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第一章
第1話 晴天の霹靂
しおりを挟むそれは晴天の霹靂だった。
「渉、今日から渉の許嫁は香乃果ちゃんだよ。」
俺には幼い頃から許嫁がいると聞かされて育ってきた。
そもそも許嫁が何かもわかっていなかった馬鹿な俺は、素直に両親の話を聞いていたが、そんな俺でも初等部の高学年になると許嫁の意味もわかってくる。
将来の結婚相手で、奥さんになる人。
その意味を知った後は、なんとなく自分の許嫁は穂乃果だとそう思っていた。
だって、俺が物心の付いた時から好きなのは穂乃果だから。
穂乃果以外となんて考えたこともなかったし、そうあるものと信じて疑いもしなかった。
しかし、俺が中等部に上がってすぐ許嫁と紹介されたのは、穂乃果の姉の香乃果だった。
は?あの香乃果が俺の許嫁?
自分でも思ってもみなかった事態に一瞬頭がフリーズした。
何故?まさか、と言う思いと、今、目の前に許嫁として香乃果がいる現実に頭がついて行かず、パニック状態に陥る。
ていうか、許嫁って何だ?嫁?香乃果が?
何?俺、コイツと結婚しないといけないの?
穂乃果とはどうなるの?
穂乃果の相手はまさか……
「じ、じゃあ…穂乃果はどうなるの?もしかして…… 聖兄と…?」
「うーん、それは、聖さえよければだけどね。」
嘘だろ?そんなことあって欲しくないという俺の希望も虚しく、満面の笑顔で頷く両親を見て、俺の想いは虚しく砕け散り、一瞬で目の前が真っ暗になった。
そして、言葉を発しようとして息を吸った途端、胸が閊えて呼吸が出来なくなった。
まるで手足を縛られた状態で海に投げ込まれ、そのまま逃げ場のない暗い深海に沈み込むような感覚に恐怖を覚え、俺は俯きギュッと拳を握りしめる。
息苦しく身体は鉛のように重くなり、背筋に冷たい物が走ったが、そんな俺を置き去りにして、両親達は楽しそうに話を弾ませている。
俺はその光景をぼぅっとどこか他人事のように眺めるしか出来なかった。
ていうか、そもそもの話、何故両親ズは今どき許嫁なんて古臭い話を持ち出したのか。
我が家はただのしがないサラリーマン家庭だ。
会社の経営者一族でも上流階級でもないし、名家の出身でもないのに、許嫁なんてナンセンスだろ。
そう思うと、何だか無性ににムカムカしてきて、俺は非難がましい視線を父親に送るが、父親は俺の視線に気付く様子もなくにこにこと母親達の話を聞いているだけ。
言わば、『空気』だ。
ダメだ…全く役に立たない。
早々に自力で何とかするしかない事を悟った俺は、楽しそうに会話に花を咲かせる母親ズの話に耳を傾ける。
話を聞いているうちに、どうやらこの騒動の発端はうちの両親の…主に母親達の暴走と軽い口約束だった、という事がわかってきた。
◇◇◇
俺と許嫁?の香乃果の関係は、所謂幼馴染というやつだ。
そして、俺の家、瀬田家と香乃果の家、柏木家も夫婦共に、俺の通う名門校の幼稚舎から大学まで、ずっと一緒に育ってきた言わば幼馴染の関係だった。
双子のように仲が良かった母親同士はそれぞれ幼い頃から父と柏木のおじさんに恋をしていた。だが、それは母親達だけでなく、父親達もそれぞれ母親の事が好きで、蓋を開けてみるとなんと両想いだったのだ。
その事が学生時代にわかるや否や、特に紆余曲折も無く、電光石火の素早さでお互い好き同士の恋人となった。
そのラブラブさ…いや、仲の良さは未だ健在で、子供の俺達から見ても胸焼けする程……
当時、お互いに好きだった相手と結ばれ、ラブラブバカップルになった若かりし頃の母親ズは、恋人になった途端に何故かフィーバーし、
『お互い結婚して子供が出来たら子供同士も幼馴染にして、絶対に結婚させようね!』
というまったくもって傍迷惑な約束をしたのが、今回の騒動の発端である。
そうして数年経ち、父親と母親は学生時代に学生結婚、柏木家は卒業と共に結婚し、程なくしてそれぞれの家庭に男の子と女の子が生まれると、再び母親ズがフィーバーする。
「幼馴染同士を今のうちから許嫁にしちゃえば、意識してお互い想いあうかも!小さな頃から想いあって結婚とか超萌えるわぁ!!!」
と謎理論を展開し、フィーバーと大暴走をした結果…
都心郊外の新興住宅地に隣同士に家を買い、お互いの子供同士を仲良く分け隔てなく育てるという、よくわからない今の状況が出来上がった。
引越し後、うちの瀬田家には前述した兄の聖の後に、2年後に俺、渉と翌年に妹の優が誕生し、お隣の柏木家にはこちらも前述した1つ上の姉の香乃果の後に優と同級生の妹の穂乃果が誕生した。
そして、これも母親ズの意向通りに、みんなまとめて両親の出身校に幼稚舎から通わせられていた。
その為、俺達幼馴染は仲も良く、どこに行くにも何をするにもみんな一緒で、本当の兄弟姉妹のように育ってきた。
月日は流れ、幼稚舎に入り物心が着いた頃からずっと一緒だった俺達幼馴染5人の関係も、幼い頃の様な関係から少しずつ変化をしていった。
まず、ふたつ兄の聖、続いてひとつ上の幼馴染の香乃果が中等部に進学すると、それまでの俺達の生活はガラリと変わった。
幼稚舎と初等部は共学で同じ敷地にあったので、兄が初等部に上がっても登校は一緒だったのだが、中等部になると校舎が高等部と共に大学の敷地に隣接した場所に移動となる為、登校する場所が別々になった。
そうなると、必然的に自分が年長者として下の妹達を守らなければならなくなる。弱虫で泣き虫だった俺は、特に何かある訳でも無いのに無駄に使命感に燃えて、小さな心を奮い立たせていたものだ。
そして、妹と穂乃果を無事に守りきり、初等部を卒業したこの春、俺も中等部に進学した。
中等部3年生になった聖兄は、勉強もスポーツも何でも出来る頼れるみんなのお兄ちゃんで、中等部2年生の香乃果は、快活でとても面倒見が良く、妹たちにはとても優しいお姉ちゃんだった。
そんな香乃果だが、何故か幼い頃から俺にだけは対応が違い、何かにつけて俺に突っかかったり嫌がらせを繰り返して来た。
だから俺は昔から香乃果が大嫌いで、顔を合わせる度に喧嘩を繰り返す犬猿の仲だった。
まさか犬猿の仲の香乃果と俺が許嫁になるとは思いもしなかったので、話を聞いた今でも状況が上手く飲み込めず、心臓がバクバクと早い脈を打ち、頭の中は真っ白で整理が追いつかない。
そりゃそうだ。いきなり過ぎるだろ。
「そういう訳だから、渉くん、香乃果をよろしくね。」
にっこりと笑顔を向けて言う沙織ママの隣の香乃果の顔が直視できず、思わず俯いた。
これは何かのドッキリなのだろうか。
俺が、うんと頷いたら、
「うっそー!そんな訳ないじゃない!バカ渉!!!騙されてやんの!!!!」
と香乃果に馬鹿にされるに違いない。
良くもまぁ、次から次へと新しい嫌がらせを思いつくもんだな、と半ば呆れるけれど、それは言葉になる事はなく……そんなことを考えながら、俺は黙って頷くのが精一杯だった。
さて、どうやってこの話を破談に持っていくか……
目の前の香乃果に視線を遣ると、一瞬、香乃果と目が合うが、すぐに香乃果はパッと俯き、顔を背けた。
は?一体なんなんだよ……
思わず溜息を吐き、おばさんの横にいる俯いた香乃果をじっと見据えた。
その時の香乃果の表情は俯いていて良く見えなかったが、ちらりと髪の隙間から見えた香乃果の耳は、まるでりんごのように真っ赤だなと思った記憶はある。
俺の予想に反して、揶揄する言葉は降ってこなかった。
「話はそれだけ?もういい?」
もうここに用はない、そう思った俺はそう言うと、両親はにこにこ顔で頷き、また母親ズは楽しそうに話に花を咲かせ始めたので、俺は席を立ちリビングを後にした。
幼い頃から許嫁がいると言われていたけど、何となく漠然と俺と穂乃果が許嫁のような雰囲気になっていたと思っていた。
今日の話を聞くまでは。
だけど俺は……
俺が好きなのは、幼い頃から穂乃果ただひとりだったのに……
こうなった以上、穂乃果の事を好きだと大っぴらに言えなくなってしまった。
そもそも、なんで俺と香乃果?
相手だってどう考えても俺なんて嫌だろうに。
どうして、今のままじゃダメだったんだろう。
許嫁とかそんな形を押し付けられる前までは仲良く幼馴染として、兄弟姉妹のような関係でいられたのに。
なんで違う形が必要だったんだろう。
そんな事を考えながら、俺はひとり自室に向かう階段を昇っていた。
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