異世界の片隅と彼らの物語

立花 Yuu

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第三章~フレイヤ国、北東領地エルム~

第一話

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「日照時間も多く、雨も少なかったので、今年は葡萄の成りが良いのです。ルピナ様のお口にも合うワインができましょう」
 太くよかな農婦は収穫したブドウを籠に入れながら、ルピナに笑いかけた。
「それは楽しみじゃ。毎年、皆が作るワインを心待ちにしておるのだぞ」

 頭の上に生っている葡萄を眺めながら、ルピナはワインの芳醇な香りを思い出した。
 葡萄畑に日差しが射して、宝石箱を開けた時の様な輝きに満ちていた。
「これぞ天からの恵み! 水が尽きたとしても、ワインさえあれば」
「ルピナ様、顔がもうにやけてしいますよ」

「えっ、そんなことはない!」
 ルピナは慌てて頬を引き締めたが、今更恥ずかしいかった。
「今年でルピナ様が十八になられるなんて、ワインも嗜む程度では足りないのでは」
「誰じゃ、私を酒豪にしたい奴は。とにかく収穫に励んでくれ」

 農民たちの笑い声に、ひらりと手を振ったルピナは葡萄畑から出て、側近の元に戻った。
 馬に跨る側近のルヴィは長い金髪とシースルーのベールを揺らしていた。
 端正な顔立ちからは不満そうな雰囲気を全面に押し出していた。

「ルピナ様、お時間が押しております。急ぎませんと次の謁見に間に合いません」
「本国からの使者じゃろ、少しぐらい待たせておけばよい」
 木の幹に括り結んでいた馬の手綱を解いて、ルピナも馬に跨った。

 馬の踵を鳴らして、総督府までの葡萄畑通りと呼ばれる畦道をのんびり走らせた。
「田畑はよい、植物たちは毎日違う顔を見せる、毎日が新鮮じゃ」
「ルピナ様が田舎好きなことには感心します。ですが、使者に対して素っ気ない態度を何度も見せると、いい加減呆れられますよ」

「分かっておる、わざとじゃ。兄上たちにいいように使われたくないのじゃ。税率は本国と揃える必要はない、何のための総督じゃ」
 自由に本国を治めているなら、北東領地にまで口を出さないでほしいと、常々思っているが、遠回しにアピールしても兄たちは理解できないようだ。
 
 いつまでも子ども扱いされる身にもなれってんだ。
 父親は王様業を引退し、政は兄二人に託し、自分は離宮で隠居生活を満喫している。現王が死去する前に、次の代に地位を譲り渡す国は珍しい。
 
 両隣りを大国に挟まれた小国なので、昔から王位争いには縁がなかった。
 ジルニクス帝国の同盟国となり防衛面も早々に大国に任せている。教育にはまだ、少し人手不足の面もあるが、時がゆっくり進む自然豊かな国だ。
 
 第一王子のウイス兄上が王位を継承し、三年前に戴冠式を挙げた。第二王子のシェンナ兄上が宰相となってウイス兄上の補佐をしている。
 大国ロマノのように王位争いで、直系がことごとく絶命するなんて事態になっていないだけ、まだ平和だが。
 
 何はともあれ、悠々自適に国を治める機会を与えられたので、民の声を聴く、総督になりたい。先ずは、掴みが大事だ。
「そういえば、前ロマノ皇帝が崩御なさってから、まだその後、即位式がなされておらぬようじゃが、まさか、いよいよ王位を継げる人間がいなくなったか?」

 ちょっと皮肉を混じらせ、ほくそ笑んだ。
 王位争いは珍しくもないが、近隣諸国との温度差も考えてほしいものだ。
「口が過ぎますよ。親族が多い国でも有名ですから、継承者が絶えるなんてことはないでしょう、血が繋がっていなくとも養子にも継承権はありますし」
「そうだが、なかなか冷徹じゃな、お主は。そんな冷めた面で言わなくとも」

 聡明な女性であり側近だが、異性から見るとなかなか近寄りがたい女だと見られているに違いない。
「ルヴィはもっと笑え、それだから二十後半になっても、独り身なのだぞ」
「ルピナ様、今はそんな話をしていたのではありません、結婚になど興味はございません、一生、ルピナ様の側近として――」
 ルヴィが一生懸命言い訳をしていた時、直ぐ傍の標高の低い山の峰から突如、低空飛行の飛行船が現れた。

 船首を下げ、誰が見ても飛行船は高度を落としていると見て取れた。
「ルピナ様、あの飛行船、墜落します」
「ああ、分かっておる。渓谷の方だ。追うぞ!」
 ルヴィが返事をするまえに、ルピナは踵で馬の胴を軽く叩いた。

 馬を全力で走らせている間に、飛行船は谷の奥へと低空飛行し、船体が山の陰に隠れた時、爆発音が轟いた。山の陰からは黒々とした煙が立ち上った。
「ルヴィ、急ぐぞ!」
 畦道からエルムの石畳道に変わり、そのまま町を突っ切って、町から少し離れた地点に現場は現れた。
 見るも無残な、飛行船の墜落現場には既に野次馬が集まっていた。

「皆の者、ここには立ち入り禁止だ、立去れ! ルヴィ、直ぐに自警団に連絡を、それと本国に救援部隊の緊急要請を」
「はい、直ぐに」と返したルヴィは馬の踵を返して、颯爽と駆けていった。

 ルピナは野次馬を散らせると、馬から降りて、生き残りの捜索を始めた。
 鉄が焼けるような、鼻がもげそうな焦げ臭さが煙と一緒に舞い上がる。
 鼻と口を手で押さえながら、全てが焼けてしまった光景にルピナもどこから手をつけていいものか、唖然とした。

 唯一の救いは、町から外れた地点に落ちてくれて、少し安堵した。
 飛行船の船体も微塵に大破し、全てが焦げた現場に踏み入ると、人の焼死体があまりにも多い事実に、ルピナは全身を硬直させた。
「これほど乗っていたとは、大型船ではなかったはず。生存者はいないか! 動ける者はいないか!」

 黒く焼け焦げ、五体がバラバラとなった遺体を慎重に避けながら、ルピナは物音や、動きがないか見て回る。
 その時、ガラと何かが崩れる音がして、ルピナは振り返った。
 物音がした場所を、必死に探した。またガラガラと音がして、今度こそ場所を特定した。
 
 船体の側面と見られる破片に駆け寄ると、胴が挟まった状態の女性が倒れていた。
 ルピナの声に気付いた女性が、船体を叩いて合図を送ったようだった。
「今どかす、待っておれ!」
 
 船体の破片は両手を広げた以上に大きく、ルピナが力を入れてどかそうと少し持ち上げると、女性は呻き声を上げた。
 とても一人では持ち上げられず、自警団を待つ間に女性の命は尽きるのではないかと悟った時、女性のか細い声に気付いた。
 咄嗟にルピナは女の顔の横に跪いた。
「どうした、どこか痛いのか」

「わ、たし、は……ベフェ、ナのジェイド。これを、ロマノ、の、ザ、イド、皇子・・・・・・・に、わたし、て」
 切れ切れの声で語りかけてくる女性は、手に持っていた丸い、卵のような石をルピナに差し出してきた。
 黒く焼けた手が、強い意志を持って持ち上がった。
 
 ルピナは手を差し出し、手の平に載った重みのある何か・・を、まじまじと見つめた。
「これは一体なん――」
 訊き返そうとした時には、ジェイド王女は息を引き取っていた。
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