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第五章 獣人国編

第114話 敵ではないだによ。

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ネリア村はゲラン国とジュベル国の国境に位置し、貧しいながらも平和に暮らしていた村だった。

またネリア村はソウの仲間ルチアの生まれ故郷でもある。
ネリア村は一年ほど前にヒュドラ教の「宣教」という名目の侵略を受け、壊滅状態になった。
その際ルチアの両親は殺され、ルチアは奴隷として売られたのだ。

侵略を受けてこの冬を越せるかどうかという時にソウがこの村を訪れ、大量の食料や苗をゲランから運び込んだことで、なんとか生きながらえているのだ。

そのネリア村にゲラン軍一個分隊が近づいている。
部隊の先頭はアキトだ。

冬場に国境沿いのベルヌ山を行軍するのは、かなり困難な作業だが、アキトとリュウヤにとってはたやすい作業だ。
他の部隊員も屈強な戦士を選んでいる。

小高い丘からネリア村の全貌が見えている。

「あれが、ネリア村か?」

アキトが傍らの猫人に尋ねる。

「そうです。」

猫人は見かけが30歳くらいの男、端整な顔立ちで、耳が猫のそれと同じ形をしているところを除けば、ごく普通の人間だ。
言葉もゲラン語でアキトと話しているので端から見ればゲラン国民となんら変わることは無い。

「ここへ来たことがあるのか?」

猫人の顔が曇った。

「私が生まれ育った村ですから・・・」

リュウヤが猫人の顔を見た後、アキトを振り向いた。

「大丈夫か?こいつ。裏切ったりしないか?」

アキトは薄ら笑いを浮かべる。

「大丈夫らしいよ。こいつには奴隷の呪文がかかっているそうだ。僕は、この猫に対する命令権をもらっているから、僕を裏切ることはないらしい。」

「ホントか?」

「ほんとさ、試してみようか?」

アキトは腰に差していた軍用ナイフを抜いて刃先を持ち柄の方を猫人に差し出した。

「おい。ルキヤ、自分の左耳をそぎ落とせ。」

ルキヤと呼ばれた猫人は、ナイフを右手で受け取り、左手で自分の左耳を持ってナイフの刃先を耳の根元にあてがった。

それを見たリュウヤがあわてて、ルキヤの右手を押さえた。

「ちょ、ちょ、ちょっとまて!!やめろ。」

ルキヤはリュウヤの命令を無視して自分の耳を落とそうとするが、リュウヤの腕力の方が勝っている。

「おい、アキト、止めさせろ。」

「なんで?裏切りが心配だっていうから試しているのに。」

「いや、そうじゃなくて、この人、預かり物だろ?勝手に傷つけていいのか?」

アキトは慌てる様子も無い。

「ふむ。そう言われれば、そうかも知れないね。ルキヤ、耳を落とすのは中止だ。止めろ。」

ルキヤはナイフを下ろした。
リュウヤとルキヤがもみ合っているうちにルキヤの服の袖がめくれていた。
ルキヤの腕には腕輪のように二重の入れ墨が入っていた。

「リュウヤ君、なんか別な方法で試してみる?」

「いや、もういい。さっき俺が止めなければ、こいつ本当に自分の耳をそぎ落とすところだったよ。よくわかった。」

アキトがにやついて言った。

「リュウヤ君、優しいんだ。あはは」

リュウヤは顔を少し赤らめた。

「そんなんじゃ、ねぇよ。」

アキトと違って、リュウヤには日本人であったころの心が多く残っているようだ。
不良で態度も悪いが、心の半分以上は日本人なのだ。

「それにしても、すごいな。奴隷の魔法。自分の生まれ故郷を襲撃する手伝いをしたり、自分の耳をそぎ落とそうとしたり。おい!ルキヤ、本心を言ってみろ。生まれ故郷を襲う気持ちはどうなんだ?」

ルキヤは黙っている。

「おい。命令だ答えろ。」

ルキヤは答えない。

「無理だよリュウヤ君、命令権者の命令しか聞かないよ。ここでの命令権者は僕だけだ。」

アキトはルキヤに向き直った。

「ルキヤ、本心を言ってみろ。ネリア村に対する宣教活動をどう思う」

ルキヤは表情を変えずに答えた。

「ゲラン人やヒュドラ教の人間は悪魔だ。なんの罪も無い子供や老人を無意味に殺した。戦争なら殺人も仕方ないが、あいつらは子供や老人を殺すことを楽しんだ。働ける大人は奴隷にされた。いつかゲラン人とヒュドラ教徒を皆殺しにしたい。」

アキトがニヤニヤしながら言った。

「おお怖い、アハハ。つまりお前達は間違いなく俺たちの敵だよね。皆殺しにされる前に皆殺しにしなくちゃね。アハハ」

ルキヤは表情を変えない。

「さぁ、そろそろ行こうか。」

リュウヤがアキトを見上げる。

「行くって、どこへ?」

「お仕事」

アキトは部隊を引き連れ丘を降りてネリア村へ向かった。
ネリア村の入り口には番兵が2人立っている。

番兵がアキト達を見つけて何か叫んだ時、アキトが魔力を練り始めた。
アキトの頭上に巨大な火の玉が浮かび上がった。
アキトは何も言わずその火の玉を番兵に向かって放出した。
グォォォーーー

火の玉は番兵を消し去り、番兵の奥にあった家屋をいくつか消滅させた。

(気持ち良ぃー)

アキトは自分の力に酔いしれていた。
日常は自分の力を試す機会が無い。
それをこの戦場(戦場といえるかどうかは別にして)では思い切り放出できるのだ。

格闘家が練習ばかりで退屈していたところリングに上がって自分の力を思い切り試す機会を与えられたような気分になっていた。

集落からわらわらと人が出てくる。

出てきた人は年寄りか女子供だ。
アキトはその人々にも狙いを定めた。
頭上に火の玉が浮かんだ時にリュウヤが

「待て、ちょっとまてアキト、待てよ」

アキトは明らかに不快な表情を見せた。

「何?リュウヤ君」

と言いながらリュウヤに向き、頭上に浮かべた火の玉を狙いも定めず集落に打ち込んだ。
それを見たリュウヤは語気を荒げて

「待てって言ってんだろうがよ!!何やってんだ。」

「なにやってんだって、お仕事でしょ、お仕事」

「女子供を殺すのが仕事かよ!!」

「そうですよ。お仕事。大隊長が言ってたでしょ。何人でも殺せって。」

リュウヤは青筋を立てた。

「女子供を殺すのが俺達の仕事っていうなら、俺はこんな仕事止めてやる。俺たちの仕事は情報収集じゃねぇのかよ。」

アキトはにやけている。

「止めるならお好きに。でも逃走罪は重いですよ。そこのルキヤ君みたいにされますよ。それでも良ければ、どうぞどうぞ。」

「くっ・・・」

リュウヤはそれ以上何も言えなかった。

ネリア村は集落の半分以上をアキトのファイヤーボールで焼き払われた。

ネリア村にも守備隊は居たが、前回の襲撃でほとんどの者が殺され、残っているのは老人か子供だけだった。
残ったわずかな守備兵は今アキトに殺された。

アキトは隊員を引き連れ悠々と集落へ入っていった。
集落内は阿鼻叫喚の地獄だった。

大火傷を負った子供を母親が抱きしめ、年老いた男が動かなくなった伴侶の体に自分の体を預けて泣いている。

「この村の責任者は居ますか?村長さんはおいでですか?」

アキトがそう叫んだがすぐに気がついた。

「あっと。獣の言葉じゃないと通じないのか・・・」

アキトがルキヤを向いた。

「ルキヤ、村長を探せ。」

ルキヤの表情は変わっていないが、目から涙がにじみ出ている。

「はい。」

ルキヤは村の中央、広場のある方向に向かって歩いてゆく。
部隊もルキヤについて行く。
広場に向かう途中、何人かの村人が槍を持って向かって来たが、兵士が応戦し、時にアキトが軽く手を振り魔法で討ち果たしていく。

ルキヤが立ち止まった。

「ここが村長の家です。」

と言った時、家から頭が二つある犬がアキトに襲いかかった。

「キャン」

ケルベロス、いや「ハチ」はアキトの一蹴りで悶絶した。

「ハチ」に老人が駆け寄る。

「ハチ、ハチ・・・なんつうこんだでや・・」

老人は大粒の涙をこぼしている。

「お前が村長か・・・おい。ルキヤ」

「はい。この方がネリア村の村長です。」

村長がルキアを見る。

「おまんさぁはルキヤ・・・どうして?どうして?」

ルキヤは答えない。

アキトが村長に向かって言う。

「立ち話も何ですから、家の中でお話しましょう。村長さん」

ルキヤが通訳した。

隊員が村長宅前で見張り番をし、家の中ではアキト、リュウヤがルキヤの通訳により村長を尋問していた。

「村長さん。この村と周辺の村の兵力はどのくらいですか?」

「兵力なんて無いがによ。みんなお前達が殺しただによ。」

「確かに1年前に宣教したらしいですね。その時に村は壊滅状態だったらしいですけど、今は村人の皆さん。健康そうだ。どうやって生きてきたんですか?」

「神様のおかげだによ。お前等の行いはいずれ神様が罰してくれるだによ。」

「へぇーこの村には神様がいるんですか。一度あってみたいものです。その神様が僕らの敵なら殺しますけどね。」

村長は薄ら笑いを浮かべた。

「なぜ笑う?」

「神様に、お前ごときが勝てるはずないだによ。アリンコが象に勝てるなら勝ってみろだに。」

そこへ隊員が入ってきた。
隊員は穀物の入った麻袋を持っている。
アキトが隊員を見る。

「どうした?」

「それが、食料庫は食料で満杯です。その中にこんなものが。」

隊員が持っている麻袋には〇の中に「キ」の文字がある。
「マルキ」つまりゲラン国の総合商社「キノクニ」のマークだ。

「キノクニ?キノクニの商品がなぜ?」

アキトは村長を引き連れ食糧倉庫へ入った。
倉庫の中は食料で満杯だ。
村人全員が一年暮らせるだけの量がある。

「村長、これだけの食料。どうやって調達したんですか?」

「だから言っただによ。神様の施しだによ。」

「村長の言う神様とは一体何者なのですか?」

「ソウ様は龍神様の使徒様だにや。この村の守り神だによ。」

村長がそういった時、ルキヤが通訳する前にアキトもリュウヤもピクリと体を反応させた。
獣人の言葉はわからなくても村長が「ソウ様」と言った時に、その言葉が何を指すのか本能的に悟ったのだ。

「今、ソウと言ったな。ソウとはこいつのことか?」

アキトはスマホを取り出し、ソウの学生時代の顔写真を村長に見せた。
村長は首を振る。

「ソウ様はそんな顔では無いだによ。我々と同じ獣人だにや。表にある銅像の凜々しいお姿を拝むとええがや。」

アキト達は倉庫を出て村の広場に建立されている銅像を見た。
リュウヤが先につぶやいた

「これは・・・」

アキトもうなずく。

「ああ、そうだね。これはまさしく『ホンダ・ソウ』ですよ。我々と戦った時より少し逞しくなっているけど、これは獣化した時の本田君ですよ。」

「するとなにか?ソウがキノクニから食料を入手してここまで運んだというのか?」

「それ以外に考えられないでしょう。やはり本田君は敵ですね。懸賞もかかっていることですし、会うことが出来れば僕が殺しますよ。ふふふ」

アキトの部下がアキトの前に立つ。

「それで、この食料いかがいたします?」

アキトは少し考えてからこういった。

「キノクニの印が付いたものをいくつか没収して下さい。残りは・・・持って帰れないし焼いておきましょう。敵軍の食料ですからね。」

村長がアキトにすがる。

「そんな・・・食料無しでどうやって生きていけばいいにか?お願いだから焼かないでほしいだに。せめて子供達の分だけでも。お願いするだによ。」

「何を言うのかと思えば、敵にひざまずいて物乞いですか。貴方達は我々の敵なんですよ。」

村長はなおもアキトにすがりつく。

「わし等は年寄りと女子供だけだにや。あんたさんの敵では無いだによ。」

「いや、敵です。私達を皆殺しにしたいと、そこの猫も言ってましたよ。貴方達獣は私達人間の敵です。殺すか殺されるかの二択だけです。」

ルキヤは表情を変えなかったが目からは涙がこぼれ出ていた。

その様子を見ていたリュウヤがアキトに向かった。

「そこまで、しなくてもいいんじゃ無いか?」

「おや?リュウヤ君は獣の味方ですか?」

「そういうわけじゃないが・・」

リュウヤは苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、それ以上はしゃべらなかった。

「さぁ次の集落へ向かいますよ。敵の食料を潰しておきましょう。」

食糧倉庫はソウが運び込んだニク串の屋台と共に燃え尽きた。
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