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第四章 首都ゲラニ編

第78話 避難所 アウラ神殿

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俺達はセプタの街から転進、バルチ方向へ走っている。
セプタの街から獣人、魔獣の部隊5,000が南下を始めたからだ。

獣人部隊の目的は定かではないが、食糧補給や新たな人質確保の為にバルチの村を襲うつもりなのだろう。

現状を報告したところ、ラジエル公爵から、『バルチに向かいつつ途中の小集落に避難勧告を出せ』との命令を受けた。
ラジエル公爵の命令どおり、途中の集落へ立ち寄ったが、困ったことに集落の人々は俺の話を信用してくれない。

俺のいう事を信用しない者まで助ける義理は無かったが、そのまま放置すれば虐殺されるのは目に見えている。

それでは、俺の寝心地が悪くなるのは間違いない。
俺はキノクニの礼服を着て、集落の代表者に告げた。

「俺はキノクニ役員シンだ。俺のいう事が信用できないなら、それは仕方ない。しかし、後で見回りに来て、この集落に一人でも住民が残っていれば、キノクニキャラバンは、二度とこの集落に来ない。信用されない場所で商売は出来ないからな。」

この作戦は結構効果があった。
キノクニキャラバンは田舎の移動商店と同じだ。
生活必需品の販売も多く、田舎には無くてはならないシステムだ。

それを二度と利用できないとなると困る。
人は権威に弱い。
キノクニの金線3本は権威の印ともいえる。
礼服はその効果を高めた。

こうして街道沿いの集落の住民を避難させ、バルチに向かう途中、セプタ代官の使者を発見し、ラジエル公爵充ての書状を受け継いだ。

書状には、先に俺がセプタ代官の屋敷で見聞きしたことと同じ内容が書かれていた。

誘拐された全ての獣人、特に名指しされた6人の子供の解放がされなければ、セプタ住民を皆殺しにされるとの内容だった。

名指しされた6人の子供は王家の子供だが、文書に、そのことは書かれていなかった。

俺達はウルフの速度を速めて、正午過ぎにはバルチに到着した。

「キノクニ役員シンまかり通る。」

俺達は、ウルフを収納して徒歩で村の検問所を通過した。
その足で、バルチの代官屋敷へ赴いた。
代官屋敷の門番に対して、代官に取り次ぐように言ったところ、門番は代官に伺いを立てることも無く取次を拒否した。

「なぜ、取り次いでくれないのだ?」

「だから言っているだろう。代官様から誰も通すなと命令されているのだ。」

何かセプタに関する重要な要件でもあるのだろうか?

「こちらは、ラジエル公爵の至急な要件で来ている。取次だけでもしてくれ。」

「わかった。少し待て。」

門番は、屋敷へ入って行った。

「やはり、忙しいそうだ。明日もう一度来てくれ。」

「なんで忙しいのだ?」

門番は、くちごもる。

「俺からは何も言えない。・・・」

屋敷の方から女性の嬌声が聞こえてきた。
俺の耳は常人の数倍の聴力を持つ。

「きゃー、いやーん。だめよジェムちゃん。」

「あーはっはは。」

ジェムというのは代官ジェムルの略称だろう。
俺は止める門番を無視して屋敷の玄関まで来た。

「開けろ。緊急事態だ。ラジエル公爵の名代シンだ。開けねば扉を壊してでも入るぞ。」

屋敷の奥から足音が聞こえる。
ドアが開いて、執事らしき男が顔を覗かせた。
ドアを開けたことで屋敷の中の音が明確に聞こえる。

「どーこだ。ミミたん。どーこに居るのかな?ブヘヘ」

「やーん。ジェムちゃん。ウフフ」

かくれんぼでもしているのか?
執事が不機嫌そうに言う。

「なんだ。無礼者。代官様は忙しいと言っただろう。出直せ。」

俺は執事の胸倉を掴んで、ドアから引きずり出さした。
あわてた門番が、槍を俺に向けたが、俺が怒気を放つと、その場に座り込んだ。

俺達は、ためらうことなく、屋敷に入った。
屋敷に入って真っ先に目についたのは、上半身裸で、布で目隠しをしてブクブクと肥え太った男だ。
少し離れた場所に若い女がいるが、その女も上半身裸だ。
エリカが顔をそむける。

「ミミたーん。」

男は目隠しのまま、エリカに近づく。
上半身裸の男は、手を伸ばしてエリカに触れようとした。
エリカは鳥肌が立ったようだ、身震いしている。
思わず俺は男の出足を払ったところ、床にひっくり返った。

「痛いなぁミミたん。」

と言いながら、目隠しを取り俺に顔を向けた。
ニヤけた男の顔が真顔になる。

「誰だ。無礼者。ここをどこだと思っている。」

代官と平民の俺では身分が違うが、そんなことはどうでも良くなっていた。

「安宿の腐った飲み屋か?それとも幼稚園か?」

「なんだと、貴様誰だ。何の用だ。衛兵、衛兵はおらぬか」

「俺か?俺はラジエル公爵の名代、シンだ。ラジエル公爵からここバルチの全権を預かっている。」

本当は全権委任なんてされてないけど、この緊急事態だ、事後承認ということでもいいだろう。

「ウソつけ、見たところキノクニの商人のようだが、ラジエル様が、商人に全権を託すなどありえぬわ。何を企んでいる。」

「何も企んでねぇよ。セプタが獣人によって落とされた。その獣人部隊がこちらへ向かっている。そのことを知らせに来ただけだよ。」

「なにを寝ぼけたことを。そんなことがあるものか。獣人達は人間を恐れている。その獣人がゲランの領地を襲うなど、絶対に無いわ。この嘘つきめ。」

代官とやり取りをしている間に、さっきの門番を含めて5人ほどの兵士が俺を取り囲んだ。

「信用しないなら、仕方ないな。後でラジエル様に叱られて、いや代官職をクビにされてもしらねぇぞ。それでいいなら、鬼ごっこの続きをやっていろ。エロ代官様よぉ」

「無礼者、衛兵、こやつを捕らえよ。」

俺は代官には腹が立っていたが、その部下にはなんの恨みも無い。
ミミという女性以外に軽くパラライズをかけて、代官屋敷を出た。

「サンダさん、今見たことを何も隠さず、ありのまま報告してください。」

「はい。既に・・」

サンダさんが笑っている。

このバルチの村は重税に苦しみ、村の覇気がない。
この件で、その原因は良くわかった。
あのエロ代官が、原因そのものだろう。
昼間から酒を飲み女遊びに興じている。
そんな代官に統治される村はたまったものじゃない。

次に俺は、エリカの案内で村長の家に向かった。
エリカはこの村の出身だ。
村長の事も良く知っていた。

俺とエリカはセプタが獣人達に落とされたこと。
5,000人位の獣人、魔獣部隊が、この村を目指して南下している事を丁寧に説明した。

村長は、エリカのことをエリカが幼い頃から知っていて、嘘をつくような人ではないことをよく理解していた。
俺とエリカがキノクニの人間であることも信用してもらえる一因となった。

村役場の鐘がなった。
村長が村の幹部や主だった者に招集をかけたのだ。
この村は人口3,000位だが、農村地区、商業地区に、それぞれ地区の代表が居てる。

緊急事態には、その代表を通じて、情報が村民に流れる仕組みになっている。

この村は良く訓練されているようで、鐘がなって10分位で、主だったメンバーが集まった。
そこで、村長からの依頼により、俺が現状を説明した。

「何か質問はありますか?」

若い村人が手を上げた。

「非難しなけりゃならんことは、よくわかったんじゃけどよう。村には、ようやく歩いているような爺様や、ばあ様、病人や赤子もおるけんど、どうすりゃええべかね?」

そこまでは考えてなかった。
というより、それは代官の仕事だ。
しかし、代官はあてにできない。

「わかった。俺が何とかする。手荷物だけ持たせて、老人や子供、病人をここへ集めてくれ。」

村人たちはあわてて、避難準備を始めた。

「ドルムさん、後をお願い。ちょっと出かけてくる。」

「どこへ行くんだ?」

「ちょっと避難施設まで。」

「ん?」

俺はポータブルゲートを開いてチャンネルをアウラ様の神殿に置いているゲートに合わせた。
ポータブルゲートを何度か使っているうちに、基地局、つまりキューブとの間だけでなく支局同士、ポータブルゲート同士でも通行可能なことに気が付いていたのだ。

ゲートをくぐって、アウラ様達の部屋をノックした。

「アウラ様~」

「おう、ソウか。入ってええぞ。」

部屋にはアウラ様夫婦がいた。

「アウラ様、お願いがあります。神殿を避難所に使わせてもらえませんか?」

俺は、これまでの経緯を簡単に説明した。

「おう。自由につこうたれや。遠慮はいらん。ただしわかっとるな。」

「はい。スコッチでよろしいですか?」

アウラ様が笑う。

「それや、それそれ。」

イリヤ様がアウラ様を睨む。

「あ・な・た。ソウさんのお願いなのですよ。対価を求めるなんて。もう。」

「すまん。かあちゃん。つい・・テヘヘ」

「いいですよ酒くらい。一生で飲みきれないくらいありますし。」

「それやがな。ソウ、男前やのう。」

俺は、アウラ様の神殿を避難所にすることにした。
念のためにアウラ様の居住区にはカギをかけてもらい、進入禁止にした。
避難してくる住民は、礼拝堂と、アウラ様の部屋の真裏、建物の左側にある、信者の為の宿泊所を使わせることにした。

準備は出来た。
後は避難させるだけだ。
村長と話し合って隣町ゲルンまで自力で移動できるものは自力で移動させ、老人子供、病人はアウラ神殿へ避難させることにした。

アウラ神殿へは村の主だった者を一度案内して、説明してあったので子供や老人も安心したようだ。
村長から、いっそ村人全員を神殿へ避難させてほしいという要望も出たが、ゲートを使うにはゲートへの魔力充填が必要だ。

短時間に3,000もの人がゲートを通過できるだけの魔力は今の俺では確保できない。

ここまでに要した時間は5時間、村人3,000人を避難させる大行事にしてはスムーズに事が運んだ方だろう。

いよいよ避難を開始しようとした時、パラライズが解けたのか代官が現れた。

「お前ら、誰の許しを得て、この村を離れるのだ。勝手に村を離れたら、逃亡罪で死罪にするぞ。村長、止めろ。」

もう・・面倒な奴

こんなこともあろうかと、俺はゲラニから一人、応援に来てもらっていた。

「こんにちは、ジェムル代官様。」

代官が、その男を見た。

「サルト?どうした?こんなところまで。・・」

サルトさんは懐から何かの書類を取り出した。

「ラジエル様から、貴方様への命令書です。ご確認下さい。」

代官が書類を受け取る。
代官の手は、文書を読み進めるにしたがって震えてきた。

「そんな、そんな馬鹿な話があるか。このワシを解任じゃと?サルト、ラジエル様に取り次げ、これは何かの間違いじゃ。」

「いいえ、間違いではございません。それと、ラジエル様からの伝言がございます。お屋敷の地下室にひそかに蓄財された税金。それに少しでも手をつければ、貴方様のクビが飛ぶそうです。比喩ではなく貴方様の生首のことですから、ご用心を。」

代官はみるみる青ざめた。

「そんな、そんな、いったい誰が、そんなことを・・・」

俺が報告するまでも無く、代官の不正は調査済みのようだった。
地べたに座り込む代官をしり目に、俺は住民の避難を急がせた。
元気な者は隣町まで移動させ、ひ弱な者はアウラ神殿へ避難ささせた。

「シン殿、少しよろしいですか?」

サルトさんが話しかけてきた。

「いいですよ。何です?」

「そのう。セプタの事ですが、シュガルが生きていると聞きました。シン殿が確認されたのですか?」

シュガルはサルトさんの婚約者だ。

「ええ、セプタの代官屋敷内で、代官を介抱するシュガルさんを確認しました。代官が『シュガルすまん。』と声をかけていましたので、貴方のおっしゃるシュガルさんに間違いないでしょう。」

サルトさんに安堵の表情が現れる。

「シュガルさんは元気そうでしたし、敵の幹部が、女子供には手を出さないと言っていましたから、しばらくは無事でいられると思います。」

「そうですか。ありがとうございます。」


その頃、ラジエル公爵は、宮中の枢密院で行われている緊急対策会議に出席していた。
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