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王国編
暗殺者の影
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「!!」
飛び起きたアルベールはゲホゲホと激しく咽せながら、何度もえづく。
そんな必要などないのは分かっているが、毒を口に含んだえぐみのようなものがはっきりと舌に残っていた。
「アル!」
ドレス姿のイザベルがいた。
ここは城にあてがわれた部屋。
「犯人、探そっ!」
「……ど、どうしたんだ?」
「フィオは優しくしてくれたからっ! 許せないっ!」
「あ、ああ! その通りだっ。フィオを死なせてたまるかっ!」
アルベールは身体を起こし、窓を開けた。
あたり一帯は、朝霞に包まれている。
「とにかくフィオを見つけよう。この時間なら、庭で剣術の稽古でもしてるはずだ」
「じゃあ、そっちに行こっ!」
(本当にフィオを助けようと思ってくれてるんだな……)
イザベルの反応が新鮮だ。
協力してくれるのなら大歓迎。
※
「はああああ! やあああっっ!」
王城の敷地内の庭に向かえば、そんな声が聞こえた。
案の定、フィオナーレンが剣を振るっていた。
その傍には、侍女の姿。
侍女はタオルをフィオナーレンに渡していた。
「二人とも、どうしたの? こんな朝早く……」
「あ、いや……。お前はまだ剣術の稽古してんのかなーって思ってさ」
「うん♪ そうしたらフィオの声が聞こえてね~♪」
侍女は頭を下げて去って行く。
「そうだったんだ。剣術の稽古は日課だもん。しないと気持ち悪いし」
目の前で屈託なく微笑むフィオナーレン。
それがどうしたってさっきの彼女の青ざめた顔と重なる。
たまらず、フィオナーレンを抱きしめた。
腕の中に確かな温もりがある。
そこには命があった。
「あ、アル……く、苦しいわ。それにイザベラも見てるし……」
「……悪い。でもこのまま」
「汗、かいてるわ。臭うでしょ?」
「フィオの匂いだったら何でもいいっ」
「ちょっと、それ変態っぽいから」
それでもフィオナーレンは身を任せて、抱かれるがままになってくれた。
しばらくして名残惜しかったが、離れた。
「もう、朝っぱらからびっくりさせないでよ」
フィオナーレンは頬を赤くした。
「フィオ。絶対に守ってやるから」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。また後でな。――イザベラ、行くぞ」
「ばいば~い♪」
「あ、うん、ばいばい……」
※
アルベールは厨房を目指す。
その間に、二人はパーティーでのことを反芻する。
「このどこかのワインに毒が仕込まれたはずだ」
「ん~……でもぉ、みんな、ワイン飲んでたでしょ~? アルだって飲んでたし……。でも死んじゃったのは、フィオだけで~」
「そうなんだよな。それじゃあグラスに毒か……」
「でもたっくさんグラスはあったのに~。もしかして、フィオが毒入りを飲んじゃったのは偶然~?」
「……俺を殺すならまだしも、フィオを殺そうとするのは、帝国か?」
「でもでも~、あの悪いオヤジたちは~? 怪しいっ!」
イザベルが言っているのは、宰相や首席将軍たちのことだろうが、しかし幾らあいつらでも王女を殺すほどの度胸はないはず。
そもそも連中が殺そうとするのは、フィオナーレンではなく、アルベールのはずだろう。
(本当に偶然、フィオが毒入りを飲んだのか?)
厨房に顔を出す。
パーティーの食事の準備で誰もが忙しなく動き回っている。
と、そばを通りかかった男を捕まえる。
「ここの責任者は?」
男ははっとした顔をする。
「私でございます……アルベール様」
スーツ姿の男が頭を下げた。
「ワインの担当者は誰だ?」
「私です。一番大切なものなので」
「今日のパーティーで出すワインは?」
「ワインセラーにございますが……」
「どれを飲むのか教えてくれ。俺のパーティーでもあるんだ。いいだろ?」
「はぁ……。わ、分かりました」
責任者の男と一緒に、厨房の傍にある地下へと続く階段を下りていく。
階段の先はワインセラーになっている。
たくさんの棚に所狭しとワインが並べられていた。 数百本はありそうだ。
責任者の男が向かったのは一番奥の棚。
「こちらでございます」
まるで赤ん坊でも抱くように大切にかかえる。
「これだけか?」
「はい。こちらでございます」
「これをパーティーに……。これと同じものは?」
「こちらに」
「そうか」
ワインをひったくったアルベールは厨房でくすねていたコルク抜きで、コルクを抜く。
「あああああ!? 何をなさるのですかっ!?」
「黙ってろ。すぐに元通りになる」
アルベールは次々とワインをぐびぐびを飲むと、そのままワインを割る。
「な、何てことを……! ああああ!」
卒倒する男を尻目に、全部のワインに少し口を付けては次々と割って行った。
(毒はないみたいだな)
アルベールは魂の抜けた男に、手近にあったワインを突き出す。
「パーティーではこれを出せ。いいな?」
「し、しかし、それでは余りに……」
「これは命令だ。このことは誰にも言うんじゃないぞっ。もし誰かに言えば、叔父上にお前がこのワインを駄目にしたと言うぞ」
「そんな! あ、あんまりでございます……!」
「俺はこの国の英雄だ。叔父上は俺とお前、どっちを信じるだろうな」
男の顔が青ざめ、ガクガクと全身を震わせる。
「お許しをぉ……!!」
「なら、分かったんだな。俺に従うな?」
「はぃぃ! こ、このことは誰にも言いません……っ!」
「よし、頼んだぞ」
アルベールは男を残してワインセラーを出た。
「ひっどぉ~~~いっ! ワインがもったいぁ~~いっ!!」
イザベルが抗議してくる。
アルベールは苦笑した。
「そ、そっちかよ……。仕方ないだろ。フィオを守る為だ」
※
パーティーが開かれる。
アルベールは周りを警戒する。
食事や飲み物を運ぶ給仕や見覚えのない客が来ていないか……。
しかし問題ない。
そこへ、朝方さんざん脅しつけた男がワインをのせたトレイを持って来る。
「ど、どうぞ、アルベール様」
男は眼差しで「私は誰にも言ってません!」と訴えかけてくる。
アルベールは分かってる、とうなずく。
「ありがとう」
わざとらしく言って、ワインを受け取り、フィオナーレンの分も取ろうとするが、やっぱりフィオナーレンが先に取っていた。
(前もそうだったな……)
「フィオ。グラスを交換してくれ」
「いや」
「頼む。な? そっちのほうがうまそうなんだよ」
「どうしたの? おかしいわよ?」
「とにかく、それが……」
そこへ王がやって来てしまい、うやむやになってしまう。
乾杯が行われ、ワインに口を付ける。
同時に、フィオナーレンが足下から崩れた。
「くそっ!!」
アルベールはフィオナーレンを抱きながら、料理の責任者を見る。
彼は怯えた顔を浮かべ、呆然としていた。
アルベールはまだ残っている毒入りワインを飲み干した。
(やっぱり狙いはフィオだったのか……。
だったらフィオをここで死なせないのは必ずしもいいことって訳じゃないかもしれない)
薄れ行く意識の中でそう考える。
もし今晩フィオナーレンが生き残っても、これから謎の人物による暗殺の危機は続く可能性がある。
犯人が帝国であろうが、内部であろうが、首謀者は絶対に見つけなければならない。
目の前が真っ暗になった。
※
アルベールは料理に関わっていたり、給仕をした人間を片っ端から拉致した。
ワインもそのたびに割り、別のワインに返させるが、それでもフィオナーレンは毒殺され、下手人を見つけられないまま。
焦りばかりが募る。
下手人を見つける為とはいえ、愛する人の死に顔を何度も見なければいけない……。・
(くそっ! 頭がおかしくなりそうだっ!)
※
「誰がフィオを殺してるんだ!?」
頭は痛いし、腹もなんだか気持ち悪い。
「大丈夫~?」
「……最悪な気分だ。腹もなんかアレだし」
「う~ん、どうするの~……。フィオのそばにずっとついてるとか~?」
「それでどうなるんだ?」
「もしかしたら~毒を入れる人が様子を接触するかも~」
「……それもそうだな。ここで呻いていても仕方ないもんな」
アルベールは早速、王城へ向かう。
庭ではフィオナーレンが稽古していた。
「よ、フィオ。おはよ」
「二人とも。おはよう……。こんな朝からどうしたの?」
フィオナーレンは汗をタオルでぬぐった。
「まあ、何だ……今日はパーティーがあるだろ。それが不安でよく眠れなくって」
フィオナーレンはふふと笑う。
「アルがそんなに神経が細かい人だなんて知らなかったわ」
「まあ、俺もそうだな。これまでパーティーの主賓になるなんて、子どもの頃の誕生日くらいだったし。で、今日はできるかぎりフィオと一緒にいようかな~って。お前のそばにいれば、余計なことを考えなくても済むだろうし」
「私は別に構わないわ。それに一緒にいれば、許嫁関係は解消されたかも知れないけど、私たちからしたら、そんなことは関係ないって宮廷の人たちに伝えられるかもしれないし。それじゃ、部屋に行ってて」
「おい、どこに行くんだ!?」
そこで暗殺の首謀やと接触するかも知れないと思うと、気が気ではなかった。
フィオナーレンはきょとんとした顔をする。
「お風呂。汗を流すの。――一緒に入る?」
「わ、分かった。部屋で待ってる」
「ふふ」
「――いけばいいのに~♪ 結婚するんだったら、お風呂に一緒に入るんでしょぉ~?」
イザベラが口を挟めば、
「な……!?」
「へ……!?」
おそらく冗談で言っただけらしいフィオナーレンまで耳を赤くして、「と、とにかく部屋で待っててっ」と走り去ってしまう。
※
フィオナーレンが不思議がるほど、アルベールは彼女の傍にいたが、怪しい人物との接触はなかった。
他に思うことは第三王女と言っても、公務というものはそれなりにあるな、ということ。
目の前で幾つものスケジュールが披露され、フィオナーレンは全てを理解していた。
王の代理の式典出席などスケジュールがかなりあって、驚いた。
アルベールはそんなフィオナーレンが頑張っているのを見届けながら、目を周囲へはしらせる。
一体どこの誰が犯人なのか。
これまでのことを思いだそうとする。
(あ、あれ?)
思い出せない。
いや、パーティーでフィオナーレンが殺され、慌てふためく人々のことや、料理に関係する連中を拉致したことや、ワインを輪って回ったことなど断片的には思い出せるのに、まるでそこだけ綺麗に切り抜かれでもしたみたいに思い出せなかった。
「悪い。ちょっと悪い。――イザベラ、来てくれ」
「は~いっ♪」
侍女姿のイザベラはうなずく。
アルベールたちは廊下に出る。
誰もいないことを確認した。
「アルぅ~、いきなりどうしたの~? アルを見なくていいの~?」
すごく不思議なことだったが、さっきまでのが嘘のように頭痛は消えていた。
「イザベル。生き返ることに、副作用みたいなものはないのか?」
「生き返りっていうより~、やり直しに近いけどね~。でも副作用~? そんなことはないはずぅ~。だって~砦を攻略するときだって何ともなかったし~。今までそんなのなかったでしょ~?」
「確かにそうだよな……。でもおかしいんだ。これまでのことを整理しようと考えてたんだけど、所々に穴が空いてるみたいに思い出せない箇所があって……」
「思い出せない~?」
「お前は思い出せるか?」
「ん~っと……あれ! おかしい!」
「……お前も思い出せない場所があったんだな」
「う、うん。記憶がいきなり切れちゃってる感じぃ~」
「正直さっきフィオと一緒にいたことすらヤバいんだ。今思いだそうとすると、何があったのかうまく思い出せなくって。フィオのことはちゃんと思い出せてるんだが……部屋に入った前後、というか……」
「他には~? フィオがいるところ、全部あやふや~?」
「……いや、そんなことない。一緒に馬に乗って湖に行ったことは、ちゃんと思い出せる。まあ同じ会話の繰り返しだしな」
「でも~?」
「城での会話がなんか変だ。多分、な。そこを思いだそうとすると頭が割れそうになるんだ」
「原因、分かったよ~♪」
「本当か!?」
「魔術師の力♪」
「魔術師がこの城にいるのかっ。どうしてそう思う?」
「きっと認知の魔法をかけてるんだろうね~♪ フィオが必ず毒いりワインを飲んだのもそのせいだよ~っ」
「記憶の欠落も、そのせいか?」
「それはあたしたちだけの問題~♪ 何度も同じ時間を繰り返している内に、認知の魔法の効果が蓄積されて~、普段はありえないことが起きちゃったのかも」
「で、その認知の魔法の効果は?」
「認知の魔法っていうのは、いわゆる暗示ぃ~。たとえばフィオに毒射ワインを取るように指示したり~、他の人はそれを取らないようにしたりぃ~。それから、自分の姿が記憶に残らないようにしたり~。暗殺なんかに使われるの~」
「暗殺か……。フィオを狙うのはもってこいだな。じゃあ記憶の欠落が認知の魔法が蓄積したものだとして、欠落ってのはなにを意味する?」
「魔術師が見せたくないものがあるんだよ~。見せたくないから魔法で隠すんだも~ん」
「つまりそれって、犯人の姿だな。犯人は城の中にいて、俺達は見てる。でも魔法のせいで、そこの記憶だけ欠落してる」
「多分ね」
「イザベラ。同じ魔術師同士、惹きあうものとかないのか?」
「駄目駄目~。私だって認知の魔法にだいぶかかちゃってるんだし~」
「分かる手がかりはないのか?」
う~ん、とイザベラは考える。
「……最初いたはずなのに、今はいない人とか~?」
「どういう意味だ?」
「認知の魔法は少しづつかかるの~。でも効果そのものはそれほど強くないの~。まさか私たちみたいに何度もその日を繰り返せるなんて人がいるなんて、向こうは思ってないだろうし~。だから普通の認知の魔法は後日、そういえばそういう人もいたなってことを思い出せるんだよね~」
「今は見えなくて以前は見えていた奴が、その魔術師、か……。待て。でも今さら分かった所で俺達にはそいつを認識できないんじゃないか?」
「最初の日のことを思い出せればきっと大丈夫ぅ~! それが一番認知の影響力がうすいはずだし~。それに~私たちはもう十何回も『今日』を繰り返してるんだから~、一番最初の『今日』は過去だから~、思いだそうとすれば思い出せるかも~」
「確かにそうかもな」
(ずっと俺がしている行動は何だ? 初日にあんなことが起きるなんて思いも寄らずにぼけーっと過ごしていた時から今にいたるまで……)
それは、フィオナーレンの稽古だ。
初日は窓から見下ろす程度で。
最近の『今日』を思いだそうとすると、フィオが剣術に励んでいる姿は思い出せる。
でもそれ以外は?
(……侍女がいた、かもしれない)
顔は正直、あやふやだ。
フィオナーレンにタオルを渡していた、あの侍女。
あの侍女を他の『今日』では見ただろうか。
もし魔術師が侍女に変装しているのだとしたら、城内での記憶やさっきのフィオナーレンの部屋でのことが思い出せないのも理に適う。
(……と、思う)
記憶があやふやな状況では自信がない。
(でもこれに賭けるしかない、かっ)
アルベールはフィオナーレンの部屋に飛び込んだ。
侍女たちを見回す。
「アル、ど、どうしたの?」
フィオナーレンが戸惑う。
アルベールは侍女たちを見た。
「おい! ここで今朝、フィオナーレンが剣術の稽古をしている時に付き合った侍女は誰だ!?」
誰もが顔を見合わせる。
「あ、アル? 私は一人で訓練してたのよ? 侍女は誰も……」
アルベールは一か八かで捲し立てた。
「俺は思いだしたぞ、魔術師! 認知の魔法で人をテペンに賭けようなんてそうはいかないんだっ! お前がフィオを殺そうとしてるのは分かってる! お前はパーティー会場で毒を盛って殺す!」
瞬間、一人の侍女と目が合った。
その顔は驚愕に染まっている。
刹那、その侍女が部屋を飛びだした。
「待て!」
アルベールは、その侍女を内庭に追い詰めた。
認知の魔法のせいで顔はよく分からないが、それでもその侍女の姿や逃走する姿ははっきりと見えていた。
メイドが足を止めて振り替える。
アルベールは懐から取り出した短剣を、侍女めがけ投げる。
「っ!」
侍女はさっと短剣を回避する。
侍女は眉間にシワを刻み、目をつり上げた。
「どうして……っ」
「お前の認知の魔法は俺にはきかないんだっ!」
ウソだ。効果は抜群だ。
別の短剣を握り、侍女に迫る。
「巡る《トワレ》、巡る《トワレ》、風よ《イビュー》っ!」
侍女が口にしたのは魔術。
「っ!」
侍女が古語《ノエット》による魔歌《ドエ》を唱えれば、高々と上げた右手に力が集約される。
「眼前の敵を屠れ《イリ・ニヒ・ドッペ》!!」
アルベールめがけ飛んでくる風の刃を間一髪避ければ、背後の草木が吹き飛び、樹木を倒す。
「くそっ!」
「バレたのなら仕方ない。あの王女でなく、お前が死ねっ! それでも主人は納得される!」
再び呪文詠唱と共に、猛烈な風が迫る。
(くそっ……このままじゃ……!)
回避したが、風が左腕をかすめれば、衣服が避け、血が飛ぶ。
アルベールは血の滲んだ腕を押さえ、肩で息をする。
その時、耳に声が届く。
「アルっ! あたしの声に意識を集中してっ!」
イザベルの声。
いつもと違って緊迫感がある。
「何をするつもりだっ」
「あたしの魔力を、その剣に宿すっ」
そんなことが出来るのかどうかを論じてる場合ではない。
すでに目の前で、アルベールめがけ巨大な風を集めている。
「頼むっ!」
アルベールが叫ぶのと、
「消し飛べっ!!」
メイドが風の大型呪文を放つのは同時。
「炎の子らよ、我らが前で狂え狂え《イムタル・ヒューゴ・リンケ》……災いよ《ダハリエーン》!」
侍女の呪文よりも澄み切った声。
なめらかで、心にも染みいる声。
アルベールの短剣が炎に包み込まれた。
渦巻く紅蓮の炎。
「その短剣を、あの風にぶつけてっ!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!」
アルベールは渦巻く突風めがけ、短剣を飛ばす。
ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオ!!
(フィオを死なせるか!)
紅蓮が風を灼き尽くす。
瞬間、重厚な風の刃が霧散する。
しかし短剣は飛び続ける。
まっすぐ侍女に吸いこまれ、火柱が侍女を包み込んだ。
炎がゆっくりと収束していく。
そこには、所々衣服を焦がした侍女の姿があった。
女の周囲を包んでいた風の流れが消え去る。
間一髪、風の盾を作り、あの炎から身を守ったのだろう。
侍女は顔を歪め、それでも逃げようとする。
「させるかっ!」
アルベールは侍女の右腕を掴み、ねじりあげた。
「……っ」
藻掻く力は弱々しい。
侍女が振り返り、睨んでくる。
目の中の光は怯んでしまいそうなくらい強い。
「言え! お前は誰の命令で動いてる!」
しかし口を噤んで答えない。
「おい! 答えろ!」
侍女の首に刃を向ける。
しかし庭での騒ぎに衛兵たちが次々と駆けつけてきた。
「アル! 手を離してっ!」
フィオナーレンが衛兵たちの間を縫って、姿を見せる。
「……分かってる」
腕を外せば、侍女は倒れた。
気絶したらしい。
「アル、これはどういうことなの……?」
フィオナーレンは侍女の姿を見下ろし、戸惑う。
「さっき言ったとおりだ。フィオを暗殺しようと企んでいたんだ。後ろに誰がいるかを調べてくれ。それから、そいつは魔術師だ。気を付けてくれ」
侍女が、衛兵たちに引きずられるのを見送った。
「やぁ~~~んっ! 怖かった~~~~~~~~~~っ!!」
今さら、イザベラがぶりっこした。
「イザベラ、助かった。お前がいなかったら死んでたよ……。お前、本当に魔術師だったんだな」
「あ~~んっ、ひっどぉい! 信じてなかったの~~~!?」
「そうじゃなかったけど、改めて、な」
(もしかして、あれが本当にイザベラなのか?)
そんなことを考えた。
しかしその思考は、フィオの声で現実に引き戻される。
「フィオ!! あなた、ケガしてるじゃないっ!! すぐに治療しなきゃ!!」
「これくらい何ともない大丈夫だから」
「とりあえず医務室に行きましょっ」
アルベールはフィオナーレンに引きずられていった。
※
医務室で治療を終えて廊下に出ると、廷臣がやってきて深々と頭を下げた。
「アルベール様っ! 陛下がお会いしたいとのことですっ。私室へおいで下さいませ」
「分かった」
「えへへ~♪ 王様からご褒美もっちゃうかも~っ♪」
「どうだろうな」
アルベールは肩をすくめ、延伸の後に続いて王の部屋へ。
「失礼いたします、叔父上」
アルベールが部屋に入れば、当たり前のようにイザベラが続く。
そして王は当たり前のように、イザベラの存在に疑問をもたない。
「よく来たな。もっと近う」
王の前に用意された椅子に、「失礼致します」と腰かけた。
「娘を守ったこと、礼を言うぞ」
「いえ。当たり前のことです。フィオは今?」
「今は部屋だ。衛兵に守らせ、誰もいれないよう命じている」
「そうですか」
(後で行かないと)
王は腕を組み、溜息をつく。
「しかし暗殺者の正体が魔術師だったとはな……」
アルベールも同意した。
「正直、私も驚いております。まさか魔術師が宮廷に侵入しているなんて」
「うむ。仮に分かったとしても、魔術師相手では本来はもっと被害が出ていただろう。だが、よく魔術師を相手にできたものだ……」
そこに、イザベラが口を挟んだ。
「――あたしが協力しましたから~♪」
王は何の疑問もなく、うなずいた。
「うむうむ。イザベラがいるのならば、心配ないな」
自己紹介もしていないのに普通に名前を口に出来るのは、やっぱり不思議だ。
「魔術師は捕らえたわけだから、あの女の素性はおいおい分かるだろう。――アルベール。褒美は何が欲しい? また爵位か?」
「……《蛇の巣》に行かせて頂きたいのです」
《蛇の巣》とは、魔術師の領域にある学院である。
かなり不気味なネーミングではあるが、王国や帝国から選ばれた僅かな人間が学院生になれた。
そこでは王国や帝国などの国家の違いなく、魔術師の叡智を受け取れる。
しかしアルベールにそんなものは興味はない。
何故行きたいのかと言えば、今回の暗殺騒動だけではない。
宰相たちにウンベルト殺しを吹き込んだ奴ももしかしたら魔術師が関わっているかもしれないと思ったのだ。
手がかりが欲しかった。
魔術師は決して国家に属さない。
魔術師を知るには、魔術師の領域に行かなければならないのだ。
「よかろう」
王はうなずいた。
もしかしたら、アルベールの真意を理解してくれたのかもしれない。
「叔父上、ありがとうございます」
「……お前がここを離れるのは残念だ」
「フィオのこと、よろしくお願い申し上げますっ」
「もとより分かっている」
アルベールは一礼して、部屋を出た。
ウンベルトをけむたく思っていたんは明らかだろうが、それでも王は肉親であり、フィオナーレンの父だ。
ウンベルトを殺した連中――宰相や将軍たちを告発するのは、その裏で糸を引く人間を明らかにしてからだ。
飛び起きたアルベールはゲホゲホと激しく咽せながら、何度もえづく。
そんな必要などないのは分かっているが、毒を口に含んだえぐみのようなものがはっきりと舌に残っていた。
「アル!」
ドレス姿のイザベルがいた。
ここは城にあてがわれた部屋。
「犯人、探そっ!」
「……ど、どうしたんだ?」
「フィオは優しくしてくれたからっ! 許せないっ!」
「あ、ああ! その通りだっ。フィオを死なせてたまるかっ!」
アルベールは身体を起こし、窓を開けた。
あたり一帯は、朝霞に包まれている。
「とにかくフィオを見つけよう。この時間なら、庭で剣術の稽古でもしてるはずだ」
「じゃあ、そっちに行こっ!」
(本当にフィオを助けようと思ってくれてるんだな……)
イザベルの反応が新鮮だ。
協力してくれるのなら大歓迎。
※
「はああああ! やあああっっ!」
王城の敷地内の庭に向かえば、そんな声が聞こえた。
案の定、フィオナーレンが剣を振るっていた。
その傍には、侍女の姿。
侍女はタオルをフィオナーレンに渡していた。
「二人とも、どうしたの? こんな朝早く……」
「あ、いや……。お前はまだ剣術の稽古してんのかなーって思ってさ」
「うん♪ そうしたらフィオの声が聞こえてね~♪」
侍女は頭を下げて去って行く。
「そうだったんだ。剣術の稽古は日課だもん。しないと気持ち悪いし」
目の前で屈託なく微笑むフィオナーレン。
それがどうしたってさっきの彼女の青ざめた顔と重なる。
たまらず、フィオナーレンを抱きしめた。
腕の中に確かな温もりがある。
そこには命があった。
「あ、アル……く、苦しいわ。それにイザベラも見てるし……」
「……悪い。でもこのまま」
「汗、かいてるわ。臭うでしょ?」
「フィオの匂いだったら何でもいいっ」
「ちょっと、それ変態っぽいから」
それでもフィオナーレンは身を任せて、抱かれるがままになってくれた。
しばらくして名残惜しかったが、離れた。
「もう、朝っぱらからびっくりさせないでよ」
フィオナーレンは頬を赤くした。
「フィオ。絶対に守ってやるから」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。また後でな。――イザベラ、行くぞ」
「ばいば~い♪」
「あ、うん、ばいばい……」
※
アルベールは厨房を目指す。
その間に、二人はパーティーでのことを反芻する。
「このどこかのワインに毒が仕込まれたはずだ」
「ん~……でもぉ、みんな、ワイン飲んでたでしょ~? アルだって飲んでたし……。でも死んじゃったのは、フィオだけで~」
「そうなんだよな。それじゃあグラスに毒か……」
「でもたっくさんグラスはあったのに~。もしかして、フィオが毒入りを飲んじゃったのは偶然~?」
「……俺を殺すならまだしも、フィオを殺そうとするのは、帝国か?」
「でもでも~、あの悪いオヤジたちは~? 怪しいっ!」
イザベルが言っているのは、宰相や首席将軍たちのことだろうが、しかし幾らあいつらでも王女を殺すほどの度胸はないはず。
そもそも連中が殺そうとするのは、フィオナーレンではなく、アルベールのはずだろう。
(本当に偶然、フィオが毒入りを飲んだのか?)
厨房に顔を出す。
パーティーの食事の準備で誰もが忙しなく動き回っている。
と、そばを通りかかった男を捕まえる。
「ここの責任者は?」
男ははっとした顔をする。
「私でございます……アルベール様」
スーツ姿の男が頭を下げた。
「ワインの担当者は誰だ?」
「私です。一番大切なものなので」
「今日のパーティーで出すワインは?」
「ワインセラーにございますが……」
「どれを飲むのか教えてくれ。俺のパーティーでもあるんだ。いいだろ?」
「はぁ……。わ、分かりました」
責任者の男と一緒に、厨房の傍にある地下へと続く階段を下りていく。
階段の先はワインセラーになっている。
たくさんの棚に所狭しとワインが並べられていた。 数百本はありそうだ。
責任者の男が向かったのは一番奥の棚。
「こちらでございます」
まるで赤ん坊でも抱くように大切にかかえる。
「これだけか?」
「はい。こちらでございます」
「これをパーティーに……。これと同じものは?」
「こちらに」
「そうか」
ワインをひったくったアルベールは厨房でくすねていたコルク抜きで、コルクを抜く。
「あああああ!? 何をなさるのですかっ!?」
「黙ってろ。すぐに元通りになる」
アルベールは次々とワインをぐびぐびを飲むと、そのままワインを割る。
「な、何てことを……! ああああ!」
卒倒する男を尻目に、全部のワインに少し口を付けては次々と割って行った。
(毒はないみたいだな)
アルベールは魂の抜けた男に、手近にあったワインを突き出す。
「パーティーではこれを出せ。いいな?」
「し、しかし、それでは余りに……」
「これは命令だ。このことは誰にも言うんじゃないぞっ。もし誰かに言えば、叔父上にお前がこのワインを駄目にしたと言うぞ」
「そんな! あ、あんまりでございます……!」
「俺はこの国の英雄だ。叔父上は俺とお前、どっちを信じるだろうな」
男の顔が青ざめ、ガクガクと全身を震わせる。
「お許しをぉ……!!」
「なら、分かったんだな。俺に従うな?」
「はぃぃ! こ、このことは誰にも言いません……っ!」
「よし、頼んだぞ」
アルベールは男を残してワインセラーを出た。
「ひっどぉ~~~いっ! ワインがもったいぁ~~いっ!!」
イザベルが抗議してくる。
アルベールは苦笑した。
「そ、そっちかよ……。仕方ないだろ。フィオを守る為だ」
※
パーティーが開かれる。
アルベールは周りを警戒する。
食事や飲み物を運ぶ給仕や見覚えのない客が来ていないか……。
しかし問題ない。
そこへ、朝方さんざん脅しつけた男がワインをのせたトレイを持って来る。
「ど、どうぞ、アルベール様」
男は眼差しで「私は誰にも言ってません!」と訴えかけてくる。
アルベールは分かってる、とうなずく。
「ありがとう」
わざとらしく言って、ワインを受け取り、フィオナーレンの分も取ろうとするが、やっぱりフィオナーレンが先に取っていた。
(前もそうだったな……)
「フィオ。グラスを交換してくれ」
「いや」
「頼む。な? そっちのほうがうまそうなんだよ」
「どうしたの? おかしいわよ?」
「とにかく、それが……」
そこへ王がやって来てしまい、うやむやになってしまう。
乾杯が行われ、ワインに口を付ける。
同時に、フィオナーレンが足下から崩れた。
「くそっ!!」
アルベールはフィオナーレンを抱きながら、料理の責任者を見る。
彼は怯えた顔を浮かべ、呆然としていた。
アルベールはまだ残っている毒入りワインを飲み干した。
(やっぱり狙いはフィオだったのか……。
だったらフィオをここで死なせないのは必ずしもいいことって訳じゃないかもしれない)
薄れ行く意識の中でそう考える。
もし今晩フィオナーレンが生き残っても、これから謎の人物による暗殺の危機は続く可能性がある。
犯人が帝国であろうが、内部であろうが、首謀者は絶対に見つけなければならない。
目の前が真っ暗になった。
※
アルベールは料理に関わっていたり、給仕をした人間を片っ端から拉致した。
ワインもそのたびに割り、別のワインに返させるが、それでもフィオナーレンは毒殺され、下手人を見つけられないまま。
焦りばかりが募る。
下手人を見つける為とはいえ、愛する人の死に顔を何度も見なければいけない……。・
(くそっ! 頭がおかしくなりそうだっ!)
※
「誰がフィオを殺してるんだ!?」
頭は痛いし、腹もなんだか気持ち悪い。
「大丈夫~?」
「……最悪な気分だ。腹もなんかアレだし」
「う~ん、どうするの~……。フィオのそばにずっとついてるとか~?」
「それでどうなるんだ?」
「もしかしたら~毒を入れる人が様子を接触するかも~」
「……それもそうだな。ここで呻いていても仕方ないもんな」
アルベールは早速、王城へ向かう。
庭ではフィオナーレンが稽古していた。
「よ、フィオ。おはよ」
「二人とも。おはよう……。こんな朝からどうしたの?」
フィオナーレンは汗をタオルでぬぐった。
「まあ、何だ……今日はパーティーがあるだろ。それが不安でよく眠れなくって」
フィオナーレンはふふと笑う。
「アルがそんなに神経が細かい人だなんて知らなかったわ」
「まあ、俺もそうだな。これまでパーティーの主賓になるなんて、子どもの頃の誕生日くらいだったし。で、今日はできるかぎりフィオと一緒にいようかな~って。お前のそばにいれば、余計なことを考えなくても済むだろうし」
「私は別に構わないわ。それに一緒にいれば、許嫁関係は解消されたかも知れないけど、私たちからしたら、そんなことは関係ないって宮廷の人たちに伝えられるかもしれないし。それじゃ、部屋に行ってて」
「おい、どこに行くんだ!?」
そこで暗殺の首謀やと接触するかも知れないと思うと、気が気ではなかった。
フィオナーレンはきょとんとした顔をする。
「お風呂。汗を流すの。――一緒に入る?」
「わ、分かった。部屋で待ってる」
「ふふ」
「――いけばいいのに~♪ 結婚するんだったら、お風呂に一緒に入るんでしょぉ~?」
イザベラが口を挟めば、
「な……!?」
「へ……!?」
おそらく冗談で言っただけらしいフィオナーレンまで耳を赤くして、「と、とにかく部屋で待っててっ」と走り去ってしまう。
※
フィオナーレンが不思議がるほど、アルベールは彼女の傍にいたが、怪しい人物との接触はなかった。
他に思うことは第三王女と言っても、公務というものはそれなりにあるな、ということ。
目の前で幾つものスケジュールが披露され、フィオナーレンは全てを理解していた。
王の代理の式典出席などスケジュールがかなりあって、驚いた。
アルベールはそんなフィオナーレンが頑張っているのを見届けながら、目を周囲へはしらせる。
一体どこの誰が犯人なのか。
これまでのことを思いだそうとする。
(あ、あれ?)
思い出せない。
いや、パーティーでフィオナーレンが殺され、慌てふためく人々のことや、料理に関係する連中を拉致したことや、ワインを輪って回ったことなど断片的には思い出せるのに、まるでそこだけ綺麗に切り抜かれでもしたみたいに思い出せなかった。
「悪い。ちょっと悪い。――イザベラ、来てくれ」
「は~いっ♪」
侍女姿のイザベラはうなずく。
アルベールたちは廊下に出る。
誰もいないことを確認した。
「アルぅ~、いきなりどうしたの~? アルを見なくていいの~?」
すごく不思議なことだったが、さっきまでのが嘘のように頭痛は消えていた。
「イザベル。生き返ることに、副作用みたいなものはないのか?」
「生き返りっていうより~、やり直しに近いけどね~。でも副作用~? そんなことはないはずぅ~。だって~砦を攻略するときだって何ともなかったし~。今までそんなのなかったでしょ~?」
「確かにそうだよな……。でもおかしいんだ。これまでのことを整理しようと考えてたんだけど、所々に穴が空いてるみたいに思い出せない箇所があって……」
「思い出せない~?」
「お前は思い出せるか?」
「ん~っと……あれ! おかしい!」
「……お前も思い出せない場所があったんだな」
「う、うん。記憶がいきなり切れちゃってる感じぃ~」
「正直さっきフィオと一緒にいたことすらヤバいんだ。今思いだそうとすると、何があったのかうまく思い出せなくって。フィオのことはちゃんと思い出せてるんだが……部屋に入った前後、というか……」
「他には~? フィオがいるところ、全部あやふや~?」
「……いや、そんなことない。一緒に馬に乗って湖に行ったことは、ちゃんと思い出せる。まあ同じ会話の繰り返しだしな」
「でも~?」
「城での会話がなんか変だ。多分、な。そこを思いだそうとすると頭が割れそうになるんだ」
「原因、分かったよ~♪」
「本当か!?」
「魔術師の力♪」
「魔術師がこの城にいるのかっ。どうしてそう思う?」
「きっと認知の魔法をかけてるんだろうね~♪ フィオが必ず毒いりワインを飲んだのもそのせいだよ~っ」
「記憶の欠落も、そのせいか?」
「それはあたしたちだけの問題~♪ 何度も同じ時間を繰り返している内に、認知の魔法の効果が蓄積されて~、普段はありえないことが起きちゃったのかも」
「で、その認知の魔法の効果は?」
「認知の魔法っていうのは、いわゆる暗示ぃ~。たとえばフィオに毒射ワインを取るように指示したり~、他の人はそれを取らないようにしたりぃ~。それから、自分の姿が記憶に残らないようにしたり~。暗殺なんかに使われるの~」
「暗殺か……。フィオを狙うのはもってこいだな。じゃあ記憶の欠落が認知の魔法が蓄積したものだとして、欠落ってのはなにを意味する?」
「魔術師が見せたくないものがあるんだよ~。見せたくないから魔法で隠すんだも~ん」
「つまりそれって、犯人の姿だな。犯人は城の中にいて、俺達は見てる。でも魔法のせいで、そこの記憶だけ欠落してる」
「多分ね」
「イザベラ。同じ魔術師同士、惹きあうものとかないのか?」
「駄目駄目~。私だって認知の魔法にだいぶかかちゃってるんだし~」
「分かる手がかりはないのか?」
う~ん、とイザベラは考える。
「……最初いたはずなのに、今はいない人とか~?」
「どういう意味だ?」
「認知の魔法は少しづつかかるの~。でも効果そのものはそれほど強くないの~。まさか私たちみたいに何度もその日を繰り返せるなんて人がいるなんて、向こうは思ってないだろうし~。だから普通の認知の魔法は後日、そういえばそういう人もいたなってことを思い出せるんだよね~」
「今は見えなくて以前は見えていた奴が、その魔術師、か……。待て。でも今さら分かった所で俺達にはそいつを認識できないんじゃないか?」
「最初の日のことを思い出せればきっと大丈夫ぅ~! それが一番認知の影響力がうすいはずだし~。それに~私たちはもう十何回も『今日』を繰り返してるんだから~、一番最初の『今日』は過去だから~、思いだそうとすれば思い出せるかも~」
「確かにそうかもな」
(ずっと俺がしている行動は何だ? 初日にあんなことが起きるなんて思いも寄らずにぼけーっと過ごしていた時から今にいたるまで……)
それは、フィオナーレンの稽古だ。
初日は窓から見下ろす程度で。
最近の『今日』を思いだそうとすると、フィオが剣術に励んでいる姿は思い出せる。
でもそれ以外は?
(……侍女がいた、かもしれない)
顔は正直、あやふやだ。
フィオナーレンにタオルを渡していた、あの侍女。
あの侍女を他の『今日』では見ただろうか。
もし魔術師が侍女に変装しているのだとしたら、城内での記憶やさっきのフィオナーレンの部屋でのことが思い出せないのも理に適う。
(……と、思う)
記憶があやふやな状況では自信がない。
(でもこれに賭けるしかない、かっ)
アルベールはフィオナーレンの部屋に飛び込んだ。
侍女たちを見回す。
「アル、ど、どうしたの?」
フィオナーレンが戸惑う。
アルベールは侍女たちを見た。
「おい! ここで今朝、フィオナーレンが剣術の稽古をしている時に付き合った侍女は誰だ!?」
誰もが顔を見合わせる。
「あ、アル? 私は一人で訓練してたのよ? 侍女は誰も……」
アルベールは一か八かで捲し立てた。
「俺は思いだしたぞ、魔術師! 認知の魔法で人をテペンに賭けようなんてそうはいかないんだっ! お前がフィオを殺そうとしてるのは分かってる! お前はパーティー会場で毒を盛って殺す!」
瞬間、一人の侍女と目が合った。
その顔は驚愕に染まっている。
刹那、その侍女が部屋を飛びだした。
「待て!」
アルベールは、その侍女を内庭に追い詰めた。
認知の魔法のせいで顔はよく分からないが、それでもその侍女の姿や逃走する姿ははっきりと見えていた。
メイドが足を止めて振り替える。
アルベールは懐から取り出した短剣を、侍女めがけ投げる。
「っ!」
侍女はさっと短剣を回避する。
侍女は眉間にシワを刻み、目をつり上げた。
「どうして……っ」
「お前の認知の魔法は俺にはきかないんだっ!」
ウソだ。効果は抜群だ。
別の短剣を握り、侍女に迫る。
「巡る《トワレ》、巡る《トワレ》、風よ《イビュー》っ!」
侍女が口にしたのは魔術。
「っ!」
侍女が古語《ノエット》による魔歌《ドエ》を唱えれば、高々と上げた右手に力が集約される。
「眼前の敵を屠れ《イリ・ニヒ・ドッペ》!!」
アルベールめがけ飛んでくる風の刃を間一髪避ければ、背後の草木が吹き飛び、樹木を倒す。
「くそっ!」
「バレたのなら仕方ない。あの王女でなく、お前が死ねっ! それでも主人は納得される!」
再び呪文詠唱と共に、猛烈な風が迫る。
(くそっ……このままじゃ……!)
回避したが、風が左腕をかすめれば、衣服が避け、血が飛ぶ。
アルベールは血の滲んだ腕を押さえ、肩で息をする。
その時、耳に声が届く。
「アルっ! あたしの声に意識を集中してっ!」
イザベルの声。
いつもと違って緊迫感がある。
「何をするつもりだっ」
「あたしの魔力を、その剣に宿すっ」
そんなことが出来るのかどうかを論じてる場合ではない。
すでに目の前で、アルベールめがけ巨大な風を集めている。
「頼むっ!」
アルベールが叫ぶのと、
「消し飛べっ!!」
メイドが風の大型呪文を放つのは同時。
「炎の子らよ、我らが前で狂え狂え《イムタル・ヒューゴ・リンケ》……災いよ《ダハリエーン》!」
侍女の呪文よりも澄み切った声。
なめらかで、心にも染みいる声。
アルベールの短剣が炎に包み込まれた。
渦巻く紅蓮の炎。
「その短剣を、あの風にぶつけてっ!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!」
アルベールは渦巻く突風めがけ、短剣を飛ばす。
ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオ!!
(フィオを死なせるか!)
紅蓮が風を灼き尽くす。
瞬間、重厚な風の刃が霧散する。
しかし短剣は飛び続ける。
まっすぐ侍女に吸いこまれ、火柱が侍女を包み込んだ。
炎がゆっくりと収束していく。
そこには、所々衣服を焦がした侍女の姿があった。
女の周囲を包んでいた風の流れが消え去る。
間一髪、風の盾を作り、あの炎から身を守ったのだろう。
侍女は顔を歪め、それでも逃げようとする。
「させるかっ!」
アルベールは侍女の右腕を掴み、ねじりあげた。
「……っ」
藻掻く力は弱々しい。
侍女が振り返り、睨んでくる。
目の中の光は怯んでしまいそうなくらい強い。
「言え! お前は誰の命令で動いてる!」
しかし口を噤んで答えない。
「おい! 答えろ!」
侍女の首に刃を向ける。
しかし庭での騒ぎに衛兵たちが次々と駆けつけてきた。
「アル! 手を離してっ!」
フィオナーレンが衛兵たちの間を縫って、姿を見せる。
「……分かってる」
腕を外せば、侍女は倒れた。
気絶したらしい。
「アル、これはどういうことなの……?」
フィオナーレンは侍女の姿を見下ろし、戸惑う。
「さっき言ったとおりだ。フィオを暗殺しようと企んでいたんだ。後ろに誰がいるかを調べてくれ。それから、そいつは魔術師だ。気を付けてくれ」
侍女が、衛兵たちに引きずられるのを見送った。
「やぁ~~~んっ! 怖かった~~~~~~~~~~っ!!」
今さら、イザベラがぶりっこした。
「イザベラ、助かった。お前がいなかったら死んでたよ……。お前、本当に魔術師だったんだな」
「あ~~んっ、ひっどぉい! 信じてなかったの~~~!?」
「そうじゃなかったけど、改めて、な」
(もしかして、あれが本当にイザベラなのか?)
そんなことを考えた。
しかしその思考は、フィオの声で現実に引き戻される。
「フィオ!! あなた、ケガしてるじゃないっ!! すぐに治療しなきゃ!!」
「これくらい何ともない大丈夫だから」
「とりあえず医務室に行きましょっ」
アルベールはフィオナーレンに引きずられていった。
※
医務室で治療を終えて廊下に出ると、廷臣がやってきて深々と頭を下げた。
「アルベール様っ! 陛下がお会いしたいとのことですっ。私室へおいで下さいませ」
「分かった」
「えへへ~♪ 王様からご褒美もっちゃうかも~っ♪」
「どうだろうな」
アルベールは肩をすくめ、延伸の後に続いて王の部屋へ。
「失礼いたします、叔父上」
アルベールが部屋に入れば、当たり前のようにイザベラが続く。
そして王は当たり前のように、イザベラの存在に疑問をもたない。
「よく来たな。もっと近う」
王の前に用意された椅子に、「失礼致します」と腰かけた。
「娘を守ったこと、礼を言うぞ」
「いえ。当たり前のことです。フィオは今?」
「今は部屋だ。衛兵に守らせ、誰もいれないよう命じている」
「そうですか」
(後で行かないと)
王は腕を組み、溜息をつく。
「しかし暗殺者の正体が魔術師だったとはな……」
アルベールも同意した。
「正直、私も驚いております。まさか魔術師が宮廷に侵入しているなんて」
「うむ。仮に分かったとしても、魔術師相手では本来はもっと被害が出ていただろう。だが、よく魔術師を相手にできたものだ……」
そこに、イザベラが口を挟んだ。
「――あたしが協力しましたから~♪」
王は何の疑問もなく、うなずいた。
「うむうむ。イザベラがいるのならば、心配ないな」
自己紹介もしていないのに普通に名前を口に出来るのは、やっぱり不思議だ。
「魔術師は捕らえたわけだから、あの女の素性はおいおい分かるだろう。――アルベール。褒美は何が欲しい? また爵位か?」
「……《蛇の巣》に行かせて頂きたいのです」
《蛇の巣》とは、魔術師の領域にある学院である。
かなり不気味なネーミングではあるが、王国や帝国から選ばれた僅かな人間が学院生になれた。
そこでは王国や帝国などの国家の違いなく、魔術師の叡智を受け取れる。
しかしアルベールにそんなものは興味はない。
何故行きたいのかと言えば、今回の暗殺騒動だけではない。
宰相たちにウンベルト殺しを吹き込んだ奴ももしかしたら魔術師が関わっているかもしれないと思ったのだ。
手がかりが欲しかった。
魔術師は決して国家に属さない。
魔術師を知るには、魔術師の領域に行かなければならないのだ。
「よかろう」
王はうなずいた。
もしかしたら、アルベールの真意を理解してくれたのかもしれない。
「叔父上、ありがとうございます」
「……お前がここを離れるのは残念だ」
「フィオのこと、よろしくお願い申し上げますっ」
「もとより分かっている」
アルベールは一礼して、部屋を出た。
ウンベルトをけむたく思っていたんは明らかだろうが、それでも王は肉親であり、フィオナーレンの父だ。
ウンベルトを殺した連中――宰相や将軍たちを告発するのは、その裏で糸を引く人間を明らかにしてからだ。
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