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12 ちょっとした情けを後悔した日。
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次の日も同じようにコツコツと仕事をしてる。
いろんな人と連絡を取ってるけど、むしろ偉い人が多いかもしれない。
それでも同じフロアのトップ2とは未だに接点はない。
あの二人の部屋はどんな感じなんだろう?
異動の挨拶は朝のミーティングルームに連れていかれただけだった。
個別の部屋には入ってない。
秘書の男性とも名刺交換だけだった。
やっぱり孤独なのだ。
だから専務に嫌われてると思っていた最初の頃がつらかった。
あの頃に比べると自分にも余裕ができたと思う。
ほんの2ヶ月前くらいの事なのに。
専務が咳をしてるのに気が付いた。
この間雨に濡れて本当に風邪を引いたんだろうか?
のど飴らしきものを机の端に置いてる。
静かな部屋ではそれはとても気になる。
もちろんうつすなよ!!なんて思いじゃなくて。
「専務、大丈夫ですか?やっぱり風邪をひかれましたか?」
ため息も多い気がする。だるいのかもしれない。
「ああ、大丈夫。」
そう答えられたけど、そうは思えないから聞いたのに。
お昼の時間、私が外に出た。
専務があの部屋から出る気配はなかった。
あの部屋で食事をとってるかもしれない。
一番近いドラッグストアに行った。
普段近寄りもしないけど栄養ドリンクの類はたくさん出てるらしい。
どれがいいのか分からなくて端からゆっくり見てたら白衣の人が近寄ってきた。
「何かお探しですか?」
ありがたい。
相談に乗ってもらってビタミン強化のドリンクを選んでもらった。
二種類買ってみた。
効能がいろいろ書いてある。
飲んでもらえば少しは効くかもしれない。
コーヒー屋でランチを済ませて部屋に戻った。
クラシックも流れてなくて、ただ机にうつ伏せで寝ているらしい。
やっぱり具合が悪いんじゃない。
本当に素直じゃないんだから!!
近寄らないで静かに部屋を出た。
ドリンクは自分の机の上に置いてきた。
あと少し、お昼が終わるまで休んでもらおう。
トイレなど済ませて時間になって戻ったら仕事を始めようとしているところだった。
「専務、お昼食べられたんですか?」
「ああ、まあ。」
ただ寝てたんじゃないだろうか?
今もダルそうな雰囲気だ。
「これ、買って来てみました。飲んでください。そんな元気のない感じは心配です。」
そう言って袋ごと渡した。
「薬剤師さんおすすめのドリンクです。」
ありがとうと小さく聞こえた。
今日は特に外出の予定もないんだから早めに帰れればいいのに。
そう簡単にはいかないんだろうか?
袋をがさがさとして二本取り出し、ちゃんと飲んでくれた。
美味しいって顔はしてもらえなかったけど、まずいと余計に効きそうじゃない。
その表情の変化を見てちょっとだけ笑ってしまった。
静かな部屋ではおやつの時間も取れず。
未だに専務がいるときは我慢してる。
堂々と引き出しから出して食べることはしてない。
相変わらず無駄な時間のない振りをしてる私。
それでも指が動かずに止まる時間は多い。
一人の時間がなくても、それは同じだ。
時々聞こえる大きなため息も気になる。
早退なんて考えもしてないみたいで、そのまま今日の仕事時間は終わった。
手に終わった分の書類を持ち立ち上がったら、同じタイミングで専務も席を離れるところだった。
「専務これお願いします。あと急ぎで手伝えることがあれば残業しますけど。早く帰られた方がいいですよね。」
いつになく丁寧に聞いた。
立ち上がったまま私の手の書類は受け取ってもらえた。
そのままパソコンを見ながら迷って、机を回り近寄ってきた。
残業決定かと思った・・・・・・。
やはり近くだと辛そうな目が見える。
熱があると思う。
体も熱い気がする。
握られた手が熱かったから。
最後まで見ていた目も熱っぽくいつもとは違ったと思う。
自分が目を閉じる瞬間まで近くに見えていて、そう思った。
それからのちょっとした時間と専務の行動、それを熱のせいでと言い訳するつもりなら許したくはない。
それでも自分だって熱はない、体が動かない奇病にかかったわけでもない。
よく分からない。
本当に分からない。
突き飛ばした身体はよろよろと後ろに下がったけど、具合が悪いせいだっただろうか?
それでも自分を留めていた腕と手の力は十分強かったと思う。
なんのつもりなのよ!
私だって分からないから、専務もきっときちんと説明できないだろう。
忘れるしかない。
丸ごと忘れ去るしかない。
いっそ今日休めばいいのに。
それでもタブレットを見たら今日は外出の予定が入ってる。
専務だから、変わりは誰もいないかもしれない。
電話は鳴ることもなく、ノックの音がしてドアが開いた。
「おはようございます。風邪は大丈夫でしょうか?」
昨日より顔つきはいい。
普通に挨拶は出来た。
昨日の最後の時間だけを切り取って捨てて、それまでの時間の続きのように。
「・・・ああ・・・。」
視線がいつも以上に合わない。
反省してるならいい。
やっぱり熱のせいだったと思ってあげよう。
私はやることをやるのみ。
ボンヤリしないように仕事に集中する。
とりあえず午前中を乗り切れば午後は一人の時間がある。
いっそ空っぽの席に向かって悪態をついてやってもいい。
スッキリするかもしれない。
忘れると決めたのに、消えないシーンのあれこれ思い出し、小さく折りたたんで仕舞い込む事を何度も無駄に繰り返していた。
いたたまれないのだと思ってあげよう、お昼は専務が先にいなくなった。
何だか表現の難しい勝利感が沸き上がる。
自分の分のコーヒーを持ってきて、携帯の動画サイトでクラシックとは程遠いくらいのうるさいお笑いの動画を再生して休憩した。
つい笑顔になっていたから、いい気分転換になったと思えた。
気が付いたらギリギリの時間で、急いでお昼休憩を終わりにした。
時間が少し過ぎたころに戻ってきた専務。
そのまま二人の静かな時間が始まり、早めに専務が外出するその時まで続いた。
「行ってくる。」
「はい。行ってらっしゃい。」
今日は一度も視線を合わせてない。
なんとなく視線が向くのを感じてるけど、そこは無視でいいだろう。
それでも問題ないのだから。
もう今は最初の頃よりも高く分厚い壁がそびえたっているのを感じる。
しばらく忘れ物で帰ってくるのを想定して数分そのまま席にいた。
よし、いいだろう・・・・。
「はぁ~、全く息が詰まる、何なのよ、謝罪の言葉も本当になしってあり???」
「それじゃあ、パワハラでしょう?あ、セクハラか。」
「どうかしてたっていう謝罪でもいいから、なんか言えばいいのに・・・・どうかしてたって、よっぽど馬鹿にした謝罪か・・・・・。でもどう言い訳しても私を傷つけるのは変わらないし。」
「じゃあ、いっそ豪華なお菓子を買って来てくれれば許してあげてもいいかも。言葉よりモノでいい。今更だから、それで手を打とうじゃない。」
鼻で息を吐いてそう言ってみた。
当然無人の机に言ったのだ。
席を立って窓辺に行った。
今日はすごくいい天気だ、日差しは暑い。
「まあ、どうせタクシーだもんね。」
器用なはずなのに。後腐れなく遊んでて小慣れてて、その辺上手いはずでしょう?
ハンターとしてもその辺の嗅覚があると思うのに。
なんで獲物を間違うのよ。
そう言えば前に食事をしたときに副社長の奥さんの事を聞いた。
綺麗な人らしい。
美人の義姉さんと可愛い甥っ子と姪っ子だと言っていた。
単純な恋愛じゃなかったかもしれない。
ある程度は会社の事を思ったふさわしい相手との限られた出会いのスタートだったのかもしれない。
それでも私たちも仲がいいと知ってるくらいだから、いい相手だったんだろう。
だから専務も自由に遊んで、その内仕組まれた恋愛に落ちるんだろう。
恋人とは違う条件を求めるんだろう。
家庭の中をきれいに保てて、穏やかにいてくれて、料理も出来て、同じようにおまけの大きな人。
世の中にはいるんだろうなあ、そんな令嬢が。
そう考えたら会社の飲み会に出席しないのもわかる気がする。
愚痴を言いたい皆が黙ってしまうかもしれないし、それ以外の目的も期待できないし、そもそも必要ないだろうし。
仕事の愚痴も言わずに彼女自慢をする林森さんは貴重な飲み仲間だろうか?
今日も相当ぼんやりしてたのかもしれない。
それ以上に専務もさっさと仕事を終わらせてきたらしい。
急いで自分の席に戻ろうとしたけど、サボってたのはバレてるだろう。
おやつを食べてないのもバレてるかもしれない。
入って来たままドアのところで立ち止まった専務。
「お帰りなさい。特別はなかったです。」
自分の席に戻りながらそう言った。
少しだけ視線が合ったけど、挨拶を終えてたらすぐにそらした。
「きゃ。」
席に座る前に腕を掴まれて思わず声が出た。
立ち止まったまま睨まれてるような気がする。
睨み返したいのに、そこまでは強く出れない。
「昨日は悪かった。」
謝罪はあった。その言葉の響きは本心にも思えて、目つきは対秘書用のいつものものだと思ってあげることにした。
「・・・忘れました。」
腕をゆっくり引きたいのに離してもらえない。
「それは・・・できない。」
どうぞご自由に。
私は忘れてあげましたと伝えただけです。
手の力が緩んで振りほどけそう。
でもそのまま立っている二人のまま。
「仕事の後に時間が欲しい。今日は残業無しにするから。」
今じゃいけない理由はなんなのか。
すぐに終わるだろうに。
だいたいその手の中に握られてる品はお詫びじゃないのだろうか?
まさかお義姉さんへのお土産?
「お願いしたい。」
「・・・・分かりました。」
ゆっくり歩きだした。
数歩で自分の席。
今外に出るのも負けた気がしてそのまま席に座った。
お馴染みの静かなふたりの時間。
残業回避で仕事を頑張ってるのは分かった。
引き出しにしまわれた紙袋が気になる。
お詫びならそれで手を打ちます。
私がそう言ってあげてもいいけど。
もちろん言い出すこともせずに真面目に仕事した。
サボってた分はやらないとだし。
パソコンを閉じてお終いにするような雰囲気の専務。
本当に終わったのだろうか?
一人で立ち上がり、引き出しの紙袋を持って、歩いてきた。
「先に出る。30分後くらいにここに来てほしい。」
名刺は紙袋から出てきた。
その紙袋のホテルの上の階にあるレストランのようだ。
さすがに平日だし、同じ会社の人と出会うことはないと祈りたい。
紙袋はそのまま専務と一緒に部屋を出て行った。
あと10分くらい。
ゆっくりお終いにして片付けた。
30分後に意味があるのだろうか?
でもゆっくり準備して出れば、ちょうどそのくらいの時間になるだろう。
終業のチャイムに席を立ち、部屋の照明を落として、会社を出た。
さすがにエレベーターは空いていた。
早すぎるくらいだ。
いろんな人と連絡を取ってるけど、むしろ偉い人が多いかもしれない。
それでも同じフロアのトップ2とは未だに接点はない。
あの二人の部屋はどんな感じなんだろう?
異動の挨拶は朝のミーティングルームに連れていかれただけだった。
個別の部屋には入ってない。
秘書の男性とも名刺交換だけだった。
やっぱり孤独なのだ。
だから専務に嫌われてると思っていた最初の頃がつらかった。
あの頃に比べると自分にも余裕ができたと思う。
ほんの2ヶ月前くらいの事なのに。
専務が咳をしてるのに気が付いた。
この間雨に濡れて本当に風邪を引いたんだろうか?
のど飴らしきものを机の端に置いてる。
静かな部屋ではそれはとても気になる。
もちろんうつすなよ!!なんて思いじゃなくて。
「専務、大丈夫ですか?やっぱり風邪をひかれましたか?」
ため息も多い気がする。だるいのかもしれない。
「ああ、大丈夫。」
そう答えられたけど、そうは思えないから聞いたのに。
お昼の時間、私が外に出た。
専務があの部屋から出る気配はなかった。
あの部屋で食事をとってるかもしれない。
一番近いドラッグストアに行った。
普段近寄りもしないけど栄養ドリンクの類はたくさん出てるらしい。
どれがいいのか分からなくて端からゆっくり見てたら白衣の人が近寄ってきた。
「何かお探しですか?」
ありがたい。
相談に乗ってもらってビタミン強化のドリンクを選んでもらった。
二種類買ってみた。
効能がいろいろ書いてある。
飲んでもらえば少しは効くかもしれない。
コーヒー屋でランチを済ませて部屋に戻った。
クラシックも流れてなくて、ただ机にうつ伏せで寝ているらしい。
やっぱり具合が悪いんじゃない。
本当に素直じゃないんだから!!
近寄らないで静かに部屋を出た。
ドリンクは自分の机の上に置いてきた。
あと少し、お昼が終わるまで休んでもらおう。
トイレなど済ませて時間になって戻ったら仕事を始めようとしているところだった。
「専務、お昼食べられたんですか?」
「ああ、まあ。」
ただ寝てたんじゃないだろうか?
今もダルそうな雰囲気だ。
「これ、買って来てみました。飲んでください。そんな元気のない感じは心配です。」
そう言って袋ごと渡した。
「薬剤師さんおすすめのドリンクです。」
ありがとうと小さく聞こえた。
今日は特に外出の予定もないんだから早めに帰れればいいのに。
そう簡単にはいかないんだろうか?
袋をがさがさとして二本取り出し、ちゃんと飲んでくれた。
美味しいって顔はしてもらえなかったけど、まずいと余計に効きそうじゃない。
その表情の変化を見てちょっとだけ笑ってしまった。
静かな部屋ではおやつの時間も取れず。
未だに専務がいるときは我慢してる。
堂々と引き出しから出して食べることはしてない。
相変わらず無駄な時間のない振りをしてる私。
それでも指が動かずに止まる時間は多い。
一人の時間がなくても、それは同じだ。
時々聞こえる大きなため息も気になる。
早退なんて考えもしてないみたいで、そのまま今日の仕事時間は終わった。
手に終わった分の書類を持ち立ち上がったら、同じタイミングで専務も席を離れるところだった。
「専務これお願いします。あと急ぎで手伝えることがあれば残業しますけど。早く帰られた方がいいですよね。」
いつになく丁寧に聞いた。
立ち上がったまま私の手の書類は受け取ってもらえた。
そのままパソコンを見ながら迷って、机を回り近寄ってきた。
残業決定かと思った・・・・・・。
やはり近くだと辛そうな目が見える。
熱があると思う。
体も熱い気がする。
握られた手が熱かったから。
最後まで見ていた目も熱っぽくいつもとは違ったと思う。
自分が目を閉じる瞬間まで近くに見えていて、そう思った。
それからのちょっとした時間と専務の行動、それを熱のせいでと言い訳するつもりなら許したくはない。
それでも自分だって熱はない、体が動かない奇病にかかったわけでもない。
よく分からない。
本当に分からない。
突き飛ばした身体はよろよろと後ろに下がったけど、具合が悪いせいだっただろうか?
それでも自分を留めていた腕と手の力は十分強かったと思う。
なんのつもりなのよ!
私だって分からないから、専務もきっときちんと説明できないだろう。
忘れるしかない。
丸ごと忘れ去るしかない。
いっそ今日休めばいいのに。
それでもタブレットを見たら今日は外出の予定が入ってる。
専務だから、変わりは誰もいないかもしれない。
電話は鳴ることもなく、ノックの音がしてドアが開いた。
「おはようございます。風邪は大丈夫でしょうか?」
昨日より顔つきはいい。
普通に挨拶は出来た。
昨日の最後の時間だけを切り取って捨てて、それまでの時間の続きのように。
「・・・ああ・・・。」
視線がいつも以上に合わない。
反省してるならいい。
やっぱり熱のせいだったと思ってあげよう。
私はやることをやるのみ。
ボンヤリしないように仕事に集中する。
とりあえず午前中を乗り切れば午後は一人の時間がある。
いっそ空っぽの席に向かって悪態をついてやってもいい。
スッキリするかもしれない。
忘れると決めたのに、消えないシーンのあれこれ思い出し、小さく折りたたんで仕舞い込む事を何度も無駄に繰り返していた。
いたたまれないのだと思ってあげよう、お昼は専務が先にいなくなった。
何だか表現の難しい勝利感が沸き上がる。
自分の分のコーヒーを持ってきて、携帯の動画サイトでクラシックとは程遠いくらいのうるさいお笑いの動画を再生して休憩した。
つい笑顔になっていたから、いい気分転換になったと思えた。
気が付いたらギリギリの時間で、急いでお昼休憩を終わりにした。
時間が少し過ぎたころに戻ってきた専務。
そのまま二人の静かな時間が始まり、早めに専務が外出するその時まで続いた。
「行ってくる。」
「はい。行ってらっしゃい。」
今日は一度も視線を合わせてない。
なんとなく視線が向くのを感じてるけど、そこは無視でいいだろう。
それでも問題ないのだから。
もう今は最初の頃よりも高く分厚い壁がそびえたっているのを感じる。
しばらく忘れ物で帰ってくるのを想定して数分そのまま席にいた。
よし、いいだろう・・・・。
「はぁ~、全く息が詰まる、何なのよ、謝罪の言葉も本当になしってあり???」
「それじゃあ、パワハラでしょう?あ、セクハラか。」
「どうかしてたっていう謝罪でもいいから、なんか言えばいいのに・・・・どうかしてたって、よっぽど馬鹿にした謝罪か・・・・・。でもどう言い訳しても私を傷つけるのは変わらないし。」
「じゃあ、いっそ豪華なお菓子を買って来てくれれば許してあげてもいいかも。言葉よりモノでいい。今更だから、それで手を打とうじゃない。」
鼻で息を吐いてそう言ってみた。
当然無人の机に言ったのだ。
席を立って窓辺に行った。
今日はすごくいい天気だ、日差しは暑い。
「まあ、どうせタクシーだもんね。」
器用なはずなのに。後腐れなく遊んでて小慣れてて、その辺上手いはずでしょう?
ハンターとしてもその辺の嗅覚があると思うのに。
なんで獲物を間違うのよ。
そう言えば前に食事をしたときに副社長の奥さんの事を聞いた。
綺麗な人らしい。
美人の義姉さんと可愛い甥っ子と姪っ子だと言っていた。
単純な恋愛じゃなかったかもしれない。
ある程度は会社の事を思ったふさわしい相手との限られた出会いのスタートだったのかもしれない。
それでも私たちも仲がいいと知ってるくらいだから、いい相手だったんだろう。
だから専務も自由に遊んで、その内仕組まれた恋愛に落ちるんだろう。
恋人とは違う条件を求めるんだろう。
家庭の中をきれいに保てて、穏やかにいてくれて、料理も出来て、同じようにおまけの大きな人。
世の中にはいるんだろうなあ、そんな令嬢が。
そう考えたら会社の飲み会に出席しないのもわかる気がする。
愚痴を言いたい皆が黙ってしまうかもしれないし、それ以外の目的も期待できないし、そもそも必要ないだろうし。
仕事の愚痴も言わずに彼女自慢をする林森さんは貴重な飲み仲間だろうか?
今日も相当ぼんやりしてたのかもしれない。
それ以上に専務もさっさと仕事を終わらせてきたらしい。
急いで自分の席に戻ろうとしたけど、サボってたのはバレてるだろう。
おやつを食べてないのもバレてるかもしれない。
入って来たままドアのところで立ち止まった専務。
「お帰りなさい。特別はなかったです。」
自分の席に戻りながらそう言った。
少しだけ視線が合ったけど、挨拶を終えてたらすぐにそらした。
「きゃ。」
席に座る前に腕を掴まれて思わず声が出た。
立ち止まったまま睨まれてるような気がする。
睨み返したいのに、そこまでは強く出れない。
「昨日は悪かった。」
謝罪はあった。その言葉の響きは本心にも思えて、目つきは対秘書用のいつものものだと思ってあげることにした。
「・・・忘れました。」
腕をゆっくり引きたいのに離してもらえない。
「それは・・・できない。」
どうぞご自由に。
私は忘れてあげましたと伝えただけです。
手の力が緩んで振りほどけそう。
でもそのまま立っている二人のまま。
「仕事の後に時間が欲しい。今日は残業無しにするから。」
今じゃいけない理由はなんなのか。
すぐに終わるだろうに。
だいたいその手の中に握られてる品はお詫びじゃないのだろうか?
まさかお義姉さんへのお土産?
「お願いしたい。」
「・・・・分かりました。」
ゆっくり歩きだした。
数歩で自分の席。
今外に出るのも負けた気がしてそのまま席に座った。
お馴染みの静かなふたりの時間。
残業回避で仕事を頑張ってるのは分かった。
引き出しにしまわれた紙袋が気になる。
お詫びならそれで手を打ちます。
私がそう言ってあげてもいいけど。
もちろん言い出すこともせずに真面目に仕事した。
サボってた分はやらないとだし。
パソコンを閉じてお終いにするような雰囲気の専務。
本当に終わったのだろうか?
一人で立ち上がり、引き出しの紙袋を持って、歩いてきた。
「先に出る。30分後くらいにここに来てほしい。」
名刺は紙袋から出てきた。
その紙袋のホテルの上の階にあるレストランのようだ。
さすがに平日だし、同じ会社の人と出会うことはないと祈りたい。
紙袋はそのまま専務と一緒に部屋を出て行った。
あと10分くらい。
ゆっくりお終いにして片付けた。
30分後に意味があるのだろうか?
でもゆっくり準備して出れば、ちょうどそのくらいの時間になるだろう。
終業のチャイムに席を立ち、部屋の照明を落として、会社を出た。
さすがにエレベーターは空いていた。
早すぎるくらいだ。
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