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第五章 獣人国編

第95話 ヒール 青から金へ

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俺はライチの叔父をキューブで分析して、ライベルの流行病の正体を突き止めた。
ライベルで流行っている病気は疫病ではなく、急性水銀中毒だった。

しかも誰かが人為的に水銀を市中にばらまいたようなのだ。
ライベルで病人の治療をしている暇など無いのだが、戦争孤児のライチのことを思えば、せめてライチの親族だけでも治療してやろうと思っている。

俺はライチをひきつれてレンヤさんの家に入った。
ライチには

「ライベル内の食べ物飲み物を絶対に口にするな」

と命じてある。
それさえ守ればライチが病気になることはないと判っている。

レンヤさんが、先に家の中に入った。
レンヤさんの妻が玄関口で出迎えた。

「あなた無事でしたか?・・・・なんだか、顔色がよくなったような・・・」

レンヤさんの妻はレンヤさんの変化に気がついたようだ。
俺がヒールをかけたうえ、メディで検査を受け栄養剤を点滴してもらい、出立時とは見違えて顔色が良くなっていたのだ。

「ああ、このソウさんが、神の加護を施してくだすっただによ。それに美味しい食事もいただいたげな。」

レンヤさんが俺を振り向くと同時にレンヤさんの妻が俺を見て頭を下げた。

「それはそれは、ありがとうございます。」

「それだけじゃねぇで。子供達の治療もしてくださるとよ。サユ、これで一安心だによ。」

レンヤさんの妻は「サユ」という名前らしい。
サユさんの顔色も少し悪い。

俺の後ろからライチが顔をのぞかせた。

「まぁライチちゃん。大変だったわね。大丈夫?」

「はい。おばさん。なんとか無事でした。」

サユさんは涙ぐんでいる。

「レンヤさん。まずサユさんにヒール・・・いや、加護を施したいですがいいですか?」

これから重症の子供達を治療するが、最初にサユさんにヒールを施せば、サユさんも少しは安心するだろう。

サユさんはレンヤさんを見ている。
レンヤさんは「大丈夫だ」というような顔でサユさんを見返した。

「それじゃ、サユさん。そこに腰掛けて。」

居間のテーブル前の木製の椅子にサユさんを腰掛けさせて、俺の方を向かせた。
サユさんは緊張しているようだ。

「サユさん。目を閉じてリラックスして。不安ならレンヤさんの手を握っていて。」

サユさんは少し頬を赤く染めた。

「大丈夫です。お願いします。」

俺はサユさんの正面からヒールをかけた。
俺の手が少し輝き、その輝きがサユさんの体全体を包んだ。
サユさんはつぶっていた目を開けて穏やかな表情を見せた。

「まぁ・・・体全体が軽くなったような。気持ちが良いです。」

さっきの青白い顔色から女性らしいピンクがかった健康な肌色になっている。

「どうだに?サユ?」

「口ではうまく説明できませんが、あなたの言っていることは理解できました。子供達にも、これをしてくださるんですね?」

「そうだによ。きっと子供達も良くなるだによ。」
レンヤさんはサユさんの手を握った。

「それで子供達はどこですか?」

「こっちです。ソウ様」

サユさんが奥の部屋へ案内してくれた。
奥の部屋には2段ベッドが二つと、少し小さめのシングルベッドが置かれていて、それぞれに毛布をかぶった子供がいた。

俺たちがドアを開けると、二段ベッドに寝ていた子供4人は、一斉にこちらを振り返ったが、シングルベッドに寝ている子供は反応しなかった。
シングルベッドに近づくと、毛布を頭までかぶった人猫の子供が苦しそうにうなされている。

「ビヨラ、ビヨラ、大丈夫?」

サユさんはシングルベッドに近づいて毛布をめくると幼い顔立ちの猫人が目を開けた。
ビヨラと呼ばれた子供はかすれ声で返答した。

「か・ぁちゃ・・ん」

熱にうなされたような表情で顔色は暗い土色をしている。
表情を見ただけで重度の中毒だとわかる。
ヒールだけで回復をさせることは無理だろう。

「今朝より、さらに顔色が悪いだに・・・」

レンヤさんがビヨラをのぞき込んでつぶやいた。
二段ベッドにいた4人の子供のうち、一番年長だと思われる男の子がライチを見つけた。

「ライチちゃん!!」

ライチが振り向く

「ガヤルちゃん!!」

ライチに声をかけた男の子に向かってライチが返事をした。

「どうしたの?ライチちゃん。」

「神様をつれてきたよ。」

ライチが俺を振り向きながらそういった。


二段ベッドの子供達は不思議そうな顔をしてライチと俺を見た。

「レンヤさん、サユさん。もっと広い場所はないですか?」

メディを起動させたいが、ここでは狭すぎる。

「あ、あ、そんならこっちへ、オラ達の部屋をすぐ空けるから。」

レンヤさんとサユさんは。あわてて寝室をかたずけてメディを設置できるだけのスペースを作った。

俺は寝室にメディを展開した。
二段ベッドに寝ていた子供達全員が何事かと起き出して、その様子を見守っている。
俺はぐったりとしたビヨラを抱えてメディの診療台へ乗せた。
レンヤさんサユさん子供達全員が心配そうに見ている。

「メディ、病状を診断しろ。俺のヒールスキルが必要なら指示しろ。」

『了解しました。』

ビヨラの体を固定した後、スキャニングが始まった。
数分間スキャンした後、メディが言った。

『患者は重度の水銀中毒です。このまま放置すれば48時間以内に生命維持が困難な状態になります。治療を開始しますか?』

レンヤ夫婦の顔色が蒼白になった。

「メディ、治療を開始しろ。」

『了解しました。まずはソウ様のヒールで患者の体力、免疫力を回復させてください。ヒール後再度診断します。』

「わかった。」

俺はビヨラの顔を見た。
どことなくルチアに似ている。
同じ猫人の少女なのだから似ていてもおかしくないが、数週間離れているルチアがそこに寝ているようで感情が移入してしまう。

(かわいそうに、俺が元気にしてやるからな・・)

いつもより心を込めてヒールを念じた。
気のせいかもしれないが、普段のヒールよりも、より大きく魔力を消費したような気がした。
俺の手が輝き始め、その輝きは俺の体全体に広がった。

その輝きは俺を離れてビヨラの体全体に移った。

普段ヒールをかけるときに発生する輝きは青みがかっているのだが、この時は金色に近い輝きだった。
ヒールの輝きは10秒ほどビヨラの体にとどまり続け、次第に消えていった。

その様子を見たレンヤ夫婦が俺に向かって跪き両手を合わせて頭を垂れている。
子供達も夫婦をまねて両手を合わせている。

レンヤさんの子ガヤルがライチを見て言った。

「ホントだね、神様だ。」

ライチがうなずく

「でしょ。」

俺がヒールを施した猫人の少女ビヨラが目を開けた。

「かあちゃん。とうちゃん。」

しっかりした口調でレンヤ夫婦を呼んだ。
レンヤ夫婦は診療台の上のビヨラに抱きついた。

「おお・・おおおお・・・ビヨラ」

「ビヨラちゃん・・・・」

二人とも泣いている。

「レンヤさん、まだだ。離れて。」

「「は、はい。」」

「メディ再診」

『了解しました。』

メディが再度スキャンを始めた。

『報告します。患者は重度の危機を脱しました。生命維持に必要な体力と免疫力が回復しました。2~3日の投薬と点滴で病状は回復します。ただし再度、水銀を摂取すればその限りではありません。』

「メディ、投薬はキレート剤だけで良いか?」

『はい。ただし他の栄養補強材もしくは滋養のある食事を摂取することをお勧めします。』

「わかった。ありがとう。」

俺はビヨラの診療を終えると、残りの子供4人もメディで診察を行い、ヒールを施した。

最初この家に入った時には薄暗い霧が家全体を覆っているような気がしていたが、家族全員を治療したところ、霧は晴れ渡り、すがすがしい気分になった。

というか、少し騒がしい。
本来の猫人の性分なのだろうか、元気になった子供達が俺の周りではしゃぎ回り、俺の足にまとわりついたり、首っ玉にかじりついたり、家猫10匹がいる狭い部屋に鰹節をぶら下げて入ったような状態になった。

しかし、嬉しいのはライチもそれにまざって今まで見せたことのないような元気を俺に見せていることだ。

「すみません。騒がしくて。」

サユさんが俺に詫びを入れる。

「いいですよ。元気になったんだから。でも完全回復したわけじゃないから、この薬を毎食後ビヨラちゃんに飲ませてください。」

俺はキレート剤の入った瓶をサユさんに渡した。
ビヨラという声に反応したのかビヨラが俺の膝の上に乗った。

「ビヨラ!!お行儀良くしなさい。」

レンヤさんがしかるが、ビヨラはお構いなし。

「お兄ちゃん、ありがとう。ビヨラを元気にしてくれて。」

他の兄弟も俺にまとわりつく。

「兄ちゃん、ありがとう。」

元々俺は猫好きだ。
悪い気持ちはしない。

「おう!元気なってよかったな。」

「「「「うん!!」」」

膝に乗せたビヨラから

「グー ♪」

と腹の虫が鳴く声が聞こえた。

(そういやみんな飢えてるんだよな。)

俺は立ち上がって台所へ向かい、マジッグバックから、さっきレンヤさんにふるまったのと同じ料理を取り出し、人数分並べた。

匂いにつられたのか子供達が集まって来た。
みんな目を輝かせてテーブルの上の料理を見つめている。

「さぁ飯だ。みんなで食べよう。」

俺が食事をだしたのはレンヤさんとの約束もあるが、水銀中毒治療その1(水銀を摂取させない)ためでもある。

もちろん、水銀の供給源をあきらかにさせなければ、この状態は改善しない。
それでもまずは腹越しらえだ。

子供達はレンヤさんの方を見ている。
レンヤさんは俺を見ている。

「約束通りです。みんなで食べましょう」

子供達の笑顔がはじけた。

飯を食うには大勢の方が良い。
俺はレンヤさんの許可をもらって、ドルムさんとピンターも呼び寄せた。

ピンターは元々ライチと仲が良かったので、すぐにライチの従兄弟達と打ち解けた。
ドルムさんも人見知りしない性格なのでレンヤ一家と仲良くなった。
レンヤさんはここしばらく飲んでなかった酒をドルムさんからふるまわれて上機嫌だ。

「ソウさん。これほどまで親切にしてもらって。本当にありがとうございますだに。けんどもが、俺は何もお返しができない。恥ずかしい限りだによ。」

「いいよ。レンヤ。ソウはそういう男だ。何も見返りなんて求めてないよ。なっ」

俺に代わってドルムさんが返答した。
俺は何も言わずうなずいた。

「神様は、いるんだね。とうちゃん。」

レンヤさんの長男ガヤルが俺を見つめた。
ガヤルがそういうと子供達全員が俺を見つめた。

「とうとう神様になったな。ウハハ」

ドルムさんがおかしそうに笑う。
ピンターも笑っている。

「やめてくださいよ。神様だなんて窮屈だ。アハハ」

食事が進み、子供の一人が喉が渇いたようで、台所の隅にあった瓶から水を汲んで飲もうとした。

「まって。飲んじゃだめだ。」

「え?」

俺は子供が水を飲むのを止めた。
水銀の供給源がまだ判明していない。
俺の勘が告げている。

水は危険だ。

俺の勘は良く当たる。
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