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第二章

第24話 囚われたままのふたり

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「……この……か……」


 時計台の下で仲睦まじく寄り添ってお弁当を食べていたカップルは、香乃果と深澤だった。

 2年振りに認識した香乃果は深澤の隣で幸せそうに笑っていた。
 俺が知ってる頃と比べて凄く綺麗になっていて、そんな香乃果が眩しくて直視出来ず、思わず俺は視線を逸らした。


 あれから2年も経っているのに、未だにふたりの姿を目にしただけで動揺してしまっている事実に、自分でも吃驚すると同時に嫌気がさし思わず自嘲する。


 俺はいつまでこの事に囚われているのだろうか。
 何故?何故俺はこれ程までに香乃果が気になるのか。

 誤解とはいえ香乃果の心を踏みにじり、無実の香乃果を酷く傷つけた事に対する罪悪感?それとも別の気持ち?

 自分の気持ちがわからなくてイラつく。

 謝りたい、その気持ちはある。
 だけど、自分から香乃果へ距離を置こうと言った。
 途中で誤解だとわかったのに引込みがつかないままズルズルしていたら、その後香乃果に彼氏ができて完全にタイミングを逸してしまった。気がついた時には完全に八方塞がりのこの状態で、もうどうしていいかわからなくなってしまった。

 この先、謝るタイミングが来るのだろうか。
 今更どうやって話しかけたらいいのか、話しかけられたとしても、どう接したらいいのかもわからない。

 昔のようにとは言わなくても、少なくとも俺から別れを告げる前までの距離感でいいから、また元に戻れないのだろうか。

 あの日から後悔ばかりしている。
 どんなに後悔しても時間は巻き戻らないのに。

 今までふたりの事を考えないようにして徹底的に避けていたし、学年も違うので関わることも無かったが、いざ仲のよさそうなふたりの姿を目の当たりにするとどうしようもなく胸が痛かった。


「……いい加減、俺も前に進まなきゃいけないよな。」

「……瀬田?どうした?」
  

 呼びかけでハッと我に返ると、ポツリと呟いた俺を見て何かを察したのか、猫実は怪訝な顔でこちらを伺っている。


「…っ、あ、あぁ…なんでもない。早く戻ろう。このままじゃ飯食えねー。」


 俺はふるふると頭を振ると乾いた笑いを零した。
 これ以上ふたりの仲睦まじい様子を見るのも辛くて、ふたりから目を逸らすと、俺は少しでも早くその場を離れようと早足でその場を後にした。




 ◇◇◇



 あの後ろ姿はもしかして……




 お昼休み、クラスの違う私と深澤くんは暑かったり寒かったり天気が悪かったりする日以外は、いつも中庭で落ち合ってお弁当を食べるのが日課だ。

 この前、初めて自分で作ったお弁当を持っていった時に、最近少しずつ料理をするようになった話をしたら

「え?!香乃果のお弁当食べたい!今度俺に作ってきて!お願い!」

 と懇願されたので、今日はこうくんのリクエストで私がお弁当を作って持ってきていた。

 甘い卵焼きにタコさんウィンナー
 チーズ入りのミートボールとコーンとほうれん草のバターソテー
 それにご飯におかかをふりかけたもの
 あとはプチトマトとブロッコリー

 まだ料理を始めたばかりなので、そんなに手の込んだ料理は作れなかったが、見た目の彩りも考えて作ってみた。
 口に合うかドキドキしながら航くんにお弁当を手渡すと、航くんはとても嬉しそうに破顔した。


「うわ……マジか。めっちゃ美味うまそう!てか、もう食べていい?」


 キラキラした表情でお弁当を開けた航くんは、私の返事も聞かずに一気に掻き込むようにあっという間に完食してしまった。


「あー、美味しかった!ご馳走様でした。特に卵焼き、めっちゃ好みの味付けでこれなら毎日、いや一生食べられそうだよ。香乃果ありがとう。また作ってくれる?」


 食べ終わってお弁当箱の蓋をした航くんはそう言うと、私に空っぽになったお弁当箱を手渡した。どうやら口にあったようでホッと胸を撫で下ろす。


「うん、いつでも作ってくるよ。」

「本当に?なら毎日食べたい!!!……と言いたいところだけど、それじゃ香乃果の負担になるだろうから、これからは週一でいいから作って来てくれると嬉しいな。」


 私がそう言うと、航くんは身を乗り出して食い気味に反応した。
 それがおかしくて思わず笑ってしまう。


「ふふふ、わかった。でも、いいの?私、まだ料理始めたばかりだし、手の込んだものは作れないよ?」

「そんなのいいんだよ。そうだな…練習だと思ったらいいよ。それに、香乃果の作ったものなら何でも食べたいし!」

「練習って……もしかしたら失敗して美味しくないもの持ってくるかもしれないよ?」

「大丈夫!その時はちゃんと不味いっていうから。」

「もう!そういう時は嘘でも美味しいっていってよ!」


 悪戯っぽくいう航くんを小突いて睨めつけると、航くんはとても幸せそうに顔を綻ばせ楽しそうに声を上げて笑った。


「ははは、それじゃあ早速今日帰りにお弁当箱買いに行こうね。」


 楽しく談笑しながらお弁当を食べたその後は、文化祭でのお互いのクラスの催物の話や吹奏楽部の演奏会の話をした。
 航くんは生徒会役員なので当日の見回りがあり、部活の演奏会もある為、クラスの催物には参加しないそうだ。

 そんな話をしていた時、ふと校舎の方から視線を感じて徐にそちらに顔を向けると渉が早足で去っていく後姿が見えた気がした。

 この2年で、渉の背はチビの私とは比べ物にならないくらいグンと伸びて身体付きも随分と男らしくなっていて、心臓がドキリと跳ねた。

 渉に避けられるようになってから、面と向かって渉と顔を合わせる事が無くなっていたけれど、部活の試合や体育祭などの渉が公に活躍する場面…そう、誰でも彼を見る事が出来る機会だけは、遠くから彼を眺める事が出来ていた。
 昔から渉がチラリと視界に入るだけで、もう渉の事しか考えられなくなるくらい渉でいっぱいになるのがわかっているのに、どうしても渉を見たくて何度もこっそり部活の大会を見に行った。

 その度に渉への気持ちが溢れて渉でいっぱいになる。
 だけど、同時に航くんへの罪悪感もいっぱいになる。

 私には航くんがいるのに……

 わかっていても、渉への気持ちが溢れてくる。この気持ちは止められなかった。

 そして、今、私の心が渉でいっぱいになっている。
 だから、私には確信があった。あれは間違いなく渉だったと。

 それ程までに、私の心には渉への想いが深く根付いていて、未だに囚われたままでいるのだと思い知らされて嫌になる。

 あんなに一緒にいたのに心が離れていた事にも気が付かず、拒絶され物理的にも離れたことによって、よく知っている幼馴染のはずなのに、まるで全く知らない男の人のように感じた。

 気持ちが落ち着かず痛む胸をギュッと押さえると、私は去りゆく渉の背中を見えなくなっても目で追い続けていた。
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