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第五章 獣人国編

第149話 生徒たちをよろしく

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俺は修道院の上空から地上を見下ろしていた。

「ソラ、周囲に潜む兵士を把握出来るか?」

「了解、モニターに表示します。」

ソラのモニターに修道院周辺の俯瞰地図が映し出された。
修道院を中心に映し出された地図には、修道院を取り巻くように赤いブリッツが100個ほど表示されている。


おそらく、俺を待ち受けている兵士達だ。
赤いブリッツは修道院の周囲をまんべんなく取り囲んでいるが、中でも修道院裏手の裏庭周辺の数が多い。

俺がウタに対して「裏庭へ迎えに行く。」といった通話をしたことが敵に漏れているのだろう。

漏らしたのはおそらくキヨちゃんだ。
キヨちゃんはキヨちゃんで生徒のことを心配して情報提供したのかもしれない。
だからキヨちゃんを恨む気にはならなかった。

俺はソラに乗ったままウタに連絡をとった。

「ウタ。聞こえるか?」

「はい。ソウ君聞こえるわよ。」

「今どこだ?」

「私の部屋、9人全員いるわ。」

「わかった。お前の部屋は二階の西端で間違いないな?」

「そうだけどどうして?連絡してくれれば裏庭まで行くわよ?」

「うん。事情が少し変わった。そのまま部屋でじっとしていろ。そしてなにがあっても驚くな。大きな声を出すな。わかったか?」

「うん。わかったわ。信じてる。」

俺は修道院の上空10メートル程の暗闇にソラを待機させ、俺自身はソラから飛び降りて修道院2階のウタの部屋のベランダに飛び降りた。

飛び降りる際には、重力操作で自分の身を軽くして針が床に落ちるほどの音も立てなかった。

ベランダの扉は開いていた。
俺が音も無く部屋に入ると女性との何人かが俺に気がつき「きゃっ」と声を出した。

俺はあわてて人狼化を解除し高校生の姿で自分の口に人差し指をあてた。

「シッ!!俺だ。ソウだ。」

「ソウ君!!」

ウタが駆け寄る。

「時間が無い。この周囲は兵隊に囲まれている。逃げるぞ。」

ウタが戸惑う。

「え?え?兵隊さん?誰が・・」

キリコがウタに向かう。

「決まっているでしょ。先生よ。先生・・キヨエが国に通報したのよ。それ以外に無いわ。」

キリコの話を聞いたミキがつぶやく。

「それじゃ、私達捕まるの?死刑なの?」

その言葉を聞いた他の生徒が怯える。

「大丈夫だ。俺があんたらを逃がす。その為に来たんだ。」

ウタも怯えている。

「でもソウ君。どうやって?兵隊さん、沢山いるんでしょ?戦うの?」

「いや戦わない。逃げるだけ。」

俺は女性徒達を安心させるためにもにこやかに返答した。
そしてマジックバッグからポータブルゲートを取りだし、その場で展開した。

キリコが驚く。

「これは?」

「ポータブルゲートだ。ゲートの向こう側はおれんちだ。レンとイツキが待っている。さぁ早くくぐれ。」

といったものの誰もゲートをくぐろうとしない。
それはそうだ。
同級生とは言え、突然現れた人狼が怪しいゲートを出して、それをくぐれといってもすぐには反応出来ないだろう。

俺はタイチさんに連絡した。

「タイチさん。そこにレンがいるでしょ?」

『ああ、いるぞ。』

「すみませんが、レンにゲートをくぐれと言ってください。」

『よっしゃ。』

数秒後にゲートからレンが現れた。
ウタが目を見開いた。

「レン君!!」

レンは意味がわからず戸惑ってる。

「うぉ?何?どうした?どうなってんだ?オイ」

俺がレンに返答した。

「ご苦労。レン。帰って良いぞ・・あ、ちょっとまって。」

俺はウタの手を取った。

「一人でじゃ怖いだろうからレンにエスコートしてもらえ。」

俺はウタの手をレンに引き継いだ。

「何?どうして?」

「レン、不安な気持ちの女性をエスコートするのは男の役目だろ。オイ」

「あ、あ、そうだな。」

レンはウタの手を取りゲートの向こうへ消えた。

「ほら、大丈夫だろ。みんなここを逃げるぞ。」

女性徒達は順にゲートをくぐった。
最後に残ったのはキリコだった。

「ソウ。おめぇ。やるじゃないか。ウフフ」

なぜだかキリコは俺の唇に軽くキスをした。

「うぉ!!何?」

キリコは微笑んでゲートをくぐった。

キリコがゲートをくぐりきった時、部屋のドアが開いた。

「本田君!!」

キヨエだ。

「キヨちゃん・・・」

「本田君、皆をどこへやったの?どこへ連れていったの?」

「安全なとこだよ。キヨちゃん。」

キヨエの後ろから数名の生徒がこちらを覗いている。
俺はキヨちゃんの後ろにいる生徒に向かって呼びかけた。

「なぁ、あんたら。ウタやキリコはもう逃げたぜ。今は安全な場所にいる。そこは自由で衣食住も保証されている。無理にとは言わないが来たい人は歓迎する。俺を信用できないのはわかるが、レンやイツキ、ウタ達まで信用できないことはないだろう。」

キヨエが慌てる。

「みんな駄目よ。殺人犯人の言うことよ。信用しないで。怪しい道具で何するかわからないわよ。」

生徒達は俺の言葉とキヨエの言葉のどちらを信用して良いのかわからず迷っている。
そこへキリコがゲートから出てきた。

「忘れ物取りに来たら。お前等、まだ迷ってんのか?ゲートの向こうは安全だったよ。アタイが実際に見てきたんだ。それも信用できないなら。勝手にしろ。いつまでもここで囚人になってろ。じゃぁな。」

キリコは部屋の中においてあったバッグを掴むと再びゲートに消えた。

キリコの言葉を聞いた生徒達はキヨエの横を通り、ゲートに向かった。

「ちょっとまって、貴方達、死刑になるわよ。駄目よ。」

キヨエがゲートをくぐろうとする生徒達を止めようとするが、生徒達は止まらない。

「先生、ごめんね。私達、自由に生きたいの。先生も行こうよ。」

一人の生徒がキヨエを誘うがキヨエは応じない。

「キヨちゃん。最後だ。一緒に行かないか?ゲートの向こうには自由な世界があるんだぜ。」

「いえ、本田君。私はヘレナ様とヒュドラ様を裏切らない。裏切れない。だから、ここに残るわ。生徒達をよろしくお願いします。」

キヨエは頭をちょこっと下げて部屋を出て行った。

キヨエが部屋を出ると同時に多数の兵士が階段を上ってくる足音が聞こえた。
俺はゲートを収納し、ベランダから「ソラ」へ飛び乗った。
ベランダから何か叫びながら俺を指さす兵士を尻目に帰宅した。
俺はキューブへ戻ると救出した生徒達を全員オオカミ村まで移動させた。

オオカミ村で同級生達全員にマンションの部屋を割り当て、住まわせることにした。
ひととおりの割り当てが済んだところで一階の食堂に全員が集まった。

食堂ではリュウヤとツネオが先に食事をしていた。
女性徒達を食堂に連れて行くとリュウヤがそれに気づいた。
リュウヤが俺に近づく。

「うまいこといったようだな。」

「ああ、無事救出できたよ。」

ウタが俺達に近づいた。

「リュウヤ君、ツネオ君。無事だったのね。よかったわ。」
ツネオが返事をする。

「ああ、ウタも元気そうだね。」

「私は元気だけが取り柄よ。うふふ」

久しぶりに同級生が集まった。
今居るのは合計で24名だが修学旅行出発時には他のクラスも合わせれば70名以上の生徒と教諭がいたのだ。

それが今では3分の一になっている。
それでもこの世界の状況を考えれば生きているだけでも幸せなのかも知れない。

「皆、聞いてくれ。」

生徒全員が俺を見る。

「ここは、俺と俺の仲間が作った集落だ。ここは自由な場所だ。何をしても構わない。誰かに祈りを捧げる必要も無い。衣食住も俺が保証しよう。ただ一つだけルールがある。それは獣人も老人も子供も皆等しく俺の仲間として接してくれ。それだけだ。」

ウタが手を上げた。

「ウタ。どうぞ。」

「まずは、ソウ君ありがとう。私達あのままだったら、きっと戦争にかり出されていたわ。それに正直言うと、とても不自由だったの。軍事訓練所の生活より厳しい戒律にしばられて、ただ生きていると言うだけの生活だったわ。だからとても感謝しているわ。」

女子生徒達が無言で頷く。

「それで、今後のことだけど、私達、これから何をすればいいの?それとヒナのことも知りたいわ。」

「わかった。さっきも言ったとおり、ここは自由な場所だ。だから何をしてもかまわない。何をすべきかは自分達で見つけてくれ。ここには多くの子供や老人、そして怪我人がいる。その者達の面倒を見るのも良いし、草原に出て食糧確保をしてもいい。いずれ農耕が始まるから、その手伝いをしてくれてもいい。それぞれが先住の村人達と仲良くなって自分の生き方を見つけて欲しい。」

ヒナの行方に関してはイツキが説明をした。
ヘレナがヒナの『蘇生』というスキルを発芽させるためにナガノを殺したこと。
自分はアキトに殺され、ヒナによって蘇生されたこと。
これまでヘレナが生徒達を導いてきたのは全て、この『蘇生』というスキルを生むための準備行為だったこと。
蘇生が発芽したヒナはどこかへ連れ去られたこと。

そしてその説明を聞いた女子生徒達は全員驚いている。
キリコがその話を聞いて身を乗り出した。

「詳しい説明はしないけど、今、イツキが言ったことは全部本当よ。私の命を懸けても良い。やはりヘレナは私達を利用、いや、私達の命を利用することしか考えてなかったのよ。逃げてきて良かったわ。」

生徒達は、それぞれ少人数にわかれて今後の事を話し合った。
キリコが俺に近づく。

「ソウ。今私達話し合ったんだけど、ここで生活する上でいろんな質問や要望が出てくると思うの。それで一人一人がてんでに動くと、ソウも迷惑だろうから、代表者として私とウタが動くことにしたわ。それでいいかい?」

「ああ、それでいい。ただし俺はここに居ないことも多いから後で、ここの守備隊長と管理責任者を紹介する。細々したことは、その人達に聞いてくれ。」

「わかったわ。」

俺は、ガラクとドランゴさん達を同級生に引き合わせた。
同級生達の事は一応片づいた。
気になるのはライベルの事だ。
戦況はどうなっているのだろう?

俺はライベルの商工会議所に設置しているゲートをくぐってライベルに行き、戦況を伺うことにした。

ゲートをくぐるとドルムさんが居た。

「ドルムさん。戦況はどう?」

「今のところライベルが優勢だ。ライジンやレギラの働きが大きいな。このままならライベルは耐えきるだろう。」

「レンヤさんやシゲルさん、ロダンさんはどうしています?」

「レンヤとシゲルはセトの側に居るから安全だと思う。ロダンは組合員を使って生活必需品をオオカミ村まで運んでいるよ。増えているんだろ?オオカミ村の人員。」

「ええ、ライベルの子供や老人はほとんどオオカミに移住してきていますからね。おそらく人口3000人くらいにはなっているはずです。」

「大丈夫か?そんなに増えて。」

「住むところは問題ないですが食料が足りるかどうか、ちょっと不安です。」

そこへロダンが現れた。

「お話中失礼します。ソウ様のお話、聞こえてしまいました。住民の食料については避難民それぞれにいくばくかの食料を持たせていますし、今商工会の総力を注いで町中の倉庫から食料を移送中です。ただこのままでは兵士の食料が足りなくなるおそれがあります。」

「城に備蓄があるんじゃないの?」

「ええ、正規兵には食料が行き渡っているようですが、民間から徴兵された兵士の分は自己負担らしく、少し不安です。それにおもっている以上に城の備蓄が少ないようなんです。」

城の備蓄食料が少ない。
理由はなんとなくわかる。
ヌーレイだろう。

「わかった。俺が何とかする。」
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