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第三章
第57話 開封
しおりを挟む父とシアトルで1週間程過ごした後、一緒にバンクーバーに帰ってくると、父は翌日の入学式に参加して、その日の夜にはシアトルへ戻って行った。
「また近いうちに会いに来るよ。それまでお互い元気で頑張ろうな。」
そう一言残して。
父が帰った後、部屋に戻ってベッドに入ると、今までとこれからの事が頭を過ぎった。
家族や幼馴染達と過ごした楽しかった日々
学校生活で経験した事
それから、渉の事、航くんとの事……
それまでの色々な思いが込み上げてきて少しばかりセンチな気分になったが、それよりも大学でやりたい事は沢山あるし、学びたい事も沢山ある。
明日からはそれらを思いっきり学べるんだ、ここからまた新たな生活が始まる、そう期待に胸が膨らませ、私は目を閉じると心地よい眠気に身を委ねた。
そうして、次の日から私の新しい生活が始まった。
新しく始まった大学生活は思っていたよりも大変で、授業の多さもさながら日々の課題も多く、それらに毎日追われるように過ごしているうちに気が付くとあっという間に2ヶ月が過ぎて季節は12月。
待ちに待ったホリデーシーズンを迎えると、各家それぞれがイルミネーションやデコレーションで家を飾りたてるので、街は一気に華やかになり、一気にクリスマスムードが高まっていった。
私もこの頃には学校も休みに入り、忙しかった日常から少し解放されて、のんびりと子供達とジンジャーブレッドハウスを組み立てたり、クリスマスの準備を楽しむ余裕も出てきた。
しかし、それも落ち着いてくると、本格的にやる事が無くなってくる。
とはいえ、持ち回りで回ってくる家の事はあるし、休み中にやらなければならない課題もあるので、それらをこなしながら日々を過ごしていると、ふとした拍子に渉からのメールの事が頭に浮かぶようになってきた。
父と会ったあの日、渉からメールが来ている事を意識してからというもの、追いやっても追いやっても、ふとした瞬間に頭に浮かんで来てしまうのだ。
と、言うのもこの2年間、2~3ヶ月に一度届く渉からのメールを、認識しこそすれ、私は未だに一度も開封した事がなかった。
正確に言うと、開封出来なかったのだ。
別れを告げられてから今まで殆ど没交渉だった渉から突如として送られて来るようになったメールの内容が気にならない訳がない。
今までだって、何度開封をしようとしたかわからない。
だけど、開けなかった。
そうこうしているうちに、1通…また1通と増え、既に未読メールは10通を超えているが、未だに1通も開封出来ていない。
理由は怖かったから……
没交渉相手からのメールの内容が単純な近況報告であるとは考え難く、大方恨み言の一言でも言いたいとかそういうことなんだろうなぁと頭の片隅では理解をしてはいた。だけど、メールの内容が恨み言だったならまだしも、穂乃果との幸せに溢れた内容だったら……そう思うだけで、心が凍りつきそうになった。
そうなるように自ら望んで仕向けて来たくせに、いざ、そうなったら事実を受け入れるのが辛くて、そんな事実を知りたくないと恐怖で身が竦んでしまうのだ。
そんな事を考えながらも心を奮い立たせて、いざ開封しようとメールを目の前にすると手が震えてしまって、何日も葛藤をしては結局開けられないを繰り返し、なんだかんだ開けず仕舞いに終わってしまう。
そして、最終的に開けることが出来なかったメールをそのままメインフォルダーに置いておくと、メールチェックの度に目に入り、心が掻き乱されて辛くなるので、そのままドラッグアンドドロップで無題のフォルダーへ移動させて終了する。
それと同時に、叫び出してしまいそうな自分の心にもそっと再び蓋をして、何事も無かったように振る舞うのだ。
カナダに来る時に、渉への想いに蓋をすると決心したあの時と同じ様に……
それでいい。それがみんなが幸せになる為の最善なんだ。
私は、そう信じて疑って居なかった。
だけど、先日、父に言われた言葉でその思いが揺らぎ初めている。
私の気持ちは伝えたの?
渉の気持ちは聞いたの?
私達はちゃんとお互いの気持ちの話をしたの?
幼い頃はずっと一緒にいて、言葉にしなくてもお互いの気持ちが手に取るようにわかっていたのに、思春期を迎えてからは、ぱったりと相手の事がわからなくなり、それに合わせて心の距離もどんどん離れていった。
わからなければ、会話をして言葉を交わせば良かっただけなのに、それすらせずに逃げたのは、誰でもない、私だ。
今更なのかもしれないが、もしかしたら、別れを告げられた時に何も言わずに身を引いた事や、渉の気持ちも聞かずに許嫁交代の話を進めた事等、結局、渉の為と思ってやってきた事が全て私の独りよがりで、この時も泣いて縋ってでも、会話をしてきちんとお互いの気持ちでぶつかり合って、気持ちを伝え合うべきだったのだろうか。
全てはもう遅いのだろうけど……
私は深く嘆息をすると、デスクに向かい、ノートパソコンを開いて、メーラーを立ち上げた。
受信メールを読み込み終わった画面には、直近に受信したメールの一覧が表示されていて、その1番上には昨日メールチェックしている時に届いた渉からのメールがある。
私はいつも通り開くことなく、それをそのまま渉からのメールを保存している無題フォルダーへ移動すると、その無題フォルダーを開いた。
『君たちの間には圧倒的に言葉が足りてなかった』
先日父と会った際に指摘されて、漸く自分の気持ちと向き合ってメールの開封を決心したはずなのに、未だに未開封のままの渉のメールを目の前にして、今更ながら心が揺れ始めている。
怖い、だけど…向き合わなければ……
逡巡する事小一時間。
私は、意を決して1番古いメールをクリックした。
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