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第五章 獣人国編

第93話 ライチ親族 レンヤ

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ジュベル国の首都オラベルに向かう途中、ネリア村で知り合った孤児、ライチの叔父が住むライベルという要塞都市に立ち寄った。

ライベルの門番からの情報でライベル内では疫病が発生していて多数の罹患者が出ているという。
ライチの親族の安否を確認するために俺は一人で城内に向かった。

門番に通行料を渡して、町の中に入ったところ、焦げ臭い匂いが周囲に漂っていた。
道行く獣人に聞いてみた。

「火事でもあったのですか?」

「火事と言えば火事だんども。流行病で亡くなった人の家を焼き払ったんだがね。」

「そんなに流行ってるんですか?」

「ああ、ほとんどの家から病人が出ているがね。死んだのはわずかだけんども、皆手足のしびれや目眩で動くに動けん状態だがね。」

「そうですか。ありがとうございました。」

俺は、門番から聞いていた道順どおりに町並みを進んだ。
ライチの叔父の鍛冶屋をめざしている。

獣人の町だからと乱雑な構造の町だろうと勝手に思っていたが、町並みは整然としている。
ひょっとしたら人族の町より高度な街作りがされているのかもしれない。

路面は石畳で道路は広く、道路の両脇には排水路があるが、流れる水は清らかだ。
下水道が完備されているのだろう。

道路脇の建物はほとんどがレンガ造りの2~3階建て、一部には漆喰で補強されたビルディングともいえる建物がある。
古い英国の町並みのような感になっている。

今歩いている場所は、おそらく商店街なのだろう。
肉屋、魚屋、八百屋、雑貨店などが連なっているが、どの店も門扉を閉めている。

時折、商店の2階の住居部分であろう窓から、顔をのぞかせる人もいるが、俺と目が合えば窓を閉めてしまう。

商店街の一部、食料品店の中には営業している店もあるが、客はほとんどいない。

雪の積もる道路を歩き進めると、工業地帯に出た。
工業地帯と言っても、現代日本のようなコンビナートのような近代的なものではなく、煙突のある鍛冶屋や、製材所、馬具の加工所等が集まった場所だ。

ライチの叔父は鍛冶屋だと聞いている。
最初に見つけた鍛冶屋の門扉をノックするが何も反応はない。

店の奥から何人かの気配がするが、何かに怯えるかのようにじっと息と気配を殺している。

「こんにちは、ネリア村から来ました。ライチの叔父さんを探しています。ここではないですか?・・・・・こんにちは・・・」

何度かノックを繰り返していたところ、奥から人が近づく気配がした。
ドアは開かなかったが、ドア越しに声がした。

「離れるとええがや。ドアから離れてくんろ。」

疫病の感染を恐れているらしい。
俺はドアから一歩下がった。

ドアが少し開いて年配の猫人が顔をのぞかせた。

「もっと離れるとええがに。もっと、もっと。」

俺はさらに3歩下がった。
猫人はドアから体を半分のぞかせた。

「ネリア村からきたんけ?オラもネリア村出身だがや。ネリア村の様子はどうだべか?」

俺はネリア村の現状を簡単に話した。

「そうだにか。噂は本当だったんだなや。ホント人族ちゅうのはろくなもんじゃねぇべな。あ、そうそう。ライチちゅう子は知らんが、ネリア村出身の鍛冶屋なら、オラ以外にはあと一軒だけだでや。この先5分ほどのところにレンヤちゅう男がおるでよ。そこへいってみな。」

俺は礼をして、その場を去った。
猫人が指さした方向に5分ほど歩くと鍛冶屋の看板がある建物が現れた。

最初の鍛冶屋からここまで来る間に誰とも出くわさなかった。

皆、家の中で息を潜めているのが気配でわかる。
ライチの叔父がいるであろうこの鍛冶屋も門扉を固く閉ざしているが、建物の奥に何人かいるのは気配でわかる。

「こんにちは、ネリア村からライチを連れて来ました。ライチの叔父さん宅ではないですか?レンヤさん?・・こんにちは・・」

奥から、ゆっくりと誰か近づいてくる気配がした。
門扉の奥から声がした。

「ライチだって?ホントか?ライチ・セダルなのか?」

「そうです。ネリア村のライチ・セダルです。ライチのご両親が亡くなられたので、ここまで俺がつれてきたんです。」

ドアが開いて30代に見える猫人が姿を現した。
顔色がすごく悪い。
もしかしたら疫病に冒されているのかもしれない。

「兄さんが・・・」

「ええ、ヒュドラの宣教部隊と戦って、命を落としたそうです。」

「ライチは無事なのか?」

「ええ、城壁の外で俺の仲間と一緒にいます。無事ですよ。」

「そうか、すぐにでも会って抱きしめてやりたいどもが、なにせこの有様だ。ライチはここへこない方がいいかもしれないだで。」

「もしかして、あなたも病に冒されているのですか?」

「ああ、オラの症状はそれほどでもねぇ。だけんど妻と子供が・・・特に一番下の子が良くない。」

おそらく俺は免疫力が高く、感染する恐れは低い。
しかし、ライチやピンターは未知の疫病に罹患するかもしれない。

疫病の正体は何だろう、疫病の正体さへわかれば、何か手の打ちようがあるかもしれない。

「もし、良ければお子さんたちの治療をさせてもらえませんか?俺は治療器具と薬をいくつか持ってます。」

レンヤは俺をみつめた。

「お気持ちはありがたいが、家の中へ入れば、あんたさんも流行病にやられるかもしんねぇ。それに・・・今会ったばかりの人に・・・そのう・・・」

それはそうだ。
いくら家族が病に苦しんでいるとはいえ、突然現れたうさんくさい人狼に、自分の子供をまかせるなんて、できるはずもない。

「そうですね。信用しろと言っても無理な話ですよね。それではこうしましょう。ライチもあなたに会いたがっている。こうやって離れて話をするだけなら病がうつることもないでしょう。一度城壁の外でライチにあってみてくれませんか?」

猫人は一瞬迷ったようだが。

「そうだな。はるばるネリアから来たんだ。会わずに返すわけにもいかんだろうな。オラだってライチに会いたいし。よっしゃ。いくべ。少しまってくんろ。家族に話してくる。」

レンヤは家屋へ入り、すぐに出てきた。
出てくるときドアの隙間から、女性の猫人がチラリと見えた。
レンヤの妻だろう。
レンヤ同様顔色が悪く怯えた表情をしている。

「すぐ戻る。外にでんなよ。」

レンヤは妻にそう言い残した。

「いくべな」

「はい。」

俺はレンヤを連れて元来た道を戻った。
場外に出るまでに何人かの獣人に出会ったが、いずれも血色が悪い。
まるでゾンビの街に迷い込んだような、気分だ。

門を出るときに門番から声をかけられた。

「兄さん。外へ出ると住人以外は、また通行料がかかるが、いいのか?」

「あ、大丈夫です。ちゃんと払います。」

「そうか、日暮れまでに戻れよ。日が暮れると門は閉めるだによ。」

「はい。ありがとうございます。」

レンヤは門番に軽く挨拶をした。

「ご苦労さんだにや」

門番は手をあげて応えた。

門を出るまでのいきさつは遠話でドルムさんに伝えてあった。

病人のレンヤを長く歩かせるわけにはいかなかったので、ウルフで門の近くまで迎えにきてもらった。
レンヤはウルフを見て怯えた。

「これは、なんだがや?」

「俺の馬車です。ちょっと変わっていますが、乗り物には違いないです。アハハ」

「これが乗り物け?かみつかないだにか?」

「噛みつかないですよ。」

そんなやりとりをしているうちに後部ドアが開いてライチが降りてきた。

「おじさん!!」

「おお、ライチ!!」

ライチが駆け寄ろうとしたがレンヤがそれを制した。

「止まれ、イカン、止まれ、くんな!!」

「え?」

「オラ、流行病にかかってる。ライチにうつったらいかん。近づくな。」

ライチはレンヤの手前5歩のところで立ち止まった。

「叔父さん・・・」

「ライチ、よく生きてたな・・頑張ったな。辛かったろうに・・・」

レンヤの目から涙がにじみ出ている。

「叔父さん、とうちゃんも、かあちゃんも・・・」

気丈夫で、ここまで悲しい顔一つ見せなかったライチも血のつながりのある者を見て気が緩んだのか、ボロボロと涙をこぼした。

「なんも、いわんでええがに。この人から聞いた。悔しいな。辛いな。でもなおまえは一人じゃないがによ。オラ達家族がおるでよ。おまえもオラの家族だによ。ライチお前は今日からオラの子供だによ。なーんも心配いらんがによ。」

レンヤは最初、疫病の事を考えて、ライチを迎え入れることは困難だと言っていた。
しかし、実際に両親を亡くしたライチを目の前にして、考えが変わったようだ。

「ソウさんとやら、さっきはライチの事を考えてライチをネリアに返すことも考えたが、やはりオラが引き取るでよ。でも、オラの子供も病気だで、そっちがなんとかなるまで、もうちょっとだけライチの面倒をみてくれまいか。赤の他人のあんたさんに、こんなお願いをするのは筋が違うとおもうんだけんど、他に頼れる人もいない。ごしょうだで、もうちょっとライチを預かってくれまいか。」

レンヤは深々と頭を下げた。

「いいですよ。ただし条件があります。」

レンヤが頭をあげた。

「なんだでや?もうしわけないが金ならほんの少ししかないだによ。」

「違いますよ。お金なんていりません。この街に流行っているのが本当に疫病なら、ここを通ったはずの俺の家族、ルチアも感染しているかもしれない。だから、この病気の原因を突き止めたいんです。」

「あんたさんの家族?」

「ええ何日か前にオラベルからの正規軍、ライジン将軍の軍隊が、ここを通過したはずです。その部隊に俺の家族、ルチアも一緒にいたはずなんです。」

「ああ、ライジン将軍の軍隊なら、3日ほど前に、食料だけ補給してオラベルへ帰っていただによ。だから、補給部隊以外は街にははいっていないはずだがや。」

「そうですか、それなら少し安心しました。いずれにしても病気の原因を知りたいです。協力してくれませんか?」

これから先、オラベルまで旅をするのに、仲間が流行病に冒されることも考えられる。
ルチアやルチアの兄弟も安全だとは言い切れない。
だから病気の原因を知りたかったのだ。

昔ピンターがマラリアに罹患したとき、原因と対処方法がわかっていたからこそ、ピンターの命を救うことができた。
今回も原因さへわかっていたら、いざというと時に対処できるはずだ。

「わかった。オラでできることなら、なんでもするがによ。でも失礼だが、あんたさんに、そんな力があるんかね。」

そこへライチが口を挟んだ。

「叔父さん。この人、ソウ様はネリア村、いやネリア周辺の村全部を救って、あっちでは神様みたいに扱われている人です。僕はこの目で見ました。ソウ様がどれだけすごい人なのかを。」

ライチにそう言われて少してれた。

「疑うのも無理はないです。論より証拠。レンヤさん。かなり具合が悪そうだ。どこまでできるかわからないが、治療をしてみます。じっとしていてください。」

俺はレンヤに対してヒールを施した。
最近、俺のヒールは熟練度が上がったようで、怪我の治療だけでなく、ヒールを施した相手の新陳代謝も良くして、免疫力を向上させ、身体をリフレッシュさせる能力が備わってきたのだ。

ヒールを施したレンヤの顔色はみるみる良くなって元の肌色に近づいたようだ。

「ああー こりゃなんちゅうか、気持ちが良すぎるだによ。ふらつきがなくなった。体から悪霊が抜け出たような気分だによ。」

「これは、ほんの小手調べです。治療器具を使ったら、根本的な治療ができるかもしれません。」

「そうだにか。今の神の加護は信用に値するだによ。なんなりとやってくれ。」

「わかりました。それでは一緒に来てください。」

俺はレンヤをキューブへ案内することにした。
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