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第六章 ヒュドラ教国編

第172話 お姉さま

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メリア夫人と食事中、メリア夫人が着用している手袋を外した。
メリア夫人の右手は綺麗な女性の手だが、左手は野球のグローブのように肥大化していた。

皆が何も言わずにメリア夫人に注目してしまった。
ランデル伯が何か言いたそうにメリア夫人を見たがメリア夫人が先に口を開いた。

「私、呪いが、かかっているのです。それを払うために巡礼に出ましたが、結局使用人を失い、夫まで危険な目に遭わせてしまいました。シン様に助けていただかなければ夫までも失うところでした。ですから本当のことを知っておいてもらいたかったのです。もしこのまま私達と行動を共にすれば、また災いに巻き込まれてしまうかも知れません。命の恩人であるシン様には、このことをお伝えしたくて。」

そういいながらメリア夫人は大粒の涙をこぼし始めた。
ランデル伯はメリア夫人の背中をさすっている。

「それは、呪いではありませんよ。」

イツキがメリア夫人の手を見て断言した。
ランデル伯がイツキを見返す。

「どうして君にそんなことが分かる?君は医師か?」

「私は医師ではありません。でもメリア様の症状は過去に見たことがあります。象皮病という病気です。けっして呪いではありません。メリア様、過去に南の暖かい土地にお住まいだったことはございませんか?」

メリア夫人がイツキを見た。

「はい。私の生まれはゲランの南にあるブテラという領地です。」

「ブテラですか。それならば、まず間違いないです。貴方は蚊を媒体とするフィラリアという病原に冒されているはずです。」

ランデル伯が更にイツキに詰め寄る。
「フィラリア?そんな病は聞いたことがない。王室医師にも診てもらったしヒュドラ教の高貴な牧師にも診てもらったが、そんなことは一切言わなかった。枢機卿もおっしゃった。これは魔獣か何かの呪いだと。何の根拠があって妻を病気だというのか!」

ランデル伯の勢いに押されてイツキが少し後ずさった。
おそらくイツキは日本での知識から「象皮病」と言ったのだろう。
動画サイトか何かで、その知識を得たのかも知れない。
俺も「象皮病」という病名を聞いたことがある。
詳しいことは覚えて居ないが熱帯地方の蚊を媒体に感染し、数年後に手足や性器が肥大して象の皮膚のようになる病気だ。

そういえばメリア夫人の手は象の皮膚のように見える。
メリア夫人の病気は象皮病だとしても俺にはその治療方法が分からない。
ランデル伯に詰め寄られてイツキが困っている。

困った・・
困った時の

『マザー、象皮病の治療方法ある?』

『ございます。まずは病原検査をして病原虫を駆除した後、外科的処置を施せば良いです。』

『ありがとう。』

『どういたしまして。』

俺は席を立ってランデル伯とイツキの間に入った。

「ランデル様」

「なんだ?これ以上妻をさらし者にする気はないぞ。」

「奥様が病気か否か確かめる方法がございます。もし病気なら治療方法もあるようです。万が一呪いなら、私がなんとかします。」

「君は呪いも解くことができるというのか?」

「はい。解けます。」

今まで呪いの類いにであったことはないが、それに近いモノに接したことはある。

「ドレイモン」だ。

自己の意思によらず他人の命令に無条件に従ってしまう。
これを呪いと言わずになんとしよう。

本当に呪いが存在するのかどうか知らないが、もし存在しても呪いをかけた術者を殺すか、その呪いを上回る力を持つ者が、その術を壊せばいいだけのことだ。

俺は被害者の心に入りドレイモンの術式により構築された心の中の牢獄を壊すことができる。

だったら呪いも同じようなモノだろう。

呪いじゃなくて本当の病気だった場合はメディの出番だ。
メディはいつでも携帯している。

ランデル伯の顔色が変わった。

「本気で言っているのか?呪いを解けると。」

「はい。本気で言っています。もっともメリア夫人はイツキのいうとおりの病気だと思いますけどね。それを検査する方法も治癒する方法もあります。」

ランデル伯とメリア夫人が顔を見合わせた。

「本当だろうか・・」

「貴方は今日、死にかけました。それを蘇らせたのはシン様です。シン様が青く輝く、あの神々しい姿は忘れません。」

「そうだな・・」

ランデル伯が俺を見た。

「もしシン殿が言うことが本当なら、妻は元の姿に戻れると言うことだな?」

「はい。すぐには無理かも知れませんが、いずれ元の姿にお戻しできるかと。」

ランデル伯がメリア夫人を見た。
メリア夫人は黙って頷いている。

「わかった。君を頼りたい。俺はどうすればよいのだ?」

「何もせずただ私を信じて下さい。」

「信じるだけでいいのか?」

「はい。」

メリア夫人も俺を見た。

「私もシン様を信じます。」

「はい。」


俺はメリア夫人の病気を治療することにした。
ランデル夫妻と話して更にわかったことがある。
ラマさんを解放できない理由だ。

ランデル夫妻は、のろいが他者に災いすることを極度に恐れている。
それにメリア夫人は入浴後、自分で体を拭くことも出来ない。
その世話をラマさんが行っているのだ。

だからメリア夫人の秘密を知るラマさんを手放せないし、ラマさんの他者との会話を禁じているのだそうだ。

ラマさんは俺の事を認識しているが会話ができないのは、そんな理由からだった。
だとすればメリア夫人を治療すれば問題は解決する。

俺自身はヒールを施すことしかできないが後はメディが何とかしてくれるだろう。

別室にメディを出した。

「これは?」

「私の先祖が残してくれた神器です。」

いつもの返答をした。

「メリア様はここに寝て下さい。まずは検査をします。怖ければランデル様の手を握って。」

メリア夫人は左手をランデル伯に差しのばした。
ランデル伯は無言でメリア夫人の手を握る。

「メディ、この方の血液検査を実施してくれ。病原体が潜んでいるかもしれないんだ。」

『了解しました。患者メリア・ランデルの病原体検査を行います。』

メディの義手が固定されたメリア夫人の手に伸びて血液を採取した。

『患者メリア・ランデルの採血終了。献体を検査に回して下さい。』

「レン。すまん。これをタイチさんに渡してきてくれ。」

「はいよ。」

レンは血液の入った容器を受け取ると二階へ上がった。
二階にはオオカミに繋がるゲートが開いている。

数分後にタイチさんから連絡が入った。

『結果を送ったぞ。お前等の予想通りフィラリアじゃ。』

『ありがとうタイチさん。』

『おうよ。』

「お待たせしました。」

メディを展開した部屋の椅子に腰掛けるランデル夫妻に声をかけた。

「どうだった?」

『メディ。原虫を映し出せるか?』

『映し出せます。実行しますか?』

「ああ、映し出して。」

メディのモニターにとぐろをまくハリガネムシのような姿が映し出された。

「これは?」

「これはフィラリアという目に見えないほど小さな虫です。これがメリア様の体の中に潜んでいます。この虫が悪さをしてメリア様の手足が肥大化しているのです。」

俺はマザーから得た知識をそのまま伝えた。

「それでは、この虫を退治すれば妻は治るのか?」

「はい。この虫を退治した後に外科的な手術をすれば改善するはずです。」

「外科的な手術とは?」

「メディ治療方法を簡単に説明して。」

『はい。フィラリア虫を投薬駆除した後、象皮化した右足と左手の皮膚を切除、無感染の皮膚を移植すれば終了。術式の成功率は99%です。』

「メディ今からでも術式を行えるか?」

『術式を実行するには、移植用の皮膚の提供者が必要です。できれば血縁関係者の皮膚が良いです。』

「皮膚の提供者に危険はないのか?」

『表皮のみの使用ですのでヒールすれば問題ありません。スリ傷をヒールで治療する程度だとお考え下さい。』

メディによれば手術を行うには近親者からの皮膚提供が必要だという。

「メリア様、聞いてのとおり手術には血縁関係者からの皮膚提供が必要です。どなたか心当たりはございますか?」

メリア夫人が話す前にランデル伯が口を開いた。

「妻はブテラ領主の長女だ。ブテラにブテラ候と二女のレミア、ゲラニへ行けばブテラ三女のレイシアがいるはずだが、いずれにしても遠すぎる。この近くには親族もいない。」

その言葉を聞いてイツキが

「え?レイシア様の姉上?」

と驚きを言葉に出した。
メリア夫人がイツキを見た。

「レイシアをご存じですの?」

「はい。よく存じ上げています。私もブテラに滞在したことがありまして、その時、ピアノの演奏を機に・・レイシア様からは良くしていただいています。」

「まぁ・・そうでしたか。奇遇ですね。レイシアと仲の良いお方と、このような場所でお知り合いになれるなんて。・・」

そういえばメリア夫人の涼しげな目元はレイシアとよく似ている。
レイシアに皮膚提供を求めるのは、さほど難しい事ではないだろう。
イツキなら・・

「イツキちょっと行ってきてくれよ。レイシアさんの説得に。レンも」

「わかった。行ってくる。」
「行ってくるぞオイ」

ランデル夫妻は「何の話?」というふうな表情で俺達を見ている。
その気配を察した俺が二人に説明をする。

「詳しくは説明できないのですが、私は先祖からもらった神器をいくつか持っています。」

俺はメディを指さした。

「この神器もそうですが他にも風のように速く走る馬車や瞬時に別の場所に移動出来る扉など。いずれも他者に知られたくない神器ばかりです。どうか今から起こることは内密に願います。」

ランデル夫妻は顔を見合わせた後に頷いた。

「シン様も妹を・・レイシアをご存じなのでしょうか?」

「はい。よく存じ上げています。以前にレシシア・・レイシア様が旅の途中お怪我をなされまして。その際、私が治療を致しました。」

「あ、それではサソリの刺を抜いて下さったキノクニの方というのは貴方様のことでしたか。レイシアからの手紙で、その件は知っていました。お礼が遅れて申し訳ごいません。」

昔、俺が奴隷工場から脱走してゲラニを目指している途中、魔物のスタンピートに巻き込まれて怪我をしたレイシアを救ったことがある。

レイシアはそのことを姉であるメリア夫人に知らせていたというのだ。

「本当に奇遇ですね。イツキ達も私と別のルートでレイシア様と知り合っています。今回もレイシア様が縁で、貴方様を救うかも知れない。」

一時間ほど経過して部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

ドアが開くと美しい女性が入ってきた。

「お姉様・・・」

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