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第六章 ヒュドラ教国編

第171話 メリアの秘密

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ランデル辺境伯の隊列に加わり、シュンドラへ向かう途中、川のほとりで休憩を取った。
その際、親子の熊が現れ、小熊を怪我させられた母熊が激怒し、攻撃してきた。

料理人と何人かの兵士が殺され、ランデル辺境伯自身もメアリ夫人を庇って大怪我をした。
怪我した小熊をヒールして母熊に差し出したら母熊の怒りは静まり、藪へ消えた。

母熊が暴れたせいで多くの死傷者が出ている。
怪我人の救護をしなければならない。
まずはランデル辺境伯とメリア夫人。

ランデル伯はメリア夫人を庇って右肩に大怪我を負っている。
右の肩甲骨がむき出しになるほどの大怪我だ。
鎖骨も折れているだろう。
通常ならば即死しているほどの怪我だ。
ランデル伯は、血だらけで意識朦朧となりながらも、倒れているメリア夫人ににじり寄る。

メリア夫人はランデル伯に突き飛ばされて地面に伏せている。
その夫人をラマさんが介抱している。

メリア夫人の意識はしっかりしているようだが、転んだ拍子にスカートがめくれ上がっていた。

スカートの裾からメリア夫人の足が見えているが、その足を見て驚いた。
メリア夫人の体つきからは想像も出来ないような巨大な足だった。

もっと正確に表現すれば通常のきゃしゃな女性のボディに象かカバの足が生えているといった感じだ。

俺の視線に気がついたのかメリア夫人はすばやくスカートを下ろし自分の足を隠した。
そして俺を見て言った。

「私のことより、夫を・・」

俺は、夫人の言葉で我に返りランデル伯に駆け寄る。
ランデル伯の出血は激しく、みるみる顔が青ざめていく。
俺は精神を集中して獣王化した。
本当は獣王の姿を仲間以外には見せたくなかったが、ランデル伯をヒールするには通常のヒールでは力不足。

どうしても獣王のヒールが必要だと判断したのだ。
俺の全身の毛が逆立ち青く光る。
体中の青い光が自分の掌に集まった後、俺はその光をランデル伯に注ぎ込んだ。

青白かったランデル伯の顔色が少し赤みをさした。
それと同時に肩口の傷が癒える。

「ふぅ~」

ランデル伯の意識が正常化したようだ。
俺は元のキノクニ・シンの姿に戻る。

「これは・・君の加護なのか?」

ランデル伯が自分の肩を見ながらつぶやく。

「はい。私の加護です。でもこれはキノクニの者以外知りません。どうか内密に。」

「わかった・・・それより妻は?メリアは?」

メリア夫人が近づいた。

「私は大丈夫です。私よりも貴方の方が・・大怪我をなされて・・・ましたよね?」

ランデル伯がメリア夫人に笑顔を向ける。

「ああ、でも大丈夫・・のようだ。シン殿が助けてくれた。神の加護だ。」

「はい。一部始終を見ていました。シン様の体が輝いて、その光が貴方にそそがれると傷が消えました。神の加護です。」

そこへシムスさんが駆けつけた。

「ご主人様、奥様、よくぞご無事で。」

「ああ、シン殿に命を救われたようだ。」

その後、被害状況を確認したところ、小熊を怪我させた料理人と兵士3名の死亡が確認された。

その兵士の中には兵士長のグデルも含まれている。
自分の言葉通り、主人を守って殉職したのだ。
俺はグデルの亡骸の前に跪いて手を合わせた。

騒ぎで逃げ出していた使用人は随時戻って来たが、主人を見捨てて逃げ出した兵士7名は戻ってこなかった。

というよりも職務を放棄して逃げ出したのだから戻れば犯罪者となる。
もどってこられるどおりもない。

ランデル伯とシムスさんがなにやら話し合った後、シムスさんが俺の元へやってきた。

「シン様、ご相談がございます。」

「何でしょう?」

「実は、兵士達が逃げてしまい、今日このまま巡礼を続けるのは困難かと存じます。馬も何頭か逃げ出していますし、亡骸をこのまま放置することもできませんので。今日はここで一泊して明日早く出発することに致しました。シン様はどうなされます?」

ラマさんの件を解決せずにこのままランデル伯やメリア夫人と離れるわけにはいかない。

「我々は元々キノクニキャラバン隊員、ここにいる全員、戦闘の経験があります。ランデル様も護衛がいなくては不安でしょう。もしよければ私どもが警護役を務めたいと思いますがいかがです?」

「それは、それは願ったり叶ったりでございます。恥ずかしながら、衛兵が主人を捨てて逃げ出すとは思いもよらず、当方も困り果てていたところでございます。シン様のお申し出、さっそく主人に伝えます。」

シムスさんは深々と頭を下げてランデル伯の馬車へと戻った。
ここへ宿泊するのはいいけれど、また熊が出るかも知れないし、夜になれば賊が襲ってくるかも知れない。
俺達はオオカミへ帰るなりウルフを出すなりすれば良いがランデル伯達はどうするのだろう。

そのことが気になって俺はシムスさんの後を追いかけた。
ランデル伯が馬車から出てきてシムスさんと話をしている。

遠間からだが二人の会話が聞こえた。

「シン様が護衛をと・・・信用しても良いのでは?」

「そうだな、妻の姿を見られたらしいし、ここはシン殿を信用するしかあるまい。口止めをしなければならないし・・・」

俺の姿が近づくと二人は会話をやめた。

ランデル伯が軽く頭を下げた後、話しかけてきた。

「先ほどは命を救ってもらい感謝している。ありがとう。」

「いえいえ。あの場合、誰でもがあのようにしますよ。気になさらないで下さい。」

「そうは言うが、命がけの行動には違いない。それにしてもシン殿は人間離れしている。あの時のシン殿の姿にも驚いたが、とりわけ治癒の加護にはおそれいった。もしあの場に貴方がいなければ間違いなく私は死んでいた。それをわずかな時間で完全回復していただいた。」

「えーと。あの姿のことはなんとかご内密に願えませんか。私は特異体質で加護を発動するときに体中の毛が伸びます。人目にさらすのは嫌だったのですが、緊急事態でしたので。」

獣王化のことは、できるだけ誰にも知られたくない。
少しごまかしたがウソは言っていない。

「もちろんだとも。命の恩人の秘密ならば、無闇と他人に話すまい。シムスも同じだ。」

「はい。もちろんでございます。」

「ところでランデル様、こちらに野宿されるとのことですが、夜は危険です。野獣や賊の襲撃があるかもしれません。」

「そうだな。それは案じているが他に方法が無い。今から移動すれば夜間の移動になってしまう。」

怪我人の手当や熊に荒らされたテントの復旧などをしているうちにあたりは薄暗くなっていた。

「そうですね。そこでご提案なのですが、もしよろしければ私がここに建物を出します。それに宿泊されてはいかがでしょう。ただしこの建物のこともご内密に願います。」

ランデル伯もシムスさんも怪訝な顔をしている。
シムスさんが尋ねた。

「建物を出すとは?」

「言葉通りです。秘密を守って下さるなら、今この場に宿泊所を出現させます。」

ランデル伯が更に怪訝そうな顔をした。

「勿論、約束通りシン殿の事は内密にいたすが・・」

「はい。では出します。」

俺はマジックバッグからトランクを取り出した。
万が一の為にいつも携帯している建物だ。

ランデル伯から少し離れた場所でトランクに手を宛てると、そこにキューブと同じような建物が出現した。
俺達が普段住処にしているキューブと大きさは異なるが、他の機能は殆ど同じだ。
唯一違うのはタイチさんがいないことと地下の倉庫がないことだ。

ランデル伯とシムスさんが目をまるくしている。

「これは・・・」

「俺の先祖がのこしてくれた神器です。」

本当は神族の遺跡から奪った建物だが、詳細に説明するのは面倒だ。

「どうぞお入り下さい。」

俺が先頭にたって建物に入った。
建物にはいると同時に内部の照明が灯った。
全自動だ。

俺が出した建物は俺達のキューブより大きく間取りは一階に6間二階に4間ある。
勿論バストイレ付きだ。

「これなら全員が宿泊できるでしょう。食事の用意も致します。遠慮無くお使い下さい。」

ランデル伯もシムスさんも声が出ない。
他の使用人も突然の建物出現に驚きを隠せない。

「わかった。好意を受け入れたい。妻には俺から説明する。」

俺は一度馬車に戻ってみんなを建物へ呼び寄せた。

「アヤコ」

「はい。」

「食事の準備をするから手伝ってくれ。」

「はいですぅ~」
俺は建物の一室にゲートを設置してオオカミとつないだ。
オオカミから食事を運ぶためだ。

オオカミから食事を運ぶ際にピンターの姿が見えた。

(ピンター!! ラマさん見つけたぞ)

とピンターを抱え上げる姿を想像したが、それを押しとどめた。
ピンターに知らせるのは、ラマさんを奴隷から解放した後だ。


建物の一室に食事の用意がととのった。
俺はシムスさんに声をかけた。

「ランデルご夫妻を食事にご招待したいのですが、いかがでしょう。」

シムスさんは頭を下げた。

「ありがとうございます。主人は招待を受けると存じますが、奥様は人前で食事をされません。事情があってのことです。お気を悪くなさりませぬようお願い申しあげます。」

「大丈夫です。シムスさん達の食事も別室に用意しておりますのでお召し上がり下さい。」

「重ね重ねありがとうございます。料理人を亡くして困っておりました。主人が食事をめされた後に戴くことにいたします。」

数分後にランデル伯が食事を用意した部屋に現れた。
ランデル伯の後ろにはメリア夫人もいる。

「言葉にあまえてやってきた。妻もそなたに礼がいいたいとのことで連れてきた。かまわんかな?」

「もちろんですとも、よろしければお食事もご一緒に。」

「あ、食事は・・」

とランデル伯が言いかけた時にメリア夫人が口を開いた。

「あなた。私もいただきます。」

ランデル伯が驚いている。

「しかし・・・」

「よいのです。シン様は人に知られたくないご自身の秘密をさらけ出して私達の命を救い、今もこうして助けて下さっています。私も自分をさらけ出します。それにシン様には一度見られていますしね。」

俺が一度見ている?
熊に襲われた時に見えてしまったメリア夫人の肥大化した足の事だろうか?

「そうか、お前がそう言うなら。一緒に食事をしよう。」

シムスさんが椅子を引きメリア夫人をこしかけさせ俺達4人とランデル夫妻の食事が始まった。

メニューは肉料理が中心で色とりどりのサラダと俺がヒントを出してテルマさんが考案したパスタ料理、それに定番のチーズinハンバーグだ。

それにワインとビールをつけた。
当地のデミではなくウルフ印の缶ビールだ。

まずシムスさんがワインを全員に注いで回った。
乾杯しようかとも思ったがよく考えれば今日は死者もでているので乾杯は控えることにした。

この世界に来て死が身近に存在することに慣れてしまった。
医学も科学も発達していないこの世界では当然のことなのだが、死の影は身近につきまとっているのだ。

誰もしゃべらない中、レンが

「いただきます。」

と両手を合わせて肉料理に手を出した。
それを合図のように皆が食事を始めた。

どうしたことかメリア夫人は両手を側に控えていたシムスさんに差し出した。
シムスさんは戸惑いながらもメリア夫人の片方の手を左手でささえ、メリア夫人が着用していた手袋を慎重に外した。

ランデル伯が

「あっ」

と言ったような気がした。

メリア夫人の素手は野球のグローブのように肥大化していた。
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