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第五章〜フレイヤ国、エルム総督府〜
第三話
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橋を渡ってからも、支部の正面玄関までは結構な距離があった。
橋の入口では見なかった人影も、小島の中まで来ると、支部の職員あるいは観光客だろうか、周辺の町には賑わいがあった。食事を主とした露店が多く、目に付く者の体格が一般人より鍛え上げられているように見えるのは、ここが軍施設のせいだろうか。
そう思うとヴレイは華奢なほうかもしれない。少し高いヒール靴を履けば、ヴレイと同じ位の身長になるだろう。
周囲を眺めながら支部の正面玄関に着くと、高所に伸びた城壁に、奥まで続くアーチ状のゲートが迎えてくれた。
うろうろしていたルピナに女性職員が「どうかなさいましたか?」と話しかけてきた。
ヴレイに会いたい旨を伝えると、「少々お待ちください」と言い残して、警備兵が厳重に監視しているゲートの、向こう側の小部屋に入って行った。
セイヴァ要塞もフレイヤ城も見た目の圧巻は大差なかった。ただここが行政の場か、軍施設かの違いだ。
少しして戻ってくると、「お待たせいたしました」と穏やかな笑顔を向けてきた。
「ご案内いたします。こちらへ」
岩山を刳り抜いて作られたような堅牢なゲートは数十メートルほど続いていた。
ゲートを抜けると、幾つもの塔が寄り集まったような、岩山を刳り抜いた建物が現れた。
そのまま中に入ると、軍服を身に着けた軍人が闊歩していた。
夜にも関わらず、照明は煌々と施設内を照らしていた。もうどこを進んでいるのかも分からないまま、連れられると、一室のドアの前に着いた。
「ヴレイ・リルディクスが入院している病室です。お帰りは自由ですが、もし道案内が必要でしたら、内線電話でお申し付けください」
非常に聞き取り易い声音で説明してくれた女性は、軽く会釈をして立ち去った。
ドアの向こうにヴレイがいる。突然、鼓動が高鳴った。
先程、女性が口にした名が、彼の本名なのかと、思いながらドアをノックした。
「どうぞ」と中から声がした。
心なしか、ドアを引く手が震えた。
「よお、まさか見舞いに来てくれるなんて、ビックリしたよ」
「すまなかったな、夜更けに。寝てはおらなんだか?」
強張る声を少しでも自然に発しようとしている自分がいた。
ヴレイが横になっているベッドに歩み寄り、端に腰を掛けた。
「昼間も寝て、もう寝飽きた」
ベッドの上で情け笑みを零したヴレイは、わだかまりが取れたかのような、柔らかな笑みを見せた。
「心配させてくれる奴だな。でも無事で何よりじゃ」
「まあね、おかげさまで」と鼻で笑った。
静かな再会だった。派手な抱擁もなく、無駄なおしゃべりもなく、暫く二人だけの空間を心地よく味わった。
「やはり、お主といると、落ち着くな」
「そうか? ――たぶん、ルピナがいるからだよ」
「何を! 何申すか、褒めても何も出んぞ」
「えー、期待損かよ」とヴレイは拗ねたような顔をした。
その後に笑った顔が、無性にルピナの胸を打って、苦しくなった。
言葉がなくても、同じ空間にいるだけで、暖炉で温まっているような心地よさを感じたのは初めてだった。
できればずっとこうしていたい、そんな気にさせる。
「じゃあ、私はそろそろ行くよ」
根が張って動けなくなってしまいそうだ。
「エルムからわざわざ見舞いに来て、もう行くのかよ」
「側近を待たせておる、本国に来る用事があったからついでに寄っただけじゃ」
自分でも驚くほどするする偽りの言葉が口から出た。
「ついでかよ、じゃあ今度は俺が会いに行く。大人しく待ってろよ」
寂しそうな顔一つしない、チラとでもいいから、それっぽい顔をしてくれれば乙女心をくすぐってくれるのに。
「あ、ザイドから伝言じゃ。『魔獣の卵』を解放させたくなければ、総力戦でこい、だそうじゃ」
「ザイドが、っていうかいつ会った!」
ヴレイはまだ良く動かなそうな体を前屈みにした。
「いつ会ったかは重要ではおらぬ。重要なのは、お主は生きろ、そしてザイドを救うのじゃ。あ奴の希望はヴレイだけじゃ」
ぱんぱんと布団の上からヴレイの足を軽く叩いた。
「ではな」とあまりヴレイの顔は直視せずに別れを告げた。
病室のドアの前で、「ルピナ」と名を呼ばれた。
いつもよりしっかり呼ばれた気がして、振り返るに少し戸惑った。
振り返ったらこの部屋から出る勇気がなくなってしまいそうだ。
「何じゃ」と振り返る。
「エルムで待ってろ、何処にも行くな」
何処にもというのは籠の鳥になっていろという意味だろうか。ヴレイは何かを察しているのだろうか。違う、ヴレイは真摯に会いに来ようとしていた。
「たかが昔出会っただけなのに、どうしてお主はそのように、私に構うのじゃ」
「どうしてって、――構ったら、ダメか」
だからどうして、そう優しいのか、ルピナの目頭が熱くなった。
何てことないような涼しい顔をして、こっちの想いを掻き回しているなんて、露ほどにも知らないくせに。
胸の奥で悔しさと愛おしさが入り混じって、決壊は時間の問題だ。
「ダメではない。会いに来てくれるのか」
「当たり前だ。いいから、ぶつくさ言ってないで待ってろ」
「相変わらず失礼な奴じゃな、待っておるよ」
今度こそはと横にスライドするドアを開けた。
最後まで心配そうな眼差しを向けるヴレイに見送られながら、ルピナは病室から出てドアを閉めた。
次にこの病室のドアを開けることはないだろうと思いながら。
橋の入口では見なかった人影も、小島の中まで来ると、支部の職員あるいは観光客だろうか、周辺の町には賑わいがあった。食事を主とした露店が多く、目に付く者の体格が一般人より鍛え上げられているように見えるのは、ここが軍施設のせいだろうか。
そう思うとヴレイは華奢なほうかもしれない。少し高いヒール靴を履けば、ヴレイと同じ位の身長になるだろう。
周囲を眺めながら支部の正面玄関に着くと、高所に伸びた城壁に、奥まで続くアーチ状のゲートが迎えてくれた。
うろうろしていたルピナに女性職員が「どうかなさいましたか?」と話しかけてきた。
ヴレイに会いたい旨を伝えると、「少々お待ちください」と言い残して、警備兵が厳重に監視しているゲートの、向こう側の小部屋に入って行った。
セイヴァ要塞もフレイヤ城も見た目の圧巻は大差なかった。ただここが行政の場か、軍施設かの違いだ。
少しして戻ってくると、「お待たせいたしました」と穏やかな笑顔を向けてきた。
「ご案内いたします。こちらへ」
岩山を刳り抜いて作られたような堅牢なゲートは数十メートルほど続いていた。
ゲートを抜けると、幾つもの塔が寄り集まったような、岩山を刳り抜いた建物が現れた。
そのまま中に入ると、軍服を身に着けた軍人が闊歩していた。
夜にも関わらず、照明は煌々と施設内を照らしていた。もうどこを進んでいるのかも分からないまま、連れられると、一室のドアの前に着いた。
「ヴレイ・リルディクスが入院している病室です。お帰りは自由ですが、もし道案内が必要でしたら、内線電話でお申し付けください」
非常に聞き取り易い声音で説明してくれた女性は、軽く会釈をして立ち去った。
ドアの向こうにヴレイがいる。突然、鼓動が高鳴った。
先程、女性が口にした名が、彼の本名なのかと、思いながらドアをノックした。
「どうぞ」と中から声がした。
心なしか、ドアを引く手が震えた。
「よお、まさか見舞いに来てくれるなんて、ビックリしたよ」
「すまなかったな、夜更けに。寝てはおらなんだか?」
強張る声を少しでも自然に発しようとしている自分がいた。
ヴレイが横になっているベッドに歩み寄り、端に腰を掛けた。
「昼間も寝て、もう寝飽きた」
ベッドの上で情け笑みを零したヴレイは、わだかまりが取れたかのような、柔らかな笑みを見せた。
「心配させてくれる奴だな。でも無事で何よりじゃ」
「まあね、おかげさまで」と鼻で笑った。
静かな再会だった。派手な抱擁もなく、無駄なおしゃべりもなく、暫く二人だけの空間を心地よく味わった。
「やはり、お主といると、落ち着くな」
「そうか? ――たぶん、ルピナがいるからだよ」
「何を! 何申すか、褒めても何も出んぞ」
「えー、期待損かよ」とヴレイは拗ねたような顔をした。
その後に笑った顔が、無性にルピナの胸を打って、苦しくなった。
言葉がなくても、同じ空間にいるだけで、暖炉で温まっているような心地よさを感じたのは初めてだった。
できればずっとこうしていたい、そんな気にさせる。
「じゃあ、私はそろそろ行くよ」
根が張って動けなくなってしまいそうだ。
「エルムからわざわざ見舞いに来て、もう行くのかよ」
「側近を待たせておる、本国に来る用事があったからついでに寄っただけじゃ」
自分でも驚くほどするする偽りの言葉が口から出た。
「ついでかよ、じゃあ今度は俺が会いに行く。大人しく待ってろよ」
寂しそうな顔一つしない、チラとでもいいから、それっぽい顔をしてくれれば乙女心をくすぐってくれるのに。
「あ、ザイドから伝言じゃ。『魔獣の卵』を解放させたくなければ、総力戦でこい、だそうじゃ」
「ザイドが、っていうかいつ会った!」
ヴレイはまだ良く動かなそうな体を前屈みにした。
「いつ会ったかは重要ではおらぬ。重要なのは、お主は生きろ、そしてザイドを救うのじゃ。あ奴の希望はヴレイだけじゃ」
ぱんぱんと布団の上からヴレイの足を軽く叩いた。
「ではな」とあまりヴレイの顔は直視せずに別れを告げた。
病室のドアの前で、「ルピナ」と名を呼ばれた。
いつもよりしっかり呼ばれた気がして、振り返るに少し戸惑った。
振り返ったらこの部屋から出る勇気がなくなってしまいそうだ。
「何じゃ」と振り返る。
「エルムで待ってろ、何処にも行くな」
何処にもというのは籠の鳥になっていろという意味だろうか。ヴレイは何かを察しているのだろうか。違う、ヴレイは真摯に会いに来ようとしていた。
「たかが昔出会っただけなのに、どうしてお主はそのように、私に構うのじゃ」
「どうしてって、――構ったら、ダメか」
だからどうして、そう優しいのか、ルピナの目頭が熱くなった。
何てことないような涼しい顔をして、こっちの想いを掻き回しているなんて、露ほどにも知らないくせに。
胸の奥で悔しさと愛おしさが入り混じって、決壊は時間の問題だ。
「ダメではない。会いに来てくれるのか」
「当たり前だ。いいから、ぶつくさ言ってないで待ってろ」
「相変わらず失礼な奴じゃな、待っておるよ」
今度こそはと横にスライドするドアを開けた。
最後まで心配そうな眼差しを向けるヴレイに見送られながら、ルピナは病室から出てドアを閉めた。
次にこの病室のドアを開けることはないだろうと思いながら。
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