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第五章 獣人国編

第92話 ライベル 流行病

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俺はウルフに乗ってピンターやドルムさんと一緒に首都手前の要塞都市ライベルへ向かっている。

運転はドルムさん、助手席に俺、後部座席にはピンターと猫人のライチが座っている。

ライチはネリア村からオラベルまでの案内役をかってでてくれたネリア村の若者だ。

「ナビ、暖かい飲み物ある?」

ピンターがナビに質問した。

『ございます。モニターのメニューからお選びください。』

運転席の後部には14インチくらいのモニターが設置されているが、そのモニターに飲み物のメニューが表示された。

「ライチ兄ちゃん。何か暖かいもの飲むでしょ?」

「え?火もなしに暖かいもの飲めるの?」

ライチは今日初めてウルフに乗車したのだ。
というよりは文明の利器に接するのが初めてなのだ。

ウルフの中は暖房が効いていて暖かいが車外には粉雪が舞っている。

「冷たいものがよければ冷たい飲み物もあるよ?」

「いや、暖かいものがいいけど・・・よくわかんないからピンターちゃんにまかせる。」

ピンターはモニター上の缶入りのホットミルクをポイントして数量を2で指定した。

すると助手席と運転席の間のボックスからホットミルク二缶が出てきた。

「はい。ライチ兄ちゃん。」

ピンターはホットミルクをライチに差し出した。

「あ、うん。ありがとう。」

ライチはホットミルクを受け取ったがプルトップの開け方を知らないので戸惑っている。

「あ、そうか。こうするの」

ピンターはライチの様子を見て、みずから自分のホットミルク缶を開けて見せた。
ホットミルクの甘い香りが社内に漂う。

「うわーいい匂い。」

ライチが微笑む。
ライチは見よう見まねで自分のホットミルク缶を開ける。

「飲んでいいの?」

「うん。」

ライチが一口飲んだ。

「スゲー、牛の乳?甘くておいしい。」

ピンターもライチと一緒にホットミルクを飲んだ。

「おいしいね。」

二人が微笑み合っている。

「ピンターちゃん。僕のことライチ兄ちゃんて呼ぶけど、ピンターちゃんはいくつなの
?」

「え?おいら?オイラ今、8歳だよ。たぶん。」

「じゃ、僕の方が年下だ。僕5歳だから。僕の方がピンター兄ちゃんって呼ぶね。」

猫族の成長は早い。
ライチの見かけは12~13歳だが、実年齢は5歳、ルチアも見た目は10歳くらいだが、実年齢は3歳なのだ。

「えーなんだか。照れくさい。ピンターって呼び捨てにしてよ。ウフフ」

「わかった。じゃピンターちゃん。・・・ピンターも僕のことライチって呼んでね。」

「うん。」

ピンターにすれば久しぶりなのだろう。
男の子の友達と一緒に何かをするのは。
友達と笑い合うのは。

助手席から二人を見ている俺までもがつられて笑顔になった。

「友達っていいよな。」

ドルムさんも笑っている。

「ドルムさんにも友達はいるんでしょ?」

「ソウ、当たり前の事を聞くな。いるに決まってるだろ。」

「どんな友達ですか?」

「故郷に幼なじみが何人かいるよ。それと、今ここに異世界から来た友達がいるだろ。ハハ」

「そうですね。ありがとうございます。」

俺の心が少し暖かくなった。
俺にも幼なじみの友達がいる。
レン、イツキ、どうしているだろう・・・


ネリア村を出てから、いくつかの村や町を素通りして3日目の朝、ナビが告げた。

『前方10キロに複数の獣人反応があります。人口3万程度、』

「了解」

俺はライチに視線を合わせた。

「ライチ、この先に大きな集落があるが、そこがライベルか?」

「はい。この先にあるのがジュベル国第二の都市ライベルです。獅子王様の弟君レギラ様が治めています。僕の叔父夫婦も、ここで鍛冶屋をしているはずです。」

「そうか。ありがとう。叔父夫婦ということはライチの従兄弟もいるのか?」

「はい。5人います。」

「それは、会うのが楽しみだな。」

「はい。」

俺は運転席から手を伸ばしてライチの頭をなでた。

「ナビ、近くにウルフを隠せる森はあるか?」

『町の城壁手前3キロ付近に森があります。』

「ナビ、そこまで進んで偵察ドローンを出せ。」

『了解』

ウルフをナビが案内する森まで進め、木陰にウルフを隠して偵察ドローンを飛ばした。
ドローンは森の上空100メートルに上がり、一度360度を見渡してから、ライベル方向へ進んだ。
ドラゴンはいないようだ。

ドローンが撮影した映像はウルフの正面モニターに映し出される。
ライベルは周囲を石垣で囲まれた要塞都市だ。

半径5キロほどの円形の都市で、城壁の中には雑多な建物の町並みが続き、中央の城へ至る。
城の周囲は堀で囲まれていて、城の内部に至るには堀に渡された吊り橋を通らなければならないようだ。

城の近くにはサッカー競技場に似た施設がある。
あれがライジン将軍の言っていた闘技場なのかもしれない。

町の外周から町の中にピントを合わせようとした時、遠目からの映像に違和感があった。

町のあちこちから煙が立ち上っている。
どこの家にも暖炉があって、煙が立ち上るのは不思議ではないのだが、その煙の色や量が通常のものと違うような気がする。
煙が黒くまた、その量も多いのだ。

城壁内に入るにはいくつかの門があるが、ご多分に漏れず各門には検問所がある。
一番大きな正面の門には場内へ入るための行列ができているが、その列には意外にも人族の商人らしきキャラバンも見える。

「ライチ、ジュベル国は人族の入国を許しているのか?」

「詳しくは知りませんが、ヒュドラ教国とゲラン以外の人族は入国を許されているそうです。例えば東隣のラーシャ国からはキャラバンがよく行き来しているそうです。それに西隣のグリネルとも多少の行き来はあるそうです。」

ラーシャ国はゲランの北ジュベルの東にある国で、ヘレナに殺されたダニクの故郷だ。
グリネル国はジュベルの西隣にあるドルムさんの故郷だ。

俺は勝手な思い込みで、ジュベル国の獣人は人族と断絶していて鎖国状態だと思っていた。
しかしよく考えれば、ジュベル国が敵対しているのはゲランとヒュドラ教国で人族全体を敵に回しているわけではないのだ。

これなら、ドルムさんやピンターもジュベル国に入国できるかもしれない。

「ライチ、検問所を通って、城内に入れるか?」

「はい。村長さんから商業用の通行手形を預かっていますし、僕が一緒にいれば問題ないと思います。」

ライチは頭の良い子だ。
ネリア村で両親と共に生活していたが、両親は宣教部隊の襲撃からライチを守り、命を落とした。

生き残ったライチは、村長たちの庇護の元、ほそぼそと暮らしていたが、食糧難の村では他の村人に迷惑をかけていることを十分承知していた。

鍛冶屋になるための修行というのは、いわば口減らしのために自ら言い出したことのようだ。
両親を失った悲しさを俺たちには見せず、けなげに生きている。
まだ生まれて5年しか経っていないのに。

「ドルムさん、ピンター。ここで待っていて。ライチと一緒に町の様子を見てくる。」

「わかった。気をつけてな。」
「ライチ、ソウ兄ちゃんから離れないでね。」

俺はライチを連れて徒歩で検問所へ向かった。
検問所には何人かの商人と近郊でとれた農作物を行商する農お百姓らしき獣人が検問の順を待っていた。
順を待っているうち、先に並んでいた商人がなぜだか城内へは入らず、急ぎ足で引き返して立ち去った。

次の農人も門番からなにやら言われて引き返してきた。
俺はお百姓に声をかけた。

「どうしました?」

獣人の顔色は青ざめていた。

「流行病だってよ。何人も死んだそうだでや。あんたらも近づかない方がええがに。」

俺たちの番が来た。

「次!」

竜族の門番がぶっきらぼうに言った。

「はい。」

俺が返事をすると竜族の門番は俺の顔をジロジロと眺めた。

「見かけない顔だの。種族名と名前をなのるとええがや。」

「人狼族のソウです。この子はネリア村の猫人ライチです。」

「ほうけ。んなら通行証。」

ライチが懐から通行証を取り出して門番に差し出した。
門番は通行証を受け取るとろくに見もせずに、ライチに通行証を返した。

「よかべよ。城内にはいるのはええけんども、流行病があるだでよ。あまりうろつくんでねぇど。それに具合が悪くなっても医者はおらん。それでもよけりゃ入るがよかんべよ。」

城内に何かの病気が蔓延しているらしい。
俺は、おそらく龍神丹の効果があるから、おいそれと病気にはかからないだろうが、ライチは別だ。
ライチのことを思って引き返そうかと考えている時、ライチが門番に向かって尋ねた。

「お役人さん、下町の鍛冶屋「ローガン一家」をご存じないですか?」

「鍛冶屋のローガンけ?知っとるで、オメー、ローガンの何け?」

「ローガンの甥です。ローガン一家は元気ですか?」

「さーのう。あまり親しい間柄じゃねぇだども、・・・そういえば昨日から店をしめてたような・・」

「そうですか・・・」

ライチの顔色が悪くなった。
ライチにしてみれば唯一この世に残っている親族だ。
その親族のことが心配なのは当然だろう。

「門番さん、その病気というのはどんな病気ですか?」

俺はライチを町中に入れるかどうか判断するために、門番の言う流行病がどんなものか知りたかった。

「1月程前から、年寄りや子供がフラフラしだしてよう。パタパタと倒れ始めたんだわ。倒れる前には手足がしびれたり、視野が狭くなったりするそうなんだわ。死んだのは5~6人だてが、しびれの出てる住民は、ようけおるらしい。死んだ住民の家は燃やして流行病をふせいでるけんども、なかなか収まらん。」

どうやら罹患してもすぐに死ぬことはないようだ。
それでも、死に至る病ならライチを連れていきたくなかった。

「ライチ、一度馬車にもどるぞ。」

「・・・・」

「大丈夫だ、俺だけでも様子を見に行くから。」

「すみません。・・・」

「気にすんな。おまえはピンターの友達だろ?そうなら、もう俺の仲間だ。俺が面倒を見る。当たり前のことだ。」

ライチの顔に笑顔が戻った。

「門番さん。後で俺だけ戻ってきます。通行料はその時にお支払いします。」

「ああ、ええどな。小さい子が病にかかるのは見たくないげな。そうしてやんな。」

門番は意外と優しい性格のようだ。

俺はライチをウルフに戻し、一人ライベルの町へ入った。
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