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最終章
第100話 約束
しおりを挟む「バンクーバーからのエア・カナダ〇〇〇便がただいま到着いたしました。
―Air Canada flight 〇〇〇 from Vancouver has now arrived.」
ブリッジを渡り終えた先の扉から到着ロビーに入ると、電光掲示板の表示が『ARRIVINED』に変わり、香乃果の乗っていた便の他、複数の便の到着を知らせるアナウンスが館内に響いた。
それと同時にどこからともなくわらわらと人が集まり、あっという間に到着ゲートの前に出迎えの人集りが出来ていく。
いつもなら俺も他の出迎えと同じように逸る気持ちを抑えきれず、あの人集りの中に入っていくのだが、今日はいつもの出迎えとは心境がまるっきり違った。
それもそのはず今日は"香乃果の完全帰国"という、俺が長い間待ち望み、ずっと切望しつづけた特別な日なのだ。
色んな感情が寄せては返す波のように、代わる代わる胸に迫ってきて、ごちゃごちゃと綯い交ぜになって、泣きたいのか笑いたいのか、それとも叫びたいのか、自分でもよくわからないことになっている。
だけど、ひとつだけ確かなのは、今日という日が迎えられて香乃果に会える事が嬉しくて堪らないという事。
本音を言うと、静かな場所でこの喜びをひとりかみ締めていたい、と思っている訳なので、とてもじゃないが……あの人集りの中で迎えるのは、あまりにも無粋なような気がしていた。
と、言う事で、俺は香乃果を待つのに丁度いい居場所を探すため辺りをぐるりと見回す。
すると、大きな柱の少し後ろ側の壁際に人の居ない良さげな所を発見したので行ってみると、そこから到着ゲートが正面に見えた。
念の為、出てくる人から死角になっていないか確認もしたが問題なかったので、俺はそこで有象無象の人集りを眺めながら香乃果を待つ事にした。
壁に寄りかかり嘆息をした後、ポケットからスマホを取り出して確認すると、ロック画面には香乃果からのメッセージの着信を知らせる通知が表示されていた。
ドキリと心臓が跳ねた。
最後にやり取りしたのは香乃果がバンクーバーを発つ10時間程前である。この着信の意味を理解すると、ゆるゆると歓喜の感情が湧き上がってくる。
目を瞑り震えるように息を吐くと、俺はそのままメッセージアプリを開いて、香乃果のアイコンを確認する。
すると、アイコンの横に④の未読数を表す数字が表示されていたので、俺はすぐに香乃果とのトークルームを開いた。
最初のメッセージは20分前。
『長い間待たせてごめんね。柏木香乃果、ただいま無事日本に帰りました。』
という到着を知らせるメッセージと共にボーディングブリッジ内で撮影した自撮り写真が添付されていた。
そのまま続けて10分前に送られてきているメッセージへスクロールする。
『無事に入国審査終わり!これからバゲージクレームで荷物の受け取りだよ。』
メッセージと共に添えられていたのはバゲージクレームのベルトコンベアを背景にした笑顔の自撮り写真。
どちらの写真にも疲れた様子はなく元気そうな表情にホッと胸を撫で下ろすと共に、10時間振りの香乃果の姿に頬が緩んだ。
10分前にバゲージクレームに入ったならスムーズにいけば、そろそろ税関と検疫へ向かう頃だろう。
それらが終われば、間もなく香乃果が到着口から出てくる。
会いたくて堪らなかった香乃果が扉の向こう側…すぐ近くにいる……その事実に胸がいっぱいなり、思わず涙が零れそうになるのを飲み込むと、香乃果への返信を打つ。
『香乃果、おかえり。すっごく待ってた。もうすぐ出てくる?早く会いたい。』
返信を打ちながら、俺も自分の位置が分かるように背景を入れた自撮り写真を撮る。
"一緒に居られない分、思い出の共有としてできるだけ一日一枚、写真付きのメッセージを送りあおう。"
離れて暮らす俺と香乃果としたその約束は、なんだかんだもう10年も続いていて、最初は自撮り写真を撮ることが気恥ずかしかったり慣れなかったけれど、今ではメッセージを送る時には自然と自撮り写真を撮るようになっていたのだから、改めて習慣って凄いなと実感する。
そうして10年間毎日送りあった写真の枚数は既に5000枚を超え、それらはいつの間にか香乃果の向こうでの暮らしについて知らない事はないのではないか?という程、俺のアルバムには香乃果との思い出の写真でいっぱいになっている。
もちろん、何時でも見れるように写真はケータイと自宅のサーバーと両方に保存してある。
今日、また新しく加わった写真に指を這わせると、10年間の想いが溢れてきて先程飲み込んだはずの涙が込み上げてきた。
しまった!感傷に浸りすぎた!
慌てて眉間をグッと抑えて思考を引き戻し、今しがた撮った写真をメッセージと一緒に送信すると、深い溜息を吐いた。
バゲージクレームでは荷物はベルトコンベアーに乗せられて後からどんどん流れてくるので一時も荷物から目が離せない。
忙しいはずなので、すぐすぐにメッセージは見れないだろうなと思いつつも、何となく手元のスマホ画面に視線を落とすと、送信したメッセージには既に既読が付いており、数秒後に香乃果からの返信を着信した。
俺からの連絡を待っていてくれたのかもしれないと思うと、歓喜に身体が震え、喜びで胸がいっぱいになる。
俺は震える手で香乃果からの返信メッセージを読んだ。
『たぶん。でも長く向こうに居たから荷物が多くて……なかなか荷物が揃わないからもう少し掛かるかも。私も早く会いたい。』
香乃果からの『会いたい』に、小声で「俺もだよ。」と返事をすると、添付されていた写真を見ようとスクロールをする。
そこには眉尻を下げて困り顔をする破壊力抜群の香乃果の写真があり、途端にに、ぶわっと顔に熱が集まった。
ぐぅ……なんだよ……可愛すぎんだろ……
思わず額に手をあてて天井を見上げて呻くと、両手で顔を覆いその可愛らしさに理性が吹っ飛びそうになるのをグッと堪える。
先程の『会いたい』といい、この表情といい……
一体香乃果はこれ以上俺の事をどうしたいのか。
萌死させたいのだろうか?
今にも悶えだしてしまいそうな自分を、吹き飛びかけたペラペラの理性で何とか律すると、俺は悩まし気に溜息を吐きながらフルフルと頭を振り、もう一度香乃果から送られた写真をまじまじと見つめた。
はぁぁぁ……
俺の嫁(まだ嫁じゃないけど…)が可愛すぎる。
早く…早く会いたい。
まだ嫁じゃないけれど帰国した今、もうすぐ嫁になるので、この際嫁と呼ばせてもらう。異論は認めない。
ずっとずっと会いたくて堪らなかった愛しい香乃果に間もなく会える喜びと離れてからの10年分の香乃果への想いが、怒涛のように溢れ出して、激しい濁流のように心の堰を壊すと、あっという間に俺の中を香乃果への想いでいっぱいに満たしていく。
2年も会えなかったのだから、会ったら沢山キスをして力いっぱい抱きしめて香乃果を身体で感じたかった。
だけどこんな状態で香乃果と会ったら先程押し込めた理性が爆発してしまいそうで、俺は気持ちを落ち着けるように何度も深呼吸をすると、2年前に思いを馳せた。
最後に香乃果と会ったのは2年前……
それまでは、俺がバンクーバーを訪ねたり香乃果が日本に帰国したりする日は、必ずふたりで事前に休みを調整していたのに、なんの前触れもなく、休みでもなんでもないのに急に香乃果が一時帰国をしてきた。
バンクーバーを出ると連絡を貰った時も、喜びよりも戸惑いの方が多く、慌てて次の日の有給を取り、香乃果を空港まで迎えに行った。
そして、自宅に着くや否や理由を聞いて、その日、俺達は盛大にケンカをした。
それまでの俺達は些細なケンカはあれど、大きなケンカをする事はなかったのに。
というのも、なかなか会えない中、折角一緒にいられる貴重な時間をケンカなんかで無駄にしたくはなかった俺達は、
"喧嘩した時は、その日のうちに解消する"
という約束のもと、どんなに酷い喧嘩をしても、必ずどちらかが折れて仲直りをしよう、お互いに話し合ってそう決めていたのだ。
まぁ、現実は香乃果が意外にも意地っ張りで頑固で、全くと言っていい程折れなかったので、どちらかがと言ってしまった手前、殆ど俺が先に折れていたのだけれど……
最初は不満で、何度か香乃果を折れさせようとした事もあったが、途中で無理に香乃果を折れさせるよりも俺が折れてしまった方が労力もかからないし早く収束する事に気が付いた。
その方が、後々香乃果の機嫌も良くなるし、何よりも一緒に居られる時間が増えて結果的に上手く纏まるので、それからは大概の事であれば…8割以上、俺が折れるようにしていた。
おかけで大抵のケンカは勃発して早々に収束していたし、翌日まで引き摺る事も殆どなかった。
そうやって幾度となく折れてきた俺だが、ケンカをした時……この時ばかりは、何がなんでも絶対に折れる気がなかった。
今になって考えてみれば、本心はともかく香乃果の希望を受け入れてあげて、いつものように俺が折れればここまでの大きなケンカにはならなかっただろう。
だけど、この時の俺は香乃果の願いを受け入れることは絶対に出来なかったのだ。
それを受け入れてしまえば、その更に2年前にした俺との約束を反故にするという事になる。
受け入れられなかったのは、その前に二度約束を反故にされていたから。
それも、反故にされた約束が約束だった。香乃果には約束を反故にしたつもりはなかったのかもしれないけれど、結果的に反故にしたのだ。
それも二度も。
そして、この時のも……
流石にそれが三度目もとなると到底受け入れることができなかった。
だから、この時は…今回こそはきっと俺の強い意思を汲み取って折れてくれる、そう信じていたのに……
結局、そうはならなかった。
滞在期間中、何度もも話し合いをしたが、お互いの意見は並行線で、結局どちらも折れずタイムリミットを迎えた。
そして、仲直りも解決もしないまま、香乃果は再び渡加をした。
俺の意思と同じくらい強い意思を香乃果が持っていたなんて、この時の俺に知る由もなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ちょっとコバナシ
いつもありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
海外や空港のストーリーが入ってくるとら何故かテンションが上がってしまう作者ですが、、、、実は母の故郷が海外だったりします。
そのせいなのか、幼い頃から空港飛行場が大好きでして、ついつい色々と余計な描写を盛り込んでしまうのです。
すみません。
ここからがコバナシの本題!
空港には飛行機の運行状況(フライトスケジュール)を知らせる掲示板なるものがあります。
第99話と本話で渉くんが見ていた、アレです。
これを、フライトインフォメーションといいます。
空港の敷地内に入ると至る所に設置されていますが、出発便の一番大きなものは、空港ロビー正面の出国審査に向かう所にあり、到着便のものも同じように到着ゲートの上にあります。
さて、このフライトインフォメーションですが、最近では電光掲示板になりましたが、私が子供のころはパタパタするやつでした。(ぎゃー、歳がバレる……)
飛行機のステータスが変わると、アナウンスと共にパタパタと表示が変わる瞬間が楽しくて、母親がカウンターで搭乗手続きをしている間、意味もわからないのにずっと眺めていた記憶があります。
そんなフライトインフォメーションですが、空港に行き慣れてない人にとってはわかりづらく、読み方や意味を知らない方が結構多いようです。
と、言う事で代表的なものだけ抜粋してご紹介しようと思います(*^^*)
【出発便】
ON TIME/定刻通り
DELAY/定刻より遅れている。時間表記がある場合もあり。
NOW BORDING/搭乗開始
BORDING/搭乗中
DEPARTURE/離陸。時間表記あり。
NEW GATE/搭乗便のゲートが変更された場合表記あり。
CANCELLED/運航中止
【到着便】
ON TIME/定刻通り運航中
DELAYED/飛行機に遅れ、到着予定時刻は不明
ARRIVING/表示時間に空港に着陸→まだ滑走路にいます
ARRIVED/荷物を含めた全ての搭載物を搬出完了
IN TERMINAL/旅客降機中
CUSTOMS/通関中
CANCELLED/運航中止
DIVERTED/トラブル等で進路を変更し別の空港に着陸
知っておくと……見送りやお迎えの折に役に立つかも?立たないかも?笑
以上コバナシでした( * ́꒳`*)੭))
ブックマーク評価励みになります!
いつもありがとうございます!
読んで頂けるだけでも感謝です♡
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