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第五章 獣人国編

第126話 術者ピンター 

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エリカはバルチでソウを救出した。
ソウは意識不明の重体。

自分も全身大火傷を負っている。
危険を承知でバルチの祖母方にあるゲートを利用してキューブまで帰ろうとしていた。

進路をバルチに戻そうとした時、ガツンという音と共にウルフが地面を離れた。
今は飛行機のように空中を移動している。

(え?何?どうなったの?)

『マザーさん。どうなっているの?敵の攻撃?』

『いえ、敵襲ではありません。私が救助要請をいたしました。』

『え?誰に?』

『アウラ様です。』

エリカは龍神アウラに何度か会ったことがある。
仕事でソウをキューブへ迎えに行った時や、ソウに食事に招かれた時に人の姿をしたアウラを何度か見かけたのだ。

しかしアウラと話をしたことは無かったし、アウラの本当の姿、龍神の姿を見たことが無かった。

だから今の状況がよくつかめなかった。

『マザーさん、龍神様が?でもどうやって空を飛んでいるのかしら?大丈夫?』

『大丈夫です私から見たあなた方の現在の状況をウルフのモニターに映し出します。』

ウルフのモニターには巨大な龍、レッドドラゴンがウルフを両足で掴んで大きな翼を広げ、空を飛んでいる姿が映し出されている。
数トンはあろうかというウルフをつかんだまま飛行しているのだ。

水平飛行では無く45度くらいの角度で上昇中だ。
かなり高度が上がったところで滑空を始めた。

エリカ達が体験したことのない程の速度で大空を滑り一気にレニア山脈を通り越した。
左手に噴煙をあげているフォナシス火山が見えた。

カルスト地帯を越えて針葉樹の林を抜け少し開けた場所でウルフは地上に着いた。
面前に豪華な神殿が見える。

エリカは運転席から降りようとするが、怪我の具合が悪化し、思うように動けない。
無理も無い。

全身の50パーセントが火傷をしているのだ。
通常なら意識も保って居られないだろう。

エリカがドアを開けて降りようとした時、バランスを崩して転げ落ちそうになった。
地面にぶつかると思った時、誰かに抱かれた。

「おう。ねぇちゃん。ご苦労やったのう。」

裸の男がエリカを受け止めた。

以前キューブで見かけたことのある龍神、アウラだ。

「あ、あ、すみません。龍神様。」

「すまんことあれへんがな。女の身でこれほどの怪我をしながら、ソウを助けてくれて。ありがとうな。ほんま、感謝するで。ありがとさん。」

「あ、ソウ様、意識が無いんです。」

「うん。わかっとる。ドルム!!」

宮殿の方向からドルムがかけつけた。

ドルムが後部ドアを開けようとした。

「あ、ちょっと待って下さい。中にはソウさんの他にブルナさん達が居ます。ブルナさんは何かに洗脳されているようで、攻撃してきます。気をつけて。」

ドルムは返事をする代わりに右手をさっとあげて了解の合図をした。
後部ドアをスライドさせると、ブルナと少女達はドルムに目もくれず、一目散にエリカの元へ走ってきた。

ブルナを初めとする少女達はの目は殺気立っている。
ドレイモンによる「その女を殺せ」という命令がまだ生きているのだろう。

アウラはエリカを抱いたままブルナと少女達に手をかざした。
少女達はその場に崩れ落ちた。

エリカはブルナを心配そうに見ている。

「大丈夫や。ちょっとおやすみしてもろただけや。」

「ドルム、子供らをウルフに戻して鍵かけとき、今はソウの方が優先や。」

「はいよ。」

ドルムは後部座席にいるソウを抱き上げた。

「キューブへ行くで」

「はい。」

神殿に入るとイリヤが心配そうな表情で出迎えた。

「あなた、ソウさんは?」

「ああ、生きとる。なんとかなるやろ。とりあえずヒールかけてんか。」

「はい。」

イリヤはドルムに抱かれたソウに目をやる。
ソウは17歳の少年の姿をしているソウに向かって精神を集中した。
イリヤの全身が青い光に包まれる。

数秒間、瞑想したイリヤは青い光を体にまとわせたまま、ソウの頭に触れた。
するとイリヤを包んでいた青い光がソウへと、ゆっくり流れ込んだ。

蒼白だったソウの顔色に血の気が戻ったが意識はないままだ。

「んー、やっぱりメディカルマシンじゃないとあかんな。キューブへ行こう。」

「ちょっとまって貴方、その女性も大怪我をしているわ。私、その子の治療をするから、先に行っていて。」

「ああ、せやな。先行くわ。」

エリカはアウラ達の寝室へ連れて行かれベッドに横たえられた。

「あの、私のことは良いですから、ソウ様を」

イリヤは優しく微笑んだ。

「わかっているわよ。今アウラとドルムさんが連れてったから、貴方は安心しなさい。なにより貴方、大けがしているじゃないの。ソウさんの為に頑張ったのね。今手当てするからじっとしていなさい。」

エリカは我が身より、意識の無いソウの方が心配だった。

「でも・・」

「貴方の治療が済めば、すぐに連れていってあげるから。ね。」

「はい。・・」

イリヤはエリカの焼け焦げた衣服を脱がした。
下着までもが焼けている。
イリヤはエリカに見えない方向で顔をしかめた。

(これは、酷い火傷ね・・・)

全裸になったエリカの右半身は皮膚が焼け落ち真皮がむき出しで体液が流れ出ていた。
髪の毛は全て焼け落ち、右目はおそらく失明しているだろう。
特に頬から唇にかけての火傷が酷い状況で、下唇が焼け落ちて歯茎と犬歯が外から見える状況だ。

イリヤは少し時間をかけて瞑想し、ヒールを施した。
エリカから痛みが徐々に引いていく。

「ふぅぅ・・・」

エリカの安堵のため息が漏れる。

イリヤがヒールを何度か重ねがけすると体液の漏出は止まったもののエリカの見てくれは元に戻らなかった。

エリカを左から見れば美人だが右から見れば異形の怪物に見える。
エリカの顔の右半分は、まるでゾンビのようだ。
左半分の綺麗さが右半分の醜さを引き立たせている。

体も皮膚がひきつって大きなケロイドが体半分を覆っている。

「貴方、よく頑張ったわね。そこまで怪我をしながら・・・」

イリヤの目から涙がこぼれている。

「私、行かなくては・・ソウ様が・・」

「わかったわ、一緒に行きましょう。」

イリヤは自分のクローゼットからエリカに合いそうな服を選びエリカに渡した。
その後、エリカの左目だけを出すような格好で頭全体を包帯で巻いた。

怪我の治療はほぼ終わっていて包帯の必要は無かったが、エリカを見た他者の反応がエリカを傷つけないように気を遣ったのだ。

この部屋に鏡は無かったが、エリカは自分の腹部や大腿部のケロイドを見たり、自分の手で頭部や顔面を触っていたので、イリヤの行為が何を意味するか悟ったようだ。

衣装を身につけ終わったエリカはイリヤに言った。

「お願いします。連れていって下さい。」

「わかったわ。行きましょう。」

エリカとイリヤが寝室から出ると、小型のドラゴンが二匹、宙に浮きながらエリカ達の後をついてきた。

寝室隣の部屋にあるゲートをくぐると、エリカも何度か訪れたことのあるキューブの地下室だった。

地下室にはアウラ、ドルム、ピンター、ドランゴ、テルマが小型のベッドのような機械を取り巻いていた。

エリカがその機械を覗くと、半透明のドームの中にソウがうつ伏せに横たわっている。
エリカはドルムに訪ねた。

「どうなっています?」

「ああ、今のところ命に別状は無い。体中にささっていた刺は抜いた。後は背中の手術だけだ。」

「背中の手術とは何です?危険ですか?」

「俺にはよくわからんが、背骨に何か変な物が絡みついているらしい。」

そう言いながらドルムがメディのモニターを指さした。
モニターにはソウの背中の内部映像が映し出されてる。

その映像には骨盤の上の脊柱に丸い玉が写っている。
その丸い玉から数本の針金のような人工物が背骨にまとわりつき、一本の針金は脊柱の内部へ潜り込んでいるようだ。

「あの丸い玉から毒が出て、ソウを殺そうとしているが、ソウの体は丈夫に出来ていて、それを押し返そうとしているらしい。今のところ殺そうとする力と跳ね返そうとする力が五分五分らしいんだ。」

「大丈夫や、ソウには龍神丹の力がやどっとる。ワイの力千年分や、毒ごときに負けへんわい。」

「そうですよね。大丈夫ですよね。」

エリカは声に出して言ったものの心配で仕方なかった。

(ソウ様がもし死んだらどうしよう。)

エリカは元々ソウのことが好きだった。
以前、ゲラニの麻薬密輸事件の際にソウの部下として働いた時、ソウの姿形よりも、ソウの頭の良さ、優しさに好意を持った。

仕事上のことなので異性として意識することをあえて封印していたが、ソウと接するうちに年相応の恋愛感情へ移行していった。

そして今回のオペレーションでソウと行動を共にするうち自分でもはっきりと意識した。
自分はソウの事が好きで仕方ないと。

そのソウが今、生死の狭間を彷徨っている。
その姿を見てエリカは思っている。

(ソウ様が死んだら私も生きていけない。私はソウ様を愛している。ソウ様死なないで。)

エリカの気持ちを余所に機械的な女性の声がした。

『ソウ様の体内にある異物の除去手術は実行可能な状態になりました。患者ソウ・ホンダに対する術式の成功率は62パーセントです。手術を実行しますか?』

「メディさん。成功率を上げる方法は無いの?」

声を発したのはピンターだった。
ピンターはソウからの輸血を受けて今の属性は『人狼の眷属』になっている。
メディの使用権限をソウから与えられていたのだ。

『手術の成功率を向上させる方法はあります。ヒールをかけ続けることです。ヒールの術者の能力にもよりますが、術中ヒールの補助があれば手術の成功率は高くなるはずです。ヒールスキル使用者がこの場に存在しますか。』

イリヤ様がメディに向かって言った。

「メディさん。私がヒールをするわ、助言をお願い。」

『患者イリヤの音声であることを確認。術式に要する時間は、推定10分。その間、私が切開した部分以外の場所にヒールをお願いします。切開部を閉じないように気をつけて下さい。』

「わかったわ。やってみる。」

『患者ソウ・ホンダに対する背部切開による異物除去の術式か開始いたします。よろしいですか?』

ピンターが両手を合わせ祈るように言った。

「メディさん。始めて。お願い。」

ソウの仲間全員が見守る中、ソウの手術が開始された。
うつ伏せになったソウの背中を10センチ程、メディが切り開いた。
メディの義手が切り開いた部位をさらに広げ保持する。

ソウの背骨の上にパチンコ玉くらいの金属球があり、その球から4本の触手のようなものが背骨にまとわりついている。

更に球からは一本の針金のような金属が背骨と背骨の間から脊柱内へ伸びているようだ。

メディの義手がその球を摘まもうとするが触手が動いて背骨から離れようとしない。
メディの義手はハサミを取り出し球の触手を切断しようとしたが触手は堅く、切断できなかった。

『異物の触手を切断しようとしましたが失敗しました。電撃による異物の機能停止を行いますが、患者の背骨も損傷する可能性があります。実行しますか?』

今の術者はピンターだ。
ピンターは困った顔を皆に向けた。
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