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第四章
第75話 明らかになった真実
しおりを挟む「香乃果、落ち着いて聞いてね。話と言うのは、穂乃果の事なんだ。」
真剣な顔でそう言う聖の言葉にドクリと心臓が波打ち、血の気が引いて手が震えた。
「え、穂乃果……?まさか…穂乃果に何かあったの?!」
突然の事で頭が真っ白になりながら震える声でそう訊ねると、聖は少し困ったような顔をして、言葉を選びながら言った。
「何かあったというか…話すと長くなるんだけど……実は穂乃果はね、今沙織ママと一緒に祖父母の所で静養をしてるんだ。」
"静養"という不穏な単語に血の気が引いて頭がクラクラとしてきた。
「せ、静養って?!どういう事なの?!何か悪い病気にかかったとか……?ていうか、穂乃果は大丈夫なの?!」
私は矢継ぎ早に状況を確認するように問い掛けるあ。
その勢いにシートに押し付けられるようになった聖は、苦笑いを浮かべながら、宥めるように私の手を取り、ぽんぽんと撫でた。
「あぁ、そういう方面についてなら何も心配要らないよ。身体はピンピンしてるから。」
聖は薄く笑むと感情の籠らない声でそう答える。
「そういう方面……?心配要らないって…じゃあ……」
「うん、穂乃果の場合は身体じゃなくて…簡単に言うと"心"がね。」
聖はそういいながら自分の胸の辺りを叩いた。
「……心?」
「そう、心。ほら、香乃果にも覚えがないかな?例えば、穂乃果の欲しいと思ったものは、ものすごく駄々を捏ねてでも手に入れるでしょ?こういう並々ならぬ執着とか、後は、人の手柄は自分の手柄で自分の失敗は人のせいにするところとか……物心がついた小さな頃からそうじゃなかった?」
そういえば、昔から穂乃果は私の物を欲しがった。それも決まって私がお気に入りの物ばかり。私が嫌がってあげなければ、癇癪を起こして取られた挙句、目の前で壊された事も何度も……
それから……
嫌だったけれど、引き摺るのも癪なので今まで気にしてなかったが、改めて言われて思い出すといくつも思い当たる事が出てくる。しかもそれがかなり多すぎて思わず遠い目になると、目の前の聖がくすりと笑った。
「ほら、思い当たったでしょ?」
「うん…かなり。だけど、確かに穂乃果の我儘は度を超えてる時もあったけど、所詮ただの我儘じゃない?もし、それが静養の原因だとしたら…ちょっと大袈裟な気がするんだけど。」
私がそう言うと、聖は目を閉じて首をゆっくりと横に振った。
「いや……大袈裟なんかじゃないよ。香乃果がこっち来てすぐにちょっと問題起こってね。俺の師事している准教授にカウンセリングをお願いしたんだけど……始めてすぐに診断が出たよ。パーソナリティ障害だって。良心の欠如、異常な執着…色々総合して、それもかなり複雑で根が深くて……」
私が理解し易いようにゆっくりと優しい口調で話しているはずの聖の言葉が、何故だか全然入ってこない。
「え、っと……ごめん、ちょっと理解が追いつかない……」
確かに穂乃果は我儘だったし癇癪持ちだった。それ故に多少…他の人よりも行き過ぎた行動を取ることはあったかもしれない。だけど、私にとってはそれでも可愛くて愛すべき妹で、家族に甘えているだけのただの我儘としか感じていなかった。
それが、実は……と言われても到底理解なんて出来なかったし、納得だって出来なかった。
私がそう言うと、聖はふうと軽く嘆息して肩を竦めた。
「うん、そうだろうね。急にこんな話されても理解出来ないよね。それはおいおいゆっくり話すとして……だけどね、これだけはわかって欲しい。穂乃果は、決してやってはならない事をしでかしたんだ。」
「…そん、な……穂乃果は一体何をしたの?」
やってはならない事という単語に、緊張でバクバクと強く拍動した。
目を見開き青ざめている私に、落ち着けという事だろうか、聖はミネラルウォーターのボトルを手渡してくる。
それを受け取りちょっぴり口を湿らす程度に口に含むと、それだけどで少し冷静さを取り戻せた。
落ち着いた所を見計らって、先程の私の質問を考慮しつつ、聖はゆっくり話を再開させる。
「そうだな、どこから話そうか……ところで、香乃果、渉についてどう思う?」
「え……わ、たる…?」
なんの脈絡もなく唐突に渉の名前が出てきて、心臓がドキリと跳ね上がった。
「そう、渉。幼い頃、俺らさ、いつも3人一緒に過ごして来たよね。渉も、このちゃんこのちゃん、って香乃果にベッタリで。」
動揺する私をじっと見据えた聖は、昔を懐かしむように目を細めてそう言った。
「そうだったね。年子で優が生まれて、あんまり身体の強くない由紀ママは優にかかりっきりになっちゃったからね。」
聖の懐かしい話に、私も小さな頃の渉を思い出す。
いつも眉尻を下げて上目遣いで除いてくる可愛らしい渉や、私の腕の中で幸せそうに笑う渉……
楽しくて幸せで、そして大切な日々を懐かしむようにそう言うと、聖も心做しか口元を緩ませた。
「そうそう。おかげで甘ったれの渉は香乃果にベッタリくっついてさ。それが、いつからか香乃果じゃなくて穂乃果にベッタリになった。」
言い終わると途端に聖の雰囲気ががらりと変わった。
「……ねぇ、おかしいと思わない?」
表情も口調も柔らかなままなのに、どこか冷たく感じる空気に背筋がぶるりと震えた。
黙り込んでいる私に、聖は貼り付けたような笑みを向けたまま、話を続けた。
「きっかけは、香乃果が初等部に上がった時かな。覚えてる?」
そう言われて少し考えると、初登校の日の事が頭に浮かんだ。
というか、その時期に思い当たるのはこの出来事しかなかった。
「…何となく……渉が一緒に校舎に入ろうとした時?」
恐らく…と口にした私の言葉に聖は頷いた。
「そう。その時香乃果に突き飛ばされたのが拒絶されたように感じたんだろうね。香乃果には些細な事だったんだろうけど、あの時の渉は完全に香乃果に依存しきってたから、ちょっとの拒絶でも渉にとってはこの世の終わりくらいの強い衝撃だったんだと思う。」
聖の言葉にガンと頭を殴られたような衝撃を受ける。
あの出来事がまさかそんなにショックを与えていたとは思いもよらず……
まさかそんな事で…と思いながらも、当時の小さな渉の気持ちを慮ると、申し訳ない気持ちで胸がぎゅうっと締め付けられた。
聖は目を瞑り俯く私の肩に手を置くと、一呼吸して、驚くべき事を告げた。
「そこに穂乃果が付け込んだんだよ。もう気付いたと思うけど、穂乃果の執着の先は、渉だよ。」
付け込んだ?
当時私は初等部1年で渉は年長だった。
と、いうことは……
「え?ちょっと待って…その頃の穂乃果って……」
「うん、幼稚舎の年中だね。」
私の言いたい事を理解した聖は頷き、被せるようにそう言うと、一瞬苦虫を噛み潰したような痛々しいような顔をして溜め息を吐き、話を続ける。
「その時に渉の中で香乃果への感情と穂乃果への感情が入れ替わったんだろうね。だから人が変わったように穂乃果に心を寄せていたんだと思う。って、俺ももしかして…って気がついたのは、香乃果が深澤に告られた日だから、当の渉は俺に指摘されるまで全く気が付いていなかったみたいだけどね。」
「そう、なんだ……」
「あの年齢でこんな事ができる狡猾さには、正直俺もびっくりしたけど、穂乃果はやったんだ。傷ついてボロボロになってる渉に甘い言葉を囁いて、香乃果との思い出ごとマルっと自分のものにしちゃったんだよ。信じられないかもしれないけど、これが真実。」
「そんな……」
これは現実の話なのか……
聖の話す内容があまりにも非現実的過ぎて頭が混乱し、それ以上の言葉が出なかった。
「渉の事情は今話した通り。渉が香乃果に辛く当たってた理由は理解出来た?でも、理由もわからず酷い扱いされたら、誰だって辛いよね。それに疲れて深澤に逃げた気持ちはわかるし、それが良いとか悪いとかそう言う野暮な事は言うつもりはないよ。
それで、さっきの質問ね。お互いに色々と事情があった事はこの際置いておいて……ぶっちゃけ香乃果は渉の事、どう思ってるの?」
聖は絶句している私を真剣な眼差しでしっかりと見据えると、そう訊ねた。
「どうって…… いや、正直…頭が追いつかないし、これが現状に自分に起きてる事なんだって未だに実感が湧かない…だからわからない、かな。」
そもそも、聞かれる間でもなく私は今でも渉のことが好きだ。
例え、穂乃果が過去にどんな事をしようが、結果的にだけど、許嫁交代をしてから既に2年。もう今更なのだ。
ここで、私が気持ちを口にしたところで変わらないだろう。
私は全てを飲み込んで、自分の気持ちを誤魔化すようにそう口にした。
「そう。じゃあ質問を変えるね。ぶっちゃけ、香乃果は今でも渉の事、好き?嫌い?もう忘れたい?」
「え、そ、それは……」
そんな私を見透かすかのように聖は質問を続ける。
そして、言い淀む私を追い立てるように続けて質問を投げ掛ける。
「答えて?好き?嫌い?顔も見たくない?穂乃果なんかにコロッと騙されて、許せない?」
考える隙間さえ与えられず、畳み掛けるように追い詰められることによって、私の心を覆っていた頑なな硬い鎧のようなものが剥がれ落ちて行くと、蓋をして押し込めていた気持ちが溢れだす。
もうこれ以上、自分の気持ちを抑えきれそうになかった。
「そ、そ、そんなことない……好き。何度も忘れようとしたの。だけど、渉は私のここから出て行ってくれなくて……全然忘れられなかった…今だって渉は私の中にいるの。」
ここ…自分の胸を抑えてそう言うと、堰を切ったように気持ちが溢れ、同時に私の目からは涙が溢れた。
「そっか。それじゃあ、それ、本人に言ってあげて?」
頭上から優しい声が聞こえて顔をあげると、聖は眉根を寄せて微笑んでいた。
そして、車はいつの間に停まっていて、聖がスライドドアを開けると、そこは煌びやかなホテルのエントランスだった。
「……え?」
「はい、ここのルームナンバー1125室。そこで待ってるから。あ、あとこれね。アイツ緊張し過ぎて朝から何も食べてないと思うから渡してあげて。」
吃驚して聖の方を振り返ると、聖はカードキーと先程レストランで渡された紙袋のうちのひとつを私に手渡した。
「えっ、と……どういう…こと?今日はパパと、お泊まりって……」
戸惑いを隠せずそう言うと、聖は瞠目し、運転席の父はそのままハンドルにバタンと突っ伏して低く呻いた。
「ふふふ、ここでそれ言っちゃう?おじさんを説得するの結構大変だったんだよ?なんとかお許し貰ったのに。」
くすくすと楽しそうに笑って言う聖を、父は恨めしそうな目でちらりと見ると、ブツブツと小声で何かを呟いていた。
「まぁ……おじさんにとっては苦渋の決断だったんだろうから、そこはそっとして置いておいてあげて?」
聖がそんな運転席の父の背中を見て苦笑いを浮かべながらそう言うと、父の呻きが啜り泣きに変わった。
「香乃果ぁ……パパは…パパはなぁ……」
「ほら、もう行って。めんどくさいおじさんの相手は俺が引き受けるから。早く。」
父に絡まれる前に、と聖に背中をトンと押され車から降りると、聖も一緒に降り、そのまま車の後方部のリアドアを開けてお泊まりセットを取り出すと、私の前に戻って来た。
「香乃果、大丈夫だから素直に気持ちぶつけておいで。」
そう言ってにっこりと微笑み肩をぽんぽんと叩くと、荷物を手渡してくれた。
聖の優しさに再び涙が込み上げてきて、視界が滲んで揺れた。
「聖……それから、パパも……ありがとう。私、行ってくるね。」
運転席の父にも聞こえるようにそう言うと、父はがっくりと肩を落としたまま、力なくヒラヒラと手を振って送り出してくれた。
私は逸る気持ちを抑えきれず、早足でエントランスの中に歩を進めた。
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