ボスルートがあるなんて聞いてない!

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8.もう木登りはしません!

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 落ち着いて話せる場所でもあればよかったのだが、街に戻るわけにもいかず、森の中にあるはずもない。
 どうしたもんかと悩んでいると、肩をつつかれ一本の大きな木を指差す。

「木の上?」

「ああ」

 たしかにそれなら人目にはあまりつかないし、少しは落ち着けるかもしれないが.....、なんせ大きい。これ登れる?木登りなんて小学生の頃にやったきりで、この木よりももっと低かった。

 だが、呆然と高い木を見上げている間にヴァルクはさっさと登り始めている。
 えー!まだ心の準備できてないんですけど!?

「ちょ、ちょっと待って!俺登れないかも....」

「問題ない。俺が上から補助する」

 上から補助するって....どうやって!?
 ヴァルクが上から手を伸ばしたところで到底届かないし、届くところまで自力で登らなきゃいけないのだとしたら自信がない。そもそも届くところまで登れるのなら補助なしでも登れるだろ。ブルーをトランポリン代わりにするわけにもいかないしな....。

 そんな事を考えている間にヴァルクは上まで登り終え、こちらを見下ろしている。
 ......わかってはいたけど、やはり遠い。それでも上ではヴァルクが待っているし、意を決して木に手をかけた。

 太い幹に腕を回し、足をかけて登ろうと力を入れるが、引っかけるところがなくてズルっと滑ってしまう。ま.....全く登れないとか.....!恥ずー!

「サクヤ、足を上げて木に当てたまま少し待て」

「へ.....?」

 わけがわからなかったが、言われた通りにしてみる。

「そのまま足を下ろしてみろ」

 またまた言われた通りに足を下ろした。
 だが———

「えっ!?なんで!?」

 足は地面に着くことなく、空中で止まった。なにもないのにこれ以上足を下げることができない。

「結界を張っている。そのまま上に上がって同じように反対側の足も上げろ」

 結界?足の下に?
 恐る恐る右足に体重をかけてみるが、ぐらついたりせず、これなら登れそうだ。
 反対側も足を上げ、ヴァルクからの合図で足を下ろす。それを交互に繰り返し、階段のように木を登り、なんとかヴァルクのいる場所へあと一歩のところまで辿りついた。

 辿り着いたのはいいのだが.....、今度は太い枝に座ろうとした時、うっかり下を見てしまい、あまりの高さに恐怖心に襲われ足がガクガクと震えだしてしまう。

 たっ、高....!怖!お、落ちたら死ぬ——!

 足を動かせなくなってしまい、幹にへばりついて涙まで滲んできた。

「サクヤ、落ち着け。こちらに手を伸ばせるか?」

 ヴァルクの落ち着いた声色に、少しだけ冷静さを取り戻すが、手を伸ばせるほど恐怖心は薄れてくれない。

「む、むり.....。こわい......」

 木にしがみついたまま、ふるふると首を横に振る。

「大丈夫だ。絶対に落としたりしない」

 ちら、とヴァルクを見ると真剣な眼差しで手を伸ばしている。
 ほんとに?信じていい?
 震える身体をなんとか動かして、左手をヴァルクに伸ばす。自分ではおもいっきり伸ばしているつもりなのに、なかなか届かない。

 左手が空を切ることすら怖くなって、無意識に一歩踏み出していた。

「......ヴァルク.....」

 名前を呼んだ直後、ヴァルクしか目に入っていない状態で踏み出した足は木の上をズルリと滑り、身体は浮遊感に包まれた。

 あっ、と気の抜けた声が口から零れ落ち、葉っぱの間から見える青空や、変わらないヴァルクの顔が止まって見える。

 ———落ちる。
 そう思ったが、突如吹いた突風によって落下は免れた。

 身体を持ち上げる程の突風にテンパリすぎて、何が起こったのか自分でも理解できていない。気づいたらヴァルクの腕の中にいた。
 温かく、がっしりとした身体に、縋るようにギュッと抱きつく。

 どれくらいそうしていたのかわからないが、遠慮がちに回された手に背中をこれまた遠慮がちに撫でられ、徐々に落ち着きを取り戻した。

「.....ヴァルク....、ありがと....」

 なんだか情けない姿ばかりを見せてしまい、それが恥ずかしくて目を逸らしながら身体を離す。それでも全てを離すことはできず、ヴァルクの右腕に身体を寄せたまま自身の腕を絡ませた。

 こ、怖かったー!!死ぬかと思った!もう木登りなんて絶対しない!!
 心臓がドンドコと派手に鳴り響き、勝手に溢れた涙が頬を伝う。

「............悪かった。怖い思いをさせるつもりはなかった」

 相変わらず表情筋が死んでるんじゃないかと思うくらい表情を変えず、左手で溢れた涙を拭ってくれた。

「あっ、いやっ、俺こそ登るのめっちゃ時間かかってごめん。........あの、腕、このままでもいい?」

 離したら縋るものがなにもなく、怖くて会話どころではなくなる。

「..........ああ」

 よかった。ちょっと間があったのは気になるけど。........それよりも!テンパリすぎて話したいこと全部飛んだんだけどー!ど、どうしよ!自分から話したいって言っといて忘れたとか!

「.............俺も聞きたいことがあるんだが......いいか?」

「え?うん!もちろん!」

 必死に思い出そうとしていたせいで気まずい沈黙が落ちていたので、こちらとしても願ったり叶ったりだ。

「........以前、..........俺の髪を、綺麗だと言ったろ.....?.......あれは、どういう意味だ?」

 えっと.......、もしかして根に持ってますかね!?やっぱ悪い方に受け取っちゃった!?

「嫌味とかじゃないからな!?ほんとに、純粋に綺麗だと思っただけで....。ほら!光に当たると艶々してて触り心地良さそうだし!」

「.......................」

 黙り込んでしまったヴァルクに伝わるように、言葉を重ねる。

「...もし、嫌味とかに聞こえてたらごめん。そんなつもりは全然なくて。褒め言葉として受け取ってもらえるとありがたいんだけど.....」

「..............その、は俺がお前の髪を美しいと思うのと同義か?」

 う、美しいって.....!なんか照れるんですけど...!至極真面目な顔をして言うもんだから余計だ。

「えーっと...、俺の髪、綺麗だと思ってくれてたんだ?」

「......ああ。俺とは正反対の綺麗な色だ。日に当たると透き通ってより美しい」

 ヴァルクはこの1ヶ月でまた少し長くなった髪をひと束すくい、葉っぱの間から漏れる太陽の光に当てる。
 本当は切ってしまおうと思っていた。訓練中も邪魔だからずっと縛ってたし、朝起きてからの手入れがかなりめんどくさかったから。でもなぜかロベルトに切ったら許さんとか言われ、従う必要もなかったのだが、後が怖かったので切るのはやめたのだ。

「俺もヴァルクと同じ意味で綺麗って言ったんだよ」

 未だ俺の髪をまじまじと見ているヴァルクに声をかけると、勢いよく顔を上げた。

「........この髪を綺麗だと言ったやつはお前が初めてだ」

「あー.....、この国で黒は怖がられてるもんな....」

「....だが、お前は最初から怖がっていなかった。なぜだ?」

 えっ、なぜって.....。俺も元は黒髪で日本じゃ見慣れた色だから...なんて言えないしな.....。

「.....たまったまヴァルクと同じ髪と目の色のやつが悪人だっただけだろ?親が犯罪者だったとしても、子供に罪がないのと同じだよ。髪と目が黒いだけで悪いやつだってことにはならない」

 咄嗟に思いついたことではあったが、これは本心だ。まだ3回しか会っていないが、嫌な事をされるどころかむしろ助けてもらっている。初対面で襲って来たセロの方がよっぽど悪いやつだろう。

 黙り込んでしまったヴァルクを見ると切れ長の目が、これでもかというほど見開かれている。
 あれ、俺なんか変なこと言った?

「ヴァルク?」

「............あ.....、そんな考え方をするやつもいるんだな.........」

 大きく見開かれた瞳が細かく震え、初めて感情が表に現れた。
 泣きそうなような、不安なような、本心はわからないがなにか悲しませるような事でも言ってしまったのだろうか。

 ごめん、そう謝ろうと思ってわずかに身を乗り出した時、バランスを崩して身体がぐらついた。

「———っ!」

 木の上ってこと忘れてたー!

 だが、落ちると思うよりも先に程よく引き締まった体に抱き止められた。
 俺も咄嗟に腕を回し、ぎゅっと抱きついて早鐘を打つ心臓をなんとか鎮める。

 バカか!俺は!2回も落ちそうになるとか!心臓いくつあっても足りんわ!


「——ふ。.....目が離せんな」


 えっ、今笑った?
 顔を上げた時にはいつもの無表情だったので、もしかしたら息を吐いただけかもしれない。
 それよりも整った顔が思ったより近くにあってちょっとびびった。こんな間近でも綺麗なんすね。

「度々ごめん.....。もう大丈夫だから———っ?」

 身体を離そうとした時、ヴァルクの左手が俺の右頬をさらりと撫でた。予想外の出来事に身体がぴくんと反応してしまう。

「悪い。嫌だったか?」

「い、嫌じゃないけど....どうした?」

「........なぜか触りたくなった」

 さわっ!?えっ、なんで!?......もしかしてここって外国みたいにスキンシップ当たり前とか!?

 見慣れた色であるはずなのに、まるで吸い込まれるかのように黒い瞳から目が離せない。俺が嫌がらないからか、右頬に触れている指先がつ、つ、と肌を滑る。なんか無性に恥ずかしくなってきて、丁度聞きたいことも思い出したので沈黙を破った。

「ヴァ、ヴァルクは近くのダンジョンに住んでるって噂があるんだけど.....本当なのか?」

「ああ」

「........理由を聞いてもいいか?」

 ゲームではスタンピードを起こすためだったが、とてもそうは思えない。ストーリーが多少違っているし、なにか他に理由があるはずだ。
 ヴァルクはようやく頬から手を離し、緊張気味の俺とは対照的にあっけらかんと言った。


「.....たいした理由はない。雨がしのげるし、ここからもそう遠くはないからな」


「へ......?」

 なんとも平凡な返答に、間抜けな声が出てしまった。
 スタンピードを起こすためだと言われてもその理由までちゃんと聞こうという腹積りまでしていたのだが.....。いや、雨をしのげるかどうかは重要だよな!俺も野宿は嫌だし!.....でも、ここから遠くないことになにか意味でもあるんだろうか。

「ここに用事でもあったのか?」

「この場所、というよりもお前に会いたかったんだ」

「俺に?」

「ああ。俺を見て逃げなかったのも、攻撃されなかったのも初めてだったから。ここで会える保証はなかったが....他に行くあてなどなかったからな」

「えっ、嘘。もしかしてずっとここ来てたの?」

「...................」

 答えなかったが、気まずそうに目を逸らすのできっとそうなんだろう。
 うわ~、なんか悪い事しちゃったなぁ....。それにしても会える保証もないのに通い続けるとか....健気かっ!!やっぱりヴァルクが誤解されたままなんてやだな.....。

「俺もヴァルクに会いに来たんだ!実は伝えたいことがあって.....」


 ダンジョン内で魔物が増えすぎるとスタンピードが起こってしまうことを伝えると、ヴァルクは驚いていた。どうやら知らなかっただけで、他意はないらしい。戻ったら魔物を討伐してくれると言っていたのでスタンピードの件はひとまず安心だ。
 それと、さっきも言っていたように、今まで出会った人は皆逃げるか攻撃してくるかで、自分から攻撃したことは一度もないらしい。つまり、全て正当防衛。
 どうにかして街に入れないか戻ったらロベルトにでも相談してみよう。


 一通り話したいことを話し終えると、なんだかんだで日が傾き始めている。
 やば。まだ薬草採取してなかった!
 そろそろお開きにしようとなったところで、またひとつ問題が発生した。

 ..........いや、下りられるわけなくない!?
 効果音をつけるとしたら"ヒュオオォォー"ってのが合う。高所恐怖症になりそう....。

 なかなか下りようとしない俺に痺れをきらしたのか、「サクヤ、下りるから掴まっていろ」と言って、へ?どこに?と聞く暇もなくその場から飛び下りた。

 ぎゃああぁぁー!!!し、信じらんない!なんで飛び下りてんの!死にたいの!?
 言いたいことは山ほどあったが何一つ声にはならず、ヴァルクにぎゅっとしがみつく。
 だが、待っていたのは衝撃ではなく、下から吹き上げる風だった。そのお陰でふわりと地面に下り立つ。

 なっ、なに!?今の!
 パニックで未だ声が出ず、顔で訴えると、汲み取ってくれたヴァルクが事もなげに言った。

「風魔法だ」

「.................」

 そういうことできるんなら先に言ってー!!?死ぬかと思ったじゃんか!
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