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第五章 獣人国編

第96話 ヒナとブルナ 

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レンヤさんの家でレンヤさんの子供ビヨラを診察したところ、重度の水銀中毒だった。

放置すれば48時間程度で生命維持が困難なところまで病状は進んでいた。
しかし、俺のヒールとメディの治療により、危機的状況は回避することができた。

それどころか、俺のヒールが効果絶大で見た目には健康体といえるまで回復が進んだ。

詳しいことは判らないが、俺のヒールは俺自身の精神状態に効果が左右されるようで、ルチアに似たビヨラに感情移入した結果、これまでに無いほどのヒールの効果が生じたのだ。

ビヨラが回復してからドルムさんもピンターも呼び寄せて食事をした。
その時、子供が飲もうとした水を見て俺の勘が働いた。

俺の勘は良く当たる。

子供が飲もうとした水を取り上げて俺が持ってきていたアナライザーで分析を開始した。

「それは、なんです?」

レンヤさんが問いかけた。

「これは毒を検出する機械です。毒が入っていればすぐに判ります。」

「そうですか、でもその水は城内の安全な水ですよ?」

レンヤさんによれば、疫病が流行り始めたのは下町のスラム街で、不衛生な場所からだった。
だから不衛生な飲み水や食べ物が原因だろうと、発生場所の住宅を焼き払い、次に一般町民の地域に広がると、町中の井戸を封鎖した。

そして安全な水だと称して城内の井戸から水を汲み、有料で下町に販売し始めたとのことだった。

アナライザーの結果はすぐに出た。
メチル水銀を検出したのだ。
濃度は低かったが紛れもなく有機水銀の一種メチル水銀だった。

自然界にもごく微量存在するが、アナライザーが示す反応は自然界のそれを大きく上回っている。
つまり人工的に生成されたものなのだ。

メチル水銀は現代日本でも大きな被害をもたらしたことがある。
水俣病などと言われる公害で、多くの日本人が被害を受けた。

工場排水に含まれる有機水銀が魚類に蓄積され、その魚類を摂取した人間が有機水銀中毒になったのだ。
有機水銀の中でもメチル水銀は除草剤や殺鼠剤にも使われるほどの毒性が強い物で、希釈されているとはいえ、その農薬の入った水を子供達が毎日飲んでいたことになる。

「やはり、毒ですね。この家にある水と食べ物をここへ持ってきてください。」

レンヤさんは、家の中にある水、食料、調味料を全て台所に持ってきた。
全ての食料、飲料水を検査したところ、食べ物には異常が無く、水だけが水銀の反応を示した。

念のため、この付近の住民が使っている井戸から水を汲んできてもらって検査したところ、案の定陽性反応を示した。

「原因がわかりましたよ。井戸水です。井戸水が毒に冒されています。井戸水を飲んではだめです。」

「お城の井戸水もだめにか?。」

「駄目です。この瓶の水はお城の井戸水なんでしょ?」

「そうだによ。」

「飲み水は俺がなんとかします。とにかく子供達に井戸水を飲ませないでください。」

俺はウルフとレンヤさんの家の中をゲートでつないだ。
ウルフには湖一個分くらいの貯蔵水がある。
ウルフの水タンクからホースを引き、レンヤさんの家にある容器を全て洗って水で満たした。

「これだけあれば、しばらくは持つでしょう。水がつきるまでになんとかしなければね。」

レンヤさんの家の水事情を改善し終わった頃、レンヤさんの家の玄関がノックされた。
ドンドン!!ドンドン!!

「レンヤ!レンヤ!」

「なにか?だれだが?」

「俺だ、俺、シゲルだ。あけてくれろ。」

レンヤさんが俺を見ていった。

「隣の家のシゲルだが、開けてもええにか?」

俺は無言でうなずいた。
レンヤさんが、ドアを開けると中年のオーク族の男が居た。

「レンヤ、すまんが、水を貸してもらえんだにか?一番下の子が危ないけど、金がなくて水も飲ませてやれねぇぶ。お前んとこも大変だろうが、一生のおねがいだでぶ。一杯でええから水をかしてくれろ。」

レンヤさんは困った顔をしている。
水は今、有り余るほどある。
しかし俺がレンヤさんに注文をつけていた。

「今この家で起こった事は誰にも言うな。」

と。

そこへ治療が済んで元気になったばかりのビヨラが顔をのぞかせた。

「おっちゃん。ミント大丈夫?」

ミントというのは今ここに居るオークの子供のようだ。

「ありゃ?ビヨラ。オメー死にかかってると聞いてたが、ずいぶん元気そうだぶ。」

「うん、元気、神様が治してくれた。」

レンヤさんが(しまった><)という顔をしたが時すでに遅し。

「神様って?・・・」

「神様がね。パーっとしてくれたら治ったよ。とうちゃんも、かあちゃんも治った。」

オーク族の男はレンヤ夫妻を見た。

「おめーら。なんだか顔色良いぶ。ええ薬でもあったかや?」

レンヤ夫妻は困っている。
そしてオークが鼻をヒクヒクさせた。

「なんだか、うまそうな匂いがするぶ。どうなってるぶ?」

オークが家の中に入ろうとするが、レンヤ夫妻がそれを押しとどめる。

「水は欲しいだけあげるから、中には入るな。頼むから。」

「昨日まではお互いに出入りしてたでぶ。何か隠してるぶか?なんかおかしいでぶよ。」

オークは益々体を乗り出した。

台所から他の子供達も出てきた。

「ありゃ?みんな元気だぶか?・・・・どうなってるぶか?昨日まで一家全員、寝込んでたでぶよ?・・・・・・・・・・・薬・・・薬だなぶ。」

オークの男はその場に土下座した。

「お願いでぶ。うちの子にも薬をわけてほしいでぶ。このままだと子供全員、ジジもババも弱い者から順に死ぬでぶよ。オラや女房、ジジ、ババ、の分までくれとはいわねえでぶ。せめて子供3人、子供だけでも助けて欲しいでぶ。」

オークの男は鼻水と涙にまみれた顔を地面に擦りつけている。
レンヤ夫妻が困った顔でこちらを振り返った。
ここで他の住民の治療までしていたら、ルチアの追跡が遅くなる。

遅くなれば戦争の危機が一層近づく・・・・
それでも子供を想い、必死に土下座しているオークの姿を無視することはできなかった。
俺は無言でうなずいた。

「わかっただによ。水も分けるし治療方法も教えるだによ。だから頭を上げて。種族は違うが、お互い助け合って生きてきた仲だによ。」

「ホントか?ほんとでぶか?」

オークは泣きながら、レンヤに抱きついた。

俺はオークの前に進み出た。

「こんにちは。ソウ・ホンダといいます。治療したのは俺です。あなたの家族も治療しますが、他の人には言わないでね。」

「あんたさんは?治癒師でぶか?」

俺が答える前に子供達が言った。

「「「神様だよ。」」」

それからレンヤさんの家の隣にあるオークの家に行った。
家の中にはオーク夫婦、両親、子供3人が居た。
俺は、レンヤ一家と同じように家族全員にヒールを施し、メディで治療をして、症状の重かった子供にはキレート剤を投与した。

俺のヒールはビヨラの時程は効果を発揮しなかったが、それでも青い輝きが、オーク一家の病状を劇的に改善した。

そして家中の水を捨てさせ、清潔で新鮮な水を食料と共に分け与えた。

「神様でぶ。本当に神様がおいでたでぶ。」

オークの男がひざまずいて俺を拝むと、他の家族も男にならって俺を拝んだ。

(やめてー俺はただの高校生だよ~)

と心の中で叫んだ。

俺がオーク一家の治療をしている間にピンター達には、おとなしく家で遊んでいろと言ってあったが、レンヤの子供達がピンターを連れて外へ遊びに出てしまったようだ。

レンヤの家に戻るとレンヤさんが

「ソウ様、済みませんだに。子供達が・・・・」

「ん?どうしたの?」

「それが、その・・・うちには神様がいると・・・ビヨラ達が・・・」

想像はついた。
家の中に子供達が居ないと言うことは・・・
外が騒がしい。

ピンターが入ってきた。

「ソウ兄ちゃん。・・ごめん。」

ライチも続いて入ってくる。

「ソウ様ごめんなさい・・」

そしてビヨラ達も

「神様・・友達も助けて。」

家の外には、子供を抱えた大人の獣人が列をなしていた。

外で遊ぶピンター達を見た獣人がビヨラを問いただし、ここまでやってきたようだ。
子供に嘘をつけとは言えなかった。

(しかたないな・・・)

ここでは治療するにしても手狭だ。

「レンヤさん。大勢を治療できる清潔で広い場所はありますか?」

レンヤさんは申し訳なさそうな顔をしている。

「ええだにか?薬は貴重なものではないにか?それにソウ様の体も・・・」

「薬は重症者だけに投与します。俺の体はまだまだ大丈夫。心配しなくていいですよ。」

日頃から獣人化しているだけで、魔力の鍛錬になっていて、最近の俺は無尽蔵とも言えるほどの魔力がある。

ヒールだけならあと何千回か連続で発動できるだろう。

「広い場所なら、この先に商工会議所の講堂があるだに。オラが商工会議所とかけあってくるがに。」

「頼みます。それとサユさん。シゲルさん。病人を商工会議所に集めて。重病の人から順に見ます。できるだけ整列させてください。」

「わかりました。」
「わかったでぶよ」

キレート剤はあと280錠くらい。
重病人を見極めなければ在庫がなくなってしまう。

(こんな時ヒナが居てくれたら、もっとうまくさばけるのに・・・)

ヒール能力に優れているというヒナのことを思い出していた。


時は少し遡る。
ヒナは自室で出兵の準備をしていた。
実戦配置は3ヶ月後だが、訓練所での訓練を終えたヒナは明日、実戦部隊へ配置される予定だったので、その準備をしていた。

「ヒナさん、お世話になりました。」

「いえ。ブルナさん。私は何もしていませんよ。」

「とんでもない。背中にあった傷がヒナさんのおかげで消えました。元の健康な体に戻れました。とても感謝しています。」

奴隷として宮中で王女が受けるべき罰を身代わりとして受け続けていたブルナの体は満身創痍だった。

特に毎日むち打たれていた背中はささくれ立って角質化して大きな傷が溝のように無数に走っていた。
それをヒナが何度もヒールして、元の体に戻したのだ。

「明後日にはお別れねブルナさん。ブルナさんとはあまり話す機会もなかったけど、時と場所が違っていたら、もっと仲良くなれたのにね。」

「そうですね。ヒナさん。・・・」

「ブルナさんは故郷の事や過去のことを話したくないのよね。背中の傷を見た時にあなたの過去がどんなに辛かったかすぐにわかったわ。ごめんなさいね。いろいろ聞いて。」

ブルナは宮中で王女から無理矢理自分の家族や好きな人の事を聞き出されてから、自分の家族や好きな人、自分の16年の歴史が汚されたような気がしていた。
だから、親切にしてくれたヒナにさえ自分の事を話そうとしなかったのだ。

「いえ、こちらこそ。こんなに親切にしていただいたのに話し相手にもならなくてごめんなさい。」

「いいのよ。毎日の訓練は地獄だから、おしゃべりしている暇なんて無いわよね。」

「はい。それでも奴隷の私に話しかけてくださったヒナさんの事は忘れないです。」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。私は春には戦場へ行くの。戦死するかもしれないわ。それは仕方ないと思っているの。罰だから。」

「罰って・・・」

「戦争犯罪者なのよ。私・・・でも何も恥じていないわ。だって自分の好きな人を助けた結果だから。・・・うん。後悔なんてしていない。これから先同じ事が起こったらまた同じ事をするわ。好きな人のために・・」

「お強いですね、ヒナさん。私もヒナさんを見習います。」

二人は同じ人物を思い浮かべていた。

(ソウちゃん・・・)

(ソウ様・・・)

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