【完結】シルビア・アノンは悔恨の念を抱く。この結婚は失敗だったと…

MEIKO

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第三章・偶然の連続

18・孤独な少年

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 五歳くらいかしら?まだあどけない表情が残る男の子が目の前にいる。そして先程までの警戒していた様子とは違い、孤児院の子供達との遊びに興じている。だけどどこの子なの?

 明らかに貴族家の子供だと思う。膝が見えるズボンに、長袖の白いシャツ。そしてその襟元に光っているのは、複雑な模様が彫り込まれた黒蝶貝の釦で…これ一つを手に入れようとすると、大の大人が働いた一日分の給金が必要かも知れない。実はもっと必要だったりするかも…

 そんなことから、何処かの貴族家の令息なのは間違いない。そしてキョロキョロと辺りを見渡したけど、どう見ても一人でここに来ている。おまけにここの子供達とは既に顔馴染みのよう。近くに住んでいるのか、保養目的でこの辺で泊まっているのかも知れないわね。まあ、ここは壁に囲まれていて安全だし、今は私の護衛の騎士達も来ている。だから遊ばせてあげても平気だろうけど…

 それから持って来たレモンケーキを取り分けて、皆でお茶を飲んだ。お腹が一杯になったところで私が直接選んだ絵本を読んで聞かせる。そうこうしている内にケイトと荷物の確認を終えたロッドが部屋の中に入って来て…

 「ロッド様、あの男の子はどちらの令息なのかしら?それにここの子供達とも仲が良くて…何度も来ているの?」

 それにロッドは一瞬驚いた顔をして、それからその男の子を確認してから、ああ…と納得したように頷く。

 「あの子は、この先にある最近開業したホテルに長期宿泊しているようです。詳しいことは何も知らないのですが、老婦人と二人で来ていて…だからよくホテルを抜け出して遊びに来るのですよ」

 それには納得したような、していないような…結局はどちらの子なのかよく分からないということ。元々大らかな性格のロッドらしく、子供だからと余り気にしていないよう。だけど貴族の令息なら、平民相手に…ましてや孤児と一緒に遊ぼうと思うかしら?残念だけど偏見がある人の方が多いように感じる。それなのにああやって屈託のない笑顔で共に過ごしている姿を見ていると、そう一括りでは言えないのかもと思わせる。実際は裕福な商人の息子とか?楽しそうにしているし、どちらでもいいわね。
 そうこうしている間に時間は過ぎて、もう帰らねばならない時間になった。それを子供達は「えーっ…」と残念そうに…

 「今日はありがとうございました!また来て下さいね」

 まるで孤児院に住む子のように、そうお礼を言ったのはエリック。私は笑いながら思わずエリックの頭も撫でて「また会いましょうね」と声を掛けた。それから手を振りながら名残惜しい気持ちで孤児院を後にする。

 「楽しかったですね!みんな凄く喜んでくれました。だけどあのエリックって子、何処かで見たことがあるような気がするのですが…」

 そんなケイトの言葉に、私も確かに…と考える。だけどどうにも答えは出ないようで…
 私も久しぶりにあれだけ動いたし疲れたわ!それでうとうとしながら馬車に揺られる。

 二時間ほどかけてアノン邸へと帰り着き、それからケイトの手を借りて馬車を降りる。だけどいつも迎えてくれる家令のドミニクの姿が見えない。それを不思議に思っていると…屋敷の中から慌てた様子の執事のジョナサンが駆け寄って来る。

 「おかえりなさいませ奥様。先程旦那様がお帰りになったもので、ドミニクは共に執務室へ行っております。呼んでまいりましょうか?」

 恐縮した様子のジョナサン。だけど私は正直、あなたに迎えられた方が気が楽だわ!と思っていた。だけどそんなことを言える訳もなく…

 「いいえ、大丈夫よ。私も慰問の報告があるし、このまま執務室に向います。そこでドミニクにも会えるでしょうから」

 当主であるクリスティンや、その夫人である私を迎えるのは、最上級使用人の家令の仕事になっている。だけど私はそこまで厳密にする必要はないと常々思う。それではおいそれと休みも取れないだろうし、別に誰でも構わないのに…そう言っちゃうとガッカリされる?
 笑顔でポンとジョナサンの肩を叩いて、それから一人クリスティンの執務室へと向かった。

 二階の奥、セキュリティ上その位置に執務室はある。私専用の居室もあるけど、特に重要なものが置いてある訳でもない為に一階にあって。だからこの執務室まで来るのは、何か重要な報告や相談がある時だけ。今日は特に重要な用事はないけど、本当に楽しい時間を過ごせたもの…それを話してもいいわよね?

 だけど久しぶりだわ…クリスティンがこんなに早い時間に帰っているのも。最近は少しずつ夫婦の時間も増えているし、あの人なりに私のことを考えてくれているのかも知れない。そんなことを考えながら、執務室まで急いでいると…

 「それでは失礼致します旦那様。じきに奥様もお帰りになるでしょう。それでは先程のこと、前向きにご検討下さいませ。アノン侯爵家にとって重要なことですので…」

 そんなドミニクの声に、何か嫌な予感がして足を止めた。あとこの角を曲がったら執務室が見える…そんな所まで来ていてのこと。そして、いけない…と思いながらもそっと聞き耳を立てる。アノン家にとって重要なこと?何の話だろうと…

 「ああ、跡継ぎのことか…。それは私もお前の言うことを聞いて、シルビアとの時間を増やしている。愛人を囲え…などと、例え跡継ぎが得られたとしても騒動の元になるのではないか?」

 ──な、何ですって!愛人…なんて嘘でしょう!?

 思ってもみなかった二人の会話に愕然とする。愛人を前向きに検討するですって?何を馬鹿なことを!信じられない思いで、頭がクラクラするのを堪える。

 「ですが…ご結婚されてもう三年です。私だってこんなことを言いたくありませんが、跡継ぎが居ないなど由々しき事態ではないですか!それに私は口惜しいのです…フェリシア様はもう直ぐ三人目の御子様をお産みになるのに、シルビア様は…」

 そんなドミニクの言いように、もう心臓が止まりそう!あろうことか、そこでフェリシアが引き合いに出される…何という屈辱なの。

 ──私にとって、この上ない侮辱だわ!まさか我が家門の家令にそんなことを思われているなんて…

 「そこにフェリシアの名を出すのはよせ!今や王太子妃殿下なのだから…。だけどお前が言いたいことは分かる。あのままいけば私の妻となったのは、シルビアではなくフェリシアだったのだから…」

 シルビアではない…そう突き付けられて、胸が潰れそうな思いがした。クリスティン、あなたの中で私は所詮フェリシアの代わりなのね?どれだけあなたを想っても、これだけ頑張っても、あなたの心にはフェリシアだけが住んでいる。

 「私の入り込む隙など…ないのね?」

 そして私は涙を流しながらその場を去った。余りの哀しさに思わず声が出て、胸を上下させながら咽び泣く。一階まで駆け下りて誰も来ないような裏庭に一人出る。そこでうずくまっていつまでも泣いた。もう涙が枯れるまで…
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