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第一章:ゼス、ゲヘゲラーデンの論文を王宮に届けに行くのこと。

第九節:ゼス一行、王宮に到着し宿で寝るのこと。

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 その後、よせ来るモンスターを謎の戦士は子供を守るという不利な立ち位置にもかかわらず何の障害もないがごとく歩き続け、王宮に着いたのは日が傾き始めた頃であった。

「ここがン・キリ王国の首都レチトツだ。日が暮れないうちにさっさと宿をとるぞ」
 謎の戦士が急ぐには訳があった。宿の料金は日が暮れたら途端に値上がりすることもだが、ルーチェの身が異常であることを彼は歴戦の戦士の勘からかぎ取っていた。
「はい」
「それにしても、にぎやか……」
 ぼうっと町を見るクヴィェチナ。無理もあるまい、何度か首都に訪れたことがあるとはいえ、あくまでその時は家族の付き添いである。
「ええ……」
 同じく、ぼうっと町を見るルーチェ。彼女は村を出たことがなかったのだから、その憧憬はクヴィェチナ以上に高かっただろう。

 そして、彼らは宿屋「ヤセガエル亭」の看板をくぐった。名前に反して、その宿はそれなりに高級であった。

「おや、いらっしゃい。……ああ、本日は詰所には戻られないので?」
 宿の主人が謎の戦士に問いかける。
「ん?ああ、治安維持のための警戒活動の任務中にこの子供たちが魔物に襲われていたのでな。なんでも村に駐在する魔術師の論文を王宮に届けるために村を出ていたらしく、帰るころには夜更けだろうし宿を代わりにとっておくだけだ」
「ああ、そういうことですか。それならば……」
「子供三人だからとたからぬようにな」
「わかっておりますよ、近衛隊長様の知り合いの子供になにかしようものならばここでは生きていけませんからね」
 近衛隊長。そう、この謎の戦士、王宮に仕える近衛部隊の隊長だったのだ。その部下の数は、如何にン・キリ王国がそれなりの規模でしかないとはいえ、軽く二千から三千を数える。それを隊長不在の際には五、六人の部下に統率を任せているのが現状であった。
「そうか」
「近衛隊長様?」
「ん?ああ、言ってなかったか。ン・キリ近衛隊長、ロベンテ・トゥオーノだ。」
 ロベンテ・トゥオーノ。通称、「ン・キリの雷光」。剣の腕だけで近衛隊長の座まで上り詰めた近年まれにみる剣豪であった。
「ひょっとして、ロベンテ・トゥオーノ様といえば、あの……」
「何か、知ってるの?」
 ルーチェの眼が輝いているのを見取ったゼス。一方でルーチェはと言えば。
「はい、ン・キリ近衛隊長ロベンテ・トゥオーノ様といえばかの遙か南の国の剣豪、コデンマ・グラクーロがやって来た際に御前試合をしたほどの腕前なんですよ。それでですね……」
「よしてくれ、昔の話だ。国王陛下にとって今の俺は一介の雑用係にしかすぎんよ」
 ルーチェの話を遮るロベンテ。確かに、十年単位で昔の話ではあったのだが、彼も気恥ずかしいのだろうか。
「ですが……」
「ま、そんなことより、子供はもう寝る時間だ。明日起きたら論文提出先に向かうからな。帰りくらいは三人で帰れよ?」
『はーい』
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