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第三章
第56話 父娘の時間-後編-
しおりを挟む「バタバタ決まった留学だったけど、香乃果は元気でやれてる?ホームシックとかになってない?」
父はエンジンを掛けサイドブレーキを外して車を発進させると、私にそう訊ねた。
日本での高等部2年生終わり頃、縁あって突如始まったカナダでの生活は、最初から順風満帆という訳ではなかった。
慣れない異国の地で言葉も通じない中、周りの環境に慣れなくて大変だったし、最初は不安だらけで日本が恋しくなった事はある。
だけど、語学学校が始まると直ぐにそんな不安を感じる余裕もないくらい忙しくなって、更にセカンダリーが始まるとあまりの忙しさに目が回る程だった。
そんな目まぐるしい日々を伊織叔父さんや奥さんの浬々さん、プライマリースクールに通う娘の真理亜ちゃんに美理亜ちゃん、キンダースクールに通う末っ子の恵也くんに囲まれて楽しく過ごしているうちに、有難い事に最初に感じたホームシックを忘れる事ができていた。
「うん、大丈夫だよ。最初は正直授業に着いていくのがやっとだったし、余裕もなかったけど、優しい叔父さんファミリーのお陰でホームシックにはあんまりならなかったかな。」
私は笑顔を向け、そのままの気持ちを父に伝えると、父も安心したように顔を綻ばせた。
「そっか。まぁ、それなら安心。よかったよ。」
父は私の言葉に安堵の溜息を吐き優しく微笑んでそう言うと、片手でハンドルを操作しながら私の頭をぽんぽんと撫でた。
父に頭を撫でられたのは何年ぶりだろう。
それがなんだか擽ったくてふふと笑み零す。
「ん?どした?」
「なんでもないよ。」
「そう?」
父が信号待ちの時に訝しげに顔を覗き込んで来きたので、気恥ずかしくて顔を逸らすと、パッと目の前の信号が変わり父は車を発進させる。
車を走らせて暫くすると、何かを思い出したように父が口を開いた。
「ところでさ、香乃果が渡航したクリスマスの日、渉くんと話をしたんだよ。」
不意に出た父の言葉にドキリと心臓が跳ね上がり、思わず聞き返してしまった。
「え…渉と?どんな話?」
「んー…気になる?」
「そ、そりゃ…気にならないと言える程、気持ちの整理が着いている訳では無いけど……」
渉との話……
一体どんな話をしたのか、気になるかと聞かれれば当然気になる。
だけど、もう2年も前の話で、既に渉と穂乃果は許嫁として仲良くやっているだろう。
そう思ったらズキリと心が痛んだが、私は慌ててその痛みから目を逸らした。
それに、今更当時の聞いたところで何か変わるのだろうか、という思いもあるにはあって心中は複雑だった。
知りたい……だけど渉と穂乃果のハッピーエンドなんて聞きたくない。
知りたくない……だけど、ちょっぴりふたりの顛末を知りたいって思う私もいる。
我儘で自由奔放な穂乃果に、あの気の優しい渉が振り回されるだけ振り回されて、ちょっぴりでも渉が後悔すればいいのに。
いや、もしかしたらもう既にちょこっと後悔してるかもしれないって思ったら……やっぱり知りたくなった。
大事な妹と大事な幼馴染の幸せを願えない自分の心の狭さには自嘲するしかないけれど。
もう吹っ切れたと思ってたのになぁ……
直接的な事でもなく、たった一言渉の事と聞いただけなのに、あっという間に心はあの時に戻ってしまう。
我ながら諦めが悪くて嫌になる。
ふぅと息を吐いて黙り込んでしまった私を見た父は、ニヤリと笑うと意地悪そうに言った。
「ははは、素直じゃないねぇ。気になるなら気になるって言えばいいのに。」
「そんな事……って、あぁっ!もう……気になる!気になります!そう言えばいいんでしょ?!」
父の言葉にムキになってそう返すと、父はくつくつと喉を鳴らして楽しそうに笑いながら、何かを考えて、そして、諭すような口調で言った。
「そうだなぁ…色々と思うところはあるけれど、一言で言うと……君たちの間には圧倒的に言葉が足りてなかった…って事かな。」
「言葉が足りない……?」
「そ。何があったか知らないけれど、きちんと渉くんと話は出来てたのかな?」
父に指摘されて思い返して見る。
そう言えば、小学校に上がってから徐々に渉と過ごす時間が減っていった。そして、それと比例して交わす言葉も減っていって、最後には殆ど口をきいていなかった。
「……出来てなかったと思う。」
私がポツリとそう言うと、父はわかっていたような口調で相槌を打った。
「うん、そうだろうね。あの日の事だって、もしかしたら何も言わなかったんじゃない?ねぇ、香乃果は渉くんの気持ち聞いたの?それと、自分の気持ち、ちゃんと渉くんに伝えた?」
図星を指され返す言葉がなかった。
確かに、私はあの時、自分の気持ちを伝える事をしなかった。
いや、あの時だけじゃない……
渉に距離を置こうと言われた時だって、自分の気持ちを伝える事をせずに目を逸らし、挙句、航くんに逃げた。
そして今度は、会って直接自分の気持ちを伝える勇気がないからって話し合う事から逃げて、自分の言いたい事だけ言って遠いカナダの地へ逃げてきた。
それだけではなく、渉の気持ちも聞かずに……
途端に罪悪感で胸が押し潰されそうになり、涙が滲んで来て、私はハンカチでぐいと目元を押さえた。
そんな私を見る事なく、父は前を向いて車を走らせながら私に訊ねる。
「それで…香乃果はあれから渉くんと連絡取ってる?」
「メールのメッセージは着てるみたいだけど……」
ポツリと答えると、父は吃驚したような声を上げて、ブレーキを踏んだ。
「わわっ!吃驚したぁ!」
「あぁ、ごめんごめん……ていうか、まさか開けてないの?」
私がこくりと頷くと、父は力なく、そっかぁ…と呟き、再び車を発信させた。
「なかなか気持ちの整理がつかなくて…」
私の言葉を受けると、父は深く溜息を吐き黙り込んでしまった。
どちらからも言葉を発する事のない静かな車内には、オーディオから流れる流行りの音楽が流れている。
暫くその音楽をBGMに車の窓の外の流れる景色を呆然と眺めていると、父が徐に口を開いた。
「まぁ、渉くんの気持ちについては僕からは何も言える事はないし、言うつもりは無いけどね。だけど、もし香乃果の気持ちが落ち着いて、気が向いたら読んであげたらいいんじゃないかな?」
「うん…そうだね。」
父の優しい口調に再び涙が滲んできて思わず俯くと、父はパッと明るい空気に変えるように楽しそうに話題を変えた。
「そうそう。そんな事より…今日はお父さんの家に行く前に、卒業&入学祝いでアウトレットでお買い物しよう!何か欲しいものある?」
父の気遣いが嬉しくて、私も気持ちが浮上する。
「うーんと、通学用のカバンが欲しいかな?あと、時計!それと……」
「えぇ、まだあるの?……ええぃ!仕方ない!今日は無礼講だ!ドンと任せなさい!そうと決まればレッツラゴー!」
調子に乗ってアレもコレもと言うと、一瞬青ざめた父だが、やがて気合いを入れると、覚悟を決めたかのようにそう言うと、ナビを操作して目的地をアウトレットに設定している。
楽しそうにナビを設定している父を横目で見ながら、シアトルから帰ってきて気持ちが落ち着いたら、渉からのEメールを開いて見ようかな、とふと思っていた。
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