、パッと見の印象はまるで何基もの尖塔を備えた寺院の様になっていた。
 元の世界に有ったタイのサンクチュアリー オブ トゥルースに似ているかもしれない。

「凍結中ってお前、あのでかさの物をずっと遠隔で魔力供給してるって事か?」

「あぁ、いや~爆発の度にごっそり魔力を持ってかれたんでかなりきつかったぜ。あと四~五回爆発が続いていたら、さすがに供給が追い付かなくなったと思うんで、噴火が止んでくれて助かったぜ」

「やっぱり先生は化け物だなぁ~。けどそのお陰で溶岩の流れは分岐されてここが無事だったんですね」

「化け物は余計だ! そこはブレナン爺さんのお陰だぜ。流れに対して上手い事別れる様に設置してくれたからな」

 言葉の通りただの壁だったら溶岩流の質量に押されて崩壊していたかもしれない。
 爺さんが祭壇に対してU字に囲む形に地神城塞を設置してくれたお陰で火山から流れてきた火砕流だの溶岩流だのはそれによって分断され、その直線上に位置するここも被害を免れていた。
 とは言え、その分断された溶岩にしたって、俺の渾身の永久凍土によってそれ程遠くまで影響は及んでおらず、ジャイアントエイプの巣がある大森林までは到達していない。
 もしそうなったら大規模な山火事によって、かなりの被害が出ていただろう。
 下手したらバース放牧場まで到達していた可能性もあるし、西の隣国にも広がっていた可能性もある。
 火山の周りにドーナツ状に存在しているこの草木もあまり生えていない火山岩が散らばる平野のお陰だな。
 こんな珍妙な地形なのは、魔族封印によるものか、それとも神の奴の気まぐれか知らねぇが、どっちにしろ助かった。

 火山麓の樹海部分はさすがに山火事を免れなかったようだが、連続する水蒸気爆発の影響で急速に発達した雨雲によるゲリラ豪雨で、四日経った今じゃ多少の焦げ臭さは漂っては来ているが、すっかり沈静化しているようだ。

「ここからじゃはっきり見え無ぇが、街の城壁から見た感じじゃ頂上と言うより麓付近から噴煙が上がっていた様だったな」

「あぁ、それ正しいと思うぜ。封印が解けたのが直接原因なのは確かなんだが、魔族倒す時に放った技が火山を大きく抉っちまってな、そこからガスが噴出して来てたし、噴火自体もそこからしたんじゃねぇかな」

「な、何か不穏な言葉が先生から聞こえたような……」

「色々とツッコみたいが、お前の事だし今更だな。まぁ、そのお陰で噴火の被害が限定的になったんだろうぜ。もし頂上から噴火していたら燃え盛る火山弾がこの岩場を越えて周辺の森まで到達していただろうし、流れ出る火砕流も四方に広がり周辺への被害はこんなもんで済む筈は無かっただろうな。少なくとも四日しか経ってねぇのに調査なんて来れなかったのは確かだぜ」

 水蒸気爆発自体は二日目の朝の時点ですっかり止まっており、再噴火の予兆も特に感じていなかった。
 何故分かるかと言うと、永久凍土の魔法は魔力を供給し続けている関係上、凍結や振動による崩壊を維持させる等で、離れていても魔力の消費量からおよその状況が把握出来るからだ。
 今回王国からの調査団を待たずに先行調査を行ったのはそう言う理由だったのだが、火山性ガスが付近に充満しているなんてのはさすがに魔力消費では分からねぇし、そう言った可能性は考えてなかったので、専用の鑑定魔道具を持っている監視官が同行してくれて助かったぜ。
 今日ここで安心して野宿出来たのはそのお陰だな。

「しかし、街はえらい騒ぎたったぞ。数百年振りの噴火と言う事だったしな。まぁ、先日女神様が降臨なさった所為か、魔物の襲撃の時程の混乱は生じなかったぜ。なんだかんだ言って大司祭様も未だ駐留しているし、すぐさま広場に立たれて演説をして下さったしな」

「メアリに酷い事言った奴か。それにあいつの所為で俺達の計画が……」

「それを言うなって、女神様騙ったのは俺達が悪いんだ。そもそも神罰が下ってもおかしくなかったんだぞ? それなのにお前の尻拭いの為に降臨して下さったんだ。それに大司祭様もあれからちゃんとメアリや俺達に頭下げに来たんだぞ。ただ単に権力持った奴とは違うみたいだからそんなにカッカするなって。今後恐らくお近付きになる可能性は高いだろうしな」

 先輩も大司祭の号令で殺されかけたってのに、よくもまぁ許せるものだ。
 しかし、あの大司祭の野郎はちゃんとメアリに謝りに来たのか。
 聖女候補だったとは言え、教団のトップクラスの地位の物が入団して数日の見習い治癒師に直接会いに来て頭を下げたってんだから、そこそこ人間の出来た奴なのか?
 まぁ女神さんのお叱りも有ったからだろうが、そうそう出来るもんでもねぇよな。
 とは言え、どっちにしろ教団本部の奴らにゃ絶対俺の存在は知られたくねぇなぁ。
 治癒師のねぇちゃんの口の堅さを信じるしかねぇや。

「そんなもん関わり合いになんてなりたくねぇよ。それよりメアリは大丈夫なのか? 大司祭自ら頭下げたってのは、それはそれで騒動だろう?」

「あぁ、念の為に護衛の意味も含めて本部から凄腕の治癒師を司祭長として、街の教会に派遣して来る事になっているらしいぜ。かなりの有名人らしいからメアリへの関心を逸らす意味も有るんじゃないのかね」

「ふ~ん。まっどんな奴か知らねぇけど目を付けられねぇようにしねぇとな」

「違いねぇ。ガハハハハ。俺もどんな奴が来るかまでは聞いていないがな。ヴァレウスの奴は若い男性は止めてくれと注文していたぜ」

「あの人も変わらねぇな。メアリに変な虫が付くのが嫌な気持ちは分かるがよ」

 いつまで経っても子離れしねぇな。
 それに関しちゃ先輩もだけどよ。

「さて、長話もここら辺で調査を開始するとしようぜ。俺の感じゃ祭壇には何か手掛かりが有るんじゃねぇかと睨んでいる」

 根拠は無ぇが、本来なら魔王入れて後ろから四番目の予定だった奴が封印されていたって言う祭壇だ。
 ゲームならラスボス間際、物語の佳境に入ってる頃の相手なんだから、残されたものがこの雑に手直しされたプレート一枚って事は無ぇだろ。
 五百年の間、風化もせずに残されていたって言うのも怪しい話じゃねぇか。
 魔王や他の死天王に付いての何らかの情報、若しくはアイテムが眠っている可能性が高いって訳だ。
 出来るならそれを入手して、奴らが復活前にサクッと倒す事が出来たら楽が出来るしな。
 真面目に残り四五匹を相手になんてしてられねぇよ。

「お前が言うんだ。何らかの手掛かりは有るんだろう。おーい、監視官達! 火山性ガスの確認だけは怠らないでくれよ」

「分かりました! 任せて下さい」

 監視員達は大気中の毒を検出する魔道具を掲げながら先頭を歩き、俺達はその後に続いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さすがに樹海自身は全部燃え落ちてやがるか。まっお陰で見晴らしはいいな」

 最初に来た時は先も見えない鬱蒼とした森だったが、火砕流による山火事の所為ですっかり焼け落ちて遠目に祭壇の巨石群が見て取れる。
 ただここからでも分かる通り、地神城塞のお陰で溶岩による直接的な被害は免れている物の、地震や水蒸気爆発の衝撃等の影響で、綺麗に並んでいた石柱群は見るも無残に転がっているようだ。

「これは酷い……。この森は見慣れていた場所だったので、少し胸が締め付けられますね」

 監視官の一人がそう呟いた。
 五百年続いた国の機関なんだ。
 それこそ幾人もの監視官達が何代にも渡ってこの祭壇を見守り続けて来たってんだから、その最後の監視官として思う所は色々と有るのだろう。
 俺も出来るなら綺麗なまま残したかったけどな。
 なんせ、薬草の宝庫だったんだから。
 チコリーの土産の件忘れてたぜ。

 森の中を祭壇目指して歩くのだが、皆なかなか進む事が出来ずにいた。
 何故なら元から足場が悪い森の中だってのに火山灰やら焼け落ち炭化した樹木等やらが、ゲリラ豪雨によってドロドロの泥濘になっちまっている所為で、思った以上に足を取られて進まねぇ。
 ダイスなんかは重い鎧を身に着けている為、軽装の俺達より足が沈む様で、かなり後ろの方で剣を杖にして四苦八苦しているのが見えた。


 いや、それだけじゃねぇ。
 今はそんな事より、取りあえずむっちゃ寒い!!

 進めないもう一つの理由はこれだ。
 真の理由と言っても良いかもしれねぇ。
 皆、ガタガタと歯を鳴らしながら自身の手で身体を抱きしめ震えていた。
 まぁ原因は永久凍土の魔法の所為なのは分かっている。
 溶岩を凍らす超低温の氷の壁だ。
 そこから放たれる冷気がここまで漂って来ていた。
 どうせなら地面も凍れば歩きやすくはなったんだろうが、永久凍土の魔法は触れた物を凍らせると言う性質上、接地面である地面に対しては際限無しに広がるようにはなってねぇんで仕方が無ねぇな。
 もしそうなら、俺の魔力を吸い尽くした永久凍土がこの国全土を覆っていただろうぜ。
 まぁ、もう少し近付けば、この放射される冷気の所為で、多少は凍っているとは思うがな。

「な、なぁ……ショウタ。ささ寒すぎて、こここれ以上近付けないぞ? 何とかならんのか? うぅガクガクブルブル」

「う~ん、ずずず……。そうだなぁ、ここまで固まってりゃ、そうそう崩れるって事もねぇか。おい、ジョン。変な音は聞こえてねぇか?」

 先輩のリクエストで永久凍土の魔法を解除する為に、取りあえず何か噴火の兆候は無いか尋ねてみた。
 監視官の訓練のお陰か、それともジョンだけが敏感なのか知らねぇが、俺がブースト掛けてようやく感じる事が出来た微小な揺れや音を察知していたんだし、今回も念の為に確認しておこう。
 解いたは良いがすぐに噴火が始まっちゃ元も子もねぇしな。

「お待ち下さい……。……特には無いようです……ね。え? いや、これは?」

「ん? どうした? なんかあったのか?」

 何やら意味深な言葉を零したジョンに何が有ったのか聞いたが、ジョンは何も言わず口元に指を当てて喋らない様に指示して来た。
 どうやら何か感じたようだ。
 残念な事に俺には何も聞こえないし何も感じないが、ジョン達監視官はお互いに目配せのアイコンタクトで頷き合っており、何らかの異変を感じているようだ。
 四人の様子からする、どうやら監視官としての技能の様みてぇだな。
 便利そうなので放牧場に戻ったらコツを聞いてみるか。

 とは言え、一時的に噴火が収まったとは言え、まだ噴火してから四日だ。
 自然な噴火とは異なり、俺の技が切っ掛けと言う特殊な形で発生した物だとしても、本来火山性地震が発生してもおかしくは無いだろう。
 いや、その筈ではあるんだが、何故か一昨日の段階でピタッと止まったんだよな。
 これに関しては、この作られた世界を元の世界の常識で考えるのが間違っている可能性も有るんで、なんとも言えねぇ。
 一応急な再噴火の為に、永久凍土は解かずに寒さ耐性のブーストを全員に掛けておいた方が無難かな。

 俺がそう考えて全員分の寒さ耐性のブーストを準備していると、監視官全員が一斉に祭壇跡の方に顔を向けた。
 その顔はとても真剣な表情で、食い入る様に祭壇の一点を見詰めている。

「ど、どうしたんだよ? いきなり四人揃ってそんな動きされると怖ぇじゃねぇか」

「何か……、何かが地面の下を……」

 地面の下? どう言う事だ?
 地下のマグマ層が上がって来てるってんじゃねぇだろうな?

「ソォータ様! それにガーランド様! 何か来ます! すぐに離れましょう!」

 ジョンはそう叫ぶと、休憩所の方を指差し走り出した。
 他の監視官達もそれに続き、泥濘に足を取られない様に気を付けながら走っている。
 俺と先輩は突然の事に首を傾げたが、ジョン達の様子から冗談で言っているとは思えないので監視官達の後を追った。

「おい! 何が来るんだ? 噴火でもするって言うのか?」

「分かりません。何か地下の深い所を這うような音と、それが急速に地表に昇って来る様な感触でした」

「感触って。えらい具体的じゃねぇか。魔法か何かなのか?」

「えぇ、初代監視官の方が編み出した特殊な魔法で、地面の中の様子を感じ取る事が出来るんですよ」

 ほうほう、探知の魔法地中版って奴か。
 便利そうだなと思う反面、俺が使ったら普通の探知の魔法スタンガンみたいになっちまうんじゃねぇのか?
 下手したらその所為で地震が発生しそうだぜ。

「で、噴火と断言しねぇのは何故だ? 探知の魔法ならマグマみてぇな流動物なら判別出来るんじゃねぇのか?」

「それが……。信じられない事に熱の無いとても固い何かが地面の中を泳いでいると言う感じで……。こんな感触今まで感じた事ありません」

 地面の中を泳ぐだと? それって女媧みたいにって事か?
 まさか女媧モドキの生き残りが現れたって事か?
 とは言え、女媧モドキの大きさはせいぜい数メートルだろ。
 訳が分からないと言っても、ここまでビビるものなのか?
 その驚愕と言った表情はそんなちゃちい物にビビッている顔じゃねぇ。
 もしかして……?

「おい、デカさはどれくらいなんだ?」

「そ、それが……途轍も無く巨大……」

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 ジョンがそう言った直後、ジョン達しか感じていなかった振動をようやく俺も感じる事が出来た。
 確かにただ事じゃねぇ圧力をその振動から感じ取る事が出来る。
 と言うかこのプレッシャー……。
 おいおいおい……、嘘だろ?

 ドシュゥゥゥゥーーー!!

 嫌な予感に愚痴を零す間も無く、突然背後から何かが吹き上がる音が響き渡る。
 俺達は慌てて立ち止まり後ろを振り返った。

「な、な……」

 誰かが言葉にならない声を漏らした。
 そんな言葉にならない程の驚きを俺達に容赦無く与えるが目の前に姿を現している。
 それは朝日を浴びて銀に輝く天まで伸びる様な太い柱。
 よく見ると、その柱には一定間隔で横に筋が入っている。
 場所は丁度祭壇が有った場所、そしてその柱の直径は祭壇の結界の広さ全てを覆う程の太さだ。

 恐らく祭壇は跡形も無く吹き飛んだ……いやんだろう。

 まだ信じられない、それに信じたくないと言う気持ちで頭が一杯だが、俺達はゆっくりとその柱の先端を仰ぎ見る。
 ソレはまるで虚無を具現化した様な瞳で見下ろしていた。
 まるでクァチルウタウスの様だ。
 俺はそう思った。

「マジかよ……」

 初めて見るが、俺たち全員の頭の中にそいつの名前が浮かんでいる。
 先程の横の筋は蛇腹と言う事か。

 目の前に姿を現した巨大な柱。
 それは『世界三大脅威』の一角にして大地の王。

 俺達は『城喰いの魔蛇』と遭遇した。


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