精一杯背伸びしたら視界に入りますか?

羽月☆

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2 パッツンとハイソックス。

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研究室内のオリエンテーションを始める。
名札を付けているので名前は覚えやすいだろう。
自己紹介をはじめ、一日の流れ、業務内容、その他。
明日からはしばらく研修に入る三人。
社内研修を経て来週からは山梨での合宿研修だ。
思い出したくないようなしんどい内容だった。
自分の年も1人の脱落者が出た。毎年そんな感じだと聞いていた。
今どきあんな研修があるのかと思うほど昔ながらの。
今は大分変ったとは聞く。
無事に帰ってきてくれることを祈るのみ。

必要書類を三人で協力して記入してもらう、特に何をする日でもない。
意味のあるような、無いような一日。
一応必要な知識に問題はなさそうだった。
今の実験の途中経過を説明しながら見学してもらう。
視線をあびながら細かい事をするのは避けて、流れを見てもらう。

途中、カシャンと音がして器具が一つ落ちた。

大きな声で謝る声がかぶさる。


「すみませんでした。手が当たってしまいましたっ。」

「ああ、・・・・大丈夫だけど。」

割れたのは洗って伏せてあったガラス器具だった。

「割れやすいものもあるし、特に試料がついてるものとか気を付けて。」

さすがに初日から怒るわけにはいかない。
ひたと謝ってる個性的新人、ぱっつん娘だった。


いや、・・・・あの時もっと『気をつけろ!』と、いっそ指導的に怒っていた方が良かったのかもしれないと、後々ため息とともに何度も思い返し反省した。
それもあきらめの境地に至る数か月の間だった。

昼は同じように新人とそれ以外が向き合う形で昼御膳を囲む。
特に好き嫌いを聞いても、誰も問題ないようだった。
人数も増えたし皆で飲みに行くこともあるだろう。
初めに聞いていた方がいい。
お酒も特に問題ないようだ。
研修が終わったら週末に歓迎会を予定すると言っておいた。
だから無事に三人・・・・戻ってきてほしい。
大分緊張も解けたのか笑顔も自然に増える。

和だ、やっぱり一番はそこだ。
個人プレーではないのだ。
サポートしながら進めていく仕事で一番大切にしたい和。

翌日からは研修に行く新人は荷物をロッカーに預けて昼と夕に帰ってくる。

一日中、話が続き社歴から各課の偉そうな人の話を聞く。
本当に聞くだけでも疲れる日々だろう。
うっすら同情する。
・・・まさか自分が話をする方として参加するとは。
上司の都合がつかず、実験の余裕があるということで指名された。
内心勘弁してほしい思いを抱えながら資料をそろえる。
通勤で着てきた軽めのジャケットを羽織りノーネクタイで研修室に向かう。

持ち時間30分。
そんなに話が出来る訳ない。
多少の緊張も新人を見てほどけた。
軽く5分くらい話をして、眠気覚ましに指名していろいろと質問をしてみた。
他の課に配属された新人にも興味があった。
大学名は避けて、サークルとバイトの話をしてもらう。
両方無しというやつもいたから驚きだ。
そういう場合習い事とか特技の方を教えてもらう。

バイトも居酒屋やコンビニが多い中、個人で外人旅行客の観光案内をしているもの、会計事務所でバイトしてるもの、果ては個人で起業したものまでいた。
感嘆する。

そして中に一人他社の研究室の手伝いをしてる奴がいた。
つい配属を聞いてみたら並びの研究室だった。
顔には出さないようにしたが貴重だ、欲しかったとちょっと思った。
同期の顔も浮かんだ。なんてラッキーな奴だ。

サークルもいろいろだ。
活動実績を嬉しそうにしゃべるのは鉄道クラブと山岳部くらいだった。
他はあってないような活動だろう。

習い事をしていたという女性の中にはバレエや舞踊など小さいころからやっている習い事を続けている人もいた。
ゆるい研修内容の持ち時間となったが来週からの合宿に少しでも役に立てば何よりだ。
同期は大切だ、来週からの合宿頑張れと締めくくろうとしたがどうしても一つやり残したことがあった。

まんべんなく一人づつ発表させたのに独り未発表の奴がいた。
自分ならわかる、名前も所属も。
消去法でも確認済みだが、姿が昨日と同じ様子なのが一番わかり易い。

正面に立って隣の奴のノートを借りて思いっきり頭をはたいた。

「起きろ、玉井。お前は上司の話も無視か?」

いい音がした。

その後グホォと声がして頭に手をやり起きだした彼女。
まさか研修一日目に寝るか?緊張感のかけらもない。
さっきのコマまで起きてたのか不安になる。

ビックリした新人たちだが、さほど怒りを見せないように抑えたためか笑い声が起こる。
いや、実際は怒ってるぞ。立場を考えてくれ、上司だぞ。
そうじゃなくてもどうかとは思う。

「玉井、まさか朝から寝てたのか?」

「いいえ、大丈夫です。さっきまで起きてたんです。室長の話が・・・口調が流れる様に心地良くて、ついつい。すみませんでしたっ。」

「頼むからちゃんと起きてくれ。」

隣にノートを返しながら頼む。

「こいつが寝そうになったら遠慮なくたたいていい。上司が許可したといってくれ。」

「もう、寝ません。気を付けます。」

「そのセリフを30分前に聞きたかった。」

「じゃあ、以上。お疲れ。」

ありがとうございましたという合唱の声を聞いて部屋を出る。

廊下を歩きながらぐったりとした。
これは愚痴ってやる。
研究室のドアを開けてジャケットを脱いで白衣に着替える。

「お疲れ様です。」成田が声をかけてきた。

「お帰りなさい。」もう1人女性の高階さん。

「聞いてくれ、あいつが寝てた、思いっきりたっぷりと寝てた。」

「誰ですか・・・・うちの新人?」

「もしかして。」

「玉井だ、あのパッツン、ハイソックスだ。」

二人とも唖然とする。そりゃそうだ。
だって上司だから人一倍やる気を見せるなり、聞く姿勢を見せるだろう。

「ずっと寝てたんでしょうかね?」

「いや、俺のコマだけだ。余計にむかつく。」

思いっきり吐き出した。
ぶちまけながらさっきより怒りが湧いてきた。

「なんだか、どうなるんでしょうか?楽しみのような恐怖のような。」

「楽しめるよう努力はしたいが、限界はあるからな。サポートを頼む。」

「はい、まあ。」

「あと研究室バイトの経験者がいた。他の研究室に配属になったようだ。玉井に熨斗つけてトレードしたい。」

「いいですね、バイトはうちじゃないですよね?」

「いや、他社だ。それでもうらやましい。」

は~、疲れたと独りごちて椅子に座る。

「コーヒー持ってきましょうか?」

「お願いできるか?本当に疲れた。」

「どんな話したんですか?」

「5分も喋ってない。残りは自己紹介させた。バイトとサークルと習い事、どれでもいいから経験を話してもらって
時間を埋めた。どうせ課の説明なんて大して聞いてないしな。眠気覚ましになると思ったんだが、玉井の奴・・・・。」

「まあまあ。度胸があるってことにしませんか?」

「無神経なだけだろう。」

おさまりそうにない怒りを愚痴とコーヒーで流す。
大人で上司。
まだ二日目だ。・・・・堪えろ、育てろ、見守るんだ。

何度も心でつぶやいて気分を切り替えた。

ただ、はっきり言うと嫌いなタイプだった。
とにかく図々しい女が嫌いなのだ。



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