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第一章 遭難編

第7話 ツネオ 山下常雄

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時は少し遡る。

ツネオは、怖かった。
ソウが、自分を助けるために川に転落して、川の中で助けを求める声を上げている。

それでもツネオは返事をしなかった。

川岸からこっそり顔を出してソウの場所を確認した。
ソウは川の中流で岩に、しがみついている。

このまま様子を見て、ソウが川岸まで辿り着くようなら助けを呼びに行こう。
もし流されたら・・・

そう思ってソウを見ていると、ソウは力尽きて流された。
どこか怪我をしているのか、うまく泳げず、水量の多さや流れの速さからしても川岸にはたどり着けそうにない。

下流には、20メートルほどの落差のある滝が待ち受けている。
このままだとたぶん死ぬだろう。

 ツネオは迷った。

ソウに対してなんの恨みもないし、大カマキリから自分を救ってくれた恩もある。

 できれば助けたい。

しかし、ソウを助けた結果、チョコレートを一人で食べていたことが仲間に知れたら、どうなるのだろう。

仲間外れになれば一人では生きていけないし、何よりもリュウヤのことが怖かった。

リュウヤにチョコレートのことがばれると、リュウヤが怒るのは間違いない。

怒るだけで済めばいいが、絶対に殴られるし、もしかしたらまた元のパシリにされていじめられるかもしれない。

結局ソウが死ぬ方にかけて、だれにも言わない、助けを求めないことにした。

ツネオは、いつもリュウヤの傍にいて、時にはリュウヤのパシリもさせられていた。

他人からは「腰ぎんちゃく」だの「スネオ」等と揶揄やゆされていることも、十分知っていた。

それでもリュウヤに対する恐怖感からリュウヤの元を離れることが出来なかった。

リュウヤとの関係が壊れていじめられる事がこわかったのだ。




山下常雄は、サラリーマンを父とする、ごく普通の一般家庭で育った。

小学校5年生の時に、父の転勤に伴ってリュウヤ達のいる学校に転校してきた。

学校では小学生の頃にありがちな「いじめ」をツネオも受けていた。
ツネオはどちらかと言えば虚弱な体質で、暴力とはあまり縁のない性格だった。

自分から他人に暴力を振るうこともなかったし、他人から暴力を振るわれたこともあまりなかった。

いじめは、些細なことから始まった。

その当時流行っていた戦隊ヒーローもののバッジを着けたまま登校したところ、それをリュウヤに見つかり因縁をつけられた。

ツネオは自分の衣服にバッチを着けていることを忘れていて、そのまま登校したのだが、リュウヤから

「お前、そんなの見せびらかして、どうすんだよ。学校にオモチャ持ってきていいのかよ。」

とすごまれた。

「いや、これ、外すの忘れてただけだから、いいだろ君に関係ないし。」

リュウヤのことを、まだよく知らなかったツネオが言い返した。
するとリュウヤはいきなりツネオの左ホホを拳で殴った。

ツネオはその場にひっくり返った。

「何、口答えしてんだ、おう?」

小学5年生なのに、いっぱしの不良気取りの言葉。
ツネオは、大きなショックを受けた。

それまで誰からも殴られたことはなかったのに、突然、同年の子供に目から火が出るかと思う程のパンチを受けたのだ。

その時からリュウヤのことが心底怖くなったのだ。

それ以来リュウヤと、その取り巻きから、いじめを受けるようになって、いわゆるパシリにさせられた。

ツネオは当然のこと、いじめられるのはいやだったので、いろいろと考えパシリを抜ける方法を考えた。

 それは、

(自分より下の立場を作り、自分をリュウヤの直下に置けばいい。)

ということだった。

不幸にもリュウヤと中学、高校と同級になってしまったが、その間に、いじめられる側からいじめる側へ立場を変え、今ではリュウヤの友達だと他人に言えるような位置まできていた。

「ツネオどこへ行ってたんだ?」

リュウヤに声をかけられた。

「あ、小便」

「ションベンならそこらあたりしろよ、見張りだろ。」

「うん。」

日が昇り木村先生の号令が、かかった。

「そろそろ行くぞー。荷物をまとめろよ。」

全員が起きだして荷物をまとめている。

「あれ?ソウは?」

レンがソウの姿が見当たらないことに気が付いた。

「昨日は僕の隣で寝てたにのに、どこいったんでしょうね。」

イツキがつぶやく。

「え、ソウちゃんいないの?」

ヒナがあたりを見回す。
隊列が整い、出発しようとした時にヒナが

「先生、ソウちゃんがいません。私探してきます。」

と言い出した。

「ソウがいないのか?誰か知らないか?」

「昨日の最初の見張りは・・と、ツネオ、ソウを見なかったか?」

ツネオは平然と

「知りません。」

と答えた。
胸の中は早鐘が鳴りっぱなしだった。
ヒナが隊列を離れようとした時に、木村がヒナを止めた。

「まてまて、お前は動くな、俺と男子生徒で周囲を探す。」

木村とレン、アキトの三人が周囲を探した。

ヒナ達も

「ソウちゃーん」

「ソウー」

とあたりに呼びかけたが、反応はなかった。
2時間程探したが、ソウは見つからなかった。

ソウをこのままここで待つのか、それとも探しに戻るか木村と清江が話し合った。

「木村先生、私、飛行機まで戻ってみます。」

ヒナが木村に告げた。

「だめだ、海岸に少人数で戻るのは危険すぎる。」

「じゃ、先生はソウちゃんを見捨てるんですか?」

「そうは言わんが・・・」

そこへアキトが口をはさんだ。

「先生、生徒全員のことを考えるのなら、出発すべきです。」

ヒナはその言葉に驚いて、アキトを見返す。

「確かにソウ君のことは心配ですが、これだけ探してもいないのですから、ソウ君、自らの意思でこの場を立ち去ったと考えるのが普通でしょう。」

レンがアキトの胸ぐらを掴んだ。

「何言ってんだ、オイ、ソウが俺たちに何も告げずに立ち去るわけないだろうがよ。オイ」

「そうですよ、ソウ君そんな人じゃないですよ」

イツキも加勢した。

「じゃ、なぜこの場にいないのでしょうね、この周囲に居ないということは、自分の意志で集団から離れたんじゃないんですか?それとも誰にも気が付かれないうちに、化け物が襲ったとか?」

言い返す言葉が無かった。

「とにかくだ、もう少しだけ待ってみよう。ひょっこりかえってくるかもしれんし」

木村がその場をとりなした。


「ソウが自分の意志でいなくなるのは考えられない。絶対どっかで動けなくなっているはずだ。」

レンの言葉にイツキも

「そうですね。どこかで怪我して動けなくなっていると思いますよ。」

と答えた。

「私たちだけでもソウちゃんを探しにいきましょうよ。」

「ヒナが行くなら私も付き合うわよ。」

ウタがヒナを気遣う。

「ウタはだめだ。まだ怪我が治ってないし、危険すぎる」

レンがウタを制した。

「なーによ、レン君、私だけ除け者?余計者?バケモノ?」

「そ、そんなこといってねーぞオイ。」

レンが引く

「ヒナが行くなら私も行く、これ当然のコト。」

「わかったよ。」

ヒナ、レン、イツキ、ウタの4人は、こっそりと隊列を離れて、ソウを探しに元の道を戻った。
ヒナは道中ソウのことを考えた。

「ソウちゃん生きてて。」

ヒナの家はソウの家の真向かいで、物心ついた時にはソウがいた。

親同士も仲良く、よくお互いの家を行き来していて、ヒナにとってソウは家族の一員だった。

ソウは少し怠け者で、面倒なことは極力避けるタイプだった。
ヒナは几帳面な性格で、時には怠惰たいだに見えるソウを細かくサポートしていた。

学校の宿題を手伝ったり、ソウの苦手な科目を教えてあげたり、ソウは同学年だが、ヒナにとっては放っておけない弟のような存在だった。

ソウのことを異性として見たことはなかったが、ソウに対する愛情はあった。
その愛情は恋愛感情とは少し違って、家族愛に近いものだった。
ヒナには恋愛経験がなかったが、好感を持っている人はいた。

アキトだ。

アキトはスポーツ万能、成績優秀、スタイルも顔立ちも良くて生徒会長、女子生徒の憧れ的存在で、ヒナも周囲の女生徒がアキトの噂をしているのに加わるうち、アキトのことが好きになっていた。

しかしそれは、恋愛感情までは至らず、スターに憧れるファンのような心理だった。

だから、アキトがソウを見捨てる様な発言をしたことは、ヒナにとっては少しショックだった。

アキトの言う「生徒全体」を考えれば、アキトの言う通りだろうが、ヒナにとっては「家族を見捨てろ」と言われたのと同じだ。

「ソウ、どこへ行ったんだろな。」

先頭を歩くレンがつぶやく。

「川に落ちたかもしれないよネ。」

イツキの言葉にウタが

「川に落ちていたらまずいよね、この先ナイアガラだもん。」

不安な表情をする。

その後一行は滝壺まで下りたが、ソウをみつけることはできなかった。

ただ、滝壺で巨大なカマキリの死体を見つけた。

「ソウちゃん・・・」
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