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5 そろそろと近づいた日 ~萩原~

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すっかりパターンをつかんだ彼女の行動。
今日もその背中を見つめて1時間にもなりそうだ。
我ながらこの不毛なストーキングをいつまで続けるのか。

大きくため息をつく。

少しづつ覚悟を決めて、いざ行動しようと思いたったはずなのに。

今日は金曜日。待ち合わせじゃないのは確実だった。
様子を見たというかグズグズしたこの1時間。
さすがにもう自分から動いてもいいんじゃないか。
これまで一方的にではあるが彼女の行動に付き合ってきたんだ。
ぼんやりする時間があるのなら、こんなところで時間をつぶすなら、今日は自分に付き合ってもらってもいいだろう。
身勝手な理屈をつけて心を決める。
丁度彼女の隣の席の人が帰り支度を始めたようだ。

いざ。

席が空くのと同時にその席を目指す。
彼女は隣の席の貴重さなど気にも留めず、相変わらず窓の外に視線をやっていた。

いいなあ~。

小さなつぶやきが聞こえる。
彼女の見てるだろう外を見る。
大学生が固まって楽しそうにふざけ合っている。
ほとんど男子学生だが。
好みの男の子でもいるのか?
どの子を見てるのかは分からない。
荷物を少し乱暴に置いたらちらりと視線をやった風だったけど、全くこっちを気にするそぶりもない。
顔を見ないと気がつかないだろうけど。見たら気がつくよな・・・せめて同じ会社の人だとは。
相変わらず窓の外に向けられたままの視線に寂しさを感じてしまう。

思い切って声をかけてみた。

「お疲れ様、相川さん。」

突然現実に戻ったように意識が店内に戻ったらしい。
びっくりとこちらを見上げた彼女がそのまま固まる。
そりゃそうだ。
ほとんど接点がなくても自分が同じ会社の社員だとは分かってると思う。
何もうぬぼれてるわけではない。
会社ではいつも派手な目印となる南田が隣にいるせいで、自然と人目につくようになっている自分。
添え物のようだとはしても顔は知られてると思う。愛想のいい南田と対照的なだけに余計に。

言葉もない彼女の後ろから彼女の視線をトレースするように窓の外の大学生を見る。

「若い子が好きとか?」

ちょっとからかうように聞くと必死に否定する。
毎度のことながら一体何を見て何を思っていたのか。
何回後を追っても全くつかみどころのない時間の過ごし方をしていた彼女。
隣に座り緊張して真っ赤になる彼女をからかうように話をして自分のペースに持ち込む。
この1時間無駄にするわけにはいかない。
そうとは知らない彼女は20分くらいぼっとしてましたと、短めに言ったこちらに合わせて時間もかなりごまかしている。
ほとんど口をつけられてないコーヒー。
それにもまさかの猫舌だからと言い訳する。面白い。天然のような必死のごまかしが。

もうあとはこっちのペースで返事もはっきりと聞かずに席を立ち外に連れ出す。
コーヒーを捨ててあげるだけでもついてくるしかないだろう。
本当に減ってないコーヒー、捨てられたコーヒーの重さが彼女の無駄な時間を物語っていた。

週末なのに、一体何をしてるんだ?軽い怒りさえ覚えてしまう。

まんまと外に出て、ここ最近調べていたレストランに電話して予約をして電車に乗る。
同じ電車を使ってることは気が付いていたので沿線上で探したお店だった。
最寄り駅を聞くと自分の最寄りとそう遠くない駅だった。
タクシーで送っても大丈夫だと思うと何やら俄然やる気が出てきた。
今日は食べさせて飲ませて楽しい時間にして、目標としては連絡先交換と次回の約束。
自分の中でいろいろと策略をめぐらしていて段取りを考える。
話はしなかったけど、いきなり巻き込まれるように食事に連れていかれてる彼女の頭の中も忙しいだろう。
いろいろと考えてるはずだ。

ただ混んできた電車の中でさりげなく他の人から守るように誘導して、彼女の正面にかなり密着して立つ。
本当に混んでるし否応もないということで。
たまには役に立つじゃないか、満員電車。初めて感謝したくなった。

降りる駅に到着。体を寄せたそのままに手を取って一緒に降りる。
多くの人が降りたので手をつなぐ必要性があったのだ。
流れに乗っていればはぐれることもなかったが、そのまま手をつなぎ改札をでて商店街を歩く。
初めてだけど目指すお店は商店街の中とあって戸惑うこともない。
かなり吟味した分、位置情報もしっかり把握している。
彼女は珍しそうにキョロキョロしている。
初めてなのは明かだ。
彼女の好奇心を満たすようにゆっくり歩きつつ、目的地に導く。

しゃれたレストランで、半分個室のように仕切られていて、何よりも正面で向かい合うんじゃない席が気に入った。
ほとんど初対面のような2人じゃあ正面よりはリラックスしてもらえるだろう。
そんな席の作りからかカップルばかりだと思う。
他のテーブルの話や視線が気にならないのもいい。
奥に彼女を座らせて隣に滑り込む。
思ったより近い。
彼女が距離を取るように奥に動いたのがわかった。
なんてラッキーな距離感。予定外だった。
今のところあんまり彼女のイメージは違わない。
会社では課同士の接点もない。
昼の時間に広い社員食堂で見かけたり、極まれに廊下ですれ違うくらいのものだ。
それでもこの4か月余り。
初めて意識した時は自分がこれほどのめりこむとは思ってなかった。
最近はすっかりストーカーじみた自分。
そろそろ決着をつけないとこのまま永遠にコーヒー片手に彼女の背中を見続ける日々が続きそうだった。

営業の仕事のアプローチと変わらない。
どういう風に距離を詰めていくか。どうやって自分のペースに持ち込むか。どういう提案をしていくか。
むしろ実績がプライベートに反映するならと仕事以上のやる気で考えた。
そして久々に自分の忘れていた欲望にも浸った。
南田に群がるような蛾のような女たちとは違う。
毒々しさのかけらもない彼女に惹かれるのは昼休みの反動かもしれない。
顔を知られてることに関しては南田に感謝、しかも名前も知っていてくれた。
まあ、これも奴に感謝するところだろう。

昼の時間にふと彼女を見た時に時々合う視線。
すぐにそらされるのだが、少しは気にしてくれてるだろう。そう思いたい。
まさか南田込みの視線だとは思いたくないが。あまり自信はない。

少しずつ、我ながら忍耐強く粘って対策を練り込んだうえで行動を始めた日。
まだまだこれからだ。
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