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50 夢の中で年越しを
しおりを挟む冬休みに突入。
特に毎年たいしたことなく過ごしていたような気がする。
・・・と言ったら去年なんかは彼女に悪いか。
でも本当に思い出せないくらい薄い記憶で。
ただ早起きはしないぞと夜更かししたり、のんびりと過ごす日々だった。
今年はちょっと違う。
大掃除をして・・・終わった。
やはり自宅では特に変わりない。
茜が泊まりに来た夜、いつもよりは賑やかにふざけ合った夜を過ごした。
仕事がないとむしろ会えない。
この時期に家族と切り離すのは非情で。
大人しくメールや電話で寂しさを紛らす。
その分会えた時の密着度は増えるのだ。
そして今日もゆっくり起きて、荷物をバッグに入れて出かける準備をする。
やっぱりたいしたこともせずに過ごして年末になったのだ。
誘われるままに茜の家族と一緒に過ごし、一泊する予定。
緊張がぶり返す。
今頃おせちを作っているのだろうか?
昼に出て手土産を買って向かえばいいだろう。
何がいいだろうか?デパートの地下をグルグルと周り贈答品を見ていく。
和の食事だろうから・・・と選んだつもりだが日持ちするもの。
ダラダラと飲んで過ごしても翌日胃腸に優しいお茶漬けセットにした。
あと、せんべいとつまみになるものを少し。
紙袋を下げて電車に乗り込む。座れた。
茜にメールを送る。
電車が着くころ改札で待ち合わせすることに。
歩いても駅からすぐだし一人でもいけるが、さすがにピンポンを押すのにも勇気が必要なので甘えて迎えに来てもらう。
近いから負担にもならないだろうと考えるようにして。
二回目の訪問。
「ただいま~。」
「お邪魔します。」
「あ~、近藤さん、ごめんなさい、どうぞ。」
手が離せないからと奥から声が聞こえて出迎えは無し。
奥へ行くとキッチンいっぱいに皿が広がり、確かにすごい。
毎年恒例の年末歌番組を見て、除夜の鐘をきくらしい。
とりあえず手伝いを申し出るがお父さんの相手をと言われる。
手にした紙袋を茜に渡し、荷物は和室の隅へおく。
彼女の父親はのんびりと炬燵に入ってテレビを見ている。
意外に亭主関白なのか。向き不向きの問題なのか、のんびりしてる。
挨拶をして前回のお礼を言う。
あのあと長野の実家にも電話して茜の話をした。
自分としては結婚前提と考えてるというところまで。
予想以上に反響があり興味を持たれた。
姉まで電話をして来て詳しく事情聴取された。
さすがに恐ろしくて問われるままに・・・・隠したい事以外は話した。
姉の方も・・・順調らしい。
それはどんな犠牲の上なのか・・・・くわばら、くわばら。
実家に伝えたそのあたりの事もお父さんに告げた。
もちろん結婚前提云々は言ってないが。
茜が言っただろうか、言っただろう、指輪ももらったと。
特にお父さんからは何の探りも入らない。
言ってないのかな?
茜の子供の頃の話をし始めたお父さん。
お母さんにも聞いたがなかなか目の離せない子供だったらしい。
「とにかく落ち着いてじっとしてることが嫌みたいで、キョロキョロと好奇心を満たすものを探してましたね。小さいときは一緒に昆虫を見ながら時間を忘れて、よく怒られてましたよ。もちろん自分と茜が、母親に。」
「昔は自分も山に入って採ってました。狩猟と冒険ですよね。ワンダーランドのような山でした。植物も動物も。年上の子と一緒に行き、教わったことを次は下の子に教えるというリレーが出来てました。」
「昆虫好きでしたか?」
「もちろんです。今どきの子は分からないけど、あの頃田舎で苦手だという子なんていませんでした。物知りとしてクラスの人気者になれるかの基準ですよね。」
そう言えば途中思い出したが、少々遅かったと言うべきか・・・・。
ちょっと待ってて・・・と言って立ち上がり帰ってきたお父さんの手にはたくさんの重そうな本が。
噂には聞いた、昆虫に関する本。
一緒に開きながら講義のような時間が始まった。
それでも田舎育ち、俺も知識はすごいぞ。
見たことある昆虫が多い。
勝手に手酌で日本酒を飲みながら話をする。
途中盛り上がり過ぎたらしい。
様子を見に来た茜とお母さんから褒められた。
「凄い、お父さんの相手が出来てる。」
どんな褒め方だと思わないでもないが、おれならいっそ誇っていいだろうか?
あっという間に時間が過ぎていたらしい。
お食事にしましょうと言われると、お父さんががっかりして大切な本を隅に寄せる。
「準備する間にお父さんと近藤さん、交代でお風呂にどうぞ。」
お父さんを先に送り出す。
「続きはあとで。」
嬉しそうに言われると『はい』としか言えない。
長い夜になりそうだ。
手伝いは却下された。
とりあえず茜に案内されて荷物を持って彼女の部屋に。
首に手を回して甘える彼女を抱きしめて耳元にキスをする。
「せっかく近くにいるのに大人しい夜を過ごすなんて滅多にないね。」
「近藤さん、ありがとうございます。すごくお母さんが張り切ってるし、お父さんも嬉しそう。」
「そう?実家の分の親孝行ができてうれしいよ。」
のんびりはできない。
パジャマを渡されて必要なものを持つ。
出てきたお父さんと交代でお風呂に入る。
すっかりくつろいでしまったような恰好だがいいのだろうか?
和室に戻ると夕食の準備がされていた。
すき焼きだと言われた、恒例だと。
1人じゃなかなかすることもないメニューだ。
湯気で部屋は温まり、日本酒もいい具合に体を温めてくれる。
雑炊はなしで締めにはそばが出された。
テレビでは恒例の歌番組が始まっている。
見ながら話をすると、やはり茜との年の差が感じられる。
普段意識しないでいたが、やはりテレビの話題はリアルに年の差を浮きだたせる。
ゆっくり時間をかけて食事が終わるとお酒とおつまみを出されて二人が片づけを始める。
手伝おうかと言うとやはり断られた。
お父さんに呼ばれて先ほどの続きを。
ただちょっと飲みすぎただろうか?
ぼんやりとしてくる。
気のせいかお父さんも揺れだしてるし、声も聞き取りずらい。
どうやらほとんど前後無く、眠りについたらしい。
記憶はそこで途切れている。
だから次の日に聞いた話だ。
静かになった様子に気がついて覗くとすっかり寝入った二人がいたと。
照明を暗くしてしばらく放置されたらしい。
あまりにもぐっすりでそのまま寝かせておいたと。
二人ともお風呂に入って除夜の鐘をきいて寝たらしい。
こうして意外にあっさりと緊張の夜を超えてしまった。
お酒を飲みすぎても心配するようなやばい事にはならなかったようだ。
日本酒一辺倒が良かったのだろう。
ぼんやりと目が覚めた時、目に入った景色が記憶にないというのは本当にびっくりする体験で。
ただお父さんの姿が目に入ったのですぐに彼女の家だと分かったのは幸いだった。
そっと扉を開けるとテーブルにはすっかり着替えまで終わった茜とお母さん。
まずは謝罪を。
「新年あけましておめでとうございます。すみませんでした。記憶にないのですが、いつの間にか寝ていたようで。しかも朝までぐっすりでした。」
「そうなのよね。お父さんも酔いつぶれるなんて久しぶりなくらい。顔を洗っていらしたら?」
茜について行き、洗面を終えて部屋を借りて着替えをした。
パジャマは丁寧に畳んで置いておいた。
テーブルに呼ばれてコーヒーをもらう。
おせちは蓋をして4段重に詰められていた。
お父さん待ちの状態にお母さんが腰をあげた。
和室に行ったお母さんを見送り茜にこっそり聞いた。
「昨日はずいぶん酔ったけど大丈夫だったのだろうか?変じゃなかったか?」
「多分、そうみたいです。良かったですね。」
お父さんの顔を見るまでは、反応を見るまでは安心できない。
お父さんも記憶にないという可能性もある。
顔を洗ってすっかり着替えたお父さんがやってきた。
皆で挨拶をしておせちの蓋が開かれた。
・・・・作ったのか?これを全部?
素晴らしい、古き良き伝統の食事が目の前に。
ここ数年お目にかかってない見栄えのするお重。
いや、実家でもここまではない。
素晴らしい、思わず観察してしまう。
「近藤さん、お腹空きました?」
茜の声がして振り向いた。随分前のめりに見てしまっていた。
「素晴らしいですが、全部手作りですか?」
「そうですよ。茜が張り切ってくれたからいつもよりは楽だったわ。皮むきと切り刻むのは全部茜担当です。ほかにもいろいろ。」
「凄いな。写真撮ったか?みんなびっくりするぞ、きっと。」
茜が嬉しそうに携帯を持ってきた。
「一緒にとってあげるわよ。」
おせちをと思ってたのに何故かふたりの写真を撮られた。
見せてもらうとおせちも写っているが明らかに人物メイン。
「あとで送りますね。」
もらったら実家にでも転送しようか。
このおせちが手作りだと知ったらびっくりするだろう。
「さて、いただきましょう。」
お母さんの声でそれぞれ箸を伸ばす。
美味しい、勿論美味しい。
煮物に至っては本当にちょうどいい味加減。
この間の肉じゃがも美味しかったし。
是非茜もマスターして欲しい。
お父さんが物足りない様にソワソワする。
「飲みすぎです。とりあえず食べて、初詣行ってから飲んでください。」
ちょっと残念そうにおせちを食べ続けるお父さん。
本当に茜が素直に育った環境だなあと改めて思う。
無口なお父さんでも皆がいる雰囲気が柔らかい。
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