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第五章 獣人国編

第152話 教皇

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ヒナはライベルでイツキを蘇生した後、ラナガに連れられてヒュドラ教国教会本部へ来ていた。

「ラナガ先生、私には無理です。縁もゆかりも無い人を生き返らすなんて・・」

ラナガは顔をしかめる。

「ヒナさん。そのための訓練です。何事も努力すれば、訓練すれば、上達するはずです。元々ヒールの加護しか持たなかった貴方がわずか一年で『範囲ヒール』、『再生』そしてついには『蘇生』の加護を得たのですから、何度か訓練すれば必ず上達して赤の他人も蘇生できるようになるはずです。」

ヒナの頬を涙が伝う。

「だから、その訓練が嫌なんです。このご遺体はラナガ先生が用意されたのでしょう。どうやって遺体を用意したのかは想像が付きます。それがとても苦しいのです。」

「そんな心配は無用ですよ。この遺体は異教徒で死刑になるはずだった男の遺体です。今までに用意した遺体も全て死刑囚です。ですから当然の成り行きで、むしろ献体とされることを喜ぶべき人達なのですよ。」

「でも・・・」

ラナガの部下リナルがヒナの肩を優しく抱く。

「ヒナさん。少し休みましょう。ラナガ先生、私もヒールの加護を持つからわかります。今のヒナさんの精神状態では蘇生どころかヒールも無理かと思います。少し休憩させてはいかがでしょう。」

ラナガは顎に手をあてて思案している。

「ふむ。あまり時間は無いのですけどね。仕方ないですね。ヒナさん、少しお休みなさい。それと、明日、教皇様にお目通りがかないます。リナルさん。ヒナさんの身支度を整えるようお願いしますよ。」

リナルが頷く。

「ヒナさん。部屋へ戻りましょう。」

リナルはヒナを伴って教会本部から少し離れた寄宿舎へと戻った。
寄宿舎の一室がヒナとリナルにあてがわれている。

部屋は広く清潔で高級ホテルの一室を思わせる作りだ。
ヒナはヘレナの奴隷にされて今はラナガが命令権者になっている。
教会がヒナを奴隷化して行おうとしているのは『ヒュドラの復活』だ。
だから奴隷と言っても普段は快適な生活環境が保証されている。

蘇生を発動させるにはヒナの精神状態が大きく関係しているので、普段はできるだけ快適な生活ができるように配慮されているのだ。

リナルがヒナの側にいるのは女性としてヒナを労り、精神状態を良好に球持つためと、ヒナの監視もかねているようだ。

「ヒナさん。辛いわね。でも蘇生が完成すれば多くの人の助けになるわ。だから、ねっ。頑張りましょう。私もできるだけお手伝いするわ。」

リナルもヒュドラ教の信者だ。
だからリナルの言葉はヒナには響かない。

「ありがとう。リナルさん。でも私には無理なの。あの時、イツキ君の事は自分の家族が無くなったような悲しみに襲われて、自分でわからないうちに蘇生が発動したわ。でも何の縁も無い方の遺体を目の前にしても何の力も湧かないの。だから無理なの・・」

リナルはヒナの背中をなでる。

「そうなのね。わかるわ。自分の家族がなくなったら、どれだけ悲しいか、どれだけ復活を願うか。そうよね。人間だものね。感情をコントロールするのは難しいわよね。」

その夜ヒナは寝付かれなかった。
目を閉じると、あの夜のソウの声が聞こえてくる。

『ヒナ。もうすぐだからな。もうすぐお前を迎えに行くからな。』

あともう少しだった。
あともう少しでソウが迎えにきてくれるところだった。
何度も何度もあの場面を思い出す。


(ソウちゃん・・・私待っているからね。・・)

翌朝ラナガが迎えに来た。
「ヒナさん。教皇様にお目通りができる時が来ましたよ。行きますよ。」

「はい。」

ヒナはヒュドラ教の礼服を着せられていた。
木の靴、紺色のロングスカート、紺色の上着、頭からベールがかぶせられ、胸元には青い月を象徴する首飾り。
修道女のような出で立ちだ。

ラナガとヒナは教会本部の正面玄関から長い階段を上り礼拝堂を通り過ぎて奥へと進む。
途中何度か衛兵の前を通るが、そのたびにラナガが身分証を提示して行き先を告げる。
教会本部の一番奥に衛兵が四人立っていた。

ラナガが身分証を示しドアを通してもらうと、待合室のような場所に出て、更に二人の衛兵に要件を告げた。

5分ほど待合室で待っていたところ、衛兵から奥の部屋へ入るように命じられた。
顔を伏せながら部屋に入った途端、ヒナは息苦しくなった。

ヒナは魔力感知のスキルに乏しかったが、それでもわかる。
部屋の奥にいるのは化け物だ。

嵐の中を裸で歩くような感覚に襲われた。
一歩踏み出すのに大きな努力が必要だ。

濃厚な魔力がヒナを包むのがわかる。
教皇の魔力がヒナの全身を包んでいるのだ。
その魔力の一部がヒナの心に侵入するのがわかるがヒナは何も抵抗出来ない。
ラナガは平気で歩いている。

どうやら教皇の魔力で包まれているのはヒナだけのようだ。

「聖なる教皇様。ご機嫌麗しゅう存じます。かねてよりご報告致しておりました。ヒナ・カワセをお連れしました。」

「ご苦労様。顔あげてね。」

ヒナはその言葉を聞いて大きな違和感を覚えた。
幼い、あまりにも幼い少女の声なのだ。

ヒナがおそるおそる顔を上げると、まさしく『少女』いや『幼女』と呼ぶべき子供が居た。

「ヒナちゃん。驚いた?そりゃ驚くわよねぇ。教皇がこんな子供じゃねぇ。ウフフ」

ヒナは教皇の見かけの姿と強大な魔力のギャップに言葉を失っていた。
それを見たラナガ

「ヒナ!!返事をせぬか。教皇様のお声がけぞ!!」

その途端ラナガは車でひかれた蛙のように床にうつ伏せた。
何か目に見えない力で上から押しつぶされたようにも見える。

「誰が、あんたにしゃべれと言ったの?ちょっと黙っててね。私ヒナちゃんと話してんだから。」

ラナガは意識朦朧となりながらも膝を立てて教皇に向いた。

「も、もうしわけ・・ござ・・いません。・・」
教皇が部屋の隅に居た兵士に呼びかけた。

「衛兵!」

「はっ」

教皇がラナガを指さした。

「このおっちゃん。うっとおしいし、汚いから外へ出して。そんであんた達も外で待機してて。」

「はっ」

「あ、そうそう。誰かお茶かカピ、それと甘いお菓子持って来てよ。・・ヒナちゃん。カピとお茶、どっちがいい?えーとカピっていうのはコーヒーのことね。」

ヒナは戸惑うが教皇に敵意が無いのは読み取れた。

(教皇様はコーヒーのことを知っているのね)

「あ、それではコーヒーをお願いします。」

教皇は微笑んでいる。

「カピ二つと甘いお菓子持って来て。」

「はっ」

衛兵二人がラナガをひこずるように部屋の外へ出した。

教皇はかぶり物を取った。
教皇は見た目が7歳くらいのかわいい女の子。
黒色の髪に黒い瞳、どうみても日本人の小学生だ。

「オドロイタ?」

突然、教皇は日本語でヒナにしゃべりかけた。
ヒナの背筋が伸びた。
(今のは・・・)

「そうよ日本語よ。うち日本人なんやわ。名前は『ヒミコ』詳しいことは、おいおい話すけど貴方の同胞よ。ここに居る時はヒナちゃんも日本語で話してね。」

ヒナの頭は混乱した。
ヒュドラ教国の教皇が少女で、しかも日本人だという。
日本語でしゃべっているので本当の事だとは思うが・・

「教皇様・・」

「ヒミコでええよ。いえヒミコって呼んで。この部屋に居る時はね。ヒナちゃん ♪」

湯気の出ているコーヒーとイチゴのショートケーキが運ばれてきた。

「さ、食べまひょ。この世界のイチゴも美味しいんよ。ウフフ」

ヒミコはイチゴのショートケーキをスプーンで切り分け、口に運んだ。

「美味しい!ヒナちゃんも食べなさいよ。さっ遠慮しなくて良いから。」

「はい。・・」

ヒナもヒミコを真似てスプーンでケーキを口に運んだ。

(美味しい!久しぶりだわイチゴのショートケーキなんて・・)
ヒナの表情が和らぐ。
それを見たヒミコも微笑む。

「ねっ。美味しいでしょ。この世界のお菓子があまりにもまずいよって。うちがレシピを作って料理人につくらせたんよ。ここまでくるのに苦労したのよ。この世界の人達って味覚音痴ばかりなのよ。まったくもう。」

ヒナはコーヒーを一口すすってヒミコを見た。

「教皇様・・」

「だからぁヒミコやって!!」

「あ、それではヒミコ様、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「様はいらないけど、まぁええわ。で、何?質問って。答えられないこともあるけど、質問してみて。」

「はい。ヒミコ様は日本のどこから、いつおいでたのですか?」

「えっとね。私がまだ子供の時、今も子供だけど2万年くらい前に京都から来たんよ。」

「え?2万年前?」

「うん。そうや。2万年前。もっと時間が経ってるかも。見た目は7歳だけど本当は2万歳。アハハ。他の人には内緒ね。日本語だから言えるけど他の人は知らんのよ。いろいろとね。」

「そんな大事な秘密をなぜ私に・・」

「日本人だからやわ。」

「もう一つ質問しても良いですか?」

「いいわよ。」

「私はこれからどうなるのでしょう?仲間の元へ帰れますか?」

「ん~。それはヒナちゃん次第ね。ヒュドラのおっちゃんを復活させることができれば。たぶん解放されるわ。まっヒュドラのおっちゃんの考えにもよるんやろうけどね。今度おっちゃんに聞いといてあげる。」

(聞いといてあげる?ヒュドラは死んでいるのでは?)

「あの、ヒュドラ様はお亡くなりになっているのでは無いのですか?」

ヒミコはきょとんとした顔でヒナを見た。

「あ、そっか。知らなかったんよね。おっちゃん。生きてるよ。といっても肉体は死んでるけどね。魂というか精神は生きてるよ。連絡も取れるし・・・あっ、うち、しゃべりすぎたかな?でもいずれは教えるわ。何がどうなっているのかね。ウフフ。」

「最後に一つだけ・・ヒミコ様はヒュドラ様と、どういうご関係でしょうか?」

「ん~。それヒュドラ教の最大の秘密だけど、まっいいか。簡単にいうと、ヒュドラのおっちゃんに連れてこられたんよ。もっともわざとじゃないけどね。ヒナちゃん達も似たようなもんやわ。日本からこっちへ来た原因はヒュドラのおっちゃんのせいやから。いずれ話してあげるわね。」

「はい。ありがとうございます。」

「それより、ねっねっ。ヒナちゃん時々、ここへ遊びに来てよ。日本語で女の子と話せるなんて2万年ぶりなんだから。ケーキ食べてだべるだけでも、めちゃくちゃ嬉しいの。ねっねっ。いいでしょ?」

「そんなことなら喜んで。私の方からお願いしたいくらいです。」

ヒナはもっと情報が欲しかった。
ソウに会うため、日本へ帰るため。

「やったー。じゃ、うちの暇なときに呼ぶわね。それとドレイモンやけど。はずそうと思えばはずせるけど、今は無理みたい。部下が納得しないと思うの。でもラナガには無理強いしないようきつく言っとくから大丈夫よ。何か不自由していない?」

「今のところは何一つ不自由はありません。」

「よかったわ。じゃ、またおしゃべりしましょうね。ウフフ」

「はい。」

ヒナは希望が見えたような気がした。

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