精一杯背伸びしたら視界に入りますか?

羽月☆

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9 記憶に残らなかった二次会

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翌日目が覚めた時はすっかりお昼近かった。
この1週間の疲れがどっと出た。

そして疲れの元凶はソファでみのむし状態。
よくまあ、そこまでと思うほどきれいにロールされていた。
落ちないのか?
テーブルにはすっかり飲み干された缶が転がっている、文字通りの転がり様。
とりあえず危惧した布巾の出番はなかったようだ。

先にシャワーを浴びよう。
バスルームに行ってさっぱりして着替えた。

起きない。もしかして変わった畳み方をしただけで中は空とか?
目が覚めて帰ったとか?
見えるところに置手紙はない。
みのむしロールを見ると、かすかに動いてる気もする。
いる、生きてる。

とりあえずいつものようにコーヒーをいれる。
合間に空き缶をかき集めて袋に入れる。
お菓子もきちんと食べつくしたらしい。
俺も食べたのか、チョコ? 歯は磨いたのか?
気になったので歯を磨いた。

コーヒーは落ちきってあたりにいい匂いがする。
まだ起きる気配すらない。

カップに入れて持ち、ソファにもたれる。起きた時の驚きの顔が見たい。
びっくりするだろう。思い浮かべて楽しくなった自分。

ただ、それを油断というらしい。
ミノムシの中身の頭の方にいたらしく、いきなりグーで後頭部から殴りつけられた。

「んーーーーーーーーーーーー。」

精一杯の伸びの声と一緒にグーが飛んできた。
せめてコーヒーカップを持ってなかったのが幸いだった。

「イタッ。」みのむしロールから声がする。
それは俺のセリフだ。思いっきり殴っただろう。

睨みつけるとモゾモゾと物体が動いた。
溺れてるように体がゆらゆらして動いてる。
巻き付けたものがほどけないのか?
半分足の方が落ちてるのを支えてやる。
顔が出て来てやはりびっくりしたらしく、止まったまま。

「おはよう玉井。今思いっきり殴ったのは俺の頭だぞ。」

手をグーにして教える。
毛布にまかれたまま反転して、ソファの背の部分に寄って行った。
思考が声に出てるが。

ブツブツと言うのにかぶせるように説明する。

「昨日2次会をここでやって飲んで食べて・・・・、俺は一人ベッドに寝てお前はここで寝た。悪いが俺もよく覚えてない。一応言うが心配するようなことは何もないとは思うが。」

「・・・・う、はい。寝ました。確かに近藤さんの背中を見送って寝た気がします。」

「お前は覚えてるのか?」

「うっすら。」

「不覚だ。記憶がなくなることは初めてだ。・・・何か気になるようなことはなかったか?」

「・・・特には。はい。」

「そうか。」よかった、気を付けよう。

「顔洗ってくるか?シャワー浴びてもいいし。服はもうしばらくそれでよかったら着てていいし。」

「はい、じゃあ、ちょっと洗面台お借りします。」

玉井がバスルームに消えたのを見てタオルケットと毛布を畳んだ。
面倒だからそのまま部屋の隅に置いておく。
明日にでも洗うか。

テーブルの上に見慣れた黒いフレームの眼鏡がのっていた。
ちょっと覗いてみる。それほど度はきつくないようだ。

眼鏡・・・してなかったか?
あんまり寝起きの顔をのぞくのも悪いと思ってちゃんと見てないが。
ぼさぼさの髪もすごかった気がする。

キッチンの窓を開けて換気する。
外はすっかり週末の気配。天気もいい。

残念だがコーヒーしか出す物がない。
お腹が空いてるような空いてないような。まあ、いいか。すぐ帰るだろう。
バスルームの扉の音がした。

「悪いがコーヒーしかないんだ。お腹空いてるか?」

「いいえ、大丈夫です。ちょっとムカムカする気もします。」

「二日酔いか?薬もあいにくない。」

「大丈夫ですよ。胃もたれです、きっと。昨日は遅かったですし。」

「いったい何時くらいまで飲んでたんだ?」

「3時にはなってなかったです。それにその言い方は私だけ飲んでたみたいです。最後まで近藤さんも一緒に飲んでたんですから。」

「ああ、本当に、自覚がない、記憶がない。」

参った。

「よく眠れたか?」

「はい。もうぐっすり。」満足そうに笑う。

「眼鏡、そこにあるぞ。」

手に取ってかけるといつもの玉井になった。

「はい。良く見えます。」

「なあ、それはそんなに度が入ってるようには見えないぞ。」

「そんなに悪いわけではないですが細かいものを見るので大学の時に作りました。」

「そうか、なんだかフレームが重そうで。」

「確かに重いですが。コンタクトとかめんどくさそうで。向いてないと思うんです。」

「そうだな、片目に二枚つけて満足して気がつかなそうだな。」

少し揶揄うとやっぱり不満そうな顔をする。

「冗談だ。」

「高田さんもそうですけど、やっぱり近藤さんもそうなんですね。仕事中は真面目なのに、それ以外だと割と優しそうです。」

優しい?俺が?こいつは何を見た?
自分でも全くそんな自分は見たことがない。心当たりなさすぎだ。
しかも何で高田と一緒なんだ?
あれは優しいより軽いと言わないか?

「不満そうですね。でも冗談じゃないですよ、なんて。」

会社だと思いっきり後輩新人感があって年下に思えるが、特徴となるハイソックスやもっさりした服がない状態でいると少しだがいつもよりはしっかりとした大人に見える。
すっぴんなのに。借り物の男の服なのに。
普通逆じゃないのか?
珍しいやつだ。


早く帰ると思ったのにコーヒーを飲みながらダラダラと過ごして夕方になった。
さすがに大丈夫か、こいつ。と思ってしまう。
なんでそこまでくつろげるのか知りたい。
貸したパジャマで随分な時間過ごしてるが。


「なあ、追い出すわけじゃないが・・・・家族は心配してないよな?連絡したよな?」

「あああ・・・・。」バッグから携帯を取り出す。

わあ、こんなに。つぶやいて電話をかける玉井。

席を外して寝室へ行く。
何で自分の部屋なのに俺だけ着替えてるんだ?
よく考えたらおかしい。
まあ、この後駅まで送っていくしな。

声が聞こえる。
換気の終わった寝室の窓を閉める。
自分も携帯を見る。
メールが一件。
見たくはないがそのままにも出来ない相手。

ため息をついて開いて、どう返信を打とうかと考える。

とりあえず返信が遅れたことを詫び、2次会まで飲んでさっき起きた、と。
ここまでは本当。その後が続かない。
でもそれすらストレスになるくらいだったら、もう無理なんだ。
きちんと会って詫びるべきだろう。

それでも手が動かずにベットに放り投げてリビングに戻る。

「大丈夫か?」

「はい、飲みすぎて先輩のところに泊めてもらって寝たと言いました。」

大丈夫なのか?
それは先輩が男だと判明したら誤解を受けるようだが。
多分こいつは気にしてないんだろう。

「すみません、ながながと。広くてきれいで居心地と寝心地がよくて、すっかり長居してしまいました。着替えてきます。」

「ああ、駅まで送るから。10分もかからないから歩くだろう?」

「はい、すみません。地図があれば歩けますよ。こう見えて方向音痴ではないんです。」

「良かったな、自慢して否定できることがあって。」

「ん?」

何度も見た戸惑いの表情。揶揄うとこの顔をする。

「冗談だ。送るよ。準備するからちょっと待て。」

寝室に戻ってさっきの携帯を手にする。

『遅くなったが時間があれば、今日会えるかな?』

送信して返信を待とう。
ついでに少しフラフラしよう。少し体が重い。飲みすぎだ。

上着を取り財布と携帯を入れる。
リビングに行くと着替えをした玉井がいた。
そういえばいつもとは違う。ジャケットの中と足元が。
坂井に選んでもらえば似合うものを買えるかもしれないのに。
なんて思ったりして。

「用意できたか?」

「はい、大丈夫です。お借りしたまま畳んでもらってすみませんでした。タオルとパジャマ代わりは洗面台に置いてます。ありがとうございました。」

ぺこりと礼儀正しく腰を折る。

「まあ、楽しかったから良しとしよう。奢ってもらったしな。」

「あ、片付けもしてもらってますよね、そういえば。」

「なかなか起きなかったから。起きたと思ったら、まさか殴られた。」

「ん、ん????あ。」

「もう、すみません。えっと、はい殴りました、でも偶然そこにいたんです。見えてなくて。」

「分かってるよ。他には何も破壊されなくてよかった。」

「・・・・いろいろお世話になりました。」

「行くぞ。」

鍵を持って玄関に移動しながら自分の笑い声を聞く。
本当に愉快な夜だった。

一緒に部屋を出て駅まで歩く。

「とてもきれいなマンションですね。静かで、広さもあって。環境もいいですね。」

「まあな。会社からタクシーで帰れるギリギリの範囲で探した。思ったより休日出勤がなくて助かってる。」

「少しはあるんですか?」

「まあ、実験によっては、でも今まで3人で回してたんだ、6人で回せれば楽になる。そのためにも早く一人前になってくれ。」

「他の2人ならともかく・・・・。」

「大丈夫だよ、一応今のところ俺が見た玉井と坂井に差はないぞ。心配するな。」

玉井がこっちを見る。信じてないか。

「冗談じゃない、本当だ。」

真面目な顔をすると安心した顔になる。

「はい。来週こそ頑張ります。非破壊週にします。」

そう願いたいが、そうなると悲鳴に怯えたのが俺だけってことになる。
それもなんだか釈然としないのだが。

駅の改札で下りの電車に乗る玉井を見送り自分は上りの電車へ。
携帯をチェックすると返信が来ていた。
ゆっくり行っても十分間に合う。
いつもの待ち合わせ場所へ。
だがその後のことを思うと気が沈む。



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