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第一章
第3話 友達前提の顔見知り
しおりを挟む7時50分朝練が終わると、着替えを済ませ、いつものように購買部で朝食のパンと牛乳を買う為、階段を昇っていた。
一階に到着し、購買が目前に迫ってきたので、財布を出そうと背中からリュックサックを降ろそうする。が、そこで背負ってきたはずのリュックサックが無いことに気が付く。
まじか、どんだけ動揺してるんだ俺……
リュックがないと言うことは当然教科書も筆箱も全部ないので、このまま教室に戻る訳にもいかず、仕方がない、と嘆息し剣道場まで取りに行く事にした。
俺は一階の購買部から再び道場へ続く階段をダッシュで駆け降りて行く。
俺たちの学校の校舎は変わった造りをしていて、校舎自体が緩やかな坂道に建っている為、屋外であるのにグラウンドは階数で言うと地下にあたる位置にある。
目当ての剣道場は、地下への階段を降りてすぐのグラウンドに向かうアプローチ沿い、柔道場、剣道場の向かい側に弓道場と筋トレコーナーなど道場が密集している、通称『道場通り』にある。
剣道場に到着して一礼して道場の中を覗き込むと、竹刀置き場の前に無造作に置かれたリュックサックを発見したので、サッと取りに入り背負った。
退出の際に一礼するために正面に向き直ると、さっきまで激しい打ち合いをしていた剣道場が今はシンと静まりかえっていた。ピリリと空気が澄み渡り、道場の高い窓際から差し込む朝の光がなんだか神々しく感じる。
シュッ、パァン
その光景に恍惚としていると、背後から気持ちの良い的中音がした。
音の主を探して振り返ると再びパァンと言う音が弓道場から聞こえていることに気が付き、吸い寄せられるように弓道場に足を踏み入れると、そこに居た人に目を奪われる。
スッとした姿勢のいい立ち姿と弓構えから会への動作、そして離れで矢を放った後の残心…美しく流れるような射形に、正直衝撃が走った。
弓道部の練習姿は部活中に時折見えるので幾度となく目にして来ていたが、こんなに綺麗な射形は見たことがなくて、思わず息を呑み立ち竦んでいると、的前にいたヤツが不意にこちらを振り返り、心臓がドキリと跳ねた。
後ろ姿だけでもぶっちゃけ凄いイケメンだったが、振り返ったヤツの顔も相当なイケメンだった。
どこかで見た事のある顔だがイマイチピンと来ず固まっていると、徐にソイツが口を開いた。
「……誰?」
「あっ…えっと……俺、中等部2年A組の瀬田だけど…」
こちらをじっと見ているソイツが片口角を上げてふっと笑って言った。
「…顔は知ってる。ていうか、同じクラス。」
「え?え?」
同じクラスだって?こんなイケメンいたっけな?
訝しげな顔で考え込んでいると、ソイツは前髪を止めていたピンを外し、上衣から眼鏡を取り出してかけた。
「これならわかる?」
「…っあ!お前、梶原か?!」
「そ。えっと…瀬田だっけ?お前クラスメイトの顔くらい覚えておけよ。」
吃驚し過ぎて思わず指さしてしまった人好きのする笑顔をしたソイツは、確かにクラスで見た事のあるヤツ…梶原 弦だった。
◇◇◇
俺と梶原が初めて会ったのは中等部に入ってすぐ。
正しくは、学年首席として入学式で新入生挨拶をしていたアイツを見たのが最初だ。
うちの学校の生徒はほぼ幼稚舎からの持ち上がりが多く、初等部、中等部、高等部の外部生募集は若干名だ。だから俺ら持ち上がり組よりも外部生の方が当然の事ながら頭がいい。
それだけでもかなり凄いのに、学年首席で特待生で、オマケに顔もいいとか……
『天は二物を与えず』とはよく言うが、これは二物以上与え過ぎだろ?と当時の俺は思ったものだが、弓道場での梶原を見て、あの時と全く同じ考えが再び頭を過ぎった。
『文武両道』『品行方正』『清廉潔白』
梶原はこれらすべてがヤツの代名詞と言われる程の優等生だった。
梶原は誰かと連んだり騒いだりするのではなく、どちらかというと物静かでひとりを好んだ。
一部の女子には人気があったが、どこのグループにも属さないので、イケメンはイケメンなのだが、クラスの中でも特に目立つタイプではなかった。
先生達はそんな梶原の事を神童と持て囃すけれど、俺はそうは思えなかった。
神童というか…子供らしさの欠けらも無い、もっと大人びているというか。異質なやつという印象だった。
普通の男子中学生の頭ん中なんて、食う寝る遊ぶとエロい事しかない。かくいう俺もぶっちゃけ例外ではない。
例え、私立の大学までエスカレーターの名門校に通ってるボンボンだって、表面上は取り繕って、そう言う所を見せてないだけ。結局は同じだと思っていた。
あの日から、俺は梶原に興味が湧き、連む…いや、付き纏うようになって気が付いたのだが、梶原はそう言う事に全く興味がない…というか、無感情というのが正しいのだろう、とにかく男子中学生とは思えない程、人生を達観したような雰囲気を纏っていて、兎に角、他とは一線を画していた。
先ず、食う事。俺は朝練の後は購買でパンと牛乳、昼はいつも持たされているお弁当を2時間目終わりに平らげてしまうので、いつも学食で食べていたのだが、梶原は朝も昼も大体ゼリードリンクとシリアルバーのみで済ませていた。
流石に育ち盛りでそれはまずいだろうと、せめて昼だけでもと、しつこく昼に付き纏い、最近漸く学食に誘い出す事に成功した。それからは鬱陶しそうにしながらも毎日一緒に学食で食事をしてくれるようになったが、食への興味は皆無に近い。
次に寝る事。梶原の所属する弓道部は、剣道部、柔道部と同様で毎朝7時前から朝練をやっている為、所属している奴はもれなく授業中に居眠りしたりどこかの休み時間に昼寝したりしているのだが、梶原にはそういう隙が一切ない。
眠くならないのか?お前実はサイボーグだろ?と何度も訊ねようと思ったが、当の本人が涼しい顔をしているだけに、こんなアホみたいな事、未だに聞けていない。
最後に遊ぶ事とエロい事。先ず、遊んだりエロい事をするには1人ではできないので友達や恋人が必要なのだが、残念な事に梶原には友達がいない。
これは梶原自身が他人に興味が無いのが1番の問題なのだが…と言うのも、毎日一緒に授業を受けているからクラスメイトの顔はかろうじて覚えているが、顔と名前が一致しないらしい。
一度気になって理由を聞いた事があるが、その理由には吃驚した。
「名前を覚える必要もないし、第一興味がない。」
クラスメイトと関わるつもりがないと言外に示しているその理由に、それには俺も含まれるのかと思ったら少し胸がチリチリと痛んだ。
なんて返していいかわからず複雑な顔をしていると、梶原は面倒くさそうに短く嘆息しながら呟いた。
「まぁでも瀬田、流石にお前は覚えたわ。こんだけ毎日毎日飽きもせず絡んで来られたら嫌でも覚える。」
単純かもしれないが、そう言われた瞬間、歓喜の感情がぶわわっと湧き出て思わずガッツポーズをした。
「マジ?!よっしゃ!じゃあもう俺ら友達だよな?!な?!」
「それはどうかな。」
小躍りしている俺を横目にチラリと見ると、ニヤリと片口角を上げて意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「えっ…そんな……そんな連れない事言うなよ。なぁ、友達だろ?」
「はは、もうめんどくさいから、何でもいいよ。」
「めんどくさいとかいうなよ。悲しくなるじゃねぇか。」
「はいはい、じゃあとりあえず顔見知りからで。」
先程どこかに吹き飛びんでいったはずの胸の痛みが再度襲って来てしょんぼりすると、梶原はそんな俺を見て少し呆れたように笑いながら言うと、食べ終わった食器を持って返却口に向かって歩き出した。
「うぅ~ん…まぁいいか。わかった!友達前提の顔見知りで手を打つ!今は!」
俺は梶原の後ろ姿に向かってそう叫ぶと、梶原は片手を上げてヒラヒラと手を振った。
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