打たれ強くて逞しい、こんな女に誰がしたっ!!

羽月☆

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10 勘違いだとは思えない自信を聞く。

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「はい、呉です。」

「富田林です、お休みの日にすみません。」


「何かあった?」

もしかして本当に仕事してる・・・・訳はないと思うけど。
そうだといい、それならちょっとしたアドバイスも出来る。
何か打ち合わせの不備を思い出したとか、うっかりなことを思い出したとか。

そう思って聞いたら、やっぱり間が空いた。


「外にいるみたいですね。出来たらお時間頂けませんか?」


むしろ今だったことに感謝しよう。
今日はゆっくり時間はある、明日もゆっくり休める、月曜日まで時間を置くことができる土曜日の午後。

「食事が終わって、のんびりしてるところなの。」



「どこにいるんですか?」


駅を教えた。

「近くにいます。20分くらい待っててもらえませんか?そこに行きます。」

そう言う声が移動してるのが分かるくらい、背景の音が動いてる。


「ゆっくりでいいから。場所をメールする。」

そう言って電話は切った。


ため息を一つ、静かに椅子に沈み込んだ。

ここで話ができるかは微妙だ。
どこか場所を変えた方がいいだろう。周りが気になって仕方ない。


さすがにあのまま何の反応ももらえない富田林君の気持ちも痛いほどわかる。
ましていつも隣にいて、付箋ひとつで約束も返事もできるくらいなのに、無し。

考えても返事が出る事じゃない。

今はまだ、すぐに返事が出来る感じじゃない。


じゃあ、いつ?
断るなら今でもあの時でも問題なかった。
考える余地があると思ってしなかったんだろうか?

まずは嵯峨野さんと・・・・・・そう言う気持ちも・・・あった?
そこはきちんとした今は?


じゃあわざわざつぶやいた寝言のような名前は何だったんだろう?


自分でもよく分からない。


やっぱりこのところのロクデナシ二連ちゃんで自分にも自信がなくなってる。


静かに考えてたら携帯が震えた。


あと少しで着くらしい。
分かりやすい場所だし、すぐに見つけてくれるだろう。

顔をあげた。




入り口は見えなくても長く続く通路が見える。
こっちから来るだろうか?

どんな表情だろうか?

『ここよ。』そう知らせるように手を振る自分が簡単に思い浮かんだ。
笑顔だったかもしれない。



「お待たせしました。」

聞き慣れた声がしてびっくりした。

当然待ち人の富田林君がそこにいた。


見逃したんじゃない、思ってたこっちからじゃなかったみたい。


「すみません、土曜日のお休みの日に。」

「大丈夫。のんびりしてたから。」

謝るのはこっちだ。


「食事は済んだんですよね?」


「そう、デザートまで済ませたの。」


「じゃあ、お酒はどうですか?」


「いいよ。」

そう言って移動した。



余裕をもって作られたお店を選ばれた。
ランチタイムも終わりティータイムをゆっくり過ごしたい人が来る場所。
それでもちょっと入りにくい気がするお店だった。

「やっぱりいろんな場所知ってるじゃない。」


「前に友達と来たんです。ライブの時以外はゆっくりできるって聞いてたので。」


ゆったりとしたソファに座りお酒を頼んだ。


「ランチの時には飲まなかったんですか?」

「飲んだよ、二杯。でも一杯は食前酒だったし、あと少しは大丈夫。」



「あの人じゃないんですよね。」


「友達数人、久しぶりに会って食事してたの。」


「あの人とは・・・・。」


気になるだろう嵯峨野さんの存在。
気にしなくてもいいけど、今別れたと言ったら理由が富田林君ってことになりそうで。


「すみません、知ってるんです。呉さんが有休でいない日に大垣さんと貫井さんの話を偶然聞いてしまって。」

貫井さんとは美羽の事だ。
同期二人が私の事を話してても不思議じゃない。
それが社内なのは当たり前だ。

「そう・・・まあ、そういうこと。ずっとそうなるなあって思ってて、だから思い切って私から終わりにしただけ。本当にいい人だったけどお互いちょっと違ったんだと思う。」



「なんだか、その出来事に僕の存在は全く関係ないからって、わざわざ念押しされてるみたいです。」


そう言われた。

いつも楽しくお酒を飲むだろうのに、好きな場所で美味しいお酒を楽しむ時間のはずなのに。
最近私とじゃあ全くそんな表情じゃない。さすがに申し訳なく思える。


「ごめんね、そこはそうかもしれない。自分でも上手く言えないけど、タイミングとしては関係ないかも。」


「そうですか。」




「ねえ、美味しいよね?もっと楽しそうに飲んで。私も美味しいって思ってるし、せっかく連れてきてくれた場所なのに。楽しみたい、楽しんで飲んでる富田林君の顔を見たい。食事は終わったの?」


笑顔で聞いた。


「簡単に済ませました。」


そう言われて、私はメニュー表に手を伸ばした。

「食事も美味しいです。」

そう言われてもさすがにコース料理を食べた後じゃあ無理。


「ああ、ごめん、結構食べたの。食事は無理だな。美味しそうなのに、残念。」


「富田林君、食べたかったどうぞ。」


「僕もいいです。飲む方で。」

「そう。」


メニュー表は手放した。


「有休は何かを忘れるための旅行だって、大垣さんたちはそう言ってましたよ。」


「もう、違うのに。タイミングで今が良かったからちょっと行っただけなんだけど。でもあの二人がさり気なく気を遣ってくるから、しばらくはその仮説にのろうかな。」


冗談のような明るい話題にして、求められてる反応をしなくてはいけない事実から逸れていく。
この雰囲気じゃあ聞きにくいだろうと、そうしてる部分もある。




「後二年早く生まれてたらって、そう思います。同期で入ったらもっと違ったかなって。」

貧乏くじは引かなくていい今年。
ただ同僚に落ちこぼれがいて助け合っただろう二年前。
二年上で新人として見れたから『爽やかな子』って思えたけど。

どう?


「二年前も同期の人気者になったかもね。」


印象は変わらなかっただろう。
同期で爽やかだなあって思った人がいただろうか?
噂の先輩をかっこいいとは思った、同期はあんまり気になる人もいなくて。
大垣はすぐに仲良くなれたけど本当に同僚で、美羽と一緒に三人でいる事にも違和感がなかった。
二人でいても雰囲気は変わらない。

だいたい私だってすぐに、彼氏は出来た。
最終的にロクデモナイ思い出の相手になったけど、その頃社内の人に特別に注目することもなかった。


「やっぱり返事はもらえないですか?」


やっぱり言いたいらしい、聞きたいらしい、当然ですが。


「う~ん・・・・・、もう少し時間をおかない?本当によくある勘違いじゃないかなって気がするんだけど・・・・。」


視線は動かせない。自分のグラスを見つめたまま。


「僕が勘違いしてるとして、じゃあ、呉さんはどうですか?勘違いだとしても少しは嬉しいって思ってくれるんですか?」


静かに聞かれた。
怒ってるわけじゃない?・・・それとも何で分からないんだと言いたい感情を必死に抑えてるだろうか?

「それはうれしい。先輩冥利にも指導係冥利にも尽きる。うれしいよ。」


「本当に勘違いであって欲しいって、そんな気の遣い方をしてますか?」


「男として、社会人として、まだまだ実力不足だってはっきり言われた方がうれしいくらいです。次の人を見つけたって誰かから聞かされるまでずっとそんな返事であいまいのまま隣の席にいないといけないんですか?」


「もっといつも速いペースで進めてるって聞きました。そんなトロトロとした関係を続けて満足する方じゃないって。」

「誰がそんな事教えたの?」


「大垣さんです。昨日全部話してアドバイスしてもらいました。」


全部って何?

あの事も教えたの?


そう聞いてみたけど言葉にはならない。


「全部です、記憶にある場面全部。」


あのわざとな寝言まで報告したんだろうか?
余計傷心有給とか思われたのかもしれない。

ああ・・・・・違うのに。

まあ、それはいい、そこの部分だけはいい、でも結局全部教えたらしい。

恨みたい、責めたい、喋り過ぎだと言いたい。
きっと美羽にもバレてる。
なんて思われるだろう・・・・。

やっぱりタクシーを呼び止めてでも帰ればよかった。
『乗ります!!』って大きな声で呼び留めて車の前に飛び出してでも帰るべきだった。
その前にあんなに飲むべきじゃなかった。


ああ・・・・再びソファに沈み込む。さっきのレストランより、富田林君の部屋のソファよりも深く沈み込める。


「すみません。」


謝られた。


「・・・しょうがない。」

そう、自分が悪いと反省はすべきだ。
さっさと返事をしてれば知られずに済んだことなのに。


今度こそ反省してグラスは放っとかれてる。
だらんと脱力して目を閉じた。
どのくらいあの二人が大人しくしてるだろうか?
気を遣ってやったのが無駄だったのかと、その分責めてきそうだ。


ソファに投げ出した手に何かが触れた。
二人の距離は十分ある。
広いソファに離れて座ってた。
なんの問題もない距離でいた。

そして体が近寄った気配はないから、手だけ伸ばしてきたらしい。

手を取られた。



逃げない私の手をゆっくり包み込むように握りしめてきた。



変な二人組の出来上がり。


ゆっくりソファが傾くような、重心の移動を隣で感じる。
つながれた手にもう片方の手が来た。


近くに座り直したみたいだ。



「絶対勘違いじゃないです。この間も言いました、ちゃんと時間はかけました。それは春の最初の日から確信を持ってます。担当になってもらえなかったとしても、それは変わらなかったと思います。」



「綺麗で笑顔の優しい素敵な先輩をずっと見て挨拶しました。」



「早く研修が終わって配属されたいって思ってました。」



握られた手が本気だと熱を伝えてくる。


「分かった。信じるから。」


そう言ったのに当然表情は変わらず。

「あと少し時間が欲しい。」



「考える時間ですか?」


「上手に断る理由を探す時間じゃないなら・・・・・。」


うなずいた。


片手が離れた。
その手をあげてお酒の追加を頼んだ富田林君。

まだまだ飲む気らしい。


「いいね、どこまでも飲めて。」


「もっと飲みたいなら部屋に招待します。美味しいお酒を買って帰ってもいいです。」


「眠くなったらうとうとしてもいいし。」

座り直す振りで耳元で言われた。


冗談なのか本気なのか、まさかの提案だけど、やっぱり冗談だろう。



部屋に誘い誘われることにも抵抗ないのは分かってる。

だから・・・・。


「じゃあ、そうしよう。お酒を買って富田林君のとこに行こう。」

冗談を本気にしてやった。
それはそれは驚いた顔をしてるのを見て満足した。


『なんてね。』って言う前に立ち上がられた。

当然手はつながれてる。
いきなりの動きにびっくりした。



「じゃあ、そうしましょう。」



「・・・・まだよ、さっき注文したじゃない。」


今さら冗談とは言えなくなった。
手を引いた顔が本当に嬉しそうで。


『上手くいきましたね。』
最初にメインで仕事をこなした時の満足そうな顔みたいだった。
三ヶ月評価の少し前、他の二人が一ヶ月目くらいでやった課題をやっと満足にこなせた一カ月以上遅れの舞台。
それでも本当に嬉しそうだった。

「お疲れ様。いい流れを作れたんじゃない?」

そう言って褒めた。私の全力の笑顔は自分が頑張って育ててきた成果がようやく出せたという安心感からのもの。


その後に契約書シュレッダーという大ポカがあったんだけど・・・・。


注文したお酒が来て、すごい勢いで飲んでる。


「ねえ、ゆっくり味わってる?」



「美味しいです、最高に。」


笑顔で言われた。

ああ・・・・もうこの後の予定は動かせない。

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