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第一章
第2話 俺と香乃果
しおりを挟む香乃果を許嫁と紹介されてから1ヶ月と数日。
相変わらず俺達は顔を合わせれば嫌味の応酬で、最終的に喧嘩になりそうな所を、間に兄が入って諌められるという犬猿の仲の関係のまま、特になんの進展もなかった。
今までと違ったことを敢えて言うのであれば、別々だった登校の時間を合わせてきた事と、恒例の週末の食事会の時に席を隣同士にされるくらいで、それ以外は何一つ全く変わらないいつもの日常である。
そして、この日は週末恒例のいつもの食事会がある。
しかもこの日の食事会の会場は我が家である。
気は乗らないが欠席は許されない。
俺は深く嘆息し、諦めて階下のリビングへ向かうと、当然俺と香乃果は隣同士で座らされた。
気が重い事この上ない。
「……お疲れ。」
「うん。」
席に着いて交わした会話はたったこれだけ。
この1ヶ月間、いつもそうだった通り、香乃果とは特に会話らしい会話もない。
俺は重苦しい空気を吐き出すように息を吐きながら、目の前の席に視線を遣ると、俺と香乃果の間には重苦しい空気が鎮座しているのに対し、目の前の穂乃果は優と楽しそうにキャッキャとじゃれあっていてとても楽しそうにしている。
その可愛らしいやり取りを見ていると少しだがささくれだった気持ちが凪いでいき、思わずふっと笑みが零れたと同時に、隣の香乃果を思うとどうしようもなく心が重く沈んでいった。
ひとり重い気持ちで項垂れているうちに、バラバラと皆が揃い食事が始まる。
食事を食べながら、両親ズと末っ子達が楽しげに会話をしているのを眺めていると、斜向かいに座っていた早々に兄が食事を終え、宿題と試験勉強をすると言いサッサと退席をする。
兄が退席すると途端に男子は父親ズを除いて俺ひとりとなり、アウェー感が半端ない。
折角母親が作ってくれたビーフストロガノフの味がしない程だ。
ますます気が重くなり、俺が気付かれないように短く小さな溜息を零すと、その時横から視線を感じた。
チラリと横を見ると、何故かこちらをじっとみる香乃果と目が合った。
「何か用?」
首を傾げそう訊ねたが、すぐさまふいと顔ごと目を逸らされた。
流石にカチンと来て香乃果に再度声を掛けたが、顔を背けたまま返事をしない。ていうか、全く一体なんなんだ?
香乃果の態度にだんだんイライラしてきたが、ここで喧嘩をする訳にもいかず、気持ちを落ち着かせる為、今度は深く長い溜息を吐いた。
そして、この空気に耐えられない俺は早々に退席しようと、黙々と目の前の食事を端から片付けていく。
食べ終えると、食後のデザートのババロアを断り、兄の所に勉強を見てもらいに行くと言って無理やり席を立った。
3階まで階段を昇り、優と俺の部屋を通り過ぎ、1番角の兄の部屋に着くと、俺はノックもせずに部屋に飛び入り、ベッドにばふっとダイブしながら叫んだ。
「あー、マジでやってらんねぇ。あの空気の重さ……耐えられねぇわ。」
その様子を兄は机に向かいながら、横目でちらりと見ながら楽しげにくつくつ喉を鳴らして笑う。
「ははは、確かに。さっきはお前と香乃果の間にコルカ渓谷が見えた気がしたよ。」
「へ?コル、コル…カ?どこ、そこ?」
聞き慣れない単語に目を白黒させると、兄はふっと笑うと若干呆れたように言った。
「ググりなさい。…それで?渉は何が不満なの?許嫁が嫌なの?香乃果が嫌なの?て言うか、嫌なら嫌だって言えばいいのに。俺みたいに。」
ググりなさいって、ググんなきゃいけない程難しい単語出すなよな、とちょっと不貞腐れた気持ちが湧いてきたが、そんなことよりも今兄から出た発言に俺のセンサーがピクリと反応した。
「え?聖兄、嫌だって言ったの?」
「当たり前。なんで俺の人生、親に勝手に決められなきゃいけないわけ?相手が好きな人ならラッキーかもしんないけど、俺にとっては香乃果も穂乃果も優と同じで可愛い妹なんだよね。残念ながら恋愛対象には見れないね。」
俺は瞠目して、少し前のめり気味に兄に聞き返すと、兄は持っていたペンをノートの上に置き、くるりと俺の方に向き直り、腕を組みながらめんどくさそうに言う。
なるほど…そうか、断れば良かったのか。
目から鱗が落ちた気がした。
あの時は、突然の事に頭が追いつかずそこまで考えが至らなかったが、確かに俺の人生なのに、親のよくわからない口約束とかノリで決められるのは納得がいかない。
そう思ったら、兄の言葉がストンと鳩尾辺りに落ちてくる。それと同時に、今更何も考えないで軽く頷いてしまった事を激しく後悔し始めた。
だけど、別に許嫁が嫌なわけではないのだ。俺が嫌なのは、問題にしているのは他でもない、『相手』だ。
何もわざわざ犬猿の仲の香乃果ではなくても、母親ズの勝手気ままな希望を叶えるのであれば、穂乃果でも良かったのではないか?穂乃果だったら良かったのに。
思わずそんな気持ちがポロリと口から零れた。
「そっか……そうだよな。ていうか、俺は別に許嫁が嫌なわけではなくてさ、なんで香乃果なんかと俺が許嫁になんなきゃいけねぇの?俺は穂乃果だと思ってたんだけど。」
「なんでって…渉、香乃果の事大好きだったじゃん。いっつも『この、この』って後付いてまわってさ。」
俺が香乃果の後を付いてまわる?
え?そんなことしたか?
言われてみて、過去のアレコレを考えて見たが…全く覚えがない。
「はぁ?覚えてねー。てか、それいつの話よ?」
「そうだなぁ…香乃果が小学校上がるまでじゃないかな?それまでは香乃果にべったりだったのに、小学校上がってしばらくしてから、久しぶりに集まった時には、びっくりする位、穂乃果にべったりになっててさ。」
「そんな事ないだろ。だって、アイツは俺の事いじめてたし。」
俺に物心が付いた時には、既にひとつ年上の香乃果にはいじめられていたし、気がつくと喧嘩ばかりする犬猿の仲だった訳なので、俺が香乃果とべったりだったと言われても正直イマイチピンと来ない。
俺のその言葉を聞いた兄は、何か納得したような顔をしたあと、ニヤリと笑い意味ありげな発言をした。
「ふふふ、確かにいじめてたかもね。なぁんだ、お前、そんな事もわかんないのか。身体だけ大きくなっても、まだまだ子供だな。」
「こ、子供扱いすんなし!それより、聖兄は穂乃果とは絶対に許嫁にならないの?」
「ならないよ。第一俺、今彼女いるし。優と同級生ってさ、まだ小学生でしょ?穂乃果は、もはや妹だよね。考えただけで、無理無理。」
兄に彼女がいたとは初耳で吃驚した。でも何となく納得ができた。文武両道、眉目秀麗で身内の贔屓目がなくても兄はモテるのだ。その可能性は大いにあっただろうし、寧ろいない方がおかしいくらいの、とにかく自慢の兄だ。
だからこそ、もしも兄に少しでも穂乃果のことを思う気持ちがあったなら……
そして穂乃果が兄のことが好きだったなら……
今は確かに兄には彼女もいるし、中学3年生と小学生なんて考えられないのかもしれないが、大人になれば3歳の歳の差なんて無いに等しい…と思う。
考えただけで恐ろしさでぶるりと身が竦み、思わず頭を占めていた不安がポロリと零れた。
「今はそうでも、そんなの大人になれば…わかんないじゃん…」
「大人になって、俺が穂乃果を好きになれたら考えてもいいけど、今は正直考えられないよね。ていうか、ここまで来たらもう家族だよ。完全に。」
ポツリと呟いた言葉を耳聡い兄は聞き流すことなくしっかりと拾い、そして面倒くさそうに言った。
「ふ、ふーん、そういうもん?」
兄からの言葉にホッと胸を撫で下ろすと、俺の様子に気が付いた兄がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、ベッドに寝転ぶ俺の横に来て腰を下ろした。
「そそ、そういうもん。てか、何?お前、もしかして穂乃果のことが好きなの?」
「うっ…。」
図星を突かれて一瞬言葉に詰まると、ニヤニヤ顔の兄はうつ伏せに寝ている俺の腰に寄りかかり、面白いおもちゃを見つけたような、そんな顔をして言った。
「ふぅん…香乃果と穂乃果ね。まぁ母さん的には最終的にはどっちでもいいんだろうけど……へぇ、そっか。渉もやるねぇ。姉妹を手玉に取るなんて。」
「ちょ、聖兄!手玉って何よ?!」
「ははは。少年よ、大いに悩みなさい。」
揶揄うような兄の楽しそうな笑い声を聞きながら、なんだか俺は複雑な気持ちになっていた。
◇◇◇
季節は巡り春になると、兄は高等部へ妹達も中等部、俺と香乃果もそれぞれ進級し、再び大所帯での通学になるのかと思いきや、兄と俺はほぼ毎日剣道部の朝練がある為、妹達よりも1時間以上早く出なければならない。と言う訳で、妹達とは別々に登校する事になった。
香乃果の吹奏楽部は、コンクールや演奏会の前以外は基本朝練はないので、妹達と一緒の登校になるかと思ったのだが、相変わらず毎日始発に近い電車に乗る俺達と一緒に登校している。
こんなに朝早く登校して何をしているんだろうか。妹達と一緒の登校なら朝ごはんだって、ゆっくり食べられるのに。全くもって意味がわからん。
「隙あり!面ーーーー!!!」
そんな事を考えていたら、突然バシッと強烈な面を一発を食らって、視界に星が散った。
気を抜いていたからなのか、いつもよりもめちゃくちゃ痛かった……地稽古中に余計な事考えてたらろくな事にならないな、と痛感する。
俺は集中力を高め自分を鼓舞し、余計な雑念を振り払うように大声で叫んだ。
「まだまだぁーっ!さァーっ、めーーーーん!!!」
パーンと綺麗に面を打ち抜くと、先程までモヤっていた物が綺麗さっぱりと吹き飛んでいく気がした。
香乃果を許嫁と紹介されてから、もうすぐ一年になる。
でも未だになんの進展もない。
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