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第四章 首都ゲラニ編

第87話 ゲラン国兵士 戦争?

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ルチアをはじめとする王族の子供達とその他の獣人合計21名をセプタの街でライジン将軍達に引き渡し、ライジン将軍はセプタの街を開放した。

それでこの件は無事に終わるはずだった。

ところが、セプタの街が解放されて数分もしないうちにセプタはブラックドラゴンの急襲を受けて、代官屋敷に居たほとんどの人が戦死した。

戦死した人たちの中にはセプタ代官、ランデル将軍、そしてサルトさんの婚約者シュガルさんも居た。

ブラックドラゴンの攻撃は、驚いたことにピンターが食い止めたが、ピンターが居なければセプタの街は壊滅していただろうし、俺も死んでいたかもしれない。

結局セプタの街はブラックドラゴンの攻撃により人口5、000人のうち1,500を失った。

ゲラン軍も二度の攻撃を受けて約1,200名の死者、1000人の負傷者を出した。

ゲラン国にとっては甚大な被害で、ラジエル公爵の管轄区域でおこった紛争とはいえ、獣人国ジュベルの宣戦布告と同等の意味を持つ出来事となった。

ブラックドラゴンがセプタの街を最後に攻撃してから、すでに一週間が経過していたが、予想に反して獣人軍の追撃は無く、あの攻撃以来ブラックドラゴンも姿を見せていない。

俺は左足を失ったが、アウラ様の龍神丹のおかげで、失った左足部分は再生しつつある。
再度の報告も兼ねて、ラジエル公爵の元を尋ねた。

「ラジエル公爵すみませんでした。」

俺は自分に責任がないことは判っていたが、結果的に交渉は失敗に終わっており、多くの犠牲者を出したことに変わりはないので、謝罪を繰り返していた。

「もうよい。お前に責任がないことはサンダが、その目と耳で見届けている。誰がやっても結果は一緒。いや、むしろお前がやってくれたおかげで軍とセプタの壊滅が免れたと言えるじゃろう。」

ラジエル公爵は、そう言ってくれるが、傍に居るサルトさんの目は、そう言っていない。
サルトさんの婚約者、シュガルさんを守ってやれなかったのは痛恨の極みだ。

サルトさんにも謝罪をしたが、サルトさんは上の空で、心はここに無い。
あの精悍な顔つきが今は隠居した老人のような顔だ。

「枢密院も今回の結果を踏まえて、開戦派が主流となった。さすがにワシの意見は届かない。明日にも獣人国に対する宣戦布告がなされるだろう。そして雪解けには全面戦争じゃ。残念だが、どうしようもない。」

ラジエル公爵は目を伏せる。
枢密院でラジエル公爵はブラックドラゴンの脅威を唱えたが、いくら死者が出ようとも獣人国を殲滅すべしという精神論が勝ってしまったようだ。

それに枢機卿が『ヒュドラ教国も全面的に支援する。ドラゴン対策も考えてある。』と言った事でさらに開戦派に勢いを付けたそうだ。

「ラジエル公爵、今回の件、どうしても腑に落ちない点があります。私は一度獣人国へ行ってみようと思います。」

「何が腑に落ちぬ?」

「最後のブラックドラゴンの攻撃です。敵側のライジン将軍は、敵とは言え信頼できる人物でした。私の考えが甘いと言われればそれまでですが、私は自分の直感を信じたいのです。ですから、ライジン将軍に自ら合って確かめたいのです。」

ラジエル公爵は顔をしかめた。

「お前のいう事を信じてやりたいが、今は獣人を信用するわけにはいかぬ。それでも行くというなら、何の支援もしてやれんし、場合によって反逆罪に問われるかも知れぬぞ。」

ラジエル公爵の立場なら、当然の言い分だ。

「ええ、判っています。私が自分の意志、自分の責任で行動します。誰にも迷惑をかけないように行動します。」

「それなら、ワシは何も言わぬ。苦労をかけるの。」

ラジエル公爵は判っている。
本当の敵が誰なのかを、そしてその本当の敵に牙を剥くには証拠が足りないことを。

それがわかっているからこそ、俺に対して「苦労をかける」とねぎらいの言葉をかけたのだ。

「ソウよ。」

「はい。」

「明日から緊急事態宣言が出される。つまり徴兵が始まるのじゃ。お前には何の褒美も出してやれぬが、最初に約束したことだけは実現してやれそうじゃ。それくらいの事しかできぬワシを許してくれ。」

ラジエル将軍との約束、それはブルナを宮中から連れ出して兵士にすること。

つまりブルナ救出の第一段階を行ってくれるということだ。
俺は何も語らず深く頭を下げた。



宮中の一室でブルナが怯えていた。
執事のデルン・メイヤーがナイフを持ってブルナに迫っていた。

「ブルナ、逃げるな、命令だ。指を何本か落とすだけ、命まで失うことはない。安心しろ。」

指を落とすが安心しろと言われて安心できるわけもない。
ブルナは怯えるがドレイモンの効果で逃げ出すことが出来ない。

「左手を差し出せ。」

ブルナは左手を差し出した。
嫌でもメイヤーの命令に従ってしまう。
ブルナは恐怖に負けて悲鳴を上げる。

「イヤー!!」

デルンは慌ててブルナの口を塞ぐ。

「黙れ、この馬鹿女」

メイヤーがブルナの左頬を平手打ちした。
ブルナは殴られた勢いで、窓に頭をぶつけて、気を失った。
窓ガラスが割れて大きな音があたりに響いた。

デルンが気絶したブルナの左手を持ち上げてナイフを指にあてがおうとした時、

「何だ?騒々しい。」

部屋のドアが開いて太った男が部屋へ入って来た。

「こ、これはガブエル様。お騒がせして申し訳ございません。」

現れたのは第一王子だったガブエル・デルナードだ。

「デルン何の騒ぎだ?」

「あ、いえ、あの・・・お仕置きを」

「ナイフでお仕置きなのか?王室の備品をナイフで傷つけるのか?」

ガブエルにとって奴隷のブルナは品物に過ぎない。
しかし普段から仲の悪い妹の執事が行っていることに興味を持ったようだ。

「いえ、姫様のご命令で・・・」

「どんな命令だ?」

「それは、その・・・」

「お前は妹のセレイナより、俺の方が下の身分だと思っているのか?王位継承権第一位の俺のいう事は聞けないというのか?」

デルンは青ざめた。

「いえ、けっしてそのようなことはありません。申し上げます。その女はセレイナ様の下僕ですが、徴兵奴隷になる事が決定したそうで、それでそのう・・・」

「体のどこかが欠損した奴隷は徴兵対象にならない・・・ということか・・・」

「はい。・・・この奴隷はセレイナ様のお気に入りでして・・・」

突然ガブエルが、しゃがんでいるデルンの顎を蹴り上げた。
デルンは顎を蹴り上げられて後頭部から床に落ちて口から出血した。

「この不届き者が!!国の財産を何と心得る!!徴兵されたのであれば、それはもう我が国ゲランの兵士、その兵士を大した理由もなく傷つけるとは、この国賊!!!」

国賊と言われて、デルンは更に青ざめた。
土気色をしている。

「も、申し訳ございません。平に平にご容赦を」

デルンは土下座した。
ガブエルにとってブルナのこと等どうでもよかった。
しかし、日ごろから嫌味を言われっぱなしの妹に対して一矢報いることができると思い、復讐の対象としてデルンをいびっただけなのだ。
しかし、そのことがブルナの窮地を救うことになった。

翌日ブルナは城外にある兵士の訓練所へ送られた。


清江達は訓練所で厳しい訓練を受けた。
入所してから20日間が過ぎて、女性はヒナ以外、後10日で退所し自由になれるはずだった。

夕食後、清江達一行は講堂へ集められていた。
清江達一行はこの20日間で鍛え上げられ、すっかりゲラン国兵士になっていた。

講堂に集められても、誰一人無駄口をたたかず、整列し教官が到着するのを待っている。

それもそのはず、命じられた事以外の事をすれば教官オニスの鉄拳制裁が待っているからだ。

ツネオは最初にオニスの鉄拳を受けて以来、オニスには絶対逆らおうとしないし、無駄口も叩かない。

食事も決められた10分間に食べ終えて食器を洗って食堂から出ていく。時間内に食器を洗わなかった同級生が鉄拳を受けるのを見ているからだ。

他の生徒も同様に自室以外でのおしゃべりさえしない。
オニスが生徒達の前に立った。

「お前らに吉報がある。」

ツネオは嫌な予感がした。

「お前たちの配属先が決まった。ここでの訓練を終え次第。配属される。よろこべ、すぐにでも国の為に戦えるぞ。」

さすがにざわついた。
ヘレナから聞かされているのは、ゲラン国民になれば国民として、なにかと優遇される。

但し男子は3か月、女子は1か月の兵役訓練を受ける。
ということだけだった。
部隊への配属等、寝耳に水だ。

「オニス教官、質問してよろしいでしょうか?」

清江が手を上げた。
清江もここでは単なる新米兵だ。

「なんだ?」

「配属されるのは戦闘部隊でしょうか?私達は訓練だけだと聞いていたのですが。」

「キヨエ、お前の首から上に付いている物はなんだ?キャベツか?玉ねぎか?兵士が配属される先は、軍の部隊にきまっているだろうが。くだらん質問をするな。キャベツ頭!!」

生徒が更にざわつき始めた。

「沈まれ、ブタ共、お前らが入所前に、どんな説明を受けたか知らんが、今日からこの国には非常事態宣言が出された。つまり戦争が始まったということだ。ありがたく思え、お前らは運が良い。訓練終了次第、戦闘に加われるのだ。と、いっても開戦は3か月先、雪解けと同時だがな。そこは少し残念だったな。」

この20日間の兵役訓練がなければ、生徒達はもっと騒ぎ立てていたはずだ。

「約束と違う」「聞いてない」「むちゃだ」いろいろと愚痴をこぼしただろうが、この20日間の訓練で、自己の意思に沿わぬことを強制的にやらされるのが軍隊だと身に染みてわかっていた。

だから、だれも文句を言わない。
しかし、皆、心の中で叫んでいた。

「話が違う!!」

生徒達は元々の引率者であり、ゲラン国民になることに真っ先に賛成した清江を見つめた。
清江は言いようのない不安におののいた。

今でも生徒達の引率者であるという自覚がある。
その引率者が率先して兵役に応募し、自分の生徒を戦場に駆り立てることとなってしまったのだ。

清江は、ショックからその場にしゃがみこんでしまった。
しかし誰も清江を助け起こそうとしない。
ヒナを除いては。・・・

「先生、しっかりして、ここで倒れても誰の助けにもならないですよ。」

ヒナの言葉は、少し嫌味に聞こえた。
ヒナは戦争犯罪者の汚名を着せられてからは、清江をはじめ他の生徒からもうとましく思われていた。

ウタとレン、イツキは以前と変わらず親しく接してくれていたが、他の者は、戦争犯罪者として色眼鏡で見ているような気配があった。
それでも持ち前の優しい性格から清江を介抱したのだ。

「それと、明日からは奴隷部隊が訓練に入るが、奴隷でも我が国の兵士には違いない。争いを起こすことは禁じる。」

生徒達は清江をよそにオニスを注目している。

「わかったか!豚共」

「「「「ハイ!」」」

ゲラン国兵士達の声が講堂に響き渡った。
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