精一杯背伸びしたら視界に入りますか?

羽月☆

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13 週末の居残り、ふたり

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やっと一人になれた。今の自分にはちょうどいい。
あの広い自分の部屋でぼんやりと虚空を見つめて内省しそうになるよりより、ここで少しの緊張感をもって時間を見ながら夜を過ごすのも。
泊りセットは常に置いてある。
椅子に座り玉井が去ったあとの静かな音に浸る。


機械の立てる音が静かに低く響く。
ゆっくり椅子にもたれ目を閉じる。
まだ社内にはたくさん人が残っている。
一度観察時間を迎えたら軽く食事に行くか。
前回と同じデータがとれるはずだ。
それを確認したら1時間は部屋を空けられる。


研究室のドアのガラスに影が映る。
シルエットだけで誰か分かる、さっき見た映像が思い出され、眉間にしわが寄る。
そのシルエットにも嫌気がさす。

ドアが開きゆっくり顔をのぞかせる。
そこにはなんの照れも反省もない表情があった。

「よ、全部聞いたよ、玉井ちゃんに。今日は居残り?」

睨んだまま答えない。入って来ようとするので鋭く言う。

「出禁だと言った。」

そりゃあ非常階段でくっついて慰めてるんだから、詳しく聞いただろう。

ふ~。ため息をついてる高田。

「かわいそうに必死にお前を探してたよ。今にも泣きだしそうで非常階段に連れて行ったら話をしながら崩壊。座り込もうとしたのを支えてあげたけど。くっついたのはおでこだけだからさ。安心してね。」

無言。

「まさか上がってきた足音が探してた当人だとはね。」

まだ無言。

「一緒に居残りしたかったんじゃないの?明日来るだろうね。」

「どうでもいい。来てもらってもしょうがない。」

今度は奴が無言だった。

「お前も帰れ。」

「了解。じゃあね。いろいろ無理してるみたいだけど、頑張って。」

手を振って高田が消えた。
出禁にしても玉井が頼っていけば意味はないのだ。
まったく。面倒なことばかり起こして。2人ともだ!

最初の2時間が経った。数値を記録して前回と比べる。近値。
外に出て食事をし戻ってくる。
さすがに金曜日、どの部屋も居残りが少ない。

ひとりまた静かな音に包まれる。
退屈に取り留めない会話や映像を思い浮かべてしまう。
深くは追わずに流す、考えたくない。
いつの間にかまた2時間が経っていた。

そろそろと歯磨きをして着替えをする。楽なスウェットに着替え白衣を羽織る。
とり合えず合間に寝ておきたい。
椅子を並べて横になる。照明も落とす。

眠れるだろうか?・・・・あいつはどうだろう?
小刻みにアラームで目を覚まして記録を繰り返す。
今のところ問題なし。

もう何度目だか考えるのをやめて朝を迎えた。
窓から入る明るさにホッとしながらも、今日も同じことをひたすら繰り返すと思うと、なんともウンザリした気分にもなる。

アラームを見ると後20分ほどある。問題なく機械は動いてる。
顔を洗って白衣を羽織る。
ぼんやりとタイマーを待つ。

1台簡易ベットが欲しい。さすがに椅子で横になるより安眠できそうだ。
折り畳みのものを検討しよう。
タイマーの音に反応して同じことを繰り返す。問題なし。

さて2時間ほどゆっくりできる。
とりあえずコーヒーでも買ってくるかとつぶやいて廊下に出て休憩室を目指す。
エレベーターが到着した音が鳴り、固い表情の玉井が出てきた。

ビックリして立ち止まる、早いぞ。
来るとは思ったが、早すぎる。
固まった表情の玉井があいさつをしてきた。

「おはようございます。」

その声に元気はない。

両手にはテイクアウトしたコーヒーのカップが握られている。
さり気なく白衣の前を合わせ挨拶を返す。

「あの、朝ごはんになりそうなものを買ってきました。」

たしかに両手には大荷物。
久しぶりに見るトートバッグがあった。
服装もかなりの普段着。ジーンズにTシャツとパーカー。
大学生の様だ。

立ち止まったままの自分に気がつき声を出す。

「ありがとう。丁度コーヒーを買いに行こうとしてたんだ。」

久しぶりに自分の声を聞いた気がする。
寝不足と水分不足のせいか少しかすれている。

くるりと背中を向けて研究室に戻る。
テーブルについてコーヒーをもらう。

袋からは駅中のパン屋で買ったパンが数種類とコンビニのおにぎりが出てきた。
ヨーグルトやゼリー、チョコレートまで。

「俺一人じゃこんなには食べれないぞ。玉井は食事は済ませてきたのか?」

「いえ、私は・・・・残ったら自分で処分しようと思ってました。」

「そうか。じゃあこれをいただく。買いに行く手間も省けた。ありがとう。」

「いえ。」

正直あまり食欲はない。もともと朝は食べないことが多い。
でもコーヒーはありがたい。

「いったい何時に家を出たんだ?」

「五時は過ぎてたと思います。電車が空いてました。」

当たり前だ。むしろよく早起きが出来たと思う。

「自分で起きれたのか?」

「はい。」

うっすらとクマの残る顔。寝てないだろうと思われた。

「今のところ問題ない。2時間おきに起きるがすぐにまた寝れる。意外に睡眠はとれるんだ、もし気にしてるなら。」

「何か手伝う・・・」

「ない。」

言われるだろう質問に答えをかぶせる。

「そんなに・・・、来週からでいいって言っただろう。」

「邪魔ですか?」

「そんな事じゃなくて、必要はないと言ってるんだ。」

代われるものじゃないと。

食べかけのヨーグルトを手にしたまま、うつむいている。

「今日の夜は泊まります。寝てください。何か変わりがあったら起こします。」

「必要ないと言ってるのにか?」

「はい、お願いします。休みなしでは疲労するばかりです。」

はぁ~、気持ちは分かるが。

「・・・・じゃあ、お願いする。」

「はい。着替えも持ってきてます。夜に又来ます。お昼はどうされますか?」

「これを余分にもらっとく。何時でもいいし、無理はするな。」

「はい。よろしくお願いします。」

「ああ。」

その後、無言で朝食を終えた。窓辺で伸びをしてるとタイマーが鳴った。
あっという間に時間はたつ。

「あの、今週は何も壊さずに終われそうだと思ったんです。なのにこんなことを。本当に迷惑ばかりかけてすみません。」

「しょうがないじゃないか。いろんな偶然が重なったんだ。それに人的エラーでのやり直しはたまにある。データをダメにするミスはもっとあるから。いつもの元気がないとつまらないし、皆が気にするぞ。いつもの玉井でいろ。」

玉井が顔を上げてお互いの視線が合う。

「ありがとうございます。もう少しいてもいいですか?」

「ああ、1人でいるよりは時間が早く過ぎていいよ。」

「良かったです。」

久しぶりのような気がする笑顔だった。

「お家の人は大変な職場だと思ってないかな?」

「いいえ、ちゃんと話してきましたから。大丈夫です。」

「それならいいが。」



「あの・・・・昨日非常階段で高田さんに会って・・・・。」

「知ってる。いきなりあんな二人を見て思わず引き返したが。もう、気にするな。玉井の好きにしろ。」

「えっ、あの時の・・・・あの、足音は近藤さんだったのですか?」

「ああ、誰かに見られてたと気にしてるなら、もう気にするな。」

「あの・・・。高田さんが心配してくれて・・・・。それで私が・・・・慰めてくれたんです、あの・・・・優しいから、つい・・・・。」

必死に言い続ける、それは警告を無視したことにたいする謝罪か、それとも彼女がいると知ってるのに・・・という弁解か。優しいから好きになりそうだと言いたいのか?もうなってるんだろう?


「もういいから、ああいうやつだから。・・・好きにすればいい。」

本当にもう好きにしてくれ。
なんだかここ数年のお節介までばかばかしく思えてきた。
無駄な努力と余計なお世話。
知ったことか。

そう思って放念することにした。

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