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第五章 獣人国編
第91話 新兵 ブルナ
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ゲラニの兵士訓練場で、教官のオニスから、訓練終了後直ちに実践配置されることを告げられた生徒達は、呆然自失で廊下に立ち尽くしていた。
そのうち我に返った生徒が、その場での唯一の大人であり、修学旅行の引率者、責任者でもあった清江に詰め寄り始めた。
オニスの説明が終わり、オニスが立ち去った後、生徒達は大騒ぎになった。
生徒達が清江の元に集まり、清江につめよった。
「先生、戦場へ行くって本当なの?」
「戦争?戦場で戦うの?」
「殺し合いの場へ行くのか?」
「家へ帰りたい・・・」
「俺達死ぬのか?」
「先生、どうするんだよ!!」
「そうだよ。こんなとこまで引っ張て来て、俺達死ぬかもしれないじゃないか!!」
「「どうすんだよ!!」」
「「どうするの!!」」
清江はオロオロするだけで何も反応できない。
「お前ら、いいかげんにしろ!!」
意外なことにリュウヤが清江をかばうように生徒達と清江の前に立ちはだかった。
「おまえら、クソガキだな。自分が不幸なのは全部他人のせいか?あん?今の状況が不満ならブテラに残ればよかったじゃないか。
誰か一人でも無理にここへ連れてこられた奴はいたか?手足を縄で縛られてきたか?いねぇだろ。そんな奴。ヒナを除いてはな。お前らは今、自分の意志で、ここに立ってるんだよ。キヨちゃんがここへ立たせてるわけじゃねぇよ。
そんなにここが嫌なら出ていけばいいじゃないか。脱走兵としてどこまでも逃げろよ。俺は逃げない。自分で戦って生き残る。お前らは好きにしろ!!」
キリコが、こっそりとリュウヤの心を覗いてみた。
嘘は言っていない。
詳しくは判らないが、リュウヤの心に、清江に対する家族愛のような感情が見て取れる。
(へぇー意外だね。)
清江は誰に対しても優しく接してきてくれた。
家族との関係に苦労してきたキリコには、リュウヤの気持ちが判るような気がした。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。こんなはずじゃなかったわ・・ここまでくればいずれ日本への道が開けると。いつか帰れると、本気でそう思ったの。」
清江は涙をこぼしながらその場に立ち尽くした。
清江はアキトを見た。
アキトの身体能力、各種スキルは成長を続けていた。
おそらくこの国の兵士の誰よりも強いだろう。
そのことは生徒達全員が知っていた。
だからアキトに
『大丈夫だよ。みんな。僕が皆を守るから。』
そう言って欲しかったのだ。
いつものアキトなら、そう言ってくれるだろうと、そう思ってアキトを見つめた。
しかしアキトは清江の視線を無視した。
アキトは、清江のすがるような気持ちを理解していたが、今のアキトにとってこの場に、助けるべき存在はなかった。
アキトが親切にする対象は肉欲としての対象、または肉欲を満足させる為の道具となってくれる者だけだ。
この場に、その対象は存在しない。
(いつまでも、おまえらの面倒なんて見ていられるかよ。それよりレイシアと会えないかな・・)
そう思っていた
清江は再び俯いた。
生徒達はしばらくその場で話し合っていたが、消灯時間が近づいたので、それぞれ自室へ引き上げた。
レンはイツキの部屋へ来ていた。
「イツキ、お前どこの部隊だった?」
「僕は第二師団第一大隊の歩兵だったよ。」
レンの顔が少し明るくなった。
「よかった。俺も第一大隊だ。」
何が良かったのかはイツキにも理解できていた。
レンが同じ部隊にいれば、戦闘能力が極めて低いイツキを守ってやることができるからだ。
「何がよかっただよ。何も良くないよ。俺達戦場へ人殺しにいくんだぜ。殺されるかもしれないし。」
ツネオが口をとがらせている。
「ツネオ君はどこなの?」
イツキが質問する。
「俺は第三大隊。リュウヤと同じとこ。」
「それはラッキーじゃん。リュウヤと一緒なら安心だぜ。」
レンが答える。
「どうだかね・・」
ツネオは最近のリュウヤの態度を気にしていた。
とても冷たく感じるのだ。
小学校5年生でリュウヤの子分的な存在になってから、いつもリュウヤの顔色を窺い、自宅に居る以外のほとんどの時間をリュウヤのご機嫌取りに費やしてきた。
最近ではリュウヤの親友と他人に言えるほどまでになってきたのに、それがこの訓練場に来てからは、まるで他人のようにふるまわれている。
これならいっそ、昔のようにパシリとして扱われる方が気が楽だった。
だから、無視されることがツネオにとっては大きな不安材料だったのだ。
もしかしたらツネオも知らないうちにツネオの心にリュウヤに対する友情や信頼が生まれていたのかもしれない。
ヒナの部屋には、ウタが来ていた。
「ヒナはどこなの?」
「部隊配置?」
「うん。」
「私は第二師団第一大隊の看護部隊よ。」
「え?女子は予備兵登録のはずじゃないの?」
訓練時間の少ない女性は通常時なら、そのまま帰宅、戦時でも予備兵として後方待機が通常なのだ。
「私はホラ、犯罪徴兵だから、いきなりの前線配置らしいの。」
ヒナはブテラでソウを助けた「利敵罪」という戦争犯罪で10年の兵役を課せられていた。
「そうなのね。私は運営本部詰、魔法大隊予備兵よ。でも不安・・・」
「後方部隊なら、安心だわ。」
「そうじゃなくて、いずれヒナと別行動になるかと思うと、不安で。」
「そうね。」
リュウヤとアキトは幹部候補生として二人部屋に居た。
「リュウヤ君、今日はずいぶんと優しかったね。キヨちゃんに・・」
アキトは薄ら笑いを浮かべている。
「ああん?そんなことないさ。いつまでもぬるま湯につかって、平和ボケが抜けないアホ共に少し腹が立っただけだ。あいつらヌルすぎ。」
「そうだね。何か困れば他人の責任。自分が危なくなっても誰かが必ず助けてくれる。そんな甘いことしか考えられない連中だからね。戦場じゃ真っ先に死ぬね。あいつら。」
「アキト。お前性格変わったか?生徒会長辞めたのか?」
「何言ってんの。この世界で『僕は生徒会長です。』なんて、ギャグにもならないよ。僕は誰かが死んでも、その死体を足場にして自分は生き残る。元々、そういう性格だよ。」
アキトは生徒会長という立場を完全に捨てていた。
演技をするのが面倒だったし、演技をする必要もなくなっていたからだ。
「そんな気はしてた。ま、俺も同じ考えだがな。」
「そんな気がしてた?ふーん。フフフ」
コンコン♪
「入ってもいいかしら?」
ヘレナの声だ。
「「どうぞ。」」
ヘレナは修道女の服を着ている。
首にはヒュドラの銀色の首飾りをかけている。
「あなた達は、私の味方・・・いえヒュドラ教の信者よね?」
「ええ、もちろん。僕はヘレナさんとヒュドラ様の信者です。間違いないです。」
ヘレナはアキトの心を読んだ。
アキトはヒュドラ教の信者とは言い難かったが少なくとも敵意は持っていない。
それにヘレナの信奉者であることに間違いなかった。
「俺もだぜ。」
リュウヤはヒュドラにもヘレナにも心を預けていないが、敵対意識は持っていなかった。
「そうよね。そこれで、貴方たちにお願いと言うか、情報提供というか、知らせておきたいことがあるの。」
アキトがヘレナに椅子をすすめる。
「なんです?情報って。」
ヘレナは少し間を取り、椅子に腰かけてから、アキトとリュウヤに向いた。
「あの男、ソウ・ホンダがこのゲラニにいるらしいの。教会本部からの情報よ。しかもキノクニや国の上層部に取り入って、殺人をなかったこと。無罪に捻じ曲げようとしているらしいの。」
アキトとリュウヤは顔を見合わせた。
「そんな非道は許されないでしょ?ダニクを殺し、私までも切り殺そうとした男が無罪だなんて。だから、そうなる前に貴方たちでダニクの恨みを晴らして欲しいの。私の恨みもね。」
ソウがブラニの教会でダニクやヘレナと戦ったのは事実だ。
そのことで殺人犯人として指名手配になっているのも事実だ。
しかし、ダニクを殺したのはヘレナなのだ。
リュウヤが口を開いた。
「恨みを晴らせって。ソウを殺すってこと?」
ヘレナは何も言わずに頷く。
「ソウを殺すことは、そんなに難しくないけど。俺達のメリットは何かありますか?」
アキトが物欲しそうな目でヘレナを見つめる。
「もちろん賞金は未だに有効ですわよ。その他に何か欲しいものがあれば言ってごらんなさい。」
アキトがにやりとした。
「レイシア、ブテラ領主の娘、レイシアに会わせてください。報酬はそれで充分です。」
ヘレナがアキトの心を覗いた。
アキトは自分とレイシアの情欲をぶつけ合うシーンを心の中に描いていた。
「そうなのね。いいわ。もしソウ・ホンダを殺すか捕縛すれば、貴方の願いはかなえるわ。」
リュウヤは黙っていた。
「リュウヤさんはどうするの?」
「やってもいいけど、殺さなくても捕まえるだけでもいいんだよな。」
リュウヤがヘレナを見返す。
「ええ、こちらとしては生きたまま捕まえていただける方がありがたいです。」
ヘレナにとってみれば、ソウを神石にして得られる利益の方が大きかった。
「でも、生け捕りはかなり困難ですよ。」
「なんとかしてみる。・・・」
アキトがリュウヤの面前に回り込み、自分の体をかがめて下からリュウヤの顔をのぞき込む。
「へー フフフ」
リュウヤがアキトから視線をそらす。
「リュウヤ君、以外とヘタレなんだ。フフフフ。」
リュウヤがアキトをにらみ返す。
「ヘタレじゃねぇ。仮にも同級生なんだ。同情心があってあたりまえだろ。」
「そうなの?僕にはそんなもの微塵もないけどね。人殺しに罰を与えるために攻撃する。それでソウ君が死んでしまっても、なんの呵責もないけどね。フフフ。」
ヘレナがアキトの方に手をまわす。
「たのもしいわね。アキトさん。さすが優等生ね。」
「そうでもないけどね。この世界は案外楽しいみたいだ。」
アキトはこの世界に暮らすうち、自分が他の誰よりも強くなっていくことに快感を覚えていた。
魔法を使えて、100メートルを7秒で走るほどの身体能力を得た。
以前、ソウを捕まえるために放った大きな魔法。
あの魔法で味方に多くの犠牲者が出たが、自分の力の大きさに驚き、かつ快感を得ていた。
(もう一度、おもいっきりぶっ放したい。あの魔法の快感、忘れられない。)
アキトは訓練で魔法を放つことはあったが、それはわら人形相手だった。
アキトは肉欲と同等くらい、他の誰かを相手に自分の力をたたきつけてみたい欲求に飲み込まれていた。
「それで、リュウヤさん。どうするの?」
「やるよ。俺は・・・・・金だけでいい。」
リュウヤの心にはツネオの笑顔が描かれていた。
生徒達は戦場に赴くと聞かされた夜、それぞれが大きな不安を胸に眠れなかった。
翌朝、朝食後にオニスから集合が、かかった。
「お前ら昨夜は、よく眠れたか?興奮したか?戦場ではいつ睡眠をとれるかわからん。だからいつでも寝られるよう精神を鍛えておけよ。ところで、今日から新しく訓練兵が入る。お前らの後輩だ。奴隷招集だからお前らより身分は下だ。しかしゲラン国の兵士であることには違いない。そこんとこを勘違いするな。臨時招集で部屋が不足しているため、お前らの部屋に同室させる者もいる。先輩として面倒見てやれ。以上だ。」
通常、兵士訓練は男1年女3ヶ月の期間で行われる。
それぞれ所定期間の訓練を終了してから、次の訓練兵が入隊するのだが、春の出兵に備えて、新規訓練兵を途中招集したのだ。
ヒナ達が朝のランニングをしている時に訓練所の正門から、次々と新兵が入所して来た。
ヒナは訓練を終えて昼休み前に自室へ戻った。
自分の部屋を開けた時、部屋の中で一人の少女が荷物整理をしていた。
少女はドアを開ける音でヒナに気が付き、頭を垂れながら言った。
「ブルナと言います。よろしくお願いします。」
そのうち我に返った生徒が、その場での唯一の大人であり、修学旅行の引率者、責任者でもあった清江に詰め寄り始めた。
オニスの説明が終わり、オニスが立ち去った後、生徒達は大騒ぎになった。
生徒達が清江の元に集まり、清江につめよった。
「先生、戦場へ行くって本当なの?」
「戦争?戦場で戦うの?」
「殺し合いの場へ行くのか?」
「家へ帰りたい・・・」
「俺達死ぬのか?」
「先生、どうするんだよ!!」
「そうだよ。こんなとこまで引っ張て来て、俺達死ぬかもしれないじゃないか!!」
「「どうすんだよ!!」」
「「どうするの!!」」
清江はオロオロするだけで何も反応できない。
「お前ら、いいかげんにしろ!!」
意外なことにリュウヤが清江をかばうように生徒達と清江の前に立ちはだかった。
「おまえら、クソガキだな。自分が不幸なのは全部他人のせいか?あん?今の状況が不満ならブテラに残ればよかったじゃないか。
誰か一人でも無理にここへ連れてこられた奴はいたか?手足を縄で縛られてきたか?いねぇだろ。そんな奴。ヒナを除いてはな。お前らは今、自分の意志で、ここに立ってるんだよ。キヨちゃんがここへ立たせてるわけじゃねぇよ。
そんなにここが嫌なら出ていけばいいじゃないか。脱走兵としてどこまでも逃げろよ。俺は逃げない。自分で戦って生き残る。お前らは好きにしろ!!」
キリコが、こっそりとリュウヤの心を覗いてみた。
嘘は言っていない。
詳しくは判らないが、リュウヤの心に、清江に対する家族愛のような感情が見て取れる。
(へぇー意外だね。)
清江は誰に対しても優しく接してきてくれた。
家族との関係に苦労してきたキリコには、リュウヤの気持ちが判るような気がした。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。こんなはずじゃなかったわ・・ここまでくればいずれ日本への道が開けると。いつか帰れると、本気でそう思ったの。」
清江は涙をこぼしながらその場に立ち尽くした。
清江はアキトを見た。
アキトの身体能力、各種スキルは成長を続けていた。
おそらくこの国の兵士の誰よりも強いだろう。
そのことは生徒達全員が知っていた。
だからアキトに
『大丈夫だよ。みんな。僕が皆を守るから。』
そう言って欲しかったのだ。
いつものアキトなら、そう言ってくれるだろうと、そう思ってアキトを見つめた。
しかしアキトは清江の視線を無視した。
アキトは、清江のすがるような気持ちを理解していたが、今のアキトにとってこの場に、助けるべき存在はなかった。
アキトが親切にする対象は肉欲としての対象、または肉欲を満足させる為の道具となってくれる者だけだ。
この場に、その対象は存在しない。
(いつまでも、おまえらの面倒なんて見ていられるかよ。それよりレイシアと会えないかな・・)
そう思っていた
清江は再び俯いた。
生徒達はしばらくその場で話し合っていたが、消灯時間が近づいたので、それぞれ自室へ引き上げた。
レンはイツキの部屋へ来ていた。
「イツキ、お前どこの部隊だった?」
「僕は第二師団第一大隊の歩兵だったよ。」
レンの顔が少し明るくなった。
「よかった。俺も第一大隊だ。」
何が良かったのかはイツキにも理解できていた。
レンが同じ部隊にいれば、戦闘能力が極めて低いイツキを守ってやることができるからだ。
「何がよかっただよ。何も良くないよ。俺達戦場へ人殺しにいくんだぜ。殺されるかもしれないし。」
ツネオが口をとがらせている。
「ツネオ君はどこなの?」
イツキが質問する。
「俺は第三大隊。リュウヤと同じとこ。」
「それはラッキーじゃん。リュウヤと一緒なら安心だぜ。」
レンが答える。
「どうだかね・・」
ツネオは最近のリュウヤの態度を気にしていた。
とても冷たく感じるのだ。
小学校5年生でリュウヤの子分的な存在になってから、いつもリュウヤの顔色を窺い、自宅に居る以外のほとんどの時間をリュウヤのご機嫌取りに費やしてきた。
最近ではリュウヤの親友と他人に言えるほどまでになってきたのに、それがこの訓練場に来てからは、まるで他人のようにふるまわれている。
これならいっそ、昔のようにパシリとして扱われる方が気が楽だった。
だから、無視されることがツネオにとっては大きな不安材料だったのだ。
もしかしたらツネオも知らないうちにツネオの心にリュウヤに対する友情や信頼が生まれていたのかもしれない。
ヒナの部屋には、ウタが来ていた。
「ヒナはどこなの?」
「部隊配置?」
「うん。」
「私は第二師団第一大隊の看護部隊よ。」
「え?女子は予備兵登録のはずじゃないの?」
訓練時間の少ない女性は通常時なら、そのまま帰宅、戦時でも予備兵として後方待機が通常なのだ。
「私はホラ、犯罪徴兵だから、いきなりの前線配置らしいの。」
ヒナはブテラでソウを助けた「利敵罪」という戦争犯罪で10年の兵役を課せられていた。
「そうなのね。私は運営本部詰、魔法大隊予備兵よ。でも不安・・・」
「後方部隊なら、安心だわ。」
「そうじゃなくて、いずれヒナと別行動になるかと思うと、不安で。」
「そうね。」
リュウヤとアキトは幹部候補生として二人部屋に居た。
「リュウヤ君、今日はずいぶんと優しかったね。キヨちゃんに・・」
アキトは薄ら笑いを浮かべている。
「ああん?そんなことないさ。いつまでもぬるま湯につかって、平和ボケが抜けないアホ共に少し腹が立っただけだ。あいつらヌルすぎ。」
「そうだね。何か困れば他人の責任。自分が危なくなっても誰かが必ず助けてくれる。そんな甘いことしか考えられない連中だからね。戦場じゃ真っ先に死ぬね。あいつら。」
「アキト。お前性格変わったか?生徒会長辞めたのか?」
「何言ってんの。この世界で『僕は生徒会長です。』なんて、ギャグにもならないよ。僕は誰かが死んでも、その死体を足場にして自分は生き残る。元々、そういう性格だよ。」
アキトは生徒会長という立場を完全に捨てていた。
演技をするのが面倒だったし、演技をする必要もなくなっていたからだ。
「そんな気はしてた。ま、俺も同じ考えだがな。」
「そんな気がしてた?ふーん。フフフ」
コンコン♪
「入ってもいいかしら?」
ヘレナの声だ。
「「どうぞ。」」
ヘレナは修道女の服を着ている。
首にはヒュドラの銀色の首飾りをかけている。
「あなた達は、私の味方・・・いえヒュドラ教の信者よね?」
「ええ、もちろん。僕はヘレナさんとヒュドラ様の信者です。間違いないです。」
ヘレナはアキトの心を読んだ。
アキトはヒュドラ教の信者とは言い難かったが少なくとも敵意は持っていない。
それにヘレナの信奉者であることに間違いなかった。
「俺もだぜ。」
リュウヤはヒュドラにもヘレナにも心を預けていないが、敵対意識は持っていなかった。
「そうよね。そこれで、貴方たちにお願いと言うか、情報提供というか、知らせておきたいことがあるの。」
アキトがヘレナに椅子をすすめる。
「なんです?情報って。」
ヘレナは少し間を取り、椅子に腰かけてから、アキトとリュウヤに向いた。
「あの男、ソウ・ホンダがこのゲラニにいるらしいの。教会本部からの情報よ。しかもキノクニや国の上層部に取り入って、殺人をなかったこと。無罪に捻じ曲げようとしているらしいの。」
アキトとリュウヤは顔を見合わせた。
「そんな非道は許されないでしょ?ダニクを殺し、私までも切り殺そうとした男が無罪だなんて。だから、そうなる前に貴方たちでダニクの恨みを晴らして欲しいの。私の恨みもね。」
ソウがブラニの教会でダニクやヘレナと戦ったのは事実だ。
そのことで殺人犯人として指名手配になっているのも事実だ。
しかし、ダニクを殺したのはヘレナなのだ。
リュウヤが口を開いた。
「恨みを晴らせって。ソウを殺すってこと?」
ヘレナは何も言わずに頷く。
「ソウを殺すことは、そんなに難しくないけど。俺達のメリットは何かありますか?」
アキトが物欲しそうな目でヘレナを見つめる。
「もちろん賞金は未だに有効ですわよ。その他に何か欲しいものがあれば言ってごらんなさい。」
アキトがにやりとした。
「レイシア、ブテラ領主の娘、レイシアに会わせてください。報酬はそれで充分です。」
ヘレナがアキトの心を覗いた。
アキトは自分とレイシアの情欲をぶつけ合うシーンを心の中に描いていた。
「そうなのね。いいわ。もしソウ・ホンダを殺すか捕縛すれば、貴方の願いはかなえるわ。」
リュウヤは黙っていた。
「リュウヤさんはどうするの?」
「やってもいいけど、殺さなくても捕まえるだけでもいいんだよな。」
リュウヤがヘレナを見返す。
「ええ、こちらとしては生きたまま捕まえていただける方がありがたいです。」
ヘレナにとってみれば、ソウを神石にして得られる利益の方が大きかった。
「でも、生け捕りはかなり困難ですよ。」
「なんとかしてみる。・・・」
アキトがリュウヤの面前に回り込み、自分の体をかがめて下からリュウヤの顔をのぞき込む。
「へー フフフ」
リュウヤがアキトから視線をそらす。
「リュウヤ君、以外とヘタレなんだ。フフフフ。」
リュウヤがアキトをにらみ返す。
「ヘタレじゃねぇ。仮にも同級生なんだ。同情心があってあたりまえだろ。」
「そうなの?僕にはそんなもの微塵もないけどね。人殺しに罰を与えるために攻撃する。それでソウ君が死んでしまっても、なんの呵責もないけどね。フフフ。」
ヘレナがアキトの方に手をまわす。
「たのもしいわね。アキトさん。さすが優等生ね。」
「そうでもないけどね。この世界は案外楽しいみたいだ。」
アキトはこの世界に暮らすうち、自分が他の誰よりも強くなっていくことに快感を覚えていた。
魔法を使えて、100メートルを7秒で走るほどの身体能力を得た。
以前、ソウを捕まえるために放った大きな魔法。
あの魔法で味方に多くの犠牲者が出たが、自分の力の大きさに驚き、かつ快感を得ていた。
(もう一度、おもいっきりぶっ放したい。あの魔法の快感、忘れられない。)
アキトは訓練で魔法を放つことはあったが、それはわら人形相手だった。
アキトは肉欲と同等くらい、他の誰かを相手に自分の力をたたきつけてみたい欲求に飲み込まれていた。
「それで、リュウヤさん。どうするの?」
「やるよ。俺は・・・・・金だけでいい。」
リュウヤの心にはツネオの笑顔が描かれていた。
生徒達は戦場に赴くと聞かされた夜、それぞれが大きな不安を胸に眠れなかった。
翌朝、朝食後にオニスから集合が、かかった。
「お前ら昨夜は、よく眠れたか?興奮したか?戦場ではいつ睡眠をとれるかわからん。だからいつでも寝られるよう精神を鍛えておけよ。ところで、今日から新しく訓練兵が入る。お前らの後輩だ。奴隷招集だからお前らより身分は下だ。しかしゲラン国の兵士であることには違いない。そこんとこを勘違いするな。臨時招集で部屋が不足しているため、お前らの部屋に同室させる者もいる。先輩として面倒見てやれ。以上だ。」
通常、兵士訓練は男1年女3ヶ月の期間で行われる。
それぞれ所定期間の訓練を終了してから、次の訓練兵が入隊するのだが、春の出兵に備えて、新規訓練兵を途中招集したのだ。
ヒナ達が朝のランニングをしている時に訓練所の正門から、次々と新兵が入所して来た。
ヒナは訓練を終えて昼休み前に自室へ戻った。
自分の部屋を開けた時、部屋の中で一人の少女が荷物整理をしていた。
少女はドアを開ける音でヒナに気が付き、頭を垂れながら言った。
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