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第五章 獣人国編

第166話 ガラク先生

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もっと背筋を伸ばせ。早く振ることよりも正確に当てることを心がけよ。」

「はい。ガラク先生。」

早朝からオオカミの中央公園でガラクとピンターの声が響いている。
今日からピンターの剣術修行が始まったのだ。

二人の声につられたのか何人かの住人が散歩がてらピンターの修行を見学に来た。
その見学者の中にはライチやヒュナ達、子供も居た。
朝練が終わった後、ライチとヒュナがピンターに近づいた。

「ピンターちゃん。何してるの?」

「オイラ強くなりたいから、ガラク先生に剣術を習ってるんだ。」

ライチの目が輝く。

「うわー。いいなぁ。僕も強くなりたい。僕が強ければ父さんや母さんも・・」

ライチの両親はネリア村でライチを守るためにゲラン兵士と闘い、亡くなっている。
二人の会話を聞いたヒュナもつぶやいた。

「アタイもつよければよかったのに。」

ヒュナは自分の過去を話したがらないが、ヒュナにはヒュナの辛い過去があるようだ。

「ライチちゃんも、ヒュナちゃんも、ガラク先生に習えば良い。オイラがガラク先生にお願いしてみようか?」

ライチの目が輝き、ヒュナはその場で跳びはねた。

「「お願い。」」

翌朝ガラクの前で3人が剣を振っていた。
その翌日には剣を振る人数が更に増えていた。
ほとんどが子供だったが中には大人もまざっていた。
レンヤの子供達やシゲルの子供達、クチル島からやってきた子供達も居る。
ガラクの前で人族も獣人も一緒になって懸命に剣を振っている。

「「「「ありがとうございました。ガラク先生。」」」

修行の後に生徒達が声を合わせてガラクに挨拶をする。
ガラクも最初は照れて「先生はやめろ。」と言っていたが、今では慣れたのか。

「うむ。それぞれ自分で時間を作って鍛錬するように。」

とすっかり剣術の師匠になっている。

朝練の後、ライチがピンターに声をかけた。

「ピンターちゃん。お風呂行こう。」

「うん。行こう。」

「あたいも行くぅ~」

「いいけど、ヒュナは女湯へ入れよ。」

「ええ~」

「ええ~。じゃないよ。こないだこっそり男湯へついてきただろ。あせったよ。」

ここオオカミには、それぞれの個室にシャワールームが完備されているが、ドランゴの発案で公衆浴場も設置されている。

ドランゴが
「人も獣も仲良く過ごすには裸の付き合いが良いでがんす。銭湯をつくりやしょう。」

と言いだしてリンダに命じて公衆浴場を設置したのだ。
公衆浴場を設置したさいにソウが「温泉が欲しいな。」と言ったので地下をボーリングしたところ良質の温泉を発見することができた。

泉質は「塩化物泉」でナトリウムとマグネシウムを含む良質のものだった。
塩化物泉は殺菌効果がつよく切り傷や火傷に良く効いた。

この温泉は住人にとても人気だ。
先の戦争で傷ついた戦士もよく利用している。

洗い場でピンターが体を洗っている時にライチが

「ピンターちゃん。背中流すよ。」

と桶を持って来た。

「ええ。いいよ。悪いよ。」

「悪くないよ。兄弟子の背中くらい流させてよ。」

「兄弟子っていってもたった一日の違いだよ。」

「それでも兄弟子は兄弟子。だまってすわってて。アハハ」

「うん。」

ライチはピンターの後ろに腰掛けたがピンターの背中を見て少し驚いた。

「ピンターちゃん。すごいね。」

「何が?」

「背中の毛。ソウ様と一緒だ。」

ピンターの背中にはソウと同じような剛毛が生えていた。

「うん。最近特に伸びてきた。不思議なんだけど毛が伸びる度に少しずつ強くなっているような気がする。」

「うん。ピンターちゃん。強くなっているよ。間違いない。ピンターちゃんの剣を毎日受けているけど。だんだん耐えきれなくなっている。毎日少しずつじゃなくて毎日、倍くらいつよくなってるかも。」

「そうかな?」

「そうだよ。強くなっている。」

「だと嬉しい。」

二人の話に大きな大人が割って入った。

「そうだな。ピンターは毎日強くなっている。間違いない。俺がつける稽古以外に何かしているのか?」

「あ、ガラク先生。」

ガラクが二人の後ろに立っていた。

「先生の稽古以外にも、強くなるためにやっていることはあります。」

「なんだ?ピンター」

「月の神様に祈って強くしてもらっています。」

「祈るだけでは強くならんぞ。」

「はい。でも祈ると神様が新しい力をくれるんです。」

ピンターが目をつぶり少し瞑想すると体中から毛が生えて背中のタテガミと繋がった。

ガラクもライチも驚いている。

「マザー・・・神様がソウ兄ちゃんと同じ力を与えてくれるんです。」

「・・・驚いた。まさにソウの獣化と同じだな。」

「はい。あの時・・あいつに襲われた時、この姿で助かりました。あれから何度かやってみたけど、うまくいかなくて。そうしたら神様が手助けしてくれて、できるようになったんです。」

「劇的に強くなるはずだ。」

「他にもヒールとか攻撃魔法とかもいずれ教えてくれるそうです。ただしオイラの体そのものが強くなればの話。だからガラク先生明日からもよろしくお願いします。」

ピンターの体は島を出たときから言えば見違えるほどだ。
日本の子供に例えれば中学校低学年の水泳選手のような引き締まった体型をしている。

「ああ、鍛えがいがあるな。ライチも負けるなよ。」

「はい。ガラク先生。」

「あたいもまけなーい。」

壁の向こうの女湯からヒュナが返事をした。
さすが狼族。
耳の良さはばつぐんだ。

ピンターの鍛錬を始めて何日かした頃、オオカミにも雨が降った。
生徒達は雨にもかかわらず熱心に剣を振っている。

「雨ですね。大丈夫ですか?」

テルマがガラクに声をかけた。

最近では稽古こそしないがブルナやテルマも見学に来ている。

「大丈夫だが足下がぬかるんではあまり良い稽古にはならんな。」

「ちょっと待っていてください。」

テルマはどこかへ走り去った。
数分後テルマはヒューマノイドのリンダを連れてきた。

「ガラク先生。リンダさんが訓練場を作ってくれるそうです。」

ガラクは頭をポリポリとかいた。
照れているのかも知れない。

「子供達が俺の事を先生と呼ぶのは良いが、テルマさん。貴方まで・・・」

「子供を育てる人を先生と呼ぶのは間違いじゃないです。ね。ガラク先生。」

テルマはガラクの腕をとった。
ガラクの元々赤い顔が更に赤くなったような気がする。

その日の夕方までには全天候型の訓練場が出来た。
簡単に言えば体育館だ。

その落成祝いだとドルムが言いだして、その夜体育館で宴会が開かれた。
参加者はガラクとガラクの生徒、日本人達、ドルム、ブルナ、テルマ、アウラ一家、レギラ、セト、ライジン、レンヤ一家、シゲル一家、その他、ガラクの生徒の保護者が何人か集まった。
ドルムが杯を掲げた。

「それでは、ガラク先生の訓練場落成に乾杯します。杯はもったかな?」

「おい。ドルムまで。先生はやめろって。」

「馬鹿やろう。みんなお前のことを先生ってよんでいるのに、おれだけ呼び捨てに出来るかよ。先生ってよばれているんだ。もっとよろこべよ。アハハ」

ガラクは仏頂面で言った。

「その先生をバカヤロウってなんだよ。」

「アハハ。すまん。先生。」

「「「「あははは」」」」

多くの笑い声が体育館に響いた。

オオカミは喪に服していたわけではないがドランゴが死んでから重苦しい空気につつまれたままだった。

そこへガラクが子供達に剣術を教えはじめ、子供達の笑い声や歓声がオオカミ内に響くようになった。

すがすがしい空気が重い空気を押し流し始めたのだ。
大人達は皆、ガラクに感謝していた。

ガラクはガラクで子供達に感謝していた。
ガラクには家族がない。
武を極めようと思い、あえて家族を作らなかった。
軍人として一生を過ごそうと思っていた。
ところがゲランの策謀によりライベルが窮地に陥り、ガラク自身も退役してしまった。
人生の目標、生きがいをなくしていたのだ。

ソウ達に拾われて生活は成り立っていたものの、なかば惰性で生きていた。
そこへピンター達が弟子入りを申し出てきた。

自分が半生をかけて磨いてきたモノを誰かに乞われて伝授する。
それは純粋な喜びだった。

最初は子供相手のお遊びにしかならないと思っていたが、子供達は自分の言葉に真剣に耳を傾ける。

その言葉は子供達を成長させる。

特にピンターは自分の言葉や技術を砂が水を吸い込むように吸収する。
ピンターの成長はまさに目に見えるのだ。

そして今は子供達と仲間が本当の家族のように接してくれる。
ガラクには「生きる喜び」が新たに生まれたような気がしていた。

ガラクは強く思った。

(この子達、仲間、この暮らしを何に変えても守ろう。)


宴会の場にはリンダも来ていた。
テルマが招待したのだ。

「テルマさん。この場に私はふさわしくないと思いますが?」

「何を言っているの。貴方がこれを建てたのよ。その落成祝いに貴方をよばなくてどうするの。」

「しかし私は汎用型ヒューマノイド。人族でも獣人でもないです。ただのロボット。」

「じゃ、リンダはロボット族代表よ。お酒は飲めないでしょうけれど、雰囲気だけでも楽しみなさい。」

「ありがとうございます。でも私には喜ぶと言う感情がプログラミングされていません。」

「あら、そうなの?貴方ドランゴさんと働いている時は楽しそうに見えたけど?」

「はい。ドランゴ様と働いている時、なぜだか処理能力が向上したり、感性ルーチン。つまり擬似的感情表現プログラムが笑顔を命じてくることはありました。」

「よくわからないけど、嬉しいから、笑顔になるのよ。それは感情と言えるわ。」

「ところでドランゴ様が見当たりませんが。」

テルマの眉が少し下がった。

「ドランゴさんはね。今、休んでいるの。なかなか起きられないから、ソウ様がドランゴさんを起こしてくれる人を探しに行っているの。だからいずれ起きてくるわよ。」

「そうですか。私もドランゴ様のお帰りを楽しみにお待ちします。」

「ええ、そうね。待ちましょう。ドランゴさんの帰りをね。」

宴会場の片隅にリュウヤとツネオが居る。
二人は大人しく料理を食べている。
リュウヤはゲラン軍将校だったこと、ツネオは以前にソウを裏切った事を未だに気に病んでいるようだ。

そこへ酒瓶片手にキリコがやってきた。

「なんだ。おめーら。借りてきた猫みたいに。飲めよほら。」

キリコが酒瓶を突き出す。

「なんだ。キリコ。飲んでるのか?」

「あたりまえだろ。宴会だぜ。飲めよ。」

キリコはリュウヤの手をとって杯を渡す。
リュウヤはしぶしぶキリコの酒を杯に受ける。
キリコがツネオに向いた時、ツネオが言った。

「いいのか?酒飲んで。」

「かー。何言ってんのかね。このこお子ちゃまは。宴会で酒飲むの当たり前だろ。」

「未成年だろ?」

「ばーか。ここじゃ15歳から成人だよ。ばーか。ばーか。」

ウタが笑いながらキリコを止める。

「もう。キリちゃん、酔いすぎ。ツネオ君も困っているでしょ。」

「これくらいのことで困りゃしないわよ。なんたってアタイ達はこの一年地獄を乗り越えた来たんだから。そうだよな。ツネオ、リュウヤ。」

それぞれはここまでの長い道のりを思い出していた。

リュウヤが頷く。
キリコはリュウヤとツネオに顔を向ける。

「アタイは知っているよ。リュウヤもツネオもそれなりの事情があったんだろう?だからいつまでもくよくよすんな。何よりもソウがお前等を仲間だと認めたんだ。お前等もそれを認めろ。アタイ達はソウを中心に、必ず日本へ帰るぞ。なっ」

リュウヤとツネオが少し明るくなった。

「「「ああ、帰ろう。日本へ。」」」
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