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第五章 獣人国編

第162話 まだだ

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その惨劇は、オオカミに設置した病院内で起こった。

ライベルからの避難者にまぎれて負傷したアキトがオオカミに現れた。
事情を知らないミキが治療室まで案内し、ピンターがメディを使って治療した。

治癒したアキトはピンター達がソウの大切な家族だと知るとブルナを剣で刺し、ドランゴに切りつけ、ピンターまでも殺そうとしている。

アキトが剣を振り下ろした。
幼いピンターの命は無くなるはずだった。
ところが・・・

「ガキン!!」

アキトの振り下ろした剣は、音を立てて折れた。
アキトの眼下には体を丸めたピンターが居る。
ピンターの全身は剛毛で覆われ、銀色に輝いている。
まるで獣王化した時のソウのような姿だ。

「ナニコレ?」

アキトが不思議そうな顔でピンターを見ている。
折れた剣先でピンターをつつく。
ピンターの体毛が剣先の侵入を防ぐ。

「へー。本当にソウ君の弟なんだね。でも、これはどうかな。」

アキトの頭上に巨大な火の玉が浮かび上がる。
アキトが人差し指をクルクル回すと火の玉も連動して回る。

アキトが自分の人差し指を下に下げようとした時、アキトは恐ろしい気配を察知して診療室の入り口を振り返った。

そこには悪魔が居た。
その悪魔は以前にも見たことがある。
ブテラでソウを捕まえようとした時、突然現れて、アキト達の意識を奪った悪魔だ。

悪魔の目は赤く燃えていて殺意をみなぎらせている。
その殺意は明らかにアキトに対すものだ。

アキトは、言いようの無い恐怖に襲われた。
心の底から怖いと思った。
この場に留まることは死を意味すると悟った。

悪魔と戦うなんて出来ない。
アキトは瞬時に考えた。
自分の命が助かる方法を。

アキトは準備した火の玉を悪魔では無く、ウタ達のいる方向へ飛ばした。
最大限の威力と速度で。

火の玉はウタ達に向かう。
刹那に悪魔が身を割り込ませて全身で火の玉を受け止める。

アキトはその隙に最大速度で診療室の窓をつきやぶって外へ出た。
外へ出てからは振り返ることもなく走り去った。

ドルムは悪魔化を解いてすぐにピンターとドランゴにかけよる。

「ピンター、ドランゴ!!ブルナ!!」

ピンターは体を丸くしたまま動かないが、しっかりとした生命反応が感じられた。
ブルナとドランゴの傷が大きく、両名共に大出血だ。

「おい!!何やっている!!!早く治療しろ。案山子か。お前等。」

ドルムの怒鳴り声で、ウタ達がようやく我に返る。

「あ、あ、あ・・」

ウタがブルナをヒールする。
ブルナの傷口が塞がる。

ミキがドランゴをヒールするが、その効果は薄い。

「ドランゴ!!ドランゴ!!!」

ドルムがドランゴを抱き起こす。
ドランゴが朦朧とした意識の中で何かをつぶやく。

「なんだって?」

ドルムが耳をドランゴの口元に寄せる。

「バカヤロウ!!そんなこと自分の口で言え!!」

ドルムはブルナとドランゴを見比べて、ドルムをメディに乗せた。

「メディ治療しろ!!!」

メディはドランゴを診察する。

『患者、ドランゴ・ワイス。心臓大動脈断裂、生存率0%。治療しますか?』

「当たり前だ。治療しろ。早くやれ!!!」

ドルムはメディから離れるとウタ達を見た。

「お前等、ドランゴを見ていろ。すぐもどるから。」

というとドルムはかけだした。
数分後、ドルムはアウラを連れてきた。

「お願いだ。アウラ様。ドランゴを治してくれ。そうしたら、俺はアウラ様の下僕でもなんにでもなる。一生のお願いだ。龍神丹を使って。お願い。お願い。アウラ様。」

ドルムはアウラの膝にすがりつく。

「わかっとるわい。お前に頼まれんでもやるわい。」

アウラはドランゴに龍神丹を飲ませようとした。
しかしドランゴは反応しない。

アウラがドランゴの口を無理矢理に開かせる。
水で龍神丹を流し込もうとするが、やはり反応が無い。

ドランゴの周囲ではウタ達が懸命にヒールを続けている。
ドランゴは沈黙したままだ。
龍仁丹は万能薬だが死者には効果が無いのだ。

アウラがクビを振る。

それを見たドルムの目から涙がしたたり落ちる。
ドルムは拳で床を砕いた。

「そんな・・そんな・・ドランゴが・・・そんな。」

ドルムは床を殴り続ける。
ドルムの拳から血が吹き出る。
血しぶきが周囲に飛び散るが誰もそれを止めようとしない。
止められない・・・

ブルナとピンターの意識が回復した。
診療台の上のドランゴを見つめている。

「うそだ。こんなの本当じゃ無いよ。嫌だよ。絶対に嫌だからね。ドランゴさん。」

ブルナは、ふらふらしながらもピンターを抱きしめる。


その頃俺はライベルで負傷者の救助にあたっていた。
ドラゴンブレスで倒壊した建物の下に生存者がいないか探していた。
ライベル側にも何人か死傷者が出たが、戦争の規模から考えれば「軽微」と言える程度の被害だ。

俺が参戦したことにより、被害を最小に押さえて、なおかつ勝利を得ることができたのだ。
俺は、その結果に満足していた。

行方不明者の捜索をレギラ達に任せて一度オオカミに帰ろうとした時、ドルムさんから遠話が入った。

「ドランゴが死んだ。」

・・・・・

ドルムさんはよく冗談を言うが、こんなことを冗談の種につかうほど常識の無い人では無い。

それにドルムさんの声のトーンからしてもウソでは無いようだ。

「ドランゴさんが死んだって。・・・何です?それ。」

「死んだんだ。ドランゴ。アキトってやつに殺された。」

アキトがドランゴさんを?
いったいどうして?
どうしてアキトがオオカミにいたはずのドランゴさんを殺せる?
俺の頭の中を様々な疑問が渦巻く。

混乱する頭の中で、大きな不安が頭をもたげる。
そしてその不安の元となるものが次第に鮮明になってきた。

(俺がアキトを殺さなかったから・・・俺が一瞬ためらったから。)

あの時、俺はアキトに剣を振り下ろすのを、ほんの少しためらった。
同級生だから・・日本人だから・・・

そのわずかなためらいからアキトに止めを刺すことができなかった。
その結果ドランゴさんが殺された。

(俺の責任だ。)

俺はあわててオオカミへ戻った。
オオカミに設置した病院ではドランゴさんを仲間が取り囲んでいる。
おれは仲間をかきわけ、ドランゴさんが眠っているベッドに近づいた。

ドランゴさんは顔までシーツで覆われている。
俺は無言でシーツをめくりあげた。

血の気がまったくないドランゴさんが横たわっていた。

ヒール
ヒール
ヒール
ヒール
ヒール

俺は何度もヒールを施した。
今まで施したヒールの中でも、これ以上は無理だというくらい精神集中をして純度の高いヒールを施した。

ドランゴさんからは何の反応も返ってこなかった。
俺の後ろから誰かが俺の肩を叩いた。

「龍神丹も、まにあわなんだ・・・」

アウラ様だった。
ピンターが俺にすがりつく。

「ドランゴさん。オイラを庇って・・・」

ピンターの目から大粒の涙が止めどなく流れ落ちる。

ドルムさんがドランゴさんの頭をなでる。

「ドランゴのアホ!生き返ってみやがれ。あの事を笑い話にしてやるから。」

誰かが訃報を伝えたのだろう、ブンザさんが走ってきた。
ベッドの反対側に回りドランゴさんの手を握った。

ブンザさんは険しい表情のまま何も言わない。
ドルムさんがブンザさんの側へ寄る。

「ブンザ。ドランゴからの伝言だ。」

ブンザさんが驚いて振り向く。

「ドランゴが?何を私に。」

「ドランゴは自分が助からないと悟って、俺に言い残した。」

「何を?」

「『ブンザを幸せにしてやりたかったでやんす。』とね。」

ブンザさんの目は潤んできた。

「なに言ってんだか。馬鹿ドランゴ、それじゃ、まるで私がお前に惚れていたみたいじゃ無いか。あほう。・・・・」

ブンザさんの目からは堰を切ったように涙が溢れる。
そして嗚咽が漏れる。
ブンザさんの嗚咽はやがて泣き声に代わり、とうとう人目もはばからず大声で泣き始めた。

「ドランゴのあほう。ドランゴの意気地無し。おめぇーが言わなかったから、アタシが言ってやるよ。・・・・・・お前の妻になりたかった。・・・おおお・・・」

ブンザさんの泣き声はいつまでも病室に響いた。

イツキとレンが帰って来た。
俺はイツキを見てあることを思い出した。

(イツキは一度死んだ・・・)

俺は混乱する頭を落ち着かせ、考えた。

「まだだ!!」

全員が俺を見て(何が?)という顔をしている。

「まだだ。まだなんとかなる。」

俺はドランゴさんを乗せたベッドの前にメディを収納していたボックスを展開した。
そのボックスの前にはスクリーンが広がる。
スクリーンの奥はメディの収納場所だ。
本来ならメディを収納するはずの場所へ向けて、ドランゴさんの乗ったベッドを押した。

ドルムさんが俺のやろうとしていることを理解したのか俺と一緒にドランゴさんの載ったベッドをスクリーンの向こう側へ押した。

ドランゴさんが載ったベッドは亜空間に収納された。
ドルムさんが言った。

「あの姉ちゃん、さがさなきゃな。」

俺はドルムさんに向かってうなずいた。

(ヒナ・・・どこに居る?)
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