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第五章 獣人国編
第151話 御前会議
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ゲラン軍がライベル侵攻を開始して3週間が経過していた。
ゲラン軍は未だライベルの城壁を突破することが出来ていない。
ゲラン軍は元々守りの堅い城門を突破するよりも敵の補給路を断って兵糧攻めにする計画を立てていた。
オラベルからライベルへの街道を封鎖し物流を断ったのだ。
街道を封鎖しているせいかオラベルからライベルへの補給は一切無く、補給の無いライベル軍は衰弱するはずだった。
ところがライベルを守る兵士の士気は落ちるどころか、益々士気盛んで遠目から見てもライベルの兵士の健康状態は良さそうだった。
ヘレナはゲラン軍駐屯地の指揮本部へ呼び出されていた。
指揮本部にはゲラン第二師団師団長「テンポル将軍」第一大隊長「ユガル大佐」第二大隊長「シュンダイ大佐」第三大隊長「ミハイル大佐」が待っていた。
テンポル将軍がヘレナに問う。
「ヘレナ殿、貴殿の情報によればライベルの食料備蓄は正規兵だけなら10日間程度、住民全てにいきわたる食料は封鎖さえすれば一週間程度とのことであったが、それは真か?」
「はい。真です。ライベルの代官ヌーレイをそそのかして大半の保存食、備蓄品を横流しさせたので、ライベル内には、あまり多くの食料は残っていないはずです。」
「それにしては敵兵の血色が良いようだが?ヘレナ殿の話が真であればライベル内に餓死者が出てもおかしくないはずですよな。」
ヘレナはテンポルを心の中で軽蔑していた。
(自分では情報入手できない屑が、階級が上だと言うだけでいばりくさって。これだから人間は嫌いなんだ。)
「お言葉を返すようで申しございません。開戦時ライベル内に食料が無かったというのは事実でございます。ライベル側がなんらかの手段で食料を運び込んだとしか思えません。」
「ほほう。パンに羽が生えて空を飛んで来たのでしょうかな?ワハハ」
テンポルのくだらない冗談に周囲もぎこちない笑いを返した。
「いずれにしても、このままではらちがあかぬ。本国からレイの作戦を実行するとの連絡があった。10日後には、れいの作戦が実行される。おのおの方も準備願いたい。」
テンポル以外の軍人が、かかとをそろえて敬礼をした。
「「了解しました。」」
ヘレナの計算では二週間も兵糧攻めにすればライベルは陥落するはずだった。
そのためにライベル内に毒を流し、兵士も住民も弱らせ、代官をそそのかして城内の備蓄品を横流しさせていたのだ。
そして弱ったライベル軍にアキト達をぶつけて大きな手柄を立てさせ、それを手土産に枢機卿ラグニアに胸を張って戦勝報告をする予定だった。
ところが予想に反して流行病は治まり、食糧事情も悪化しなかった。
(何がどうなっている?)
ヘレナは原因をさぐるべくオラベル近隣で捕虜にした猫人族の男を奴隷化し、ライベルへと潜入させた。
その結果密偵からは驚くべき事が報告された。
ライベル住民から『ソウ様』と呼ばれる男が流行病を鎮圧し、物流を確保したうえ、女子供をどこかへ避難させたというのだ。
(『ソウ様』?あのソウ・ホンダのことなのか?)
ヘレナはことの顛末をゲラニにいるラグニアに知らせた。
ヘレナとしては非常にまずいことになったのだ。
というのもライベルを弱らせ兵糧攻めにすることを立案したのはヘレナで、そのことをゲラン軍に進言したのは枢機卿のラグニアなのだ。
ヘレナは自分の立場どころかラグニアの立場まで危うくしてしまったのだ。
結局ヘレナの思惑ははずれ、戦争は第二段階へ突入することになった。
戦争の第二段階というのは軍幹部と宰相のみが知っていることだがジュベル国の隣国、ラーシャ国の参戦だ。
ラーシャ国とジュベル国は、今でこそ停戦状態だが元々は争いの絶えない仲だった。
ジュベル国侵略が決定した時、侵略が難航する場合にはラーシャ国の参戦を促して、両国でジュベル国を攻略するという戦略が練られていた。
ラーシャ国の参戦は予定されていたものの、ライベル攻略についてはゲラン軍のみで攻めるはずだった。
言い出しっぺのゲラン国が一番槍を名乗って戦後の取り分を多くするはずだったのだ。
ヘレナの策略により、その一番手柄はゲラン軍、いやヘレナの手に落ちるはずだった。
しかし、それはかなわず、軍事作戦は第二段階、ラーシャ国の参戦へと移行することになったのだ。
それを主導するのはラーシャ国と深いつながりのあるゲラン国宰相、ゼニス・フォルドだ。
宰相ゼニスと枢機卿ラグニアは宮中で行われている御前会議に出席していた。
ゼニスがカイエル国王に会釈をして会議が始まった。
「それでは現在進行中の聖戦、獣人国ジュベルに対する宣教活動についてゲラン国参謀総長、陛下にご説明をお願いする。」
ジュベル国にとっては侵略行為なのだが、ここゲランにおいてはあくまでも宣教活動という名目をとっているようだ。
口ひげを蓄えた痩せぎすの男が立ち上がる。
「宣教状況について私グラハムからご説明申しあげます。オホン。まずライベル城攻略についてでございますが、当初予定しておりました3週間での攻略予定は大幅に遅れております。その理由と致しましては敵の補給路を断ったものの敵軍は何らかの方法で兵站を補給していることと、ライベルの領主レギラと敵将軍ライジンの力が予想以上に強く今だ敵領地内に攻め入れないということでございます。」
そこでラジエル侯爵が発言した。
ラジエル侯爵は国王の伯父で、この戦争に反対する勢力だ。
「戦前のラグニア枢機卿の情報ではライベルの備蓄は微々たるもの。それに教団配下の強力な加護を持つ戦士が活躍するはずとの予想では無かったのですかな?」
ラグニアがラジエル侯爵に向く。
「確かに事前の情報ではそのとおりでした。しかし現在敵はなんらかの方法で兵站を補給している模様です。」
「なんらかの方法というのは?」
「調査中です。」
ゼニスが二人のやりとりを遮る。
「参謀総長、続けて。」
「はっ。このままの状態ではらちがあきませんので、かねてよりの計画の通り、ラーシャ国の参戦を求めるのが上策かと存じます。」
ラジエル侯爵が再び発言する。
「それは、いかがなものか。ライベルをとってゲランが優位な立場になっておればまだしも、ライベルすらとれないからラーシャにすがるというような印象を国民に与えかねませんぞ。」
ラジエルはなんとかしてこの戦争を終わらせたかった。
戦争は不幸の種にしかならないことをよく知っているのだ。
ゼニスが口を挟む。
「ふむ。それではラジエル侯は、この戦争を負けたまま終わらせるおつもりかな。」
ラジエル侯爵は眉間にしわを寄せた。
「宰相殿、そう申してはおりませんぞ。報告によればライベル近郊のネリア村等多数の村落の宣教活動に成功したときいております。いわばジュベル国の一地方の宣教活動に成功したということでしょう。例年行われている宣教活動のように、これを成功例、戦勝例として停戦に持ち込むのもゲランの利益かと存じますが。」
「それは小競り合いにすぎませぬ。聖戦の目的はあくまでジュベル国全体に対する宣教。そのことは以前にも話し合ったとおりで、このままではヒュドラ教国も納得しがたいでしょうな。」
ゼニスがラグニアに視線を向ける。
「宰相殿のおっしゃるとおりです。ヒュドラ教国といたしましては、かの獣の国、野蛮なジュベル国を一刻も早く救済すべく国を挙げてゲラン国を支援しております。ジュベル国が救われるまでこの戦いを終わらせるわけにはまいりますまい。」
ラグニアは視線をゼニスに戻す。
「ラグニア枢機卿のご意見はごもっともでござますな。」
ゼニスはカイエル国王に視線を向けた。
「国王陛下、確認致します。ジュベル国に対する宣教のため、ラーシャ国と共同戦線、同盟をすること、当初の計画どおり実行致しますがよろしいですね。」
カイエルは13歳、御前会議の迫力に押されている。
「あ、うん。ゼニスやラグニア殿が、そう申すなら、そのとおりであろう。」
ゼニスがカイエルに会釈する。
「国王のお言葉も賜った。当初の予定通りラーシャ国参戦を促すこととする。以上だ。」
出席者全員が立ち上がりカイエル国王に礼を取った。
カイエルはそそくさと椅子から離れた。
全員が会議室を出る中、宰相ゼニスが枢機卿ラグニアに近寄る。
「ラグニア殿、良いお茶を手に入れましたが一服いかがですかな?」
「それは、それは、ありがとうございます。ご相伴にあずかると致しましょう。」
ゼニスとラグニアは連れだって会議室を出てゼニスの私室へと入った。
「さて、ラグニア殿。今回の失態いかがなされるおつもりか?」
今回の失態というのはライベルの兵糧攻めに失敗した件だろう。
「ほほう。あれを失態とおっしゃるか。」
「いかにも。ラグニア殿の情報が誤っていたことに相違ござらぬでしょう。」
「情報は間違っておりませぬよ。流行病の件も兵糧を横流しさせた件も事実であると裏付けをとっておりますゆえ。ただ・・」
「ただ?」
「密偵からの報告によれば、一人で流行病を治療し、一人で大量の物資をオラベルからライベルへ運び込んだ獣人がいるとのこと。」
「ほほう。にわかには信じがたい情報ですな。一人で流行病を治療するなどとは。してその獣人とは?」
「詳しくは調査中ですが、ライベルの住人からは『ソウ様』『龍神の使徒様』と呼ばれておるらしいのです。」
「龍神の使徒ですか・・」
「ですので情報は間違っておらず、教会の瑕疵はございませんな。それよりも正面突破できなかった正規軍に問題があるかと。」
ラグニアはまもなく本国、ヒュドラ教国へと召還される。
グンターに後を任せてヒュドラ教会本部へと栄転の予定なのだ。
だから栄転前の汚点を残したくなかった。
「いやいや、正規軍は情報に基づき兵糧攻めを選択したまで。正規軍にこそ責任はございませんな。」
ゼニスはゼニスで宮中での権力、発言力を強化して、きたるべきクーデターのために力を蓄えておきたかった。
「では、教会にも正規軍にも落ち度はないということですな。」
「そういうことでよろしいかと。ところで教会は新たな人材を発掘したそうで。なんでも死人を蘇らせるとか。」
「ほほう。さすが宰相殿、お耳がお早い。確かに蘇生の加護を持つ者を発掘いたしましたが、まだまだ力不足。今は本国で修行させております。何の縁も無い者を復活させるのはまだまだ先の話です。」
「そうですか。成功のあかつきには、是非お知らせ下さい。」
「そうですね。お互い生き返るとまずい者、生き返らせたい者は多くいるでしょうから。」
「はは、お口が悪い。ははは」
その頃、ヒナはゲラニから遙か西、ヒュドラ教国、教会本部の地下に居た。
ヒナは石の台の上に横たわる遺体を前にしてうなだれている。
ラナガがヒナの後ろから声をかけた。
「ヒナさん。この死体は腐敗が始まったようです。もう蘇生は無理ですね。次の検体を用意しますから。しばらくお休みなさい。」
「ラナガ先生、私には無理です。他人を生き返らすなんて。」
ゲラン軍は未だライベルの城壁を突破することが出来ていない。
ゲラン軍は元々守りの堅い城門を突破するよりも敵の補給路を断って兵糧攻めにする計画を立てていた。
オラベルからライベルへの街道を封鎖し物流を断ったのだ。
街道を封鎖しているせいかオラベルからライベルへの補給は一切無く、補給の無いライベル軍は衰弱するはずだった。
ところがライベルを守る兵士の士気は落ちるどころか、益々士気盛んで遠目から見てもライベルの兵士の健康状態は良さそうだった。
ヘレナはゲラン軍駐屯地の指揮本部へ呼び出されていた。
指揮本部にはゲラン第二師団師団長「テンポル将軍」第一大隊長「ユガル大佐」第二大隊長「シュンダイ大佐」第三大隊長「ミハイル大佐」が待っていた。
テンポル将軍がヘレナに問う。
「ヘレナ殿、貴殿の情報によればライベルの食料備蓄は正規兵だけなら10日間程度、住民全てにいきわたる食料は封鎖さえすれば一週間程度とのことであったが、それは真か?」
「はい。真です。ライベルの代官ヌーレイをそそのかして大半の保存食、備蓄品を横流しさせたので、ライベル内には、あまり多くの食料は残っていないはずです。」
「それにしては敵兵の血色が良いようだが?ヘレナ殿の話が真であればライベル内に餓死者が出てもおかしくないはずですよな。」
ヘレナはテンポルを心の中で軽蔑していた。
(自分では情報入手できない屑が、階級が上だと言うだけでいばりくさって。これだから人間は嫌いなんだ。)
「お言葉を返すようで申しございません。開戦時ライベル内に食料が無かったというのは事実でございます。ライベル側がなんらかの手段で食料を運び込んだとしか思えません。」
「ほほう。パンに羽が生えて空を飛んで来たのでしょうかな?ワハハ」
テンポルのくだらない冗談に周囲もぎこちない笑いを返した。
「いずれにしても、このままではらちがあかぬ。本国からレイの作戦を実行するとの連絡があった。10日後には、れいの作戦が実行される。おのおの方も準備願いたい。」
テンポル以外の軍人が、かかとをそろえて敬礼をした。
「「了解しました。」」
ヘレナの計算では二週間も兵糧攻めにすればライベルは陥落するはずだった。
そのためにライベル内に毒を流し、兵士も住民も弱らせ、代官をそそのかして城内の備蓄品を横流しさせていたのだ。
そして弱ったライベル軍にアキト達をぶつけて大きな手柄を立てさせ、それを手土産に枢機卿ラグニアに胸を張って戦勝報告をする予定だった。
ところが予想に反して流行病は治まり、食糧事情も悪化しなかった。
(何がどうなっている?)
ヘレナは原因をさぐるべくオラベル近隣で捕虜にした猫人族の男を奴隷化し、ライベルへと潜入させた。
その結果密偵からは驚くべき事が報告された。
ライベル住民から『ソウ様』と呼ばれる男が流行病を鎮圧し、物流を確保したうえ、女子供をどこかへ避難させたというのだ。
(『ソウ様』?あのソウ・ホンダのことなのか?)
ヘレナはことの顛末をゲラニにいるラグニアに知らせた。
ヘレナとしては非常にまずいことになったのだ。
というのもライベルを弱らせ兵糧攻めにすることを立案したのはヘレナで、そのことをゲラン軍に進言したのは枢機卿のラグニアなのだ。
ヘレナは自分の立場どころかラグニアの立場まで危うくしてしまったのだ。
結局ヘレナの思惑ははずれ、戦争は第二段階へ突入することになった。
戦争の第二段階というのは軍幹部と宰相のみが知っていることだがジュベル国の隣国、ラーシャ国の参戦だ。
ラーシャ国とジュベル国は、今でこそ停戦状態だが元々は争いの絶えない仲だった。
ジュベル国侵略が決定した時、侵略が難航する場合にはラーシャ国の参戦を促して、両国でジュベル国を攻略するという戦略が練られていた。
ラーシャ国の参戦は予定されていたものの、ライベル攻略についてはゲラン軍のみで攻めるはずだった。
言い出しっぺのゲラン国が一番槍を名乗って戦後の取り分を多くするはずだったのだ。
ヘレナの策略により、その一番手柄はゲラン軍、いやヘレナの手に落ちるはずだった。
しかし、それはかなわず、軍事作戦は第二段階、ラーシャ国の参戦へと移行することになったのだ。
それを主導するのはラーシャ国と深いつながりのあるゲラン国宰相、ゼニス・フォルドだ。
宰相ゼニスと枢機卿ラグニアは宮中で行われている御前会議に出席していた。
ゼニスがカイエル国王に会釈をして会議が始まった。
「それでは現在進行中の聖戦、獣人国ジュベルに対する宣教活動についてゲラン国参謀総長、陛下にご説明をお願いする。」
ジュベル国にとっては侵略行為なのだが、ここゲランにおいてはあくまでも宣教活動という名目をとっているようだ。
口ひげを蓄えた痩せぎすの男が立ち上がる。
「宣教状況について私グラハムからご説明申しあげます。オホン。まずライベル城攻略についてでございますが、当初予定しておりました3週間での攻略予定は大幅に遅れております。その理由と致しましては敵の補給路を断ったものの敵軍は何らかの方法で兵站を補給していることと、ライベルの領主レギラと敵将軍ライジンの力が予想以上に強く今だ敵領地内に攻め入れないということでございます。」
そこでラジエル侯爵が発言した。
ラジエル侯爵は国王の伯父で、この戦争に反対する勢力だ。
「戦前のラグニア枢機卿の情報ではライベルの備蓄は微々たるもの。それに教団配下の強力な加護を持つ戦士が活躍するはずとの予想では無かったのですかな?」
ラグニアがラジエル侯爵に向く。
「確かに事前の情報ではそのとおりでした。しかし現在敵はなんらかの方法で兵站を補給している模様です。」
「なんらかの方法というのは?」
「調査中です。」
ゼニスが二人のやりとりを遮る。
「参謀総長、続けて。」
「はっ。このままの状態ではらちがあきませんので、かねてよりの計画の通り、ラーシャ国の参戦を求めるのが上策かと存じます。」
ラジエル侯爵が再び発言する。
「それは、いかがなものか。ライベルをとってゲランが優位な立場になっておればまだしも、ライベルすらとれないからラーシャにすがるというような印象を国民に与えかねませんぞ。」
ラジエルはなんとかしてこの戦争を終わらせたかった。
戦争は不幸の種にしかならないことをよく知っているのだ。
ゼニスが口を挟む。
「ふむ。それではラジエル侯は、この戦争を負けたまま終わらせるおつもりかな。」
ラジエル侯爵は眉間にしわを寄せた。
「宰相殿、そう申してはおりませんぞ。報告によればライベル近郊のネリア村等多数の村落の宣教活動に成功したときいております。いわばジュベル国の一地方の宣教活動に成功したということでしょう。例年行われている宣教活動のように、これを成功例、戦勝例として停戦に持ち込むのもゲランの利益かと存じますが。」
「それは小競り合いにすぎませぬ。聖戦の目的はあくまでジュベル国全体に対する宣教。そのことは以前にも話し合ったとおりで、このままではヒュドラ教国も納得しがたいでしょうな。」
ゼニスがラグニアに視線を向ける。
「宰相殿のおっしゃるとおりです。ヒュドラ教国といたしましては、かの獣の国、野蛮なジュベル国を一刻も早く救済すべく国を挙げてゲラン国を支援しております。ジュベル国が救われるまでこの戦いを終わらせるわけにはまいりますまい。」
ラグニアは視線をゼニスに戻す。
「ラグニア枢機卿のご意見はごもっともでござますな。」
ゼニスはカイエル国王に視線を向けた。
「国王陛下、確認致します。ジュベル国に対する宣教のため、ラーシャ国と共同戦線、同盟をすること、当初の計画どおり実行致しますがよろしいですね。」
カイエルは13歳、御前会議の迫力に押されている。
「あ、うん。ゼニスやラグニア殿が、そう申すなら、そのとおりであろう。」
ゼニスがカイエルに会釈する。
「国王のお言葉も賜った。当初の予定通りラーシャ国参戦を促すこととする。以上だ。」
出席者全員が立ち上がりカイエル国王に礼を取った。
カイエルはそそくさと椅子から離れた。
全員が会議室を出る中、宰相ゼニスが枢機卿ラグニアに近寄る。
「ラグニア殿、良いお茶を手に入れましたが一服いかがですかな?」
「それは、それは、ありがとうございます。ご相伴にあずかると致しましょう。」
ゼニスとラグニアは連れだって会議室を出てゼニスの私室へと入った。
「さて、ラグニア殿。今回の失態いかがなされるおつもりか?」
今回の失態というのはライベルの兵糧攻めに失敗した件だろう。
「ほほう。あれを失態とおっしゃるか。」
「いかにも。ラグニア殿の情報が誤っていたことに相違ござらぬでしょう。」
「情報は間違っておりませぬよ。流行病の件も兵糧を横流しさせた件も事実であると裏付けをとっておりますゆえ。ただ・・」
「ただ?」
「密偵からの報告によれば、一人で流行病を治療し、一人で大量の物資をオラベルからライベルへ運び込んだ獣人がいるとのこと。」
「ほほう。にわかには信じがたい情報ですな。一人で流行病を治療するなどとは。してその獣人とは?」
「詳しくは調査中ですが、ライベルの住人からは『ソウ様』『龍神の使徒様』と呼ばれておるらしいのです。」
「龍神の使徒ですか・・」
「ですので情報は間違っておらず、教会の瑕疵はございませんな。それよりも正面突破できなかった正規軍に問題があるかと。」
ラグニアはまもなく本国、ヒュドラ教国へと召還される。
グンターに後を任せてヒュドラ教会本部へと栄転の予定なのだ。
だから栄転前の汚点を残したくなかった。
「いやいや、正規軍は情報に基づき兵糧攻めを選択したまで。正規軍にこそ責任はございませんな。」
ゼニスはゼニスで宮中での権力、発言力を強化して、きたるべきクーデターのために力を蓄えておきたかった。
「では、教会にも正規軍にも落ち度はないということですな。」
「そういうことでよろしいかと。ところで教会は新たな人材を発掘したそうで。なんでも死人を蘇らせるとか。」
「ほほう。さすが宰相殿、お耳がお早い。確かに蘇生の加護を持つ者を発掘いたしましたが、まだまだ力不足。今は本国で修行させております。何の縁も無い者を復活させるのはまだまだ先の話です。」
「そうですか。成功のあかつきには、是非お知らせ下さい。」
「そうですね。お互い生き返るとまずい者、生き返らせたい者は多くいるでしょうから。」
「はは、お口が悪い。ははは」
その頃、ヒナはゲラニから遙か西、ヒュドラ教国、教会本部の地下に居た。
ヒナは石の台の上に横たわる遺体を前にしてうなだれている。
ラナガがヒナの後ろから声をかけた。
「ヒナさん。この死体は腐敗が始まったようです。もう蘇生は無理ですね。次の検体を用意しますから。しばらくお休みなさい。」
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