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第一章:ゼス、ゲヘゲラーデンの論文を王宮に届けに行くのこと。
第十節:ルーチェ、魔力欠乏症に罹るのこと。(前)
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次の日の朝のことである。
「おや、近衛隊長様でございますか。子供たちならばもう朝食をとっていますよ」
この宿屋の亭主、とにかく朝が早い。何せ、この小奇麗な宿はほとんど彼一人の手で切り盛りしており、このヤセガエル亭がなかなか事業を拡大しないのは、この亭主の腕についていける人間が少ないからとも言えた。
一方で、近衛隊長であるロベンテは苦い顔をしながら、
「二人の時くらい敬語を使うのはやめてくれ、第一将校会議所で判定を受けた成績はお前の方が優秀だったろ」
と答えるのだった。
「……そうかい、それなら崩させてもらうが……」
それを聞きヤセガエル亭亭主は口調を崩した。だが、声は相変わらず神妙そうなものであり、その顔は大きく曇っていた。何か事情があるようだ。
「?
どうした」
「いや、最近国境付近で小競り合いが頻発していると客から聞いた。何かあるかもしれん」
国境付近の小競り合い。実際にはそこまで大規模なものではなく、徴用された農民兵同士が喧嘩をしている程度のものだった。だが、それが頻発しているということと、それぞれの「農民兵」の所属国籍が違うことが問題だった。
「まったく、人間同士で争っている場合ではないというのに……」
ロベンテはさらに気難しい顔をし始めた。さすがにその程度の「小競り合い」の鎮圧に近衛部隊まで声がかかることはありえなかったが、事情が事情だ。モンスターが発生している今、彼のような視野を持つ人間も増え始めたが、現状その数は到底多いとは言えなかった。
「この王国はトゥオーノがいる以上大丈夫だよな?」
ロベンテにラストネームで確認をとる亭主。それは少なからぬ本音でもあった。
「さてな、勝敗は兵家の常という。俺一人の剣の腕で戦の勝敗が買えたのは昔の話だ」
一方で、それを否定するロベンテ。これもまた、少なからぬ本音であった。
「はあ……」
相変わらず、食えないヤツだ。そういった様相で俯く亭主。そうこうするうちに元気な声が響き渡る。
『ごちそうさまでしたー!』
「……どうやら終わったようだな」
ゼス達の食事が終わったらしく、ロベンテは立ち上がり食堂へと向かった。
「元気か」
笑顔は慣れていないのか、無骨な表情のままゼス達に声をかけるロベンテ。
「あ、近衛隊長さん」
敢えて役職で呼ぶクヴィェチナ。特に意味はなかったのだが、それに対してロベンテは無骨な表情のままそれを否定し、
「ロベンテで構わん。……論文は持ったな?」
と答えた。そしてゲヘゲラーデンの論文を持ったか確認するロベンテ。無理もあるまい、彼の者の論文は彼の者が書いたというだけで信頼性が段違いなのだ、たとえそれが子供のお使い代わりに持たせたものであったとしても、画期的な可能性があったのだから。
「はいっ!」
元気よく返事をするゼス。
「……おや、もう一人はどうした」
「それが……」
ノックの音が静かな廊下に響く。この時間帯はいかに宿をとっていたとしても、普通は外出しているものだから当然とも言えた。
「入るぞ。
……熱が出たと聞いてな。薬を持ってきた」
「ありがとう、ございます……」
よほど高熱なのか、瞳に光を灯すことなく顔を酔ったように赤くしているルーチェ。体を起こそうとしたときにどことなくふらついており、重症なのは見た目から明らかであった。
「何、兵士用の常備薬だ。一応、俺も持っているのでな」
兵士の常備薬は、主に四通りに分かれる。一つは感染症対策の薬。もう一つは緊急用の痛み止め。そしてもう一つは生水などを用いる際に消毒するための消毒用剤。そして最後は万一の時の為の気付け薬である。
「それでは、いただきます……」
「ああ、気をつけろよ」
「!?」
舌に妙な違和感を感じるルーチェ。幼い子供の舌には、いかにもその薬の味は強烈であった。
「……」
「~~~~!!」
もがきながらもなお、治療のためであるという意識があるのか薬を吐き出さないルーチェ。良薬は口に苦しというが、その薬は彼女の知る薬とは異なる味であった。
「……辛いからな、それは……」
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……。兵士の方々は、こんな薬を飲んでいるんですか?」
味の感想など言うのも躊躇われるのか、あるいはそのまま伝えたら失礼だとわかっているのか、兵士に同情するルーチェ。
「まあな。熱病と聞いてまず疑うべきはネノヌフナルだ、このご時世なら特にな。戦場では感染症にかかったからといっても野戦病院があればいい方で、普通はその場で衛生兵が治療するか、最悪の場合携行している薬を飲むしかないからな」
「そう、ですか……」
ネノヌフナル。最近ヌフ地方で発見された感染症である。従来の薬品で治療可能であるのが唯一の救いであったが、それでもネノ系の疫病は厄介なので念のため兵士に配られていた。
「おや、近衛隊長様でございますか。子供たちならばもう朝食をとっていますよ」
この宿屋の亭主、とにかく朝が早い。何せ、この小奇麗な宿はほとんど彼一人の手で切り盛りしており、このヤセガエル亭がなかなか事業を拡大しないのは、この亭主の腕についていける人間が少ないからとも言えた。
一方で、近衛隊長であるロベンテは苦い顔をしながら、
「二人の時くらい敬語を使うのはやめてくれ、第一将校会議所で判定を受けた成績はお前の方が優秀だったろ」
と答えるのだった。
「……そうかい、それなら崩させてもらうが……」
それを聞きヤセガエル亭亭主は口調を崩した。だが、声は相変わらず神妙そうなものであり、その顔は大きく曇っていた。何か事情があるようだ。
「?
どうした」
「いや、最近国境付近で小競り合いが頻発していると客から聞いた。何かあるかもしれん」
国境付近の小競り合い。実際にはそこまで大規模なものではなく、徴用された農民兵同士が喧嘩をしている程度のものだった。だが、それが頻発しているということと、それぞれの「農民兵」の所属国籍が違うことが問題だった。
「まったく、人間同士で争っている場合ではないというのに……」
ロベンテはさらに気難しい顔をし始めた。さすがにその程度の「小競り合い」の鎮圧に近衛部隊まで声がかかることはありえなかったが、事情が事情だ。モンスターが発生している今、彼のような視野を持つ人間も増え始めたが、現状その数は到底多いとは言えなかった。
「この王国はトゥオーノがいる以上大丈夫だよな?」
ロベンテにラストネームで確認をとる亭主。それは少なからぬ本音でもあった。
「さてな、勝敗は兵家の常という。俺一人の剣の腕で戦の勝敗が買えたのは昔の話だ」
一方で、それを否定するロベンテ。これもまた、少なからぬ本音であった。
「はあ……」
相変わらず、食えないヤツだ。そういった様相で俯く亭主。そうこうするうちに元気な声が響き渡る。
『ごちそうさまでしたー!』
「……どうやら終わったようだな」
ゼス達の食事が終わったらしく、ロベンテは立ち上がり食堂へと向かった。
「元気か」
笑顔は慣れていないのか、無骨な表情のままゼス達に声をかけるロベンテ。
「あ、近衛隊長さん」
敢えて役職で呼ぶクヴィェチナ。特に意味はなかったのだが、それに対してロベンテは無骨な表情のままそれを否定し、
「ロベンテで構わん。……論文は持ったな?」
と答えた。そしてゲヘゲラーデンの論文を持ったか確認するロベンテ。無理もあるまい、彼の者の論文は彼の者が書いたというだけで信頼性が段違いなのだ、たとえそれが子供のお使い代わりに持たせたものであったとしても、画期的な可能性があったのだから。
「はいっ!」
元気よく返事をするゼス。
「……おや、もう一人はどうした」
「それが……」
ノックの音が静かな廊下に響く。この時間帯はいかに宿をとっていたとしても、普通は外出しているものだから当然とも言えた。
「入るぞ。
……熱が出たと聞いてな。薬を持ってきた」
「ありがとう、ございます……」
よほど高熱なのか、瞳に光を灯すことなく顔を酔ったように赤くしているルーチェ。体を起こそうとしたときにどことなくふらついており、重症なのは見た目から明らかであった。
「何、兵士用の常備薬だ。一応、俺も持っているのでな」
兵士の常備薬は、主に四通りに分かれる。一つは感染症対策の薬。もう一つは緊急用の痛み止め。そしてもう一つは生水などを用いる際に消毒するための消毒用剤。そして最後は万一の時の為の気付け薬である。
「それでは、いただきます……」
「ああ、気をつけろよ」
「!?」
舌に妙な違和感を感じるルーチェ。幼い子供の舌には、いかにもその薬の味は強烈であった。
「……」
「~~~~!!」
もがきながらもなお、治療のためであるという意識があるのか薬を吐き出さないルーチェ。良薬は口に苦しというが、その薬は彼女の知る薬とは異なる味であった。
「……辛いからな、それは……」
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……。兵士の方々は、こんな薬を飲んでいるんですか?」
味の感想など言うのも躊躇われるのか、あるいはそのまま伝えたら失礼だとわかっているのか、兵士に同情するルーチェ。
「まあな。熱病と聞いてまず疑うべきはネノヌフナルだ、このご時世なら特にな。戦場では感染症にかかったからといっても野戦病院があればいい方で、普通はその場で衛生兵が治療するか、最悪の場合携行している薬を飲むしかないからな」
「そう、ですか……」
ネノヌフナル。最近ヌフ地方で発見された感染症である。従来の薬品で治療可能であるのが唯一の救いであったが、それでもネノ系の疫病は厄介なので念のため兵士に配られていた。
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