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6 たくさんの『どうでもいいや』と思えることに囲まれてる日々。

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次の朝、目覚めも良くて、そういえばすっかり携帯も見てなかった。

嵯峨野さんから連絡があったらしい。
うっかりしていたと言い訳できるだろうか?


『おはようございます。昨日はちょっと飲みすぎたみたいで部屋に着いていろいろしてたらすぐに眠りに落ちたみたいです。遅くなってすみませんでした。また連絡します。』

とりあえず言い訳をして、謝って、勝手にスッキリした。



・・・といいたいところなのに。


もう一件着信があった。

『相談のことで。』

そういうタイトルで初めてのメールが来ていた。
昨日お礼を言って別れた富田林君だった。
電車の中で送ってきたらしい。



『昨日はお時間を頂いてありがとうございました。少し酔ってる感じだったし、また後日相談させていただきたいと思います。ありがとうございました。また誘います。』


えええ~、何で?
大体酔ってなかったでしょう?
無言の時間もあったのに、何で言い出さなかったの?
だいたいほかの人でもいいんじゃないの?


返事をどうしていいのか、そのままにした。

朝は忙しいの。
そうでなくても余計なことをした朝だったのに。
余計なこと・・・・・・それは嵯峨野さんへの返事だ。
さすがに『余計な事』は酷いか。


なんて考えてる時間ももったいなくて動いた。

いろんな事が同時進行で進む。

洗濯は今日帰ってからでいい。

コーヒーをセットして朝ごはんを用意しながら顔を洗い、化粧をしながら服を選んで。
食事をしながら昨日サボった今日の天気の確認と、化粧をしていく。

会社にはいつもの時間に着いた。

隣の席はいなくて、ホワイトボードを見たら午前中外回りだと分かった。

返事を待たれてるんだろうか?
やっぱりよく分からなくて無視したまま。


仕事を始めたら本当に忘れてた。


ランチは誘われて外に。
特に目新しい話題もない。
適当にテレビや芸能人の話をしてランチも食べ終わった。


やっぱり昨日のお店はおいしっかったと思う。
名前からはいま一つ想像できないメニューだったから一人じゃあ決められなかった。
富田林君が勧めてくれたものをそのまま頼んだ形だったけど、また行ったら違うものを食べてみたいと思うくらいに。
お酒も美味しかったし・・・良かったな。


トイレでも何の偶然もなく、席について仕事を始めてた。


「お疲れ様です、呉さん。」

いきなり上から名前を呼ばれて本気でびっくりした。


「お疲れ様。」


そう返したけど、その後は続かず。

お互いに沈黙のまま視線をはずして仕事を始めた。

後一言お礼を言った方がよかったのだろうか?
もう今更かもしれない。


静かな二人、でも目立つことはない。
そこそこ皆静かか、外回りでいないかだ。
隣から悲鳴がしなくなって、最近は課内もそこそこ静かなのだ。


結局改めてお礼もせず、返事もせず。
だんだん自分の礼儀の正しさに自信がなくなったけど、時間がたつほど掘り返せないことはある。
そう思ってもらえたらうれしい。
今度の時があったらそう言おう。


おかげさまで何かが吹っ切れたかのように最初の悩み事を軽く出来て、ついでに新しい疑問も忘れて平常心で仕事が出来始めてる。
そう、週末はまたまた相変わらずだった。
ただ忙しいからなかなか予定が立たなくて、と謝られた。
金曜日の午後になって週末の予定を決めたくらいだったから。

そんなに忙しいなんて大変だなあ、そう思ったくらいだ。


美羽の彼氏はそうでもなさそうだし、配属部署のせいだろう。



嵯峨野さんの仕事のことは踏み込んで聞いてないのでよく分からない。
そう思うと何度会っても知らないことは多い。
部屋を見るともっと個性が分かり、夜を過ごすともっと・・・何かが分かるだろうか?


外回りは新人が自立した今、随分受け持ちも含めて減ってる。
しばらくは手元の仕事を進めていくだけ、内勤も増えてる。


そうなるとランチの友達に合流する日々。

外に食べに行くと社内の噂が更新されることもよくある。
グループに一人情報通がいるとそうなる。

そして人気のある人の噂の話では・・・・。


「やっぱり一番の花形だと言われてるのが営業よねよね。」


皆が私を見る。

「ただ、男性に限ってしかその噂は出てないけどね。」

そう続けられたら皆の顔が納得顔になった。

ムムッ。


「相変わらず大垣君も人気上位みたいだし。」

「なんでよ、あれは口は悪いし、美人の彼女がいるのに?」

「人気って言う意味ではそういうこと。かっこいい先輩ってことでしょう?」

そうですか、まあ、程よい距離感から見ればね。
だいたい彼女がいても飲み会には参加するし、気はきくし、面倒見はいいし、適当に軽くてにぎやかで・・・・・だからそうなるのか。
私の貧乏くじの悩み相談にはうってつけなのに。
女性にしか通じない『良さ』だとしたら残念な男なのか。


他にも営業の名前が出る。
皆も暇なんだろうか?
他の課にもいるだろうひっそりイケメン。
なんで営業が注目されるかというと、飛び切りのイケメンが一人いたからだと思う。

私が新人の頃に5個上くらいに一人いた。
もう社内女子がざわざわして、常に女性の視線を集めてた人。
転職して一年くらいだろうか?
本当に誰もが悲しんだようなビッグニュースだっただろう。
最後にと思って告白するという暴挙に出た人は数人いたらしい。
すべてが撃ち落されたらしい。

だって彼女はいたし。


そんなこんなで繰り上がり一位で次のターゲットにふさわしいのは・・・・やはり営業のメンバーが数人上がって。
そして今に至る。


私も彼氏がいたからかっこいいとは思ってもさすがに無駄な接触はしなかった。
確かに目を引く人はいるのだ。

だからと言って大垣じゃあまだまだなのに。


「香純担当の子も人気があるみたいよ。まだ手垢がついてないしフリーだってことで一気にランク上位に行きそうだし。」


富田林君?


「なんで彼女の事とか知ってるの?」

「さあ、誰かが確かめたんでしょう?いるの?」


「・・・さあ?」首を倒した。

いると思ったけどいないかもと思い、出来たんんじゃないだろうかと思ってたけど、やっぱり断った形なのだろうか?とも思ってる。
確かめてないから分からない。


「爽やかで優しそうだし、スタイルもいいしね。」

冷静に遠くから見てそう評価されてるらしい。
近くにいては見えない事はある。

「確かに身長は高いかな。」

「もう一人の新人君もなかなか評価がいいらしいよ。」

「そっちはもっと知らない。」


指導担当が苦労してないという事実だけしか知らないけど、それで十分でもある。
人当たりは良さそうだし、印象はいいだろう。

あのトイレの子もそっち狙いで行った話だっただろうか?


そんなランキングから抜け出て誰かの物になると当然話題になる。
今回の話題に出た子はよその後輩で一緒に飲んだこともないから知らない子だった。
何度も飲み会でアプローチをかけていた努力を実らせた子がいたらしい。

人が集まるとそれぞれの距離感ができる。
社内でそうなると噂はすぐに拡散されるのに。
それでも果敢にチャレンジして勝利をもぎ取りたいらしい。



「それで、小旅行の行き先は決まったの?」

その質問は私に向いていた。


「ううん、忙しいみたいで、週末もなかなか寸前にならないと予定が立たないって。」


「そうなの?」

そう聞いたのが美羽だった。
美羽の彼氏はやっぱり違うらしい、明らかに。

「だから、多分、ないね。」


なんとなくそれでいい、別にいいって思いが強くなってきた。


普通に空いてる日にランチでも、なんでも。
いっそ自分で一人旅でもいいけど、連休にそれは寂しい気がしてくるだろう。
行くなら有休をとった日に、優越感にひたり寝坊し、ぶらぶらしたい。

仕事のバランスを見てそんな有休をとってもいい。
すごくいいアイデアに思えた。


ランチが終わって自分の席に戻った。

隣には相変わらず先月まで手のかかる貧乏くじだった富田林君がいる。
今はすっかり一人前の顔で仕事をしてる。
今は恋愛より仕事、そう言ったのが急な告白を断る言い訳だったのか、それとも本当にそう思ってるのか。あとは全く無関係のパターンもあり。

じゃあ、相談って何?


まあ、いいや。


眠気と戦い仕事をするべし。


「呉さん。」

課長に呼ばれて席を立った。

新しい担当を割り振られた。
ずっしりと書類をもらった。

「今回は二人で担当してほしくて、最初は大垣君に頼んだんだけど断られたから、元の富田林君とのコンビでやってくれる。」


なんと・・・・。

「分かりました。」


じゃあ、一緒に呼んでくれればいいのに。
富田林君にも直接そう言ってほしい。

一緒につけられた名刺が一枚。
相手の会社の窓口になる人だろう。

回れ右で自分の席に戻る。
課長から自分の名前が出たのは聞こえてたらしい。

「富田林君、今余裕ある?これ二人で担当するみたいだけど。」


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」

大丈夫そうな顔だ。そうなんだろう。
 

まず自分で書類に目を通して隣の席にずらす。

自分がメインで、名刺を見て連絡を取った。
とりあえず顔合わせをしたい。

こちらの担当ということで二人の名前を連名にしてメールをした。


すぐに気がついてもらえたらしくリターンがあり、書類に目を通してた富田林君と日程を調整して相手と打ち合わせの日を決めた。
あっさり決まって良かった。


「どう?何かある?」

「いえ・・・今は・・・・。」

一通り目を通したらしい。
今の時点ですり合わせすることもない。

私の会社はクリーニング製品を主に扱ってる会社だ。
キッチンやお風呂トイレの水回りから、床から窓の屋内、後は専用業者の業務用のワックスなども。

たいていの人はコマーシャルで製品名を耳にしたことがあると思う。
並みいる国内メーカーから飛び出すためにさすがにインパクトのある名前や、デザイン、CMなどを仕掛けてる。
実際知っていても買ってくれてる人がどのくらいいるのか。

市場調査ではまずまず戦えているとは聞いている。

どう転んでもおしゃれな雑誌に載ることはないけど、ネットを通じて広めていくことも今のやり方で、それなりに出荷量は伸びている。


営業では大口の業務用の購入先を契約してもらったりする専売契約部門と、広告媒体となる先を見つけたり、小売店をたくさん持つ大手の販売元と折衝してポップを置いてもらったり、特設コーナーを作ってもらったりする小売店販売部門がある。

私は大口担当で、隣の富田林君もそうなった。
商品を持参して、とにかく人に会う。
お願いする、その上またまたお願いする。

下げる頭は軽くなり、お礼を言う口は簡単に感謝の言葉を数種類使い分け、笑顔も簡単に出る。
少し位のパワハラセクハラなんてスルー出来る。
楽しそうに振舞って相手の児戯に付き合うくらいなんてことない。

元々打たれ強い根性ありの私だったのだ。


そして大口の契約を取り付けてから、その後のフォローまで。
隣もこのところしっかりしてきたんだったら頼りにもなるだろう。
間違っても足を引っ張ることはないだろう。
安心したい、気を抜かずにいながらも安心したい。

商品のサンプルとパンフレットなどを一式詰め込んだ荷物を持っていく。
それでも二人で持てば半分で済むじゃない。
今回は業務用でのかなりの大口消費の予定だ。気合も入るのだ。
約束は二日後、相手の会社でとなった。


そんな段取りをして、一息入れようと席を立った。


休憩室に行ったら大垣がいた。
人気があるらしい大垣、外面はいい大垣、今回忙しいと課長のオーダーを断ったらしいヤツ。


「お疲れ。」

「ああ、お疲れ。」

「課長からさっき仕事を割り振られたけど、そっちに行く予定だったみたいじゃない?」

「ああ、確かに言われたけど、俺今忙しいんだよ。営業先がでたらめに遠方なのもあるし、ちょっとバタバタしてるんだ。他の奴にしてくれって言ったんだけど。」

「おかげで富田林君と組むことになりました。せっかく手を離したのに、また一緒に仕事をします。」

「いいじゃないか?お互いに慣れてるだろうし。」

何かが起こる事に慣れてる、しっかりしたらしい富田林君には慣れてない。
本当に大丈夫なのか、一抹の不安があるんだから。



「まあ、頑張れ。」

「言われなくても。」



「そういえば大垣、人気者だって言われてたけど、自覚ある?」

「あ?なんだそりゃ?」


「ああ、・・・・ごめん、勘違いだったんだ。気にしないで。」


「別に。」


自覚はないらしい。やっぱり彼女もいるし突撃する人もいないんだろう。


「ねえ、新人三人は上手く育ってると思う?」

「問題ないよな?そっちの担当もなんとか追いついただろう?」

もちろん富田林君の事だ。他の人からも平均点はもらえてるらしい。


「じゃあ、特に悩んでる子がいるとか聞いてないよね。」

そう言ったら変な顔をされた。

「別に、三人無事に育ってくれたらうれしいなあって思っただけ。私は他の二人をあんまり知らないし。」

「問題ないだろう。」


富田林君は誰にも相談事は明かしてないと分かった。
チラリとも言ってないらしい。

大垣に相談すればいいのに。
その辺のフォローも上手なのに。私よりはずっと話しやすいだろうに。


あ、もしかして一応指導先輩の立場を考慮してくれたとか?

もう、そんなのいいから。
気にしなくてもいいのに。


でも仕事が合わないと言われたらガッカリはするだろうなあ・・・・・。



もうそれ以外の相談内容は想像つかないし。


「で、今度の相手はろくでもない奴じゃないだろうな?」

ボンヤリしてたらいきなり聞かれて。

『相手』が彼氏であり、それが嵯峨野さんだということにしばらく気が付かずに間が空いたのはぼんやりと休憩モードだったから。

「もちろん・・・・・・大人で落ち着いてるいい人。」

そう言った。

「毎回そんな誉め言葉を聞いてるけどな。最後まで褒められたらいいのにな。」


最後って何よ・・・・。

「褒めます。」

そう宣言した。



休憩を終わりにした大垣に続いて帰ろうとしたら、富田林君が来た。


目が合ったので二人でごゆっくりと声をかけてすれ違った。


どこかにあの女の子はいただろうか?
いなかったよね。
こんな偶然で一緒に休憩出来たらうれしいだろうに・・・・・って振られたんなら気まずいか・・・・。

そんな偶然をこっそり喜んでる子が他にもいるんだろうか?

誰かにとっては富田林君もそんな感じなんだろうか?


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