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5 ため息をついてしまう、悩んでる目下の議題は。
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「呉さん、具合悪いですか?」
隣から声がした。
「ううん、別に・・・なんで?」
「ずっとため息が聞こえます。辛そうな表情ですよ。仕事手伝えるなら・・・・。」
そんな気の遣い方よりも何よりも、手伝うなんて。
いきなり独り立ちして本当に能力が開花したパターン?
驚いたけど、心配そうな表情でもある富田林君。
「大丈夫、ちょっと食べ過ぎただけだと思う。うるさかったらゴメン。」
そんなに気になるほどだったらしい。
「分かりました。」
じっと見られてそう言われた。
手が離れたつもりだったし、育て上げた気になって満足してたのに、もしかして私のやり方が悪かったとか?合わなかったとか?
いやいやいや・・・もっと根本的なへまもやらかしてるし、絶対そんなはずはない!
パソコンに向かった横顔をチラリと見て、心で結論を出した。
そう、やっぱり貧乏くじだったはず!
それでも粛々と仕事をこなせてるらしい。
いいことだ、そう思おう。
今一つペースののらない月曜日だった。
特別用もない日、ダラダラと残業に突入した。
そんな時に隣の席に来て富田林君に囁くように話しかけた子。
同期の子だろう。
笑顔がいい。
「太郎、今週末の誘い来ただろう?」
「ああ・・・・返事してないけど、飯田、行く?」
「もちろん。太郎も行こう。絶対楽しいから。」
「まあ、いいけど・・・・。」
「良かった、たまには誘えって言われたんだよ。」
「誰に?」
そう聞いたのに笑って手を振っていなくなった人、『飯田君』らしい。
そう、今までだって飲み会の誘いはあっただろうけど、たいてい仕事が終わらなくてキャンセルしてたんだろうから。
それは自業自得であり、災難のように私も付き合った。
仕事が終わるなら楽しんで来ればいい。
同期女子で飲んだ木曜日。
金曜日にしないあたり、参加率が下がるのが理由だ。
そんな暗黙の気の遣い方、それが女子には求められて当然なんだろうか?
彼氏より女子会、たまにはいいのに・・・・・。
彼氏がいても金曜日に予定がない人もいる、ここに。
まだまだ、そういうタイプなのかなぁ。
3ヶ月ってそんなお試し期間を持ちたいタイプなのかなぁ。
まぁ、あの富田林くんも3ヶ月で次のステップに進めたんだから、そんなことも有りか無しか。
3ヶ月経つ頃は本当に連休あたり。
いきなりの旅行ってことになるけど。
でも、旅行・・・とは言ってない。『遠出』に誘われただけ。
ただ、さらりと出たその遠出の話もどうなったの?
続編無しの状態。
いきなり連休に長い時間を過ごすんだろうか?
日帰りの長い時間ならそれでもあり。
ただその話も具体的な話はない。
そして週末は健全に昼のランチから夕方のコーヒーまで。
シンデレラにも及ばない余裕のある一日のデート。
ああ、なんでこんなことで悩んでるんだろう。
「呉さん、余裕があったら相談に乗ってもらってもいいですか?」
となりの富田林くんから声がかかった。
頭は忙しいけど、仕事もまだまだだけど、気分転換に偉ぶってみてもいい。少し余裕がある自分を見たい、今。
「いいわよ、いつでも。」
「じゃあ、今でも・・・・。」
「いいわよ。」
少し前までもっと視線が下から伺いを立ててますって感じだったのに。最近はすっかり背の高さの分見下されてる気がする。
相談された仕事相手は私が富田林くんに引き継いだ所のことだった。
そして内容も確認レベルのもので、偉そうにアドバイスするところもなかった。
それでもお礼は言われた。
「呉さん、ありがとうございました。」
その表情は最初の春の挨拶のときに見た笑顔のようでも、やはりどこかしっかりした印象を与える、それが半年の成長なのだろう。
お互いにパソコンに向き合う。
少しは気分転換になった。
やはり褒められたり、お礼を言われると気分は上がる。
その後は地味な感動の余韻に浸って仕事を終えた。
意識して少し顔を上げて歩く。
さぁ、帰るわよ!そんな気分で。
「呉さん。」
歩き出してすぐ、後ろから声が聞こえた。
振り向いたときに見た笑顔はお疲れさまです、なんて開放感のある笑顔よりは少しだけ緊張してるようだった。
「どうかしたの?」
お疲れ様の挨拶はさっき帰るときに言ったから、そう聞いた。
「少しだけお時間いただけませんか?」
・・・・この仕事後に・・・私に?
嫌な予感しかしない。
もしかして成長しても仕事がつまらないとか、そういうことを言われるの?
そんな相談役まで引き受けるべきなの?
「あの、少しだけ。」
「いいわよ。別に急いでないし、軽く食事してもいいし。」
さすがにその辺のカフェで重たい話もなんだろう。
さほど重たい話に付き合う心の余裕はないけど、やっぱり気になることに集中しないですむなら、それはそれで。
「じゃあ、少しだけ・・・。」
富田林君の案内で連れて行かれたのは相談ごとには向いてないくらいの静かなお店だった。
食事よりお酒の気分らしい。
ここでいいですか?なんて聞かれずに開かれた扉に二人で吸い込まれた。
『二人』と店員さんに指を立てて、うなずかれて、勝手に奥の席に進んだ富田林君。
何度か来てるみたいじゃない。
「あ、このお店でよかったですか?」
「今更聞くの?」
「すみません。」
「いいお店じゃない、誰かと何度か来てるのよね。」
そういいながら引いてもらった椅子に座った。
そんな気遣いも出来るらしい。
本当に成長したんだろうけど、もしかしてプライベートでわがまま女性相手に成長させられたパターン?
「何かお勧めある?お腹空いてるんだけど。」
メニュー表を見ながら聞いた。
どのくらいの量なのか分からない。
お勧めの数品を頼んでもらった。
お酒は自分で飲みなれたものを選んだのは当然。
これは奢られるパターンだろうか?
相談料と言われたら、払ってもらってもいいような気がしてくる。
お酒が先に来て、とりあえずグラスを合わせた。
一緒に外回りして、カフェで手早くランチを取ったり、休憩したりしたことはある。
正面に向かい合ってたあの頃、薄暗いここで横並びなのが気になる。
テーブルの分は離れてない距離感。
それよりももっともっと近いんだから。
さすがにすぐに相談とはいかないから、最近の近況を話したりして。
私が週末に行ったお店の美味しいところを教えたり、逆に富田林君の過ごし方を聞いたり。
「友達に会って食事をしたり、一人で買い物に出かけたり、そんな感じです。」
「そうなんだ。」
ここは誰と来るの?なんて聞かずにいたのに。
「呉さんみたいに楽しい週末じゃないです。」
そう言われた。
無視した。
うるさく浮かれてた私がいたとしても気にしないで欲しいのに。
最近はそうでもないはずだし。
「美味しいね、これ。」
料理の感想に話題を変える。
「一人でも飲みにいくタイプ?」
「いいえ、一人だと部屋でも飲んでなかったくらいですが、最近少し飲むことが増えたくらいです。」
ここはひとりで来てもいい感じだと思う。
カウンターも長く取ってあって、一人で飲んでる人はいる。
でも、やっぱり誰かと来てるらしい。
自分が一人で飲んでる姿は簡単に想像できた。
そっと横を見た。
真面目な顔で、少しもリラックスしてない顔でグラスを傾けてる富田林君。
相談って何???
そう思って少し前に小耳に挟んだ話を思い出した。
トイレで後輩が話をしていた。
『まだまだ仕事を頑張りたいって、だから今はそんな気にはなれないって。』
そういって水道の水音を立てる後輩の子。
多分一年目の子だろう。見覚えもない子だった。
『営業だし、忙しいのかな?やっと独り立ちしたばかりって言ってたよね。』
『うん。』
トイレから出て隣に並んだら、びっくりされたらしい。
先に来てたんだけど・・・・・。
個室で静かに、ちょっとぼんやりして時間がたっただけです。
話の邪魔をしないように、すぐに出た。
そんな小さな話はとても気になるほうで。
どう考えても相手が営業の新人ってことじゃない?
となると確立は二分の一、で、あの子のタイプだと・・・・って考えると、そっと富田林君を見た。
こっちを見てたみたいで目が合った。
「食べてる?」
ぎょっとした気分をうまく隠してそう言ってみた。
「はい。」
そう言うけど、ほとんど減ってない。
その代わりにグラスはほぼ空っぽで。
自分のグラスも空にした。
お酒も美味しい。
まだまだいいじゃない?
「一人じゃ飲まないんだったら、今日は飲んだら?どうせ飲みすぎるって事もないでしょう?」
ただし、奢りはしませんよ。
自分のお金でどうぞ。
私のグラスも見られたので一緒にメニュー表をみて二杯目を注文した。
季節のお勧めは三種類。
全部試して終わりにしよう。
そのくらいだったら大丈夫だから。
減らない食事に手をつける。
「週末のランチのときにもお酒を飲みますよね?」
「少しだけね。軽く一杯ぐらいね。」
「それじゃあ、ほろ酔いにもならないくらいですか?」
「そうね、ランチだとそんなものじゃない?それともどこまでも飲める富田林君は違うの?」
「最近の週末は楽しいですか?」
また質問、そしてそれは意味がある質問なの?
「そうね、色んなお店に食べに行ってるから、それなりにね。」
「例えどんな店でも相手が同じその人なら楽しいんじゃないですか?」
明らかに何かを言いたいらしい言い方。
揶揄うんじゃない口ぶり、大体そんな遠慮のない関係でもないし。
答える必要も感じないし、ちょうど頼んだお酒が来た。
オレンジから赤のグラデーションがきれいなお酒で目でも楽しめる。
ランチのときに頼むワインとは違う。
それなりのお値段と手間がかかってるんだから。
その色を堪能してたらこつんとグラスをぶつけられた。
それが乾杯の挨拶だなんて思えないくらい無言で、突然だった。
そして目が合う前に一人でグラスをあおってる。
もしかして不機嫌なの?
早く相談を始めようか・・・・。
「そういえば何か相談があったんだよね?何か困ってる人でもいた?」
「・・・・どこにですか?」
「相手先。営業先。」
「いません。仕事はそれなりに頑張って、それなりにいい感じだと思ってます。」
そう言いきるくらいなら、安心していいんだろう。
そんなことよりもっと根本的なこと?
会社の中に困った人がいる?
苦手な人がいる?
それともやっぱり仕事が合わない?
この間の子がすごく迫ってくるって事もないよね?
そんなタイプじゃないよね。
じゃあ・・・・?
考えながらグラスを傾けてたら、あっという間に飲みきってしまった。
ああ・・・美味しいのに。もっと味わうべきじゃない?
空のグラスを見つめて反省した。
「あんまり飲まないほうがいいんじゃないですか?」
「もちろん明日も仕事だし、考えてます。」
まったくじゃあ、さっさと相談とやらをすればいいのに。
グラスを置いて食事をすることにした。
富田林君のお勧めはなかなかいい。
きっとそれ以外も美味しいんだろうけど。
「ねえ、本当にちゃんと半分は食べてね。一人で食べたら私だけ太るじゃない。」
そういったら肩あたりから腰辺りまで、あからさまな視線を下げられたあと目が合った。
何よ!そういう視線で見たら視線をそらされた。
社交辞令の一言もなかった。
半分くらい自分が食べたお皿を富田林君の前に押しやった。
ホラホラ、早く食べて相談に乗るから。
結局三杯目はおかわりはしないまま。
目の前のお皿はまあまあ二人の平等な分け合いの元、空になった。
その間ほぼ無言。
「もういいな。お腹一杯。」
そう言った。
さて、相談でしょう、今こそ。
グイッとグラスをあおって空にした富田林君がバッグを引き寄せて、立ち上がった。
さっきの私のセリフは終わりの合図になったらしい。
「僕が誘ったので、当然ご馳走します。」
そう言われた。
そんな富田林君を見て店員さんが会計へ移動してる。
立ち上がり、私も終わりにした。
駅まで二人で歩く。
相談はやっぱり他の人へってそう思ったらしい。
大体仕事以外でももっと適役がいるんだから。
何で私にしようって思ったのか。
駅の改札に続いて入り、中で立ち止まられて振り返られた。
「ご馳走様。美味しかった。」
楽しかったかと聞かれたら微妙でしょう、お互いに。
「こちらこそ、ありがとうございました。送らなくても大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫よ、ありがとう。お休みなさい。」
そんな夜の挨拶も珍しい、というか初めてだろう。
この間はごちそうさまが大きかった。
軽く手を振って自分のホームに行った。
なんだったんだろう?
で、あの子はどうだった?
可愛い普通の子だった。
もっと遠慮のない二人だったら絶対揶揄ってたのに。
でも相談するくらいだったら、考える余地があるのかなって。
だったらそのうちに明るい顔でトイレの鏡に向き合ってるあの子を見れるかもしれないけど。
さて今度見かけてわかるかどうか。
鏡越しに目が合ったりはしないようにしてさっさと出たから印象しか残ってない。
眠い。
お酒が程よく心地よくて、このままするっと眠りにつけそうだった。
隣から声がした。
「ううん、別に・・・なんで?」
「ずっとため息が聞こえます。辛そうな表情ですよ。仕事手伝えるなら・・・・。」
そんな気の遣い方よりも何よりも、手伝うなんて。
いきなり独り立ちして本当に能力が開花したパターン?
驚いたけど、心配そうな表情でもある富田林君。
「大丈夫、ちょっと食べ過ぎただけだと思う。うるさかったらゴメン。」
そんなに気になるほどだったらしい。
「分かりました。」
じっと見られてそう言われた。
手が離れたつもりだったし、育て上げた気になって満足してたのに、もしかして私のやり方が悪かったとか?合わなかったとか?
いやいやいや・・・もっと根本的なへまもやらかしてるし、絶対そんなはずはない!
パソコンに向かった横顔をチラリと見て、心で結論を出した。
そう、やっぱり貧乏くじだったはず!
それでも粛々と仕事をこなせてるらしい。
いいことだ、そう思おう。
今一つペースののらない月曜日だった。
特別用もない日、ダラダラと残業に突入した。
そんな時に隣の席に来て富田林君に囁くように話しかけた子。
同期の子だろう。
笑顔がいい。
「太郎、今週末の誘い来ただろう?」
「ああ・・・・返事してないけど、飯田、行く?」
「もちろん。太郎も行こう。絶対楽しいから。」
「まあ、いいけど・・・・。」
「良かった、たまには誘えって言われたんだよ。」
「誰に?」
そう聞いたのに笑って手を振っていなくなった人、『飯田君』らしい。
そう、今までだって飲み会の誘いはあっただろうけど、たいてい仕事が終わらなくてキャンセルしてたんだろうから。
それは自業自得であり、災難のように私も付き合った。
仕事が終わるなら楽しんで来ればいい。
同期女子で飲んだ木曜日。
金曜日にしないあたり、参加率が下がるのが理由だ。
そんな暗黙の気の遣い方、それが女子には求められて当然なんだろうか?
彼氏より女子会、たまにはいいのに・・・・・。
彼氏がいても金曜日に予定がない人もいる、ここに。
まだまだ、そういうタイプなのかなぁ。
3ヶ月ってそんなお試し期間を持ちたいタイプなのかなぁ。
まぁ、あの富田林くんも3ヶ月で次のステップに進めたんだから、そんなことも有りか無しか。
3ヶ月経つ頃は本当に連休あたり。
いきなりの旅行ってことになるけど。
でも、旅行・・・とは言ってない。『遠出』に誘われただけ。
ただ、さらりと出たその遠出の話もどうなったの?
続編無しの状態。
いきなり連休に長い時間を過ごすんだろうか?
日帰りの長い時間ならそれでもあり。
ただその話も具体的な話はない。
そして週末は健全に昼のランチから夕方のコーヒーまで。
シンデレラにも及ばない余裕のある一日のデート。
ああ、なんでこんなことで悩んでるんだろう。
「呉さん、余裕があったら相談に乗ってもらってもいいですか?」
となりの富田林くんから声がかかった。
頭は忙しいけど、仕事もまだまだだけど、気分転換に偉ぶってみてもいい。少し余裕がある自分を見たい、今。
「いいわよ、いつでも。」
「じゃあ、今でも・・・・。」
「いいわよ。」
少し前までもっと視線が下から伺いを立ててますって感じだったのに。最近はすっかり背の高さの分見下されてる気がする。
相談された仕事相手は私が富田林くんに引き継いだ所のことだった。
そして内容も確認レベルのもので、偉そうにアドバイスするところもなかった。
それでもお礼は言われた。
「呉さん、ありがとうございました。」
その表情は最初の春の挨拶のときに見た笑顔のようでも、やはりどこかしっかりした印象を与える、それが半年の成長なのだろう。
お互いにパソコンに向き合う。
少しは気分転換になった。
やはり褒められたり、お礼を言われると気分は上がる。
その後は地味な感動の余韻に浸って仕事を終えた。
意識して少し顔を上げて歩く。
さぁ、帰るわよ!そんな気分で。
「呉さん。」
歩き出してすぐ、後ろから声が聞こえた。
振り向いたときに見た笑顔はお疲れさまです、なんて開放感のある笑顔よりは少しだけ緊張してるようだった。
「どうかしたの?」
お疲れ様の挨拶はさっき帰るときに言ったから、そう聞いた。
「少しだけお時間いただけませんか?」
・・・・この仕事後に・・・私に?
嫌な予感しかしない。
もしかして成長しても仕事がつまらないとか、そういうことを言われるの?
そんな相談役まで引き受けるべきなの?
「あの、少しだけ。」
「いいわよ。別に急いでないし、軽く食事してもいいし。」
さすがにその辺のカフェで重たい話もなんだろう。
さほど重たい話に付き合う心の余裕はないけど、やっぱり気になることに集中しないですむなら、それはそれで。
「じゃあ、少しだけ・・・。」
富田林君の案内で連れて行かれたのは相談ごとには向いてないくらいの静かなお店だった。
食事よりお酒の気分らしい。
ここでいいですか?なんて聞かれずに開かれた扉に二人で吸い込まれた。
『二人』と店員さんに指を立てて、うなずかれて、勝手に奥の席に進んだ富田林君。
何度か来てるみたいじゃない。
「あ、このお店でよかったですか?」
「今更聞くの?」
「すみません。」
「いいお店じゃない、誰かと何度か来てるのよね。」
そういいながら引いてもらった椅子に座った。
そんな気遣いも出来るらしい。
本当に成長したんだろうけど、もしかしてプライベートでわがまま女性相手に成長させられたパターン?
「何かお勧めある?お腹空いてるんだけど。」
メニュー表を見ながら聞いた。
どのくらいの量なのか分からない。
お勧めの数品を頼んでもらった。
お酒は自分で飲みなれたものを選んだのは当然。
これは奢られるパターンだろうか?
相談料と言われたら、払ってもらってもいいような気がしてくる。
お酒が先に来て、とりあえずグラスを合わせた。
一緒に外回りして、カフェで手早くランチを取ったり、休憩したりしたことはある。
正面に向かい合ってたあの頃、薄暗いここで横並びなのが気になる。
テーブルの分は離れてない距離感。
それよりももっともっと近いんだから。
さすがにすぐに相談とはいかないから、最近の近況を話したりして。
私が週末に行ったお店の美味しいところを教えたり、逆に富田林君の過ごし方を聞いたり。
「友達に会って食事をしたり、一人で買い物に出かけたり、そんな感じです。」
「そうなんだ。」
ここは誰と来るの?なんて聞かずにいたのに。
「呉さんみたいに楽しい週末じゃないです。」
そう言われた。
無視した。
うるさく浮かれてた私がいたとしても気にしないで欲しいのに。
最近はそうでもないはずだし。
「美味しいね、これ。」
料理の感想に話題を変える。
「一人でも飲みにいくタイプ?」
「いいえ、一人だと部屋でも飲んでなかったくらいですが、最近少し飲むことが増えたくらいです。」
ここはひとりで来てもいい感じだと思う。
カウンターも長く取ってあって、一人で飲んでる人はいる。
でも、やっぱり誰かと来てるらしい。
自分が一人で飲んでる姿は簡単に想像できた。
そっと横を見た。
真面目な顔で、少しもリラックスしてない顔でグラスを傾けてる富田林君。
相談って何???
そう思って少し前に小耳に挟んだ話を思い出した。
トイレで後輩が話をしていた。
『まだまだ仕事を頑張りたいって、だから今はそんな気にはなれないって。』
そういって水道の水音を立てる後輩の子。
多分一年目の子だろう。見覚えもない子だった。
『営業だし、忙しいのかな?やっと独り立ちしたばかりって言ってたよね。』
『うん。』
トイレから出て隣に並んだら、びっくりされたらしい。
先に来てたんだけど・・・・・。
個室で静かに、ちょっとぼんやりして時間がたっただけです。
話の邪魔をしないように、すぐに出た。
そんな小さな話はとても気になるほうで。
どう考えても相手が営業の新人ってことじゃない?
となると確立は二分の一、で、あの子のタイプだと・・・・って考えると、そっと富田林君を見た。
こっちを見てたみたいで目が合った。
「食べてる?」
ぎょっとした気分をうまく隠してそう言ってみた。
「はい。」
そう言うけど、ほとんど減ってない。
その代わりにグラスはほぼ空っぽで。
自分のグラスも空にした。
お酒も美味しい。
まだまだいいじゃない?
「一人じゃ飲まないんだったら、今日は飲んだら?どうせ飲みすぎるって事もないでしょう?」
ただし、奢りはしませんよ。
自分のお金でどうぞ。
私のグラスも見られたので一緒にメニュー表をみて二杯目を注文した。
季節のお勧めは三種類。
全部試して終わりにしよう。
そのくらいだったら大丈夫だから。
減らない食事に手をつける。
「週末のランチのときにもお酒を飲みますよね?」
「少しだけね。軽く一杯ぐらいね。」
「それじゃあ、ほろ酔いにもならないくらいですか?」
「そうね、ランチだとそんなものじゃない?それともどこまでも飲める富田林君は違うの?」
「最近の週末は楽しいですか?」
また質問、そしてそれは意味がある質問なの?
「そうね、色んなお店に食べに行ってるから、それなりにね。」
「例えどんな店でも相手が同じその人なら楽しいんじゃないですか?」
明らかに何かを言いたいらしい言い方。
揶揄うんじゃない口ぶり、大体そんな遠慮のない関係でもないし。
答える必要も感じないし、ちょうど頼んだお酒が来た。
オレンジから赤のグラデーションがきれいなお酒で目でも楽しめる。
ランチのときに頼むワインとは違う。
それなりのお値段と手間がかかってるんだから。
その色を堪能してたらこつんとグラスをぶつけられた。
それが乾杯の挨拶だなんて思えないくらい無言で、突然だった。
そして目が合う前に一人でグラスをあおってる。
もしかして不機嫌なの?
早く相談を始めようか・・・・。
「そういえば何か相談があったんだよね?何か困ってる人でもいた?」
「・・・・どこにですか?」
「相手先。営業先。」
「いません。仕事はそれなりに頑張って、それなりにいい感じだと思ってます。」
そう言いきるくらいなら、安心していいんだろう。
そんなことよりもっと根本的なこと?
会社の中に困った人がいる?
苦手な人がいる?
それともやっぱり仕事が合わない?
この間の子がすごく迫ってくるって事もないよね?
そんなタイプじゃないよね。
じゃあ・・・・?
考えながらグラスを傾けてたら、あっという間に飲みきってしまった。
ああ・・・美味しいのに。もっと味わうべきじゃない?
空のグラスを見つめて反省した。
「あんまり飲まないほうがいいんじゃないですか?」
「もちろん明日も仕事だし、考えてます。」
まったくじゃあ、さっさと相談とやらをすればいいのに。
グラスを置いて食事をすることにした。
富田林君のお勧めはなかなかいい。
きっとそれ以外も美味しいんだろうけど。
「ねえ、本当にちゃんと半分は食べてね。一人で食べたら私だけ太るじゃない。」
そういったら肩あたりから腰辺りまで、あからさまな視線を下げられたあと目が合った。
何よ!そういう視線で見たら視線をそらされた。
社交辞令の一言もなかった。
半分くらい自分が食べたお皿を富田林君の前に押しやった。
ホラホラ、早く食べて相談に乗るから。
結局三杯目はおかわりはしないまま。
目の前のお皿はまあまあ二人の平等な分け合いの元、空になった。
その間ほぼ無言。
「もういいな。お腹一杯。」
そう言った。
さて、相談でしょう、今こそ。
グイッとグラスをあおって空にした富田林君がバッグを引き寄せて、立ち上がった。
さっきの私のセリフは終わりの合図になったらしい。
「僕が誘ったので、当然ご馳走します。」
そう言われた。
そんな富田林君を見て店員さんが会計へ移動してる。
立ち上がり、私も終わりにした。
駅まで二人で歩く。
相談はやっぱり他の人へってそう思ったらしい。
大体仕事以外でももっと適役がいるんだから。
何で私にしようって思ったのか。
駅の改札に続いて入り、中で立ち止まられて振り返られた。
「ご馳走様。美味しかった。」
楽しかったかと聞かれたら微妙でしょう、お互いに。
「こちらこそ、ありがとうございました。送らなくても大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫よ、ありがとう。お休みなさい。」
そんな夜の挨拶も珍しい、というか初めてだろう。
この間はごちそうさまが大きかった。
軽く手を振って自分のホームに行った。
なんだったんだろう?
で、あの子はどうだった?
可愛い普通の子だった。
もっと遠慮のない二人だったら絶対揶揄ってたのに。
でも相談するくらいだったら、考える余地があるのかなって。
だったらそのうちに明るい顔でトイレの鏡に向き合ってるあの子を見れるかもしれないけど。
さて今度見かけてわかるかどうか。
鏡越しに目が合ったりはしないようにしてさっさと出たから印象しか残ってない。
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