優良なハンターと言われたその人の腕前は?

羽月☆

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16 面倒な話は休日出勤の残業の時間には向かないと思うのに。

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いきなり手を掴まれて向きを変えられたから、悲鳴は短くて一回だけ。
握られた手の方への悲鳴が八割だ。

「こっちに。」

そう言って歩き出した方へついて行った、大人しく、つながった手は意識しないように。
人ごみだから、迷ったりはぐれたりしないように。
西坂さんとだってそんな時は手をつなぐから。

でも、今、そんな事があっても構わないけど・・・・専務には迷惑だろう。
そもそもここに呼ばれたことも迷惑だろう。


「偶然近くにいたんですか?」

「そんな偶然はないな。」


じゃあ・・・・まさか本当に呼び出し?


静かなエレベーターを上がりやっぱり静かなバーに連れてこられた。

酔っているからと送ってもらうはずが、また飲むの?
飲めますが、また一からというくらい飲めますが。

じゃあ、飲みますよ!

席についてメニューを渡されたからそう思った。

ボトルじゃなくてグラスで好きなものを。
さっきまでの倍の値段だけど・・・・。

やっぱり美味しい。

グラスを見つめてうっとりしてたら、視線を感じた。
横を向いたら思った以上に近かった。

固定されたスツールで作る距離はこんなものらしい、
男性同士は困るだろう。

すぐに正面を向いた。

チーズの小さいものが盛られてる小皿。

つい手を出した。


「専務、お食事はされたんですか?」


「少し。」

「私は思いっきり食べました。あの二人の仲の良さに混ぜてもらうと楽しいです。専務は優樹菜さんとは初対面だったのに、あんな挨拶だけじゃあ優樹菜さんの良さは分かりませんよ。すごくいい人です。林森さんの面倒を一生見ることに決めたそうです、その報告の飲み会でした。本当に素敵な二人組です。」


「今日も林森さんの愚痴で盛り上がりました。横で彼女と後輩に文句を言われてても怒らないんだから自覚があるんでしょうね。本当にいい人です。専務とも仲良しだからそうなんですよね。」


「結婚式には呼ばれるんじゃないですか?林森さんがへどもどして優樹菜さんに背中を叩かれるのを見られるかもしれないですよ。」

本当にお酒が飲みたかったのかと思うほど無反応で。
一人で今日の楽しかったことを振り返った。
愚痴を聞いてもらったんだからお礼代わりに褒めておこう。感謝もしてる。


「専務も最初から来ればよかったですよね。」


「そうだな。」


そこには返事が来た。
楽しかった事は伝わったんだろう。


お酒は空になった。
喋るとのどが渇く、チーズも水分を必要とするものだし。

メニューを開かれて、二杯目に指をさす。

「飲みすぎです。これでお終いにします。」

これで愚痴を直訴しようものなら何を言うか自信はない。
こんなおしゃれなところではさすがにね。


「送っていくからいい。」

「住所も知らないのに?」

「知ってる。履歴書を見た。」

何で?・・・・・って秘書になるから当たり前?
新人過ぎて履歴書でも十分だっただろうか。

かしこまって撮ったリクルートスーツ姿の写真も見られたんだろうか。


「そうですか。ここからじゃあ電車の乗り換えが面倒ですよ。専務がどこに住んでるのか知りませんが。」

一人で帰れるとは言わない自分。
でも本当に送ると言われたら断る。
タクシー代を渡されて押し込まれたら・・・・そのまま乗っていくかな。
でもお金は返そう。たくさんご馳走になってるし。


「後で教えてもいい。」

「何をですか?」

「俺の部屋。」



「別にいいです。」

会社で具合が悪くなっても近くにお兄さんとお父さんがいるんだし、住所が必要なパターンが思い浮かばない。
一人暮らしの部屋に送り返すくらいなら実家に送り返してもいいだろうし。
社長のおつきの人に頼めば実家に送り届けてくれるだろう。

おつまみと二杯目を追加した専務。

「今日は・・・・出かけてたんですね。」

でもそんな張り切った用事じゃないのかもしれない。
割と楽な服だ。
それでもサマージャケットを手に持ってるあたりバーでもおしゃれなレストランでも入れそうだ。もちろんデートも問題ない。


「部屋にいた。一緒に飲むとは聞いてたし。まさか本当に連絡が来るとは思ってなかった・・・・かな?」


「すみません、全然知らなかったです。それにちゃんと最後は酔いもさめてました。今も普通に一人で帰れます。面倒だなって思っても電車が連れて帰ってくれます。」


「もう一度だけ最後にちゃんと聞いてみるから、それでもう一回話をした方がいいって思ったら連絡するって言われてた。」


最後・・・・・って林森さんも言ってた。
そのこと?
週末に会ってる人がいるって言ったのに、友達だって強調した私にまだまだ余裕を感じたってこと?

どこまでも世話を焼かれる私・・・・と専務。

『なし』にした話をまた掘り起こした林森さん。


「最近はどうなってる?」


「友達をちょっと過ぎたくらいだってあいつが言ってた。」


「ちょっと過ぎたらそれは友達じゃないよな。どんな過ぎ方だろうって逆に気になる。」


「ここじゃ言えない過ぎ方だとか?」




「それはなんですか?」


ゆっくり顔を向けた。



専務が自分の唇を指した。
グラスを持った指を立てて、さり気なく、でも伝わった。


それはちょっととは言わない。私の中ではちょっとじゃない。
専務のなかではやっぱりちょっとなんだろう。

返事もしないでいた。




目の前の小皿に手を出す。
野菜そのままだ、食べやすいようになってるからドレッシングソースにディップして食べるだけ。
細長いキュウリをポリポリとかじり口に収めた。

やっぱりソースが美味しい。酸味がいい。


ああ、やっぱり美味しいお酒が進む。


またメニュー表を広げられた。
お終いにするつもりだったのに、指が動く。


専務より飲んでる。さっきあんなに飲んだのに。


「明日デートの予定は?」

「ないです。」


何故か今日の予定をいれた段階で明日も何もいれなかった。
別に明日会っても良かったのに。
『土曜日は会社の先輩と飲むから日曜日空いてるよ。』そうは言わなかった。
『今週は前から予定してた先輩との飲み会になりました。』そう言っただけ。

チーズを食べて、セロリスティックを食べて、飲んで。

注文した専務は手も出さずにいる気がする。


「専務の下で働いて一つだけ後悔してることがあります。」



「・・・なに?」


「明らかに太りました。美味しいお酒と食事が目の前にあって、つい遠慮もせずにいました。おかげでスカートがきつくなり始めてます。お昼を軽くしてるからって思ってたのに、油断です、やっぱりお酒は控えた方がいいようです。」

そう言ってまた飲んでるんだから。

友達とランチをとって、おやつも食べてたのに。
すっかり昼は軽く済ませて、おやつもほとんどなしにしてるのに。

動かないあの部屋での問題かもしれない。

来週から・・・・明日から引き締めよう。
上の階に行ってただ太って帰ってきただけって、そんな噂も悲しい、色気なさすぎ。
ああ・・・色気なしでいいんだった・・・けど・・・・。


「それくらいならいい。」


「どれくらいか分からないのに勝手に判断しないでください。だいたい専務のスーツだってオーダーですよね。すごく体にフィットしてかっこいいですよ。他の社員とは明らかに違います。それに副社長とはタイプも違うんですね。それとも将来あんな感じに貫禄が出る予定ですか?」


「俺はラッキーにも母親の体質に似てるんだ。それで・・・・今更だけど外だし役職じゃなくて名前で呼んでもらいたいんだが。」

本当に今更だ。

「酔っぱらってるとそんな器用には分けられないんです。それに『志波さんはお兄さんの志波さんには似てないんですね。』みたいなややこしいことになります。」


「まだ兄の話が聞きたいなら。」


「別にいいです。」


「どこまで太るんだろうな?」



「・・・・そんな長い間は見ないでしょう?下に戻ったら痩せます。女子の中にいるほうが痩せるんです。その辺はお互いにシビアに指摘してくるんで。」


「そもそもたまに外食するくらいじゃ太らない。最近週末一緒に過ごしてる相手のせいじゃないのか?」


それは部屋にいる時と変わらないカロリー摂取だから違う。
毎回のコース料理と後はやっぱり美味しいお酒のせいだ。会計を考えずにボトルを空にしてるんだから。


「否定しない?」


「せ・・・志波さんと飲む美味しいお酒のせいです。」


「毎回あんまり気乗りせずについてくるわりには最後には笑顔になってたからな。次の日にも笑顔でお礼を言うという満足ぶりだしな。」



毎回帰りたいと思ってたのはバレてたらしい。


「だから信頼してるって言ったじゃないですか。毎回美味しいですし、二度とこんな贅沢な時間はないっていつも思ってました。」


「そう思ってくれるならいい。俺も思ってたけど。」



「そんな訳ないじゃないですか。この前だって・・・・・。」


「この前だって、なんだ?」

「予約してたところ・・・キャンセルする手間が省けた感じでした。相手は違うけどまあ、こいつでもいいか、みたいな。」


「何の事だか分からない。」

「じゃあ、いいです。」

言いたくないならいい。
別に詳しく聞きたいわけじゃない。


こんな会話はよくある。
林森さんなら言いたいことははっきり言いなさいって怒られるところだろう。
今は私が怒られるところだろうか?
本当にピンと来てないのかは分からない、隠したいかもしれないし。


「それで、話を進めたいんだけど、連れてきて言うのもなんだが、違う場所がいいかもな。」


どの話を進めたいのか、投げやりな会話もあってよく覚えてない。
やっぱり一からスタートって程には酔いはさめてなかったのかもしれない。


「ちょっと今日は無理です。眠い気がしますし、これ以上は飲めないです。」

「三件目も飲める場所に連れていかれると期待してるんなら、残念だがそうじゃない。」


「食べるのも無理です。」

「当たり前だ。」


そう言って残った野菜をかじってる専務。

残すのは悪いと思う、そんな私も参加して二人で小皿を綺麗にして、お酒も飲み終わった。



お会計をしてもらって、そんな専務を横からぼんやり見ていた。
私服もスタイルよく見えるから、元々スタイルがいいんだろう。
接待が多いのに太らないなんて、ずるい。
だいたい私以上に飲んでるんだし。

専務が副社長くらい貫禄ある身体になったら絶対言ってやる。
『あれ?太りました?』って。
でも『奥さんの手料理が美味しくて。』そんな答えが返ってきたら無駄な敗北感を味わいそうだ。

振り向かれてさっさと私の荷物を持たれた。

大人しくスツールから降りて、後について外に出た。

「じゃあ、話をしよう。」

まだまだ残業が続くらしい。
働き者の専務は普通かもしれないけど、私はとっくにリラックスの時間なのに。
それに土曜日、まるで休日出勤じゃない・・・まあ、言い出したのはたぶん・・・・。


歩き出した専務にぼんやりとついて行く。
本当に飲み過ぎた。眠いだるいお腹いっぱいトイレにも行きたい。

「あの・・・・トイレに行っていいですか?」

そう聞いたら指をさされて、バッグも返された。
分かってらっしゃる。

ふらふらと歩いて行って、トイレを済ませた。
せっかく渡されたから化粧直しもして。

ため息が酒臭いくらい。
ガムを噛んで目を覚まそう。


ふらりと専務のいる場所を目指した。
壁にもたれてるだけなのに、スマートって・・・・自覚があるからなんだろうか?
自分にも自信があるだろうし、だから優良なハンターなんだろうし。
少し手前で足を止めてじっと見ていた。

しばらくしたらさすがに気が付いたらしい。

こっちに歩いてきて手を取られた。
ついでにバッグも取られた。

一緒に歩き出す。
面倒だなあって思ってるのが顔にも足取りにも出た。
ゆっくりしか進めない。

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