堕ちた貴族の復讐譚~バニーガールな魔術師から与えられた能力は、何度もで生き返る力だった

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学院編

カサンドラ

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朝霧が《蛇の巣》にまだ漂っている頃、教員の寮でカサンドラは目覚めた。

 身体を起こし、窓から外を見る。

 真っ白な朝霧の向こうに、建物の影がぼんやりと浮かんで見えた。
 その霧の向こうには、黒い森。
 それはまるで今、目の当たりにしている木の一本一本が今にも蠢きそうな幻覚に襲われそうになるくらいおぞましい。

 窓を開けると、身震いするほどの冷気が入り込んできた。

「さむ……っ」

 呟いて、右足をゆっくりと床に付ける。
 すでに何も感じない右足。
 いつも歩く時には魔法の補助が無ければ、今頃車椅子にでも乗っていただろう。
 左足で床の冷たさを感じる。

 右足はかつて自分が学生だった頃、魔物の毒に冒されて以来、麻痺が残っていた。

 飾り気のない部屋。
 我ながらそう思う。
 本棚にワードローブにベッド、書き物机。
 色のついたものは何もなく、モノトーンの世界。

 アンジュには、「いつでも世界を旅できそう~! あ、私を置いていっちゃ駄目だからね~。ふふ♪」と言われている。

 アンジュは数少ない同窓の生き残り。
 ほとんどが卒業する前に死ぬ。
 世界中から立身出世を目指した者が、《蛇の巣》にはやってくる。
 ここを卒業できれば、祖国の重臣に任じられることは決まっていた。
 入学の条件は教員に認められることだけ。
 その中でお互いに切磋琢磨するのだ。

 正直、真っ先にアンジュは早々にいなくなると思った。
 誰かに殺されるか、墓穴を掘るか、それとも魔物に喰われるか。
 アンジュは入学当時からたくさんの友人を作った。
 背中から刺されるのは嫌だと、全ての生徒から距離を取っていたカサンドラとは大違い。
 しかし彼女はあのおっとりとした物腰とは裏腹に、抜け目がない。
 決して他人を蹴落としたり、罠に掛けたりするタイプではないけれど、それでも必ず生き残るのだ。
 そんなアンジュが魔術師に目覚めたのは、カサンドラを助けようとした時。

 誰もが命知らずと思ったが彼女は、

「カサンドラ――――――っ!!」

 そう叫んで、カサンドラを助けてくれた。
 そして同時に、魔術師の力を開花させた。
 魔術師の力は命が危うくなった時に花開く。
 アンジュとカサンドラは同時に魔術師になった。
 三年生の時のことだ。

 だからこそ、この学校では殺し合いが当然のように推奨される。
 と言っても、それが頻繁に行われるのは一年生の時くらい。
 互いの実力を知れば、多くの者が頭を切り換える。
 殺し合いではなく、助け合い。
 無事に卒業できれば、輝かしい未来が待っているのをみすみす捨てるほど、ここの学生は向こう見ずではない。
 まあ成績がよほど悪くなければ、だが。

 正直、何故アンジュがカサンドラを助けてくれたのかはよく分からない。
 それまで何とか生き残った数少ない同期であることは知っていたが、特別なにかを話す訳ではない。
 カサンドラは依然として生徒を避け続けていたから。

 しかし今となっては、親友だと思っている。
 同窓であり、同じタイミングで魔術師に開花し、そしてなにより命の恩人。

 恥ずかしいから、アンジュにそう言ったことはないけれど。

 いつも通り、白いブラウスに黒いリボンとスカート。
 同じ服装なら毎日どういう服装にしようか迷うことがないから楽だ。

 いつもより早めに部屋を出ると、ちょうど隣の扉が同時に開いた。

「おはよ~、カサンドラ~」
「アンジュ、おはよう。早いんだな」
「カサンドラこそ~。あ~。もしかして誰かに会いに行っちゃう~?」
「あ、ああ……。そうだが」
「も院長せんせに会いにいくの~?」
「そ、そうだ」
「うふふ~♪ それじゃあ、一緒に行こ~?」
「まさか私の独り言を盗み聞きしてたんじゃないだろうな」
「ま~そうしようと思えば、出来たけど~。だって~カサンドラってば、学生時代から独り言の声が大きいから~」
「……う」
 カサンドラは頬を染めつつも、咳払いをして話を変えた。
「で、院長に話すことは……やっぱり昨今の一年生の減少について、か?」
「そ~。幾ら私たちの学校が特殊と行っても、新しい一年が入ってからまだ五ヶ月くらいしか経ってないんだよ~? それなのに~、死んじゃい過ぎ。もう三分の一がいなくなっちゃうんだもんっ」
「特別腕の悪い人間が多い訳でもないし、特別血の気の多い人間が多い訳でもない」
「……運が悪かったのかなぁ」
「お前、最近の生徒の死体は見たか?」
「うん。何かに斬り裂かれてて~……可愛そうだった……」

 いつもはのほほんとしているアンジュも、痛ましそうな表情をした。
 学生時代、同級生が亡くなった時もそういう顔をしていた。
 しかしここの学生にとって死は日常であり、仲の良かった同級生が死んでも嘆くことも、葬式をすることもない。
 死んだ生徒は教師の手によって学校の敷地内に埋められる。
 一体どれだけの生徒が埋められているのかは誰も知らない。

「そう……。あれはまるで斬り裂かれているようだった」
「魔物にでしょぉ~?」
「どうだろうな」
 最近亡くなった生徒たちは全員、課外学習の際、森に赴いた際に亡くなっていた。
「え、人がやったと思ってるのっ」
「いや。馬鹿げた考えだ。……他の生徒が森に入れば、我々が気付かないはずがない。結局、魔物の仕業なんだろう……」
「でもさぁ、思い出したんだけど~、私たちが学生だった時もこういうことってあったよね~」
「そうだったか?」
「そ~そ~」
「でもだから何だ? 結局、魔物がやったということだろ。――ほら、行くぞ」
「あ! カサンドラ、待ってっ!」

 カサンドラが歩き出そうとすると、アンジュは部屋にカサンドラを連れ込む。

「お、おい!?」

 童話の世界にでも彩り豊かな家具や大量のぬいぐるみに出迎えられる。
 そして果実系であろう甘い香水のかおり。

「屈んで~」

 アンジュはヘアブラシを手にしていた。

「おい、今はそんなことをしている場合じゃ……」
「いいから~」

 有無を言わせぬ強引さに流され、鏡台の前に置かれた椅子に座れば、髪をとかしてもらう。

「も~。カサンドラってば~、カサンドラの髪は綺麗なんだからぁ。毎日ちゃんとしなきゃ駄目って言ってるでしょぉ?」
「……忙しいんだよ」
「もうっ」
「こんなところで身だしなみを整えてどうする? 誰に見せる訳でもないのに……」
「ふふふ~。見せる相手、欲しいんだぁ~?」
「だ、誰もそんなことは言ってないだろ!」
「生徒がいるでしょぉ?」
「あいつらに会うのにオシャレしてどうする」

 そうこうしているうちに、髪をとかし終わった。

「はい、かんせ~」
「ふむ」
 右や左を見ながら、チェックする。
「ね? 綺麗になったでしょ?」
「……さすがにこういうのはうまいな」
「でしょぉ?」
「さあ、これで気が済んだだろ? 行くぞっ」

 カサンドラたちは寮を出て、渡り廊下を歩く。
 まだ朝は冷える。
 二人が話すたび、白い息がこぼれる。

「うふふ~。カサンドラってば息がしろーーーーーいっ♪」
「お・ま・え・も・だっ」

 そんないつも通りのやりとりをしながら、別の建物へ。
 院長室の扉をノックする。

「はい」

 院長の返答。

「失礼しますっ」

 カサンドラを先頭に部屋に入る。
 院長を前にすると、いやでも緊張してしまう。
 なにせ、オルガーノ・ティティンはカサンドラたちが学生だった時の教師だったのだ。
 カサンドラたちが学生の頃から、その優秀さは教師陣の中でも抜きんでていた。

「おお、俺の元生徒か。雁首《がんくび》並べてどうした?」

「院長。実は昨今の一学年の学生の減少についてです」

 オルガーノは万年筆を脇に置く。

「ほお。アンジュはともかく、お前がそんなことを気にするとはな……。案外、教育者に向いていたようだな」
「院長がどのように私めを見ているのはよく分かりましたが、これは早急に対処するべき事案です。すでに半年余りで三分の一の学生が死にました」
「どんな対処をするつもりだ?」
「殺し合いを中断させ、森に入る授業では我々教師自身が付き添います。そうでもしなければ、この学年は全滅しかねませんっ」

 そういう学年は珍しいが、なかった訳でもない。
 カサンドラも噂に聞く程度だったが、この学校の恐ろしさを実感するようだった。

「駄目だ」
「院長!?」
「院長せんせ、お願いしますぅっ! せめて二年生が終わるまでっ! お願いですっ!」
 アンジュも声を上げるが、オルガーノは頑なだ。
「まだ三分の一だろう。何ら問題ない」
 カサンドラは眉間にシワを刻んだ。
「そこまでして魔術師を作るのが」
「お前たちもそうだろ。死の間際という素晴らしい経験をしたからこそ、この世界において至高の存在になれた」
「魔物に襲われ殺されかけた――私はそのことを素晴らしい経験だと思ったことは一度もありません。魔術師を量産することに気を取られ、いたずらに生徒を殺すのはあまりにも忍びがたいのです」
「優しいな。生徒の時は死についてそれほど感傷的ではなかったと思うが?」
「さあ、これ以上死なせたくなかったら生徒に身を守る方法を教えるんだな。そもそも、だ。この場所の目的は新たな魔術師を誕生させる場所だ。卒業生が王国や帝国の重職に就くのは副産物に過ぎない」

 院長は、書類仕事に戻ってしまう。
 こうなればテコでも動かないのが院長だ。

「……失礼致します」
「失礼いたしますぅ……」

 カサンドラたちは部屋を出た。
 扉を閉めるなり、「ひどい!」そうアンジュが叫んだ。

「……聞こえるぞ」
「聞こえるように言ったのぉ!」
「ああって、それだけぇ~!? カサンドラは文句がないのぉっ!?」
「あるが……ここは教師としてやれることをするしかないだろ……。行くぞっ!」
「ああ、ちょっとぉ――」

 カサンドラは、アンジュの首根っこを掴んで引きずっていった。
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