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第二章
【閑話】 妖精と出会った日-後編-
しおりを挟む突然の突風に揺らされた桜の木は大きく枝を揺らし、枝いっぱいに咲き誇る花から薄いピンク色の花びらがシャワーの様にはらはらと頭上へ降り注いだ。
後から後から降り注ぐ花びらの雨……
後から後から花びらが落ちてくるその幻想的な光景に圧倒されていると、モノクロに見えていた景色に急激に彩が着いていき、ずっと空っぽで何も感じなかった僕の心に感情が生まれていった。
彩のない無機質な世界が目の前の"この"を中心に綺麗で美しいものに変わった瞬間、彼女は花びらを両手で受けながら感嘆の声を上げた。
「わぁ、見て見て!花びらのシャワーみたい!すごいね!さとる!わたる!きれいだねぇ!」
そう言ってキラキラした笑顔で、後ろにいるふたりの方へくるりと振り向いた彼女の細くて柔らかな髪はふわふわと風に揺れていて、その姿はまるで妖精の様に見えた。
「……妖精だ。」
思わずぽつりと呟いた俺に藤乃は一瞬、驚いたように目を見開いた。
俺は視線を彼女に留め置いたまま、思った事を続けて言った。
「ねぇ、ふじの、あの子は妖精だよね?きっと桜の妖精だよ。」
「そうですね。とても可愛らしくて妖精さんみたいですね。」
彼女は"妖精"
そうだ、そうに違いないんだ。
その日、ぽっかりと何も無かった俺の心に"この"という妖精が住み着いてくれたおかげで、虚無だった俺に感情と自我が生まれ、季節と時間が戻ったのだから。
そんな彼女と仲良くなりたいと思ったのだが、不思議とそれ以降、俺は彼女と会う事はできなかった。
大学までエスカレーターの幼稚園なのでそこそこ子供も多く、幼稚園児の行動力、ましてや、直前まで殆ど自我のなかった俺に彼女を探し出す手段も方法もある訳もなく、手がかりは"この"という名前だけ……
それ以外にはなかったので探すとしてもお手上げ状態だったし、正直な話、この時の俺にはまだそこまでの執着もなかったので、漠然とまた逢えたらいいなくらいにしか思っていなかったというのもある。
そうこうしてるうちにあっという間に月日は流れて行き、彼女と再会出来たのは初等部に入学した初登校日だった。
門の前で送迎の車から降りて校舎に向かって歩いていると、ふと、初等部校舎の前で初等部の制服をきた男の子と女の子ふたりと幼稚舎の園服をきた男の子が何やら話をしている姿が遠目に目に入
った。
校舎に近付いていくにつれて顔がハッキリしてくると、それがあの時の3人組だという事に気が付きドクンと大きく心臓が跳ね上がった。
久しぶりに見た彼女は満開の桜を背景にキラキラ光って見えて、あぁ、やっぱり"この"は桜の妖精だ、と思った。
"この"の姿を見ただけであの時のように胸の辺りがむずむずしてきて落ち着かなくなり、駆け出したい初動に駆られたが、よくよく考えると俺と"この"には面識が無い訳で、いきなり知らない子から話しかけられたら怖いよな、と思い直した俺は、深く一呼吸して、少し早足で"この"の方へ歩を進めた。
会えた事が嬉しくて、なんて声を掛けようかな?と考えながら彼女達の側まで行くと、きょとんと不思議そうにしている幼稚舎の子と少し困ったようにしている"この"との会話が耳に入ってきた。
「このちゃん、どこいくの?ここ違うよ?」
「ううん、違くないよ。私は今日から小学生だから、ここに通うんだよ。」
「そぉなの?じゃあ、俺も行く。」
状況が良くわかっていないのか、男の子は彼女の手を引いて一緒に校舎に入ろうと歩き始める。彼女は慌てて男の子を制止すると、しゃがんでその子に目線を合わせて諭すように話をした。
「ここは小学生になったら通えるところ。渉はまだ幼稚園生だから、ここに通うのは来年からだよ。」
「このちゃんと一緒がいい。」
「んーん、それはできないよ。私は今年小学生になったから、ここなの。渉はあっちね。」
「じゃあ、このちゃんも来年からにして。」
眉間に皺を寄せて俯いて立ち尽くしてしまった男の子…渉に彼女はしゃがんだまま言い含めるように諭していたが、渉は彼女の制止を振り切って初等部の校舎に入ろうと彼女の手を引いて歩きだそうとしていた。
「私はひとつお姉さんだから、もう渉と一緒にいけないの。だからごめんね。来年からまた…」
初等部の校舎の前で、顔を真っ赤にしながら目に涙をいっぱい溜めてぷるぷる震えながら彼女の制服を掴み、行かないで、と言う渉に、彼女は戸惑っているようだった。
「やだ……やだ!このちゃんとはなれたくない…行かないで!」
「やだ!恥ずかしいからやめて!渉なんて嫌い!」
そう泣いて縋り付く渉に固まってた彼女は、我に返った拍子に渉を突き飛ばしてしまった。
「香乃果!!!」
ぽかんとする渉を見て、彼女は一瞬、しまった!という表情を浮かべたが、どうしていいかわからずに真っ赤な顔をした彼女は呼び止めるもうひとりの男の子と渉を置いて校舎に走って入っていってしまった。
ほんの数分の出来事だった。
だけど、そのほんの数分の出来事で、今まではどこか人間では無くて妖精の類だと思っていた彼女が、紛れもなく俺と同じ人間だと強烈に印象付いて気分が高揚した。
同じ人間なのだから、友達になる事だってできる、そう思ったら居てもたってもいられなくて俺は校舎に向かって走り出していた。
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