日比谷の吉祥天、幸せのお手伝いいたします。

羽月☆

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2 藤井 明 つぶやきを聞いた時

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祥子さんの背中が改札をくぐるまで見つめている。
今日も又断られた。忘れ物なんか無かったのに。
きっとあの時間には仕事が終わると思って途中引き返してきたんだけど。

祥子さんは今日も頼りがいのある先輩の仮面をつけていた。
オフィスの誰もがそれでこそ祥子さんと思う仮面。
その下の素顔がとてもかわいらしいことを知っているのは誰だろう?
上手にごまかされていたけど、一度気がついたらどんどん素顔を垣間見ることができるようになった。
去年までは本当に頼れる先輩だと思っていたし、仕事でどうにも悩んだときも一番に頼り相談にのってもらっていた。
どこから見ても、どんな時も尊敬できる先輩だった。

素顔に気がつくきっかけはある日の午後、面接ブースで休んでいたときのことだった。
ちょっと体調が悪くて面談予定をネットワークで確認すると予定分は終わってから、大き目のブースを借りて少し横になっていた。
もちろんブース予定表にも印をつけた。

自分の担当さんが面談に来るときは、自分のマグネットを使いブース使用の予約をする。
壁に大きなクリップボードがありどこからでも見えるようになっている。
ただネットワークの予定表には入力しなかった。
そしてブースの入り口で使用中を示す切り替えをするのを忘れた。
だって本当に具合が悪かったのだ。熱が出てぼうっとしてたせいもあった。
一度隣のビルのクリニックに行って薬をもらい飲んで休んでいたのだ。
横になって落ちるように眠ったらしい。
荷物はロッカーに入れていて僕がまだ残ってるなんて知らなかったんだろう。


気がつくとほとんどの照明が落とされていた。
一瞬どこだか分からない状態だった。
そんな薄暗い中、悲しい声が聞こえてきた。
なんだか分からなくて上半身を起こして息を殺して聴いていたら祥子さんの愚痴だと分かった。

オフィスの問題が全部祥子さんのところに行く。
それをバキバキとなぎ倒して足で踏んづけて、手をはたいて笑うようなたくましい姿からは想像もできない愚痴。
他のオフィスの嫌味な人の文句、上司の理不尽な放り投げ仕事、セクハラまがいの接待の時間・・・・次々と愚痴が出てくる。辛らつで毒舌でちょっと面白く聞いていた。
その場ではやり込められた感じでも、この低くつぶやかれる呪詛の念は相手に飛んでいってぶちのめしてるような映像が浮かんで。
それでもこのオフィスの部下については誰の文句も出ない、上司だけ。
いつも皆頼りきってお世話になって当然だというような空気も感じるけどそれでもきちんと受けとめてくれてる。
もっとしっかりしろとか自分でやれっなんて言葉は出てこない。

とうとう愚痴はプライベートな方面へ。
まずは家族の中でも弟の一人がかなりの頼りない子らしい、いくつだか知らないけど、もしかして自分より年上?
男つながりでか、祥子さんの彼氏の愚痴に移っていく。
祥子さんに彼氏がいることはもちろん知っていた。
後輩の彼氏の愚痴に共感し、自分のネタも披露して慰めてることもあった。

楽しいはずの盗み聞き。

それなのに時々鼻をすする音、あげく涙声のようになってきた。

彼の心変わりに。

「強くてしっかりして頼もしくて、すごいって褒めてくれてたのに。何で、よりによって・・・苦手だと言ってたか弱そうな子にほだされ・・・関係持って・・・・黙ってればいいのに、しかも何で私が捨てられるのよ、どうしてそっちを取ったのよ・・・・。嘘つき・・・・馬鹿・・・・そんな弱いばかりの女なんていないし、そんな強いふりの私も嘘よ、もっと弱いわよ、甘えたいわよ、縋りたかったわよ。いつもいつも強いばっかりなわけないじゃん。どんな超合金女だと思ってるのよ。生まれたてのヒヨコ並みに弱いわよ・・・・本当の私だって。うっ。』

これは聞いてはいけない話になってきた・・・と思っても静かにばれないようにと身動きしないでいるとどうしても耳に届く、弱い声、詰まる声。
いつものしっかりした頼れる先輩が涙声でどうしてと繰り返す。
とても切ない失恋話。
しかもまさか誰かに聞かれてるなんて思いもしてないだろう。

最初が毒舌交じりの楽しい愚痴だっただけにその落差に僕はどうしていいかわからなかった。
そのまま寝たふりをしてやり過ごすしかないと、又横になる。
今慰める人を必要としているのだろうか?
きっとお酒を飲ませて愚痴に付き合ってうなずいて、背中をぽんぽんと叩いて励ましたり。
でも誰かがいるときっとそんな弱さは見せないんだろう。
そんな祥子さんを分かってくれる人がいるなら、なにもこんなところで一人で泣かなくてもいい。
僕まで切ない思いに引きずられていく。
今までだったら想像もできなかったはずの泣き顔もそのときは思い浮かべることができた。
そんな顔をしないでください。
一人で泣かないでください。
いつもとは違う先輩の姿に驚きながら慰めたいと思う自分がいた。
でもその時はただただ一人静かに横になって存在を消した。

しばらくして大きく鼻をかむ音がする。
大きなため息が一つ、二つ、三つ。
ゴンという音がした。多分窓におでこをつけているんだろう。

そこには寂しそうな泣き顔が映っていませんか?
まるで僕の声が聞こえたように呟きが聞こえる。

「寂しそうな顔。かわいそうな一人ぼっちの顔。」

まだ声がゆれている。

「幸せになりたい。」と小さく聞こえた気がする。

帰ろうっと声がして足音がして祥子さんが入り口に向かうのが分かる。
はて、どうしよう。このままセコムを入れられると確実に警報を鳴らしてしまう。
事故報告レポートを明日出して結局居残っていたことがばれる。

どうしよう、どうしよう・・・・。

そんな動揺のままテーブルに手があたり小さな花瓶を倒してしまった。
しょうがない僕はお芝居をすることにした。

「あれ、何時ですか? わああああああ、こんな時間。何でこんなに暗いの?」

声を出しびっくりした風を装う。
必要以上にあわてたような音を立てて誰かいますか~と声を出しながらブースから出て行く。

そこには誰もいなかった。え?祥子さんは?一人芝居してたかな?
それはそれで恥ずかしい。
入り口にバッグが置いてあった。祥子さんのものだ。
もしかしてトイレ?
僕のこと気がついたかな?
もし気がつかないとしたらいきなり登場した僕にびっくりするだろう。

とりあえず髪をボサボサにして今起きましたみたいな様子で、それでも急いでロッカーからバッグを取ってついでに明りをつける。
眩しい。目を伏せる。
そこに祥子さんが帰ってきた。
確かに驚いてるみたいたけどきちんと涙は拭かれて化粧も直されてる。ちょっと鼻が赤いけど。

「あ、祥子さん。皆ひどいです。僕具合悪いから寝てるって言ってたのに・・・。」

本当にひどいからこれは怒るべきところだろう。

「皆僕を忘れてますよ~。」

「明君・・・そういえば・・・・。」

祥子さんも『すっかり忘れてたわ』みたいな顔。

「誰も僕を心配してくれてないんですね・・・・よくわかりました。僕の存在なんて・・・。」

ちょっと小芝居のように振舞う。

「ごめんなさい。てっきり皆と一緒に定時に帰ったのかと思ってたわ。具合はどう?」

心配そうに聞いてくる祥子さん。

「そういえばすっかり楽になりました。」

狭い場所に寝ていたせいで肩が凝ってる。肩を回しながら答える。

「良かったわ。明日つらかったら無理しなくていいわよ。」

「はい、でももう大丈夫です。」

じゃあと照明を落としてセコムを入れる祥子さんを見て、真っ暗なオフィスを眺める。
祥子さん、よく見るとおでこも赤い。やっぱりガラスにぶつけたんでしょう。
心の中で思った。



この時のことはもちろん誰にも言ってない。
でも祥子さんが彼氏と別れたという話はしばらくして聞かされた。
当の本人が「今度こそ、いい人とめぐり合うわ!」と元気に宣言していたのだ。
失恋の傷もいくらか癒えたのだろう。
そう思った。


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