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第四章
第76話 葛藤
しおりを挟む"いってきます"
父と聖にそう言った後、私は涙を拭って早足でエントランスの中へ進んだ。
クルクルと回る自動ドアを潜り抜け、ホテルへ一歩足を踏み入れると、そこは映画のワンシーンに出てきそうな程、豪華で煌びやかな空間が広がっていた。
吹き抜けのロビーや屋内にある噴水など、見所が沢山あった…と思う。普段の私ならきっと大興奮してキョロキョロと視線を巡らせていただろう。
だけど今の私は、そんな事よりも早く渉に会いたくて、歩を進める事に精一杯で周りを見る余裕なんて一切なかった。
周りの風景には目もくれず、そのまま一直線にロビーを抜けると、正面にチェックインカウンターがあり、それを挟んでひとつは2~10階までの低層階用、もうひとつは11階以上の高層階用にと左右に別れたエレベーターある。
低層階用のエレベーターは吹き抜けに沿ったガラス張りのシースルーエレベーターだ。
あ、なるほど。
吹き抜けなのは低層階までなのね。
私の手元のカードキーに書かれたルームナンバーは1125、という事は…と、私は迷わず高層階用のエレベーターに乗る為、エレベーターホールに向かった。
ホールに着きエレベーターの呼び出しボタンを押すと、エレベーターは1階に停まっていたのか、すぐに扉が開き待つことなくエレベーターに乗れた。
行先の11階のボタンを押すと、ゆっくりと扉が閉まりエレベーターは上昇を始める。
11階以上の高層階用2~10階は通過する為、するすると数字がカウントされていった。
階数の表示がひとつ、またひとつと上がる度に緊張が増してくる。
静かなエレベーター内、黙っていると色々と余計な事を考えてしまって、不安と緊張で身体が震えた。
正直、何を話せばいいのか、会ったら上手く話せるだろうか、と不安と焦りばかりがグルグルと頭を巡り、どんどんマイナス思考に陥っていく。
いかん、ダメだ。
一旦落ち着こう。
ふるふると頭を振ると、目を瞑り落ち着かせるように深く深呼吸をして…そして、考える。
すると、急に、『そうだ、そういえば、渉とはあの時以来、殆ど顔を合わせてないんだった。』と、渉とはかれこれ4年程話をしていない事を思い出した。
あぁ、そっか。そうだよね。
4年も話をしていないんだから、始めから上手く話せる訳なんてないんだ。
それなら……
上手く話せなくても、何も話せなくてもいいじゃない。
そんな事よりも何よりも、渉に会いたい……
ただ、会いたい、それだけでいいじゃない。
そう、渉に会える、それだけでいいんだ。
そう思ったら、なんだか少しだけ気持ちが楽になった気がする。
ほぅと息を吐くと、ほぼ同時にチンとエレベーターが目的階に到着した事を知らせるベルの音が鳴り、ゆっくりと扉が開いた。
このエレベーターを降りたら、もう後には引き返せないそう思うと途端に怖気付いて足が竦んだ。
だけど、ここを降りれば渉に会うことができる。
恐怖と期待は表裏一体で紙一重。
このまま怖気付いて引き返す?
それとも勇気を振り絞ってエレベーターを降りる?
どちらを選ぶかと聞かれれば、私は……
私は一呼吸すると、開かれた扉を一歩踏み出すようにエレベーターホールに降り立った。
私は勇気を振り絞って一歩踏み出す選択をしたのだ。
しかし、そこまではよかったのだが、いざ、もうすぐ会えると思うと緊張がピークに達して、頭が真っ白になりそうになった。
私は、慌ててふるふると頭を振り意識を戻すと、辺りをぐるりと見回して部屋への案内標識を探す。
ホールに全体図は載っているが、実際にエレベーターホールを出たら右に行く?それとも左?と全体図をみてもさっぱり理解が出来なかったので、とりあえずとホールから通路の方へ向かった。
すると、探していた標識はエレベーターホールを出てすぐの壁にあり、私は感謝しつつその矢印の方向に沿って進んで行く。
会いたくて会いたくて……凄く、凄く会いたくて、今にも駆け出してしまいそうな程、気持ちだけがどんどんと先に行ってしまう。
このまま感情のまま突っ走ると、会わなかった4年分の想いが弾けてしまいそう……
だから、私は逸る心をなんとか鎮めて、一歩、また一歩……と、渉のいる場所へ続く道を踏みしめながら歩いた。
このすれ違った4年間の気持ちの整理をつけるために……
ルームナンバーを確認しながらゆっくりと進み、やがて突き当たりの角部屋の扉に探していた"1125"の文字を確認する。
「あった……この部屋だ。」
いざ扉を目の前にして私の心臓はドクンと跳ねあがった。
この扉を開けたら渉がいる……
もうすぐ渉に会える。
そう思うだけで感極まって涙が滲み、気持ちが溢れそうになる。
だけど嬉しさ反面、
会ってみてやっぱり無理とか言われたらどうしよう。
と、極度の緊張と不安が襲い、バクバクと心臓が波打ちぶるりと身体が震えた。
大丈夫。
きっと渉は……
渉の気持ちは、私の勘違いじゃなければ、貰ったメールで何となく理解してはいる。だけど、私と渉はこの4年間、口を聞いた事は疎か、まともに顔すら合わせていないのだ。
わかってはいたけれど、4年という月日はそれだけ長く重い。
散々言い聞かせてもどうしたって不安になるし、腰が引けてしまう。
だけど、何度葛藤した所で答えは変わらない。
ここで会わないという選択肢は私にはなかった。
深呼吸をひとつすると、意を決して呼び出しのベルを押そうと手を伸ばす。
しかし、緊張で手が震えてなかなか押す事が出来なかった。
もう目前なのに……
あと少しだけ勇気を振り絞れば会えるのに……
ここ一番で勇気が振り絞れないとか、ヘタレ過ぎて泣けてくる。
それから何回もベルを押そうとトライしては見たが、何度やっても寸でのところで押すことが出来ない。
さすがに気持ちも焦ってくる。
私は気持ちを落ち着かせる為、一度上げた腕を下ろすと、深く息を吐き、フルフルと頭を振り気持ちをリセットした。
そして、何回目のトライなのかもう数える事も諦めたくらいの回数目、漸くベルのボタンに指が届くか届かないかのタイミングで、目の前の扉がゆっくりと開く。
「……う、そ……なん、で……?」
そこには、記憶よりも随分と背も伸びて逞しくなった渉が、眉根を寄せたくしゃくしゃな顔で微笑んで立っていた。
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