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第二章
第25話 揺れる想い
しおりを挟む「…乃果……香乃果?」
「…っ、航くん……」
ハッとして隣を見ると、隣の航くんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ねぇ、香乃果、大丈夫?ぼーっとしてたけど……何かあった?」
「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっぴりぼーっとしちゃった…ごめんね、航くん。ええっと…何の話してたっけ?」
正直、頭が渉のことでいっぱいになっていて、目の前に航くんがいる事がすっかり頭から吹き飛んでいた。訝しげな視線を送り、怪訝な顔でじっと様子を伺うように覗き込んでくる航くんに、私は慌てて相槌を打った。
「文化祭での演奏会のパート割りの話だったけど…覚えてる?」
「……ごめん。」
夏のコンクールも終わり3年生が引退後、私達は中等部の時と同じく部長副部長となっていた。そして、今回は代替わりをして初の演奏会。
準備期間は短いが、引退した先輩達への感謝と敬意を送る大事な演奏会なので、当然気合いも入っていた。
それなのに……
目の前で心配そうに私を見つめる航くんに無理矢理笑顔を向けると、航くんは徐に私の額にコツンと額をくっつけてきた。
「熱はなさそうだね。ねえ、香乃果……本当に大丈夫?さっき胸押さえていたけど、苦しいの?少し顔が赤いから、このまま保健室へ行った方がいいかもしれないね。」
航くんの色素の薄い茶色い目が私の心を見透かしているようでなんとも居心地が悪くなった私は、航くんの胸を押し返してパッと身体を離して取り繕った。
「ううん、本当に大丈夫だから!心配かけてごめんね。」
「ふぅん……そう?ならいいけど……具合悪くなったら直ぐに保健室行くんだよ?」
何故か航くんは困ったような泣き出しそうな表情をしてゆっくりと身体を離すと、そこでタイミング良く予鈴がなった。
「そろそろ教室行かなきゃだね。俺はこのまま離れたくないけど…ねぇ、このまま一緒にサボっちゃおっか?」
そうポツリと呟く航くんに何と言ったらいいのかわからず口篭ってしまった私に、航くんは一瞬寂しそうな笑顔を浮かべると、私の頬をするりと撫でた。
「航くん…?」
私が怪訝な顔で航くんを見上げると、航くんは一瞬口の端を歪めてふっと自嘲すると、私の頬から手を離して直ぐにいつもの優しい笑顔を浮かべて冗談っぽい口調で言った。
「なんてね。冗談。教室まで送るよ。今日、部活終わったら弁当箱買いに行こう?ね?」
航くんは立ち上がりそう言うと、私の分の荷物まで持ちこちらに手を差し出した。
その寂しそうな表情に何だか胸がギュッと締め付けられるような気がした。
◇◇◇
2年前のあの日、ただの友達ならいざ知らず、流石にカレカノになってすぐ家族に会うのは心臓が持たないからと、航くんは真っ赤になりながら食事の誘いを固辞した。
それであればせめて、と私は航くんを駅まで送る為、再び元来た道を一緒に引き返すことにした。
「香乃果、俺と付き合ってくれてありがとう。大事にするから。今はその…幼馴染くんの事を想っているのは仕方ないと思ってるし、俺への気持ちがないのもわかっている。だから、香乃果の気持ちが追いついて、ちゃんと俺に向くまでは手は出さないし、香乃果が嫌がる事は絶対にしないって約束するから。」
そう言って繋いだ手をギュッと握って優しく微笑んだ航くんは、私の手を引いてゆっくりと駅の方へと歩き出した。
そして駅に着くまでの間、航くんは黙って私の話を聞いてくれた。
お隣との関係
幼馴染の事
そして、渉への気持ち……
気持ちの整理も着いてなくて、取り留めもない思ったままの事をつらつらと話す私に航くんは相槌を打つ。
決して否定はせず、要らないアドバイスもない。
ただひたすらに私の話を聞き、気持ちに寄り添ってくれた。
やがて駅に着き、ホームに電車が入ってきた時、不意に航くんに抱きしめられた。
「付け込んでごめん。だけど、その振り向いてもくれない幼馴染よりも香乃果は自分の幸せを考えて。そして、願わくばその幸せを俺が与えてあげられるといいと思ってる。」
そして、別れ際に航くんはそう耳元で囁くと、私の額にキスをひとつ落とし、真っ赤になって固まってしまった私を置いてそのまま電車に乗車して行った。
あの日から……丸2年経ったけれど、この2年間、私達の関係はあの時のまま… 駅まで向かう道すがらに交わした約束の通り、航くんはその約束を守って決して手を出して来ない。
とはいえ、付き合っているのだから手を繋いだりハグや軽いキスはするものの、キスですら頬や額、唇に触れるだけの軽いものでそれ以上の関係には進んでいない。完全にプラトニックな付き合いなのだ。
"友達以上恋人未満"
それ以上でもそれ以下でもない微妙な関係が2年続いているが、普通だったらとっくに愛想を尽かされていてもおかしくない状況なのに、航くんは不平や不満を言う事もなく、私の気持ちが彼に向くまでただ優しく待っていてくれている。
私の気持ちが航くんに向くまで……
正直な話、航くんに気持ちが傾いていたのは事実だ。
渉が好き。物心がついた頃からずっと。
今日、たった一目渉の後姿を見ただけで、文化祭の事も演奏会の話も何もかも頭から吹き飛んで、一瞬で思考も心も全部渉に持っていかれてしまう位、それ程までに渉の存在は私の中では大きくて大切な存在。
それは幼い頃から今まで変わらない。
だけど、航くんへの気持ちも嘘ではない。
航くんの事を思うと心がじんわりと温かくなる。
私ばかりが渉の事を想い、渉の一挙手一投足に振り回される事に疲れてしまった私にとって、航くんは唯一安らげるオアシスの様な存在だった。
だから、どっちが大切?といわれれば、今の私にとっては航くんが大事なのだろう。
だけど……
もう渉の事を想う事を辞めようと思えば思う程、私の中は渉でいっぱいになってしまう。
そんな自分の優柔不断さで航くんを振り回してしまっているのはわかっているのだが、理屈ではないのでどうしようもない。
今はまだこの状況が許されているが、いずれ私は、渉か航くんのどちらか選択を迫られるだろう。
果たして私は、その時後悔しない選択が出来るのだろうか。
私は自分の気持ちがわからず、揺れる想いの狭間を揺蕩っていた。
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