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19 ぎこちない会話が行きついた先に喜びを隠せない征四郎。

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結局どこまでも話しても、やっぱり隠したい訳で。
決定的に嫌な自分は見せたくない。
それは絶対。
誤魔化すように言ったのに、擁護されるように言われると、立場がないような、情けない気がする。

そんなパターンが浮かばないらしい。
それならきっと酷い経験はしてないんじゃないかと、自分のようなひどい男には当たってないんじゃないかと安心する。

「だから、逆に千歳さんに慎重に見極められて、答を出してもらえたら、それは尊重する。」

そこは伝える。
今度は自分が答えを待つ。

「すごくがっかりする答えでも、受け入れるようにする。涙を飲んで、やけ酒も飲んで、忘れるように。最後にはハゲオヤジのせいだ~なんて言ってしまうかも。」

すこし冗談にする。

今日は楽しい二人の貴重な時間だから。


軽く開いた口が何かを言おうとするけど、閉じたみたいだ。


「じゃあ、責任重大ですね。」

「そうだよ、僕の運命の大きな分かれ目だよ。」

「決められない時はサイコロかコイントスか、どうしましょう?」

「その前に相談して。質疑応答の時間を作りたい。」

「分かりました。じゃあ、その時はよろしくお願いします。」

「そんな笑顔で言われてるのが・・・・どうなんだろう?」

そう言ったら少し表情が戻った。
スッと消えるように。

なぜ?

テーブルの紅茶はちょっとづつ冷めてきた。
自分が手にすると、思い出したように彼女も同じように手にする。

難しい距離感のまま、少しは前進したけど、調子には乗れない。

『ついつい』なんて許されないのだ。

自分の大きな手を見つめる。
紅茶を飲んでカップから放れた手、テーブルに軽くおく。
その少し先には彼女の手がある。
サッと伸ばせば触れられるところに。

それでも動けない。
自分の手を見ながら、何だかそこに自分全体が投影されてるように思えてくる。
ジッとそこから前に進めず、大人しくいるだけ。
意気地なしとののしられてもいい、ただの待て!なんだけど。

彼女が店の入り口を見ていった。

「恩田さん、たくさんの人が並んでるので、出ましょうか?」

そう言われて同じ方を見る。

「そうだね。スルッと入れたから、ラッキーな方だったんだね。」

そんな時間だったらしい。

特に何をするわけでもない、ただ食事して買い物してお茶して。
外に出て緑のある休憩スペースみたいな、下が見えるところに出た。

柵にもたれて空を見る、そのままくるりと向き直り、下をのぞく彼女。
後ろから柵に手をやり包み込むように立つ。

『ついつい』だったのだ。

確かに体も近かった。
背が高い分、いつもよりヒールも高かった分、顔も。

「いい天気で良かったよね。」

自分の手で作られたスペースに囲まれた彼女が、すぐ後ろに立った自分から離れるように身を乗り出して。

すぐに気がついて謝った。

「ゴメン、つい。」

そうついうっかり、気を付けてたのに。
『ついつい』が出た。

ゆっくり体を戻してまっすぐに立った彼女。


「いつもそんな距離感だったんですね。」

「何?」

「だから、いつも彼女と二人でいる時はくっついてる方なんですね。」

弟と肩を組んで笑い合うのと、傍から見たら変わらないけど。

「いや、別に・・・・。」

まあ、何人かは、そんな感じの子もいたけど。
そんな毎回毎回、酷い男だったわけじゃない。
中には数人好きになれる子もいた。
最近いなかっただけで。


少し後ろに下がったままの距離で彼女を見る。
あんなに避けられるほどなんだろうか?
ビックリしたというより、嫌悪感とか、そっち寄りだった反応の気もするけど、どうだろう?


「千歳さんは?」

「じゃあ、どんな距離感だったの?」

まさか外では本当にさっぱり派とか?
弟以外は他人的距離派とか。

「当然みたいに言いますよね。普通、そうだろうって。」

責められてるような語調じゃないけど、内容は明らかにそうだと思う。
静かに怒ってるような。そんなポイントだったのだろうか?

「別にそんなつもりはないよ。いろんなタイプの人がいるし。ただ知らないでずっと嫌がられてたら、悲しい。参考に聞いただけだよ、・・・まだ必要ない情報だけどね。」


「違います。その話じゃなくて、当然今まで彼氏がいて、何度もデートもして、いろんな思い出があるだろうって話です。」

「ああ、前の人のことを聞かれたくないとか、そう言うんだったら、聞かない。」

先に自分が聞かれたから、聞いただけだけど。
そんな変だろうか?
『人にされて嫌なことを人にすることなかれ。』
その言葉通りなら、大丈夫なはずだけど。
そんなサラリと聞いた質問だったはずだけど。


しばらく無言で。背中を向けられて。

綺麗なその後ろ姿も自分の手が届かないとなると、ショーウィンドウのマネキンと変わらない。

許されるだろう距離を置いて、隣に並ぶように柵にもたれた。




「まったく、何もないです。特別な距離感も、いい思い出も、悲しい思い出も。」

そう言われて横を見る。
どの話に、どうつながるのか、時間がかかり過ぎてて分かりにくい。

今までの距離感について話をしていたけど。

「だからずっと紬に付き合ってもらってました。買い物も食事も、紬とは仲もいいし、一緒にいて気を遣わないし、楽しいんです。だから別にいいって思ってました。でも、紬が最近・・・・紬はそうは思ってくれてないのかもしれません。」

『つむぎ』とは弟だろう。
・・・・だから弟と・・・・、と続いた話。
もしかして彼氏がいなかったという話をしてるんだろうか?


ああ、そう、つながるかもしれない。

「間違ってなかったらいいんだけど、今まで誰とも付き合ってこなかったって話をされてる?」

「そんなに変ですか?」

やっとこっちを見てくれた。
ここまできて、小さい声がとがった気がする。
表情は懐かしいくらいの無感動な顔だった。


「変とは思わないよ。ただ、周りの男は何をしてたんだろうという単純な疑問はあるけど。そういうのより正直な感想としては、是非一人目になりたい、絶対僕がなりたい、本当に全力でお願いしたい、って思ったりする、強く。」

少し緩むように言ってみた。

少し笑ったのか、呆れたのか、正面を向かれて、よくわからなかった。
ただ、空を見上げたその横顔は無感動よりは緩んでると思うけど。




「恩田さん。」

「何?」

「じゃあ、お願いします。」

こっちを見た彼女。

なにを?
もっとテンポよく話がしたい。
はやる心を鎮めながら、それでも否定されるのが怖くて、恐る恐るいい予感を確かめる。


「それは、一人目にしてもらえる話?」

「そうです。お願いします。」

「もちろん、喜んで。弟君の期待を裏切らないように、且つ、負けないくらいになりたい。」

ちゃんと目を見ていった。
何でこんな青空の下だったんだろう。
近寄りたいのに、どこまで近寄っていいのか。

体の距離はそのままに手を重ねた。
柵に置いた手をそのまま包み込むように。

そのまま一歩近寄って来られて、向きを変えた彼女に少し近寄った。

「ありがとう。すごくうれしい。これであのハゲオヤジの悪口も言わずにいれる、むしろ心から感謝してしまいそう。」

後ろから囁いた。
もちろん、さっきよりは距離がある。

くるりと向きを変えられて彼女がこっちを見上げた。
少しだけ後ろに下がった自分。

腰に手がかかって軽く寄せられた気がした、足が少しだけ動いた分、近寄った。
自分の方を見上げる彼女。
まさか、期待してるなんてこと・・・・ないよな?

それでもちょっとだけ距離が縮んだ。多分彼女から。背伸びするように、少しだけ。

「千歳さん、許されるの?この状態の待ては辛いんだけど。」



「お願いします。」

そう言い切る前に目を閉じられたのか、もしくは顔を寄せてしまったのか。

最後まで言葉は聞かなかった気がするけど、でも間違ってなかったらしい。


本当に青空、昼下がり、周りには人がいて。

軽く、触れるくらいの短い軽いもので。

代りに腰に回した手に力が入った。

その手もすぐに力を緩めた。


「千歳さん、思ったより片思いが短く済んだのは、やっぱりあの来賓のお陰かも。感謝していい?」

「じゃあ、私も感謝します。来年、一緒にお礼が出来るといいですね。」

「出来るよ。来てくれたらいいね。驚くだろうね。」

「じゃあ、セクハラで追われても退職金は出ればいいです。お孫さんも優しい子で臭いと思っても我慢してくれる子だったらいいです。家族が滅多に来なくても施設で美人の看護師さんに声をかけられながらの老後でいいです。その時に三本くらい残り毛があってもいいです。」

「やっぱり許せてはいないんだね。」

そんな段階があったなんて。
想像できそう。
三本なんて余計に気を遣う。
目が覚めるたびに、シャワーを浴びるたびに気になる。

来年まで隣にいるだろう。
買い物の途中でいきなり別れるなんて、そんな事は想像できない。
だって、ねだられてキスする、しかもこんな外で。
まったく初めてだ。ベットの中以外応じたことがあっただろうか・・・・、あ、少しはあった、若い頃は自分から仕掛けたこともあったか。
忘れるくらい昔の話だ。
初めてということにしておこう。
そこはお揃いで。

今だって軽く当ててる腰の手を外すのが大変なくらいなのに。
それでも体を離して手をつないだ。


無言の空間。

つないだ手に意識が行く。
視線もいく。

細い長い指だ。
バスケットをしていたと言ってたけど、大きいというより長い手だ。

突き指なんてせずにまっすぐに伸びてるのが嬉しい。

ネイルはすごく控えめだった。
控えめ過ぎて塗ってないのではと思えるくらい。
よく見ないと分からないくらい。

細いリングが一つだけ、ひっそりとはめられているだけだった。


つい、自分の指で器用に彼女の指を伸ばして見ていたらしい。
ゆっくりなぞるように触れて、挟んで・・・・・。
そう、それも『ついつい。』


「あの・・・・。」

「ん?」

顔を見たら赤くなって、手を見られた。

「ああ、ごめん。ほら、バスケをやってたって聞いたから、長い指だけど、華奢なんだなあって見てた。夢中になって見過ぎてたみたい。」

「いえ、ちょっとくすぐったくて。」

探り過ぎだ。もしくは、さすり過ぎだ。
無意識という自覚はある。


「本当に奇麗だね。」

そう言ったのに聞き流されたけど、すぐに下を向いたので聞こえたのは分かった。



「移動しようか?」

「はい。」

「何か買いたいものある?」

「紬に、郵送できる、小さなものを。食べ物をみてもいいですか?。」

「うん、どこがいいかな?」

そのまま歩きだす。
地下道がどこまでも伸びている。好きな方向へ歩いてもらおう。

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