優良なハンターと言われたその人の腕前は?

羽月☆

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17 最後の抵抗はあっけなく緩んでしまった。

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ビルの中を歩いて高い建物を抜けて。
飲めない食べられない、じゃあどこに行く?
連れ込まれるところじゃないのは分かってる。
そんな事をしたら林森さんに遠慮なく言うから、その上朝になる前に逃走してやる・・・・なんて心配もないくらいな場所だ。
どのお店も横目に通り過ぎていく。

横道を入った場所でエレベーターに乗る。
鍵を出して入った・・・・・。
明るいエントランスを入って・・・。

広いエレベーターで昇ってきて大きなドアの前で改めて思った。

何で?


「住所は覚えないだろうから。」


そう言ってドアを開いて私のバッグが中に吸い込まれるのを見た。
ついて行くしかない。
まさかその為にバッグを持たれてたのかと思う。


ドアを閉めて鍵を閉められた。
二人が立っても余裕の玄関。


「お店に歩いてこれる場所に住んでたんですか?」


「あいつが仕組んだんだろう。」


確かに呼びつけられてもすぐ駆け付けられるくらいだった。
私がトイレに行ってる間に連絡しても余裕だっただろう。

多分優樹菜さんも知っていたんだろう。
訝しがることなく二人でどこかに行った林森さんを待っていた。


「どうぞ。」

そう言ってまた私のバッグは運ばれていく。
とりあえず取り返そう。

リビングに通されて、コーヒーをいれられてる。
バッグを置かれたソファに座る、取り返して握りしめた・・・けど座り心地のいいソファに体が沈んだら立ち去る気力も削がれた・・・んだと思う。

目を閉じた、寝そう。


隣でコトリと音がして体が斜めになった。
本当に意識が飛びかけた。
目を開けて体のバランスをとろうとした。
だけど・・・・。

息苦しい。

きつく抱きしめられてる状態で目も開けられない。
寝てる振りもおかしい・・・・。

手を伸ばして体を離そうとしたのに。
その手は力もない。
ついでに言葉もない。


「なんで奢りのお店の選択にしか信頼を置いてくれないんだか。」

「雨に濡れた日の後に何があったのか、そこははっきりは言わなかったみたいだな。聞かれたけどさすがに言わなかったよ。『失恋した。』って言ったらしいけど、いつした?誰にした?そんな相手がいたのか?」

雨の日の事はそれは言えないだろう、酔ってても私だってはっきりとは言ってないらしいし。それに失恋って、そんな事言った?覚えがない。

「泣いて愚痴るくらいの本音は俺にはどうしても見せないんだな、むしろ何であいつにそこまで見せるのか疑問だ。あいつの彼女のせいだろうけど、わざとそうしむけられてるんじゃないか?」

それは言いやすくしてるかも、でも今回はわざとかも。


「・・・まさか寝てないよな?」


そう言って顔を覗き込まれて腕が緩んだ。


「起きてます。」

そう答えた体はふらふらとして支えてもらってる状態で、近寄られただけで体が傾いてそのままもたれてしまった。

コーヒーは手付かず。
湯気が出てる。
まだまだ熱そう。

ゆっくり目を閉じた。
心地いいソファと体温、何の判断もしないまま、そのまま居心地のいいまま。
離れて、早く・・・出て行かなきゃ・・・そうさっきから遠くで声がするのに無視してる。
あと少し・・・・。
バッグはまた放り出してしまった。
あれに手をかけて、体を起こして、立ち上がり、歩いて玄関を出る。

ひどく難題のように思ってる私がいる。

ずっと最後ばかり気にして、無視してた気持ちが、ここでは無視できない。

それでも無理なものは無理だと言い聞かせて、体を起こした。


香りのいいコーヒーはもったいないけど、バッグを手にして立ち上がった。


ソファを離れた、テーブルをぐるりと回り、お辞儀をした。

「いろいろご迷惑をかけました。すみませんでした。ごちそうさまでした・・・・専務。」



そう言ってそのまま向きを変えた。
難しいと思ったのに、意外にあっさりと出来た。

玄関に向かって歩く。

後ろから足音がして、腕を掴まれた。


「話をしようと思ったのに、この間も勝手に先に帰ったよな。」

「いつの事ですか?」

「この間の食事だよ。」

ああ・・・・。

「勝手にと言われても、ちゃんと断りました。先に帰った方がいいと専務にも同意していただけたから・・・。」

そう言った顎ごと掴まれてキスされた。
そのまま背中が壁に当たりゴンと衝撃が来て、手からバッグが落ちた音も聞こえた。

職場でのあれはまだ大人しかったらしい。

もしくは怒ってるのかもしれない。
毎回毎回口答えばかりのそんな新人に。

首を振って顔を離した。

「もう・・・・間違えないでください、相手が違います。」

壁に背中はくっついたまま。
出せるだけの声でちゃんと言ったつもりなのに。
その声も震えてたかもしれない。

「誰が言った?・・・・それは誰が決めるんだ?」

それは知らない。
でもきっと社長と副社長を含めて、家族会議でしょう? 

「言いたいことは分かる、外野のお陰でだいたい考えてることもわかってる。でも決めるのは俺だ。でも、半分は決めてほしい。その理由に納得出来たら、最後にする。よく考えて、決めてほしい。」


「改めて考えるまでもないです。だから言いました・・・・・私じゃないです、間違えないで。」
「ちゃんと顔をあげて伝えて、それくらいの誠意を見せていいよな。」

かぶさるように言われた。

顔をあげた。
怖いくらいの目をしてた。

視線をそらしてしまう。
自分も、あの二人も誤魔化せないのに、この距離で誤魔化せるわけない。
目を見たら、違うことを言いそう。



「初めて自分から近寄った相手が自分の秘書になるなんて、そこに運命を感じたのに。経理に戻りたいって言われた時は理解不能だった。そう簡単に帰れると、帰すと思うか?」


肩に置かれた手がゆっくりと私の腕をとって自分の首に巻き付けた。
目つきは緩んだ。怒りは鎮まったらしい。

軽く乗せられただけなのに、途中から自分で専務の首に巻き付いて力を入れてしまったかもしれない。腰を押されるように引き寄せられただけで、つま先をあげて顔を寄せたかもしれない。

さっきとは全く違う優しいキスをされた。
壁との間に隙間も出来て、もっと腰を抱えあげられた。

つま先が床から離れるくらい。


意地を張るのをあきらめた。
先を見るのもやめた。

それでいいかは分からない。
もう何も考えたくない。


床に降ろされて、見つめ合う。


荷物を拾われてまたリビングに行った。


すっかり温くなったコーヒーに口をつけた。




一人暮らしには広い部屋だった。そこはさすがだった。
こんな便利な場所に住んでいたなんて。
それでも高さはそれほどでもない。
綺麗な夜景が見えるって訳じゃない。
東京タワーが見えるって訳じゃない。


コーヒーを取り上げられてレンジにかけられた。
さすがに申し訳ないので持ってきてもらえた時にお礼は言った。

軽く笑われた気がした。



「小さいとき、まだ小学生の一二年くらいかな・・・兄さんと歩いてて動物病院の前を通りかかったんだ。窓に張り紙がしてあって子犬の里親募集をしてるのを二人で見たんだ。柴犬の入った雑種みたいな犬が丸い目で見上げてるような写真で、二人で気に入って親に頼んでみようと話をしたんだ。」


「散歩のための早起きと日々の掃除とお小遣いから出す餌代と病院代と。父親に冷静にできるのかと聞かれた兄さんが全く反論できなくて。自分よりその世話がどれだけ大変か理解できたんだと思うんだけど、まったく粘らずに諦めたんだ。」


「今日はずっとそんな事を思い出してた。もっと・・・自分が大きかったらいろんな代案を出せただろうし、連れてこれて可愛がって一緒にいれただろうになあって。」



「だから絶対連れて帰ろうと思ってた。」


犬の話がこっちに来た。
今視線が合ってるのは私だ。

失礼な!私が引き取り手募集の可哀想な犬に見えてたらしい。

それでもどこかに共通する喜ぶべきポイントがあるかと考えて。
やっぱり思い至らず。

『里親募集中の可哀想な犬。』

「まったく響きません。引き取り手の決まってない可哀想なペットを手に入れた感想ですか?」


そう言ったら音もなく笑った、満足そうだ。


「手に入れたと思っていいのか?」

そう聞かれても答えない。
コーヒーに手を出した。


「捨てられた子犬だったんだ。ケガはしてないみたいで元気だって書いてあった。すぐに誰かにもらわれたみたいで、次に見た時にはもう張り紙もなかったから、まあ良かったよ。」



「絶対可愛がったと思うんだけど。」


「そうですか。」



「ああ、可愛がる。」


土曜日の夜はどんどん日曜に向かって残り少なくなっていく。
今から帰るのは面倒で仕方ない、そう思ってる。

でも泊まれなんて一言も言われてない。
送っていくつもりらしいけど乗り換えが面倒で仕方ない。

チラリと時計を見た。


一人で帰るにも早い方がいい時間だ。
話は終わった。
多分今日ここで出せる答えはここまでだろう。

その後は分からない。
自分がどういう態度に出るつもりか、それは自信がない、どっちの意味でも。


またバッグを引き寄せて、握る手に力を込めた。


気がついたらしく素早くバッグをとられて、手を引かれた。


「だから簡単には帰さないって、俺は全く信頼してないし、油断もしない。必要なものはあるから、ゆっくりしてもいい。」


そう言って押し込まれたのはもちろんタクシーじゃなくて、バスルームだった。
閉まったドアを見て、鍵をかけた。

洗面台に化粧品のセットが置かれて、着替えのパジャマとタオルとドライヤーと歯磨きセット。棚にはコットンも綿棒もある。
コットンを・・・・使ってるんだ・・・・・。

下着以外問題ない。

「他に何か必要なものは?」

そこにいたらしい。

「十分です。ありがとうございます。」


帰るのは面倒。考えるのも面倒。
明日以降の自分を信じられないのは私だって同じだし。

じゃあ、決めてもらっていい。
まだ話し合う余地はある。

最悪これがハンターのいつもの狩猟法だとしてもあきらめもつくだろう・・・・・か?
そのうちに経理に戻って何もなかったように働ける日が来るかもしれない。
その頃には綺麗に忘れられるかもしれない。

ゆっくり服を脱いだ。
シャワーを借りて、顔も洗って、コットンも借りて。
歯磨きをして外に出た。

服は上手にたたんで、手に持って。



リビングは暗くなっていた。

バッグまで何とかたどり着いて、そこに服を置いて、ソファにもたれて目を閉じた。
そこにレンタルの毛布や枕はなかった。
それはチラリと見て確認した。


「ちょっとだけ待って。」

そう言われた。もしかして今からレンタルセットが出て来るんだろうか?
それでも寝心地は良さそうなソファだ。文句は言えない。
疲れた・・・・半分は・・・三分の一くらいは林森さんのせいだと思いたい。
とろとろと意識が沈みかけていた。

足音がしてかぶさってきたものの手触りにびっくりして目を開けた。
毛布じゃなかった。
裸の専務だった。
シャワーを浴びてきたらしく上半身は何も着てない。
そっと視線を下ろすとそこにあるのは白い布だと分かった。

客の前でなんて恰好で出てきたんだ。


「すぐに風邪をひくのに。」

肩を押しやって起こしてあげて注意をしてあげた。

「それ以外言うことはないのか?」


「ほめるべきですか?引き締まった体ですね。」

棒読みのように褒めてやった。
そんなのは今日だけでも二度ほど思った。
ジャケットを脱いだシャツ姿も見た事あるんだからある程度分かってた。
まあ予想した通りだろう。

「上司の体にはときめかないタイプなんだな。」


「そんなに自慢したかったなんて知りませんでした。」


「最初の頃の緊張してるお前が思い出せないくらいだ。同情をしたくなる捨て犬というよりふてぶてしいくらいの面構えだぞ。」


「私も下の階にいる時に見かけた愛想のいい先輩の面影とは出会ってません。お互い様です。」


「そんな愛想のいい俺が良かったんだ。ずいぶん見つめられてたらしいけど。」


嬉しそうに言う。
部屋が暗くて良かったかもしれない。
専務の隣の人に気が付かれてしまったくらい長い間見てたのかもしれない。
多分あの場で見かけたら珍しいから毎回見てただろう。
でもそんなのは私だけじゃないはずだ。
いろんな思いでいろんな人の注目を浴びてたはずだ。

「有名人ですから、観察してました。下の階では珍種の動物レベルに滅多にお見掛けしてませんでしたし。副社長がいらしたとしても同じです。皆に注目されてたと思います。」


「その中でも格別熱っぽいような、気になる視線だったんだろう。今までそうやって教えられたことはないが。」


「たまたまです。その時に食べていた生姜焼き定食が今一つだったので時間が余ってたんです。」


「いつの事か覚えてるとは、それほど俺を見つけて感動してくれてたなんて最初の日に教えてほしかったくらいだ。」


黙った。なかなか口では勝てない。
でもあの時はぼんやり見てただけだ。
噂を聞いていて、そうなんだと思っただけだった。


「飽きっぽいんですか?それとも許された期限の中では可能な限り遊びたいんですか?」


「何の話だ?」


「隣にいる人がよく変わる理由です。美人で後腐れない大人の人を選んでたようですね。全く私とは違うタイプです。だから私が無難な相手として秘書に選ばれたみたいです。」


「まったく話が見えない。」

「見えなくても聞こえてますよね。でも別に知りたいわけじゃないです。ただ理解しようかと思っただけです。生き方が違うと考え方も違うみたいですから。」


「例えば洗面台の上の棚にたくさんの女性用のお泊りセットがストックしてあっても驚きません。ここは広いし場所もいいし、誰かを誘って泊めるにもいいですよね。」


そう言ったら離れていってテーブルの横の箱から何かを拾い上げた。
くしゃくしゃになったその紙はドラッグストアのレシートだった。
あのおしゃれな箱はゴミ箱らしい。
そして少し明るくなった部屋。

そこには洗顔セットと歯ブラシの購入記録があるのが読めた。
商品名がさっき使ったものと同じと思える。
それ以外にも買ったものが印字されてた。
途中眉間にしわが寄って、顔をあげて目が合ったその顔めがけて丸めたレシートを投げつけた。
わざと見せたのだろうか?
他にもついで買いしてたものがはっきりと記録されていた。

投げつけたレシートの球は手で払いのけて落とされた。
反射神経もなかなかいいらしい。

「買ったものを全部並べようか?それもそうだけど。」

テーブルにはペットボトルがあった。
確かにあったと思う。
途中まで見た中にあったと思う。


「まあ大体どんな話を聞いてるか想像はできるけど。そんな事をみんな信じるんだよな。今まで秘書なんていなかったのに、下の階で普通に働いてたんだから。副社長の秘書にちょっとの間手を借りて、退社したから新しくつけてもらったら面倒な人で断っただけなのに。下の階にいた時に社内恋愛してたと思うか?」


「もちろん思います。自分に自信がある人は是非フリーの出世頭を攻略してみたいと思うはずです。」

「そんな緩い事はしない。俺が働きづらくなるんだぞ。辞められないんだぞ。」

「じゃあ、社外で。」

「そこはまあ、それなりに。」

そうですか。なるほど。
顔を背けて床に落ちたごみを見た。

「だいたい先週まで他の男と浮かれて会っていたお前に俺が責められるのはおかしい。」

どうしてですか・・・・・と言いたい。

まっすぐに向き合えて先が見える相手を探してるのに。
普通の人を探してるのに。

それでも西坂さんに失礼だったのかもしれない。
優しさに甘えてしまった。
そんな人だったから会えていたんだから。

「反省したならいい。さっきのレシートの通り、昨日全部揃えたんだから、そこは分かってもらえたらいい。」

反省は西坂さんにしか向いてないのに、勝手にそう思われたらしい。


「さすがに寒い。今頃もっと温まってる予定だったのに。」

そう言って歩いてどこかに行った。

最初から着てればよかったじゃない・・・・パジャマを着て出てきたけど、思いっきり色違いだった。
隣に座られたらまるでアホカップルのようになった。

ジッとパジャマの柄を見てたら携帯を持たれた。


「写真撮って林森に送るか?」

「アホかと思われますよ。」

「ラブラブだなあって思われるよ。」

「どうみてもそうは見えないです。」

「しょうがないだろう、本気で風邪をひきそうに冷えたんだから。」


携帯はまたテーブルへ。


眠いのに、だるいのに、もう寝てもいいと思うのに、言い出されないとこのまま動けない。

会話がなくなりソファの柔らかさを感じると目が自然と閉じるのに。

「続きはまた明日だな。」

そう言われたからうなずいた。
終わった・・・・眠れる。

「寝るぞ。」


手を取られた。
大人しく立ち上がりついて行く。
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